クリムゾン・コート・クルセイドー紅黒の翼ー

第二章 Ambush

混迷―③―

　堀川はロック＝ハイロウズと目が合い、

「先ほどの戦争死者数については、お前らにも言えるんだよ！」

　ブレザーの制服をまとった金髪と碧眼の青年がこちらへ向かってくる。

　彼の土瀝青アスファルトの大地を刻む一歩。

　ゆっくりで軽やかな動きは堀川達に飛び掛かれるように備える捕食者を思わせた。

「さっきも言ったように、戦争に関連した死者数は少ない。ただ、1995年で80万人を超えているが“ルワンダの虐殺”だ。それでも、人道危機かもしれんが、日本や世界……ひいては平和の脅威というかと言えばそうでもない！」

　ロック＝ハイロウズとの距離が縮むたびに、堀川達、“政市会”は後退していく。

「それに世界全体の傾向で言えば、戦争死者数は減っているのに、国の危機を煽る！　それを理由に移民や少数派を排除しようとしているお前らも、“政声隊”と“同・じ・穴・の・ム・ジ・ナ・”なんだよ！」

　ロック＝ハイロウズの一言ともに、胴田貫のくぐもった声が響いた。

　堀川の隣にいた胴田貫は、今、ロック＝ハイロウズに襟元を掴まれている。

　堀川の身長は大体160cm。

　胴田貫も同じくらいだが、ロック＝ハイロウズとの身長は10㎝差。

　それを除けば体形が変わらないはずなのに、胴田貫はロ・ッ・ク・＝・ハ・イ・ロ・ウ・ズ・を・見・下・ろ・せ・る・高・さ・ま・で・持・ち・上・げ・ら・れ・て・い・た・。

――どれだけ、力があるんだよ！？

　先ほどの政声隊の成人男性を放り投げる芸当にしろ、膂力が尋常ではない。

　政市会の面々も、ロック＝ハイロウズに政声隊の一言一言を論理的に否定して行く様を優位に見ていた。

　彼らの顔に会った慢心が、当のロック＝ハイロウズの否定でなくなり、愕然としている。

　堀川は政声隊の面々にも目を剥けた・。

　状況的に言えば、ロック＝ハイロウズが政市会を攻撃している。

　政声隊に有利に見えたが、彼らの中でそれを歓迎する者は誰もいない。

　それどころか、彼らもロック＝ハイロウズの言動に次の標的にされかねない恐怖に震えているようだった。

　堀川は、持ち上げられた胴田貫を見上げる。

　金髪碧眼の転校生に両腕の力で、襟を締め上げられた胴田貫の顔は恐怖に染まり、呼吸を遮られた苦しさで顔を歪めていた。

「お前らは、俺の力を頼りにしたいようだが、俺がこの力を望まれた形で手に入れたと思っているのか？」

　堀川は、胴田貫を締め上げていたロック＝ハイロウズに問われ、言葉に窮する。

「どれだけの犠牲を払ったのかもわからないのに、それを打ち出の小づちの様に思われても迷惑なだけだ」

　ロック＝ハイロウズの力が強まり、胴田貫の口から声でなく、掠れた呼吸音が出る。

「そんなことも考えずに、お・前・ら・は・誰・か・に・言・わ・れ・る・ま・ま・に・動・い・て・自分の考えを持てない！」

　ロック＝ハイロウズに締め上げられた胴田貫。

　その痛みが、堀川に反映されたかの様に喉元に窮屈さを覚えた。

「想像力が曖昧だから、声のでかいヤツの断定でしか動けない！」

　ロック＝ハイロウズからの言葉の一つ一つに、堀川は拳闘士の体重を乗せた連撃を受けた様に思う。

　一言一言、彼の骨の節々にまで響いた。

「俺から言わせれば、“誰・か・”に“お・題・目・”を立・て・ら・れ・な・き・ゃ・喧・嘩・出・来・な・い・奴・ら・は、左・右・問・わ・ず・ク・ソ・野・郎・なんだよ！」

