【第一部完】クリムゾン・コート・クルセイドー紅黒の翼ー

アイセル

文字の大きさ
上 下
48 / 136
第四章 A Night For The Knives

刃夜―⑩―

しおりを挟む
午後8時32分 グランヴィル通りストリート 
イェール・タウン内のアパートメント


 20階の高層住宅のベランダから見える紅。

 季節を選ばず咲く薔薇ばらか、春の陽気を待つ日除け傘か。

 少なくとも、何れにもはない。

 窓から自分を迎える、は、よく分かっていた。

「今、このような場所に来られても困ります」

 犬耳の黒かぶとを脱いだ、白の装甲の女。

 口から出た拒絶の言葉とは裏腹に、室内光と夜の闇により、能面の様な顔から“笑顔“を浮かべる。

「お隣に見つかったらどうするのですか……?」

 サロメに向け、カラスマ。

 光の角度で変わる顔の眼に映る、赤い唾帽子と乳房の谷間が、胸に描かれたハートの窪みを描いたドレスを纏ったサロメ。

 それが、紅いドレスの裾を靡かせながらに立っていた。

「これから。それなのに……お仕事ですか?」

 轟音と共に白煙が、コンドミニアムの森を超えた場所から上がる。

 けたたましく警鐘音を鳴らした警察車両、救急車両に消防車両が、雨降る夜の静寂を切り裂いていった。

 夜に合わない喧騒に、サロメは象牙眼を輝かせる笑みに満ちた顔を、カラスマに見せながら、

「サロメ……私の職業は、を行うに座ることですよ?」

 カラスマの髪から洗髪料の匂いが、サロメの鼻を擽る。

 薔薇ばらではなく、ラベンダーだった。

「それに、子持ちの私に。踊る時間はありません。見る方でも十分面白いですよ? それが仕事なら、猶更。享楽として、お酒が飲めないのが残念ですけどね」

 見上げて言うカラスマの眼で、サロメは石榴色の唇を吊り上げた。

が為に、私と手を組む……刹那的ではありますが、中々面白い趣向です」

「刹那的ではないわ、サロメ。母親にとって子供は……自分の痛さで産んだものは掛け替えのないものなの。その子が安心して暮らせるなら、何でもするわ?」

 カラスマの沼の眼のきらめきが捉えたのは、サロメの同伴者。

 四本足の“クァトロ“が、二体。

 象牙眼の魔女の後ろに聳え立つ、コンドミニアムの塔の頂点で佇んでいた。

人類の敵”ウィッカー・マン”を映すカラスマの眼に、恐怖による揺らぎは見当たらない。

を、子供の為に使う……。子供は未来の宝ですから」

「だから、”ブライトン・ロック社”、”ワールド・シェパード社”も争わせる。泥沼になれば、動員する戦士を組織は増やさざるを得ない。育成機関としての儲けも得られ、前線にも出られる」

 サロメの石榴色の弧月の弧が、笑みで大きく広がる。

「それに、人が集まるならも必要だわ。投資移民たちへ売ることも出来、産業も潤うわ。薬や売春に苦しみ、教養や言葉が分からない人たちも、”ウィッカー・マン”が掃除してくれ、

