【第一部完】クリムゾン・コート・クルセイドー紅黒の翼ー

アイセル

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第二章 Beggar’s Banquet

狂宴―⑬―

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 意識を失ったサキを支えるのは、二人の女性。

 一人は首筋を晒すほどの短髪に、肌着無しで革のジャケットだけを羽織っている。

 ジャケットから浮かぶ胸の双丘は形良い谷間を作り、腰と臀部でんぶも女性の羨む均等の体型だった。

 美貌に浮かぶ大きな眼は、何処か子供らしさを残している。

 もう一人の女は、鶏冠けいかんの様な陰影のローマ帝国兵のかぶと――ガレア――を被っていた。

 革ジャケットの女性と同じ体型であるが、によって女性性が際立っている。

 革のジャケットの少女の視線は、ロックの方への敵視を隠そうともしない。

 ガレアの女の目は、宙で、腕を組みながら、ロックとサキの間で視線が揺れていた。

「やっぱり、アイツだ。がする!!」

 宙に浮くジャケットの少女が、雨中で光の花火を放ちながら、ロックに左人差し指を指す。

「ライラ……待ってください。確かに感じます。でも、なんでいきなり……」

「関係ないよ、ヴァージニア。ここに来てから、臭いがしていたんだよ。サキへの敵意が一杯あったんだよ。それに……」

 戸惑うガレアの女――ヴァージニアと言うらしい――に、短髪で上半身だけを纏ったライラは、両腕を大仰に動かしながら、

「サキに向けて攻撃してきたじゃない!?」

 先ほどのロックのバンクェットへの攻撃を、ライラと言う革ジャケットの女は、敵意と受け止めたらしい。

 二人は、黄金比の体型を、雨粒で乱反射させながら口論している。

 だが、ロックの関心は、彼女たちの口論の内容に向いていなかった。

「”命熱波アナーシュト・ベハ”……」

 超微細機械ナノマシン:“リア・ファイル”の力で引き出された余剰次元の力を使うのに必要な疑似人格は、概ね、平均的な人間の脳のベッケンシュタイン境界に収まる。

 命導巧ウェイル・ベオ使いでも、脳内から外に出ることは余りない。

 しかし、それが外に表出していたことに、ロックは内心舌打ちした。

――暴走状態で出てきてやがる!?

 命熱波アナーシュト・ベハ命導巧ウェイル・ベオ使いは使役する。

 しかし、使役される側が、それを自覚していない。

――は、周りの手を借りて上手くいったが……。

 それに加えて、ロックに合った命導巧ウェイル・ベオが、

 同時に言うと、命導巧ウェイル・ベオと言う力の受け皿も使いこなせなかったので、ブルース達に取り押さえられたのだが。

 サキの場合は、命熱波アナーシュト・ベハが役割を弁えていない。

 命導巧ウェイル・ベオも持ってない。

 何より、ロックの鼓動を早くしている事実。

――しかも……それが、だと!?

 単純に考えれば、サキの中には二人の人格――否、異なる脳が、彼女の体一つに入っていることになる。

 命熱波アナーシュト・ベハが、余剰次元の裂け目から、一人の人間では到底扱いきれない情報量を、体に入れている状態である。

 食物を摂取し、体内で変換されて溜まる脂肪と同じだ。

 脂肪は、運動や生活で燃焼するものだが、使わなければ、脂肪は物理的に貯まる。

 余剰次元を解放した情報量の場合、”命熱波アナーシュト・ベハ”を、命導巧《ウェイル・ベオ》なしで使うなら、サキは自身の身体を燃やすしかない。

「二つのブラック・ホールに挟まれているのと同じ理屈だ。辛うじて、”命熱波アナーシュト・ベハ”が、サキを燃やさない様にセーブしているが、サキを守ったのと引き換えに――」

 ブルースが冷徹な事実を告げた。

 自分を守る力を得た代償として、自分が死ぬというとんでもない矛盾――否、止揚しようが二人の電影として現れている。

 考えると同時に、ロックのブラック・クイーンの剣の滝が、ライラとヴァージニアと名乗る少女の電影の間に流れた。

――今、サキの超微細機械ナノマシンは……。

 力が暴走して、サキという宿主を危機に陥れている。

「サキを助ける。テメェらは失せろ!!」

命熱波アナーシュト・ベハ”の暴走を抑えるには、”命熱波アナーシュト・ベハ”を活動限界に追い込む――つまり、ロックの”命熱波アナーシュト・ベハ”と命導巧ウェイル・ベオで、二人の電影を倒すしかなかった。

――を助けられなかった。の体や命も傷つける結果になることを恐れたからだ。

 しかし、今は違う。

「サキを……人間として生かす。テメェらが力に、概念になり果てた奴が見せるのは、現実と世界を歪ませる悪夢でしかない!」

 そうなれば、命を選ぶことになる。

 ロックは選ばされ、

 サキにその悪夢を繰り返すわけにはいかなかった。

「アタシたちは……サキを守るために在るんだ。アンタの力が、サキを傷つけるから!」

 音の爆発と共に、紡錘型の光が現れ、ロックをき止めた。

 短髪のライラの右手が、剣と化す。

 刀身は太陽の極光の様な眩さを放ち、右手首が太陽十字の金属のつばとなっていた。

「サキの為なら、そこでぐったりしている本人に了承を得たらどうだ? 守ってんのに本人を危険に晒してんじゃねぇよ!」

 ライラから放たれた光の刺突を受け止めていた籠状護拳バスケットヒルトを逆手から持ち替える。

 ライラの右腕を切断――いや、消滅させる勢いで、右から左への斬撃の津波を起こした。

 雨粒に拡散される幻影の少女が、ロックの攻撃に苦悶の色を表す。

 宙に浮かぶ少女の斜め後方にいる宿主に目をやって、

「ふざけないでよ、アンタの中からを感じる。それが、サキを苦しませているんだ!」

――の力?