「ふざけるな！！」

　堀川は後ろからの声に思わず振り向く。

　年齢は二十代の半ばに思える男性。

　中肉中背で、洋服量販店で撃っている紫のトレーナーを着ている。

　だが、彼の両腕の羊・の・頭・蓋・の・両・眼・がロック＝ハイロウズを捉えた。

もしもの時の護衛用として、尾咲から渡されていたものだ。

「使うな。学校だぞ！？」

　堀川の後ろで、狼狽する男の声がした。

「“スウィート・サクリファイス”！？」

　ロック＝ハイロウズはそう言って、跳躍して後退。

　胴田貫の胴体は宙を舞うと同時に、ロック＝ハイロウズの足元の土瀝青アスファルトが弾け飛んだ。

　紫のトレーナーの男の“スウィート・サクリファイス”からの飛翔体の二撃目が、政声隊の立っていた背後の校門の壁を抉る。

「俺たちがアイツらと同じ訳ないだろ！！」

　ロック＝ハイロウズへの否定の声は、政声隊の側から聞こえた。

　赤、白、青緑。

　それぞれのメンバーに、三色の人型が出てきて、

「やっちまえ！！」

　刺繡の入った革ジャンを着た中年の男の首元から赤い光が出る。

　赤い光は、炎の形をした人型を作る。

　炎の人型の右手から、火の玉が作られる。

　一つがロック＝ハイロウズに向けられると、矢継ぎ早に、政市会こちらにも放たれた。

「使ったな……ありがたいけどな！　少なくとも、お前らに手加減の必要もないってことだからな！」

　ロックの眼光が、双方の応戦の火蓋を切った。
　
政声隊の小太りの男が、ロック＝ハイロウズに向けて飛び掛かる。

　小太りの男の背負う青緑の人型は、電流を帯びていた。

　ロック＝ハイロウズは、両腕の兜を作り、屈む。

　青緑の人型から放たれた電流を躱して、金髪の青年は間合いに入り込む。

ロック＝ハイロウズは、精一杯、腰と回転を入れた右正拳突きを小太りの男に放った。

　小太りの男は、ロック＝ハイロウズの加速に乗った拳撃をもろに食らい、宙返りをして地べたを舐める。

　“政市会”に向きを変え、ロック＝ハイロウズは攻撃を仕掛けた顔の輪郭の長い男の顎に飛び膝蹴りを見舞った。

　堀川の目の前で、政声隊の20代の女性は、白い人型から氷を作り出す。

　政市会側から中年の女性三人の持つ、三対の“スウィート・サクリファイス”からの銃弾が迎え撃った。

　政声隊の女性の氷塊を、政市会の三人の女性の飛翔体が抉る。

　青緑の氷塊を操る女性に、炎と雷撃を放つ政声隊の男性二人が援軍として来た。

「やってやるぞ！！」

　“スウィート・サクリファイス”の弾幕が政声隊の前で展開される。

　それに対して、政声隊側の三色の人型から放たれる、炎と雷撃と氷が、弾幕を貼りながら前進する政市会の進軍を止める。

校門前の坂道を上る側として、政市会。

下りを見据える方を政声隊。

その戦いの火ぶたが、堀川の前で切って落とされた。

堀川は、“スウィート・サクリファイス”の銃弾の雨、政声隊の炎と雷撃と氷に挟まれ、呆然としていた。

唐突に開かれた両者の戦いに、自分の両腕の“スウィート・サクリファイス”を撃とうとしても、誰をやるべきか、堀川の狙いが定まらない。

堀川が戦場を見回すと、両者を相手に立ちまわるロック＝ハイロウズの姿が見えた。

ロック＝ハイロウズは、政市会の男性会員の“スウィート・サクリファイス”を付けた腕を彼の右肘で叩き落して肉迫。

叩き落した右肘を突き上げて、男の顎を抉る。

仰向けに倒れそうなところに、ロック＝ハイロウズは男の背後を取る。

それから、政声隊の人型を行使する集団に、政市会の男を盾に突進した。

三色の人型の猛攻をよけながら、初老の政声隊の男性に盾にした政市会員をぶつける。

よろけたところをロック＝ハイロウズは盾代わりの男の背中に蹴りを入れた。

潰された政声隊の初老男性は、金髪の青年の一撃と男の重量で意識を奪う。

ロック＝ハイロウズを中心に、政市会と政声隊が揉み合う。

かたや、政市会と政声隊の両者が撃ち合っていた。

異なる戦闘の相に、堀川は呆然とする。

しかし、そ・の・ど・ち・ら・に・も・属・さ・な・い・者・と目が合う。

秋津　澄香。

S.P.E.A.R.スピアの代表である女子高生。

しかし、彼女は政声隊の持つ三色の首輪のいずれも持たない。

ただ、彼女の中心に広がる戦場で何かを求める彼女の眼差し。

呆然と、そんな眼差しを持つ一人の少女。

こんな状況でも、不思議と親近感が持てた。