 サロメは、夜の気に当てられたカラスマと言う淑女を見る。

 彼女がカラスマと出会ったのは、四年前のバンクーバー。

 亭主の配偶者暴力から、子供と共に逃げていたのを見かけた。

 彼女に惹かれるものを感じたサロメは、匿うことにした。

 心に逡巡するを見定める為だったが、カラスマから語られる過去にサロメは興味を引いた。

 日本の何処かの町で、物心がつき始めた時にカラスマの父親は失踪。

 母子家庭相応の苦難が降りかかるが、彼女たちは乗り越えた。

 乗り切ったカラスマから、サロメはを感じた。

 カラスマ曰く、のモノらしい。

 カラスマの母親から受け継いだ気質による向上心で、日本の義務教育を通しては、全て右肩上がり。

 高等教育への切符も手にし、カラスマは海外にも当然、目を向けた。

 母親が生みの親以前に、付き合っていた男性との思い出の場所と聞かされた地――バンクーバー。

 労働休暇ワーキングホリデーにより、語学と労働の両立に成功したカラスマは、海外展開を視野に入れている日本企業への就職を目指した。

 母親の背を見ていたが、彼女が海外で暮らすことは出来ないことを、カラスマは理解していた。

 母親が生きている時に、その答えを得ることは叶わなかったが、カラスマが高等教育の時で得た知識を活かすことが出来、海外展開を行っている日本企業を探した。

 その甲斐あって、ある日本商社のバンクーバー支店に就職が決まる。

 しかし、が、カラスマの運命を狂わせた。

 ““とも言える、駐在員の妻の面倒に追われ、を扱う本社の社員に挟まれながらも、商取引の慣習の違いをすり合わせる日々。

 英語圏に来た日本人の傍若無人さに、カラスマは消耗していった。

 仕事ではなく、むしろ「」のお守り。

 それに耐えられなくなったカラスマは、学生時代に制限していたバンクーバーでの活動範囲を広げて“”。

 留学時代なら避けていた、““や“”の行為にも染め始める。

 自分探しの一環で、現地人しか行かない酒場で見つけたのが、夫となる人物だった。

 彼は聞き役に徹し、彼女は精一杯吐き出した。

 だが、の違いが分からなかったのが、彼女の人生の汚点となる。

 その果ての“一夜限り“が、一生背負うものも決定づけた。 

 商社の仕事も寿退社とは程遠く、本社の指摘したと彼女のの水掛け論に終わる。

 会社から離れ、享楽にふける生活を通し、夫となった人物の刹那的で浪費家である一面が日を追うごとに明らかになってきた。

 浪費家の間に生まれた子供との時間も、カラスマの精神を蝕んでいく。

 また、夫の育児への責任感が気質持ちで、接し方のも激しい。

 季節労働者で建築業界とは聞いていたが、絵に描いたような駄目男だとは思いもしなかった。

は、夫の刹那的な生き方によって膨れる債務と、育ちゆく子供に表れ始める。

 サロメと出会ったのは、彼女の亭主の暴力が、カラスマだけでなく子供にも、牙を剥き始めた時だった。

 サロメは、カラスマの商社時代の経歴に注目した。

 語学に関しては、英語を第二外国語と教える教員資格、TESOL(Teaching English to Speakers of Other Language)を保有。

 カラスマによると、日本の大学を休学し、初めてのカナダ留学で取ったらしい。

 企業も投資をするのは、商品ばかりでなく人にも行う。

 教育を通して、更に戦力となる人材を育み、売り上げに貢献させる必要があるからだ。

 彼女の背景を活かす為に、サロメはカラスマを助けることにした。

 カラスマの中に潜むものを見極めたいという好奇心も、大きかった。

 浪費壁を持つ男は、カネにモノは愚か、女も同じように扱う。

 サロメは色目を使い、カラスマの夫を油断させたところで殺した。

 死体を隠したが、未だに見つかっていない。

 それから、カラスマを語学学校校長に仕立て上げる。

 語学学校に天啓オラクルと付けたのは、サロメでなくカラスマだった。

“ワールド・シェパード社”の教育も担当することで、同社の活動を支援と共に、戦力も把握できる。

 土地は、その”ウィッカー・マン”対策で投資移民たちの機関投資家の管理する実態のない会社や協賛する団体に買い取らせれば良い。

 その一つが“ベターデイズ”である。

 ”ウィッカー・マン”の襲来を受けた住居と土地の情報を取得。

 高所得移民の管理する住居を建て、留学生とホストファミリーを滞在させ、金を循環させる経済圏。

 ”ウィッカー・マン”を倒そうが、それに倒されようが、

 TPTP加盟国の、外資系企業を守ることで”ワールド・シェパード社”も活動範囲を広げることも可能だ。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

我ら新興文明保護艦隊

ビーデシオン
SF
もしも道行く野良猫が、百戦錬磨の獣戦士だったら? もしも冴えないサラリーマンが、戦争上がりのアンドロイドだったら? これは、実際にそんな空想めいた素性をもって、陰ながら地球を守っているエージェントたちのお話。 ※表紙絵はひのたけきょー(@HinotakeDaYo)様より頂きました!

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

糸と蜘蛛

犬若丸
ファンタジー
瑠璃が見る夢はいつも同じ。地獄の風景であった。それを除けば彼女は一般的な女子高生だった。 止まない雨が続くある日のこと、誤って階段から落ちた瑠璃。目が覚めると夢で見ていた地獄に立っていた。 男は独り地獄を彷徨っていた。その男に記憶はなく、名前も自分が誰なのかさえ覚えていなかった。鬼から逃げる日々を繰り返すある日のこと、男は地獄に落ちた瑠璃と出会う。 地獄に落ちた女子高生と地獄に住む男、生と死の境界線が交差し、止まっていた時間が再び動き出す。 「カクヨム」にも投稿してます。

処理中です...