少年カイザー(挿絵複数有り)

めめくらげ

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カイザー登場

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「何あいつ…ねえ見てよ高鷹こうよう

食堂の窓からその男を見下ろし、振り返った珠希がにやにや笑いながら高鷹の袖を引っ張った。並んで外を見下ろす。

「何だありゃ…日本人?」

「さあ」

ふたりが窓辺で外を興味津々に見つめるから、その場にいた何人かの寮生たちも続々と集まってきた。窓の外には、スクールバスから降り立つひとりの男の姿がある。

「真っ赤だ。……あの帽子、カウボーイ?」

「テキサスの奴?」

「芸人?」

「いや転校生だろ」

「あれが転校生?」

窓辺でどよめく男たちの背中。昼飯を食べにやってきた天音も、首をかしげながらその後ろから背伸びをして視線の先を見てみた。

「……あの人は?」

前にいた青年に尋ねると、彼は「今日からこの寮に入ってくる転校生だって」と返した。

「カウボーイ?芸人志望?」

「さあ。いろいろ渋滞しててノリがわからん」

「うわ、こっち見た!」

天音が驚いた声で言うと、何人かが笑い声をあげた。

「赤ジャージにテンガロンハットに指定靴か……。あ、よく見たらスケボー背負ってるぞ。なかなか尖った奴が入ってくるな」

高鷹だけが笑わずに腕を組みながらまじまじと見つめている。土曜なので制服を着ていないのだろうが、あれが彼の私服なのだろうか。するとおもむろに転校生がこちらを見上げ、寮生たちと視線を交わした。

「げ、目ェ合った」

皆がややたじろぐ。転校生は仏頂面でこちらを睨むように見上げている。だが珠希だけが面白そうに身を乗り出して、「ねえ、君が転校生?」と頭上から声をかけた。

「……ああ」

低い声で返すと、周囲の学生たちが「"ああ"だって……」と含み笑いをする。

「何でそんな格好なの?」

「おい……」

怖いもの知らずの珠希を高鷹が諌めようとしたが、珠希は続けざま「ていうか襟んとこにグラサンかかってる」と笑いながら指摘した。しかし転校生は特に動じず、静かに寮生たちを見上げていた。




ー「本名は渦川ハルヒコだ」

「ほ、本名…?」

夜。70人いるうちの半数ほどが食堂に集まって、転校生の小さな歓迎会を開いた。新入生や卒業生のための会は毎年春に開くが、転校生など来たことが無いので、派手にはやらず一応カンパでささやかな菓子類とジュース類を買っておいただけだ。
渦川ハルヒコは、細い吊り上がった目に、眉間には苦悶したようにしわを寄せ、薄い唇の口角は下がっている。おまけにスポーツ刈りだ。だが特に運動部などには属していなかったとのことである。スリッパを履かず裸足で、白い肌着のようなTシャツに赤いジャージを履いていた。

「……4月から1年だが、年は18」

「えっ」

「いろいろあって遅れたんだ」

先ほどからポツポツと低い声で発せられる言葉に、いつもならにぎやかでなごやかな食堂の空気も少しずつ重くなっていく。みんなが、なぜか珠希を見やった。

「珠希、なんか気の利いたこと言ってやれよ」

「は?別に何も無いよ。もう変な格好についてはジューブンいじっただろ」

「馬鹿……」

ひそひそ声のやりとりなど気にもとめず、ハルヒコはおもむろに机上の2リットルペットボトルのコーラを手に取り、「飲んでいいか」と尋ねてきた。

「ああ、もちろん。ちょい待ち、いま紙コップに……」と寮生のひとりが注いでやろうとすると、ハルヒコはキャップを開けてそのまま直飲みした。

「あ……」

紙コップを片手にそれを見つめる。ハルヒコはその視線を意にも介さぬ様子で、口を離すと静まり返った食堂の中によく響き渡るゲップをした。


ー「何あいつ、何あいつ?!絶対変な奴じゃん!天音がかわいそうだ!!」

深夜、部屋に戻った耀介が必死の形相で同室の大吾郎に訴えた。ハルヒコは、耀介や大吾郎と同じクラスの星崎天音と同じ部屋を割り当てられていた。

「変だけどおもしろそうじゃん」

大吾郎があくびをしながら返す。

「おもしろくてもあんな異次元な奴と相部屋はキツすぎるだろ!」

「しゃーない」

「本名でなくカイザーと呼べ、ってどういうことだ?」

「さあ」

「天音、平気かな……」

「心配ならお前が渦川くんと住めばいいじゃん」

「なんでその組み合わせなんだよ!俺と天音でいいだろ!」

「そしたら俺が渦川くんと暮らすことになる」

「ほーら、お前も嫌なんじゃねーか」

「ヤじゃないけど、人見知りだから新しい人は無理。お前とだって1年経ってやっと慣れたんだ」

「なんだそりゃ……ていうか人見知りだからとかそういう次元じゃないだろ、ぜったい意思疎通なんか図れないぞ。さっきだって、話の流れぶった切って突然シャドーボクシングみたいなの始めたの見ただろ?」

「慣れりゃ平気さ。たぶんな」

「お前、人見知りのわりにスルースキルと順応性だけは抜きん出てるよな」

「何にも考えてないだけだ。……もう電気消していい?」

「ああ。……天音が気の毒だなあ」

大吾郎は耀介のぼやきを断ち切るように電灯を消した。
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