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第六章 Hash

姦計―⑧―

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 リリスは悠然と浮きながら、ロックの“鍵の構え“からの突きを、黒白二色の羽衣が交差して防ぐ。

 天空の剣先から注がれる光が、ロックを覆った。

 ロックの“ブラック・クイーン“の切っ先が、光一枚の距離でリリスから突き放される。

 その壁の向こうの、リリスの月白色の眼に一筋の金色、双迅の翡翠ひすい色が浮かんだ。

 サミュエルの金色の鎌、ブルースの緑色の双刃がリリスの首を捉える。

 だが、ブルースのショーテル――“ヘヴンズ・ドライヴ“――の二刀流を、リリスの白い羽衣が遮った。

 黒い羽衣はサミュエルの鎌を包み込むと、こけ色の外套コートの戦士に放り投げる。

 投げられたサミュエルが当たる寸前、ブルースは命導巧ウェイル・ベオの前で磁向防スキーアフ・ヴェイクターを展開。

 サミュエルも、鎌型命導巧ウェイル・ベオから磁向防スキーアフ・ヴェイクターを放ち、ブルースとの間に生まれた斥力で距離を離した。

「この““は何れ」

「その“お礼“は、““や““じゃなくて『』の一言だけで十分だからな!?」

 サミュエルの殺意を混ぜた笑顔に、ブルースが引きりながら答える。

 飴色のジャケットとこけ色の外套コートを着た二人の戦士が、月の女に再度照準を定めた。

 だが、二人を紅いドレスのサロメが遮る。

 紅い唾帽子のサロメの前には、雄羊の角を纏った象牙眼の“フル・フロンタル“が現れ、ブルースとサミュエルを迎え撃った。

 その様子をリリスの眼が映しながら、

「我を覗く眼から、を感じる。早く、その体から解放してあげるわ」

「テメェこそ……サキの体から、とっとと失せろ!!」

 宙に浮き、突進するリリスにロックは上体を屈める。

 切っ先を下に据える“愚者の構え“のまま、背中を肉迫。

 屈めた反動を解放し、勢いよく起こした。

 しなる右腕と共に放たれる一太刀が、迫りくるリリスの腹部を狙う。

 斬撃を予測したのかリリスは、ロックの歩幅分、背後に下がった。

 ロックは、再び上体を屈め、畳んだ両腕を前にリリスの間合いに踏み込む。

 間合いを詰めるロックの前で、黒い羽衣が舞った。

 黒い波は、光を発しながら宙を一回転し、収束するとロックの首を狙う。

 畳んだ両腕を覆う様に、右腕の“ブラック・クイーン“が、黒衣の舞を止めた。

 右腕に衝撃が走るのを堪えながら、ロックは磁向防スキーアフ・ヴェイクターを展開。

 ナノマシン:“リア・ファイル“の作り出した電磁場を貫かんと、リリスの黒衣が鋭角となった。

 鋭角は棒となり、両端に幅広の紡錘を飾り、黒い両端投槍ピルム=ムルスを作った。

 両端の穂先は、それぞれ一つの肉厚の剣を思わせる大きさで、短髪の少女が刻まれている。

「目の前のモノが数えられなくなったか?」

 リリスの声と共に、白衣の白い両端投槍ピルム=ムルスが、ロックの足下から伸びた。

「リリス、に、って、分からねぇのか?」

 白の両端投槍ピルム=ムルスに、口の端を釣り上げたロックの獰猛な笑みが映る。

 彼は振り上げた右腕を、叩き落とした。

 白い投槍を叩いた勢いで、ロックは逆時計回りに半身を切る。

 発生した推力からの左後ろ回し蹴りを、ロックはリリスの胴に放った。

 不可視の壁の感触が、左足に伝わる。

 足で加えた衝撃が、空間を歪ませ、光の波紋を作った。

 応力と共に生まれた、反作用がロックの右脚の支柱を崩す。

 ロックの攻撃によって、リリスの二色の投槍が、羽衣に戻った。

「少なくとも、人はだな」

 リリスは、口を歪めて笑った。

 黒と白の羽衣が、それぞれ翼を作る。

 白と黒の翼が二振りの剣となり、左足だけで前進を支えるロックに迫って来た。

 首筋を狙う黒翼の剣の放つ雷閃を、ロックは右脚で大地を蹴りながら“穢れなき藍眼スール・ヒンプリィ“の水鋸で受け止める。

 しかし、巻き添えになった白翼は、光の散乱の欠片を撒き散らした。