 ライラの口から出た一言に、ロックの眉を顰める。

 彼女の言葉は、ロックの攻撃が直接の引き金ではない様だった。

 ライラの言い回しが、ロックの頭の中で何度も反芻はんすうされていき、一瞬、視界が歪む。

 今のライラの怒りの顔に、何故かが被せられた。

「アンタは……アタシを殺したヤツの力を持っている。アンタは皆を殺していく、サキも殺すつもりでしょ!?」

――何だと……!?

 言葉を詰まらせたロックに、ライラの光の細剣が右肩に突き立った。

 ライラの刺突の勢いに逆らわず、右肩から半身を後ろに運ぶ。

 辛うじて深部への傷を避けたが、光の熱、肉の灼ける臭いが鼻腔びこうを突いた。

 不快な臭いの後に訪れた激痛に、ロックの意識が一瞬途切れかける。

「テメェら……何だ!?」

 ロックの問いかけを途切れさせたのは、銃声だった。

 一発ではなく、連発させたもの。

 鼻を突くようなオゾン臭が、ロックの鼻腔びこうを刺激すると、銃弾の軌道が雷の網を作る。

そして、一際大きな、雷鞭らいべんが二人の女性に鎌首をもたげた。

「二対一ってのは、見ていて面白いものじゃないな」

 ブルースの攻撃である。天空からの二双の雷撃で、ロックとサキ――正確には、彼女にいる二人の幻影の女を引き離した。

 しかし、電影の女たちは、サキから離れたものの、彼女と距離を離して静止している。その距離は、二人とも三メートルをサキから保っていた。

「ロック、俺はライラとかいうのをやる。お前は、ヴァ―ッ!!」

 ロックにガレアの女―ヴァージニアを攻撃させる指示を出したが、ブルースの言葉が途切れる。

 煌く光がブルースを急襲したのだ。

 二対の“ヘヴンズ・ドライヴ“を逆手に、両腕を縦に振り上げる。

 だが、こけ色の戦士の両腕を、煌く弾丸が貫いた。

 地上にロックが目を向けると、ガレアの女の右手に目が行った。

 彼女の右手が、弓に変わっている。

 1メートル程の大きさの弓で、ブルースに狙いを捉えていた。

 弓引く淑女は、眼を闘争心で研ぎ澄ませながら、

「あなた達が、何者かには大いに疑問はあります。しかし、にあります」

 ヴァージニアの視線は、獲物を視界に捉えた狩人。

 しかし、ロックが彼女の言葉で身構えた時には、既に終わっていた。

 ブルースの壊したきらめき。

 それは、鉱石だった。

 命導巧ウェイル・ベオによる、成分分析が追いつかない。

 しかし、成分よりもが明白だった。

 結晶から光がきらめき、やじりを形成。

 光の矢がブルースを全方位から、撃ち抜く。

 結晶の表面に映る、嚇怒かくどと悲しみに染まる瞳のライラが、右手首から延びる剣先でブルースを突いた。

「サキの為と言うなら全力で来ることです。そして、私たちもサキの後憂こうゆうを逃すつもりはありません!」

 ヴァージニアの放つ鉱石の弾雨が、ロックに向かう。

 籠状護拳バスケットヒルトの盾を開いて作った電磁放射の傘が、鉱石の鏃を砕いていった。

 欠片を散らせながら、ブルースの姿が映る。

にしては……ずいぶん、手緩くねぇか……嬢ちゃん?」

 ヴァージニアとライラの攻撃に、息絶え絶えにぼろ雑巾の様になった外套コートで強がった。

 しかし、満身創痍まんしんそういのブルースの姿を見て、ロックの中に不安の種が埋まった。

「ロック……から、後は頼む」

「再生能力が遅れる程、騒いでんじゃねぇ。寝てろ」

 ロックは、呆れながらも軽口で返答。

 命導巧ウェイル・ベオ使いは、“リア・ファイル“からの熱力エネルギーを使って回復する。

 だが、“リア・ファイル“は宿程の熱力エネルギー量を、余剰次元から取り入れるのと引き換えに宿主からも熱力エネルギー量を取る為、回復量の調整が必要だった。

――時間が掛かっている?

 ロックに”命熱波アナーシュト・ベハ”の使い方の手解きが出来る程、ブルースは実力者だ。

 ”命熱波アナーシュト・ベハ”使いと戦うのも、当然、初めてではない。

 命の危険に関わるものだけを処置を優先し、戦線復帰を急かされたのも一度や二度ではなかった。

 戦歴を知るロックの前で、ブルースは苦悶と、微かに見せる戸惑いを滲ませる。

――異常かもしれないってことか?

 ロックは考えるが、ブルースの陥った事態の緊急度を探っても意味が無いことを覚った。

 異常事態でも、鹿が出来る。

 それ自体に、異常ではあるが、ブルースの命に影響が無いという意味でもあった。

 ロックは過去に言われたことを思い出し、不安を押し殺す。

 ブラック・クイーンの籠状護拳バスケットヒルトで、ライラの右手剣からの薙ぎ払いを止めた。

「今、テメェらが出ている時点で、サキは死ぬ寸前なんだよ!?」

「じゃあ、お前が死ねばいいじゃん?」

 ライラの刃がロックの目の前で、煌く。

「そういう話じゃないの?」

 電影の持つ円らな瞳が、猛禽類の鋭利さと肉食獣の獰猛さを含んだ笑みを作った。

 灰色の雨天すらもかき消す程の眩い光が、少女を覆う。
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