 二色の投槍が直線に飛び、その内の黒が翻り上昇。

 黒光りする刀身に映るのは、滑輪板スケートボードに乗るシャロン。

 彼女は、リリスに照準を合わせているが、滑輪板スケートボードの先端が不可視の壁に阻まれる。

 シャロンは眼を吊り上げ、滑輪板スケートボードに右足を蹴り込んだ。

 不可視の壁は壊れなかったが、リリスは後退。

 シャロンは不可視の壁を叩きつけた反動で、滑輪板スケートボードと共に背後に離れた。

 ロックは、右脚を戻し、リリスから放たれた白の翼剣を迎え撃つ。

 白い翼剣から放たれる、銀鏡のやじりが三発。

 リリスに背を向ける形で、ロックは“ブラック・クイーン“を突き出した。

 磁向防スキーアフ・ヴェイクターの展開された力場で、銀鏡のやじり瀝青コールタールの雨空に輝く星屑ほしくずと化す。

 星屑ほしくずと化した銀鏡に、リリスが映った。

 彼女の眼の中で、白と黒の翼槍がロックの背後で踊る。

「二本足に限らず、も含めて人間だ!」

 ロックは、“ブラック・クイーン“のつばから銃――イニュエンド――を取り出し、銃弾を三発放つ。

 二発は、“定めに濡らす泪フアスグラ・ウイルイエアダサン“による水蒸気爆発の煙幕。

 リリスの顔に煙幕が張られ、両端投槍ピルム=ムルスが落ちる。

 もう一発は“雷鳴の角笛アヤーク・ジャラナッフ“による、電子励起れいきしたナノ加工弾丸が煙幕の中を突き進んだ。

 音もなく放たれた銃弾が、超微細機械ナノマシンの電子励起れいきで作られた、リリスの磁向防スキーアフ・ヴェイクターを打ち破る。

 崩壊する電磁場の波を作り出した弾丸は、リリスに達しようとした。

 しかし、衝撃がロックを後退らせる。

 ロックのナノ制御を上回る電磁力が、地に落ちたリリスの黒い翼から放たれた。

 籠状護拳バスケットヒルトで防ぐと、全身を揺らす衝撃がロックを襲う。

 フォトニック結晶で散乱した無数の光が、空気に揺れる銀鏡の欠片を通して深紅の外套コートを貫いた。

 ロックは辛うじて避けたが、両脚を貫かれ、痛覚と熱で意識を失いかける。

 そこへ、彼の肋骨に衝撃が走り、仰向けに倒れた。

 上空から奇襲したシャロンが、“ガレア帽の守護者“を模した白い両端投槍ピルム=ムルスに薙がれ、ロックの方へ弾き飛ばされたのだ。

「シャロン……重い」

 呼吸をする度に奔る痛み。

肋骨にヒビが入ったからだろうか。

「このクソ兄貴……デリカシーがねぇ!」

 ロックの言葉に毒気づいて、桃色のトレーナーを着た少女が消える。

 ロックが立ち上がろうとしたその時、金色の旋風つむじかぜがリリスを覆った。

 サロメ人形たちの手足を運ぶ風の中心にいるのは、サミュエル。

 超微細機械ナノマシンの混じった研磨剤と砂の粉塵切断の風が、リリスを包みこむ。

 防御に散った、リリスの超微細機械ナノマシンの電磁場が白い羽衣となり、獰猛な嵐の中を舞う。

 リリスは、電磁の茨に囲まれるが、何も言わない。

 いや、妖艶な笑みを浮かべながら、宙で悠然としていた。

 刹那、ロックの目の前で、雷のつぼみが開花する。

 白い羽衣に乗せたフォトニック結晶が、サミュエルの旋風つむじかぜの中で雷のつたを伸ばしていった。

 つた越しに、白い羽衣に乗せた、フォトニック結晶が光熱力エネルギーを取り込む。

 増幅された熱力エネルギーの果実が、内側からサミュエルの黄金の風を食い破った。

「こんな砂遊びで肌を傷つけられると思ったか!?」

 白い翼から銀鏡色のやじりが、天空に放たれる。

 サミュエルは、“パラダイス“を構えて磁向防スキーアフ・ヴェイクターを展開した。

 彼は、防いだ鏃を空かさず、鎌から作った金砂波刃スピール・オーのナノ研磨剤の刃で破壊。

 その衝撃で、サミュエルは距離を稼いだ。

 だが、破壊から逃れた銀鏡の閃光が、サミュエルの背後を捉える。

 閃光に焼かれて出た声は、

「シャロン!」

 サミュエルに向けられたフォトニック結晶の光迅の乱射を、桃色のトレーナーを着た少女が飛び込む。

 ロックの前で、無数の光にシャロンは晒された。
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