【第一部完】クリムゾン・コート・クルセイドー紅黒の翼ー

アイセル

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第七章 Flux

流転―④―

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 ライラを描いた翼槍の雷が、ロックの目の前の切っ先に広がる“光の霧“に吸い込まれる。

 光の霧が目を奪う程の閃光を含むと、リリスに向けて一斉に光が跳ね返された。

「ヴァージニアの結晶を霧状に……でも、どうして、使のだ!?」

 ロックの攻撃に、リリスは感情を隠さず、露わにして叫んだ。

 彼は獰猛な加虐の笑みを浮かべたまま、答えない。

“ブラック・クイーン“の一振りを、粉塵となったフォトニック結晶をリリスに向けた。

 リリスは、黒と白の翼を呼び戻して前に並べて光を防ぐ。

 だが、粒子越しに伝わった光の熱力エネルギー量と衝撃に黒と白の翼諸共、彼女は揺らされた。

 黒と白の棺の蓋に覆われる様にリリスは、背中を土瀝青アスファルトの路地に叩きつけられる。

 しかし、フォトニック結晶の塵に含まれた光は、仰向けのリリスを逃さない。

 サキの体を守る為に、リリスは”命熱波アナーシュト・ベハ”の不可視の壁を展開する。

 だが、粒子によって形成されたフォトニック結晶の雲に、足場の土瀝青アスファルト諸共、削り取られていった。

 まるで、不可視の波に揺られた土瀝青アスファルトの欠片が、激痛でのた打ち回る蛇を連想させる。

「リリス、逃げるのです!」

 赤い唾帽子を着たサロメが、ロックの前に立ちはだかる。

 土瀝青アスファルトの欠片に塗れて喘ぐリリスを背に、両手に付けた雄羊頭蓋の命導巧ウェイル・ベオ、“スウィート・サクリファイス”を紅黒い龍騎士と化したロックに向けた。

 赤い唾帽子の下で二つの象牙色がきらめき、雄羊の頭蓋から、ナノ強化銃弾が放たれる

 四つではなく、それ以上の数が瓦礫がれきの中から、銃声が轟いた。

 発射光が、同じ目を持ったサロメの変わり身たちを照らす。

 彼女たちの銃から放たれた光が、瓦礫がれきばかりでなく、空き建築物の輪郭も浮かばせた。

 周囲の光景をロックは目にして、

――イーストヘイスティングか?

 思案しながら、サロメ達から放たれた“洗礼の炎バプティズム・オブ・ファイア“に、ロックは仁王立ちとなる。

 象牙眼の魔女とその眷属の放つ銃撃が、ロックの赤と黒の装甲を削り取っていった。

 サロメ達のナノ加工銃弾の弾幕は、剣の角の付いた鉢金も塵に変えていく。

 それを見届けると、ロックは右手で“ブラック・クイーン“を構えた。

 黒い刀身に刻まれた、紅い紋様が揺らめき、サロメ達から放たれる銃声が届かなくなる。

 刹那、ロックの目の前で、破片が飛び散った。

 ロックの眼前を舞う破片は、灰褐色の粉塵と化した。

「その力は、アンティパスの混凝土コンクリート!?」

 赤い唾帽子のサロメの叫び声が聞こえると、ロックの目の前に、灰褐色の塊が現れる。

 壊れた赤黒い装甲を纏うロックの目の前で、塊が灰褐色の壁を築いた。

 ロックは翼剣を右に薙ぐ。

 城砦の様な壁に、翼剣の軌跡が刻まれる。

 翼剣で刻まれた箇所から、光と雷撃が迸った。

 熱力エネルギーの衝撃で放たれた礫弾が、雄羊の角を生やしたサロメを模した“フル・フロンタル“をイーストヘイスティングの空き家や瓦礫がれきごと、一体ずつ貫く。

 “フル・フロンタル”が破片に潰される中、赤い唾帽子のサロメは、ロックの剣圧で放たれた礫弾を避けながら、正面を突き進む。

 二頭の雄羊の骸骨を突きつけるが、彼女の眼は縦に見開いた反面、口が横一文字にきつく閉じられていた。

 恐怖で瞬きを忘れた象牙眼が、口端を釣り上げたロックを捉えると、

「サロメ……だ。しっかり、その手で受け取れ!」

 彼女の右腕の雄羊頭蓋を覆う圏の刃が、ロックの首の前で止まる。

 灰褐色の混凝土コンクリート柱が、サロメの右の細腕を挟んでいた。

 雄羊の頭をした圏を付けたサロメの右腕が、鎌首を擡げ、

「その力……アイツは、眼の前でリリスが……」

が、って冗談は笑えないぜ?」

 ロックは“ブラック・クイーン“の籠状護拳バスケットヒルトを、灰褐色の二柱へ放つ。

 サロメの細腕ごと、グラファイトを伝わった電撃熱力エネルギーが灰褐色の柱も砕いた。

 破壊熱力エネルギーから放たれた混凝土コンクリート塊の炸裂弾が、サロメの右腕どころか右肩から鎖骨に加えて、脇腹も抉り取る。

 赤い唾帽子を被った象牙眼の魔女は、恐怖ではなく戸惑いに美貌を引きつらせながら、両膝を付いた。

 ただ、サロメの口は、肩を大きく動かした呼吸しか出ていない。

 どれだけ体の代わりを持ち得ても、転移できる義体が近くに不在で、かつ寄生している義体の損傷が激しかった場合、その魂もただでは済まない。

 負傷したサロメに注意を払いながら、ロックは周囲を見渡す。

 ”ウィッカー・マン”が活動している地域で、隔離されていることはロックの周知だった。

 だが、目の前にあるのは、サロメとその変わり身となった“フル・フロンタル“のみで、“クァトロ“はおろか、“ガンビー“も見当たらない。

 その答えは、バラード湾にあった。

 湾上空に浮かぶ“救世の剣“の破片を臨む様に、”ウィッカー・マン”が集まる。

 “クァトロ“、“ガンビー“に“フル・フロンタル“が、青白い光を“救世の剣“の破片に送っていた。

「まだ、死ぬわけ……消える訳には行かない!」

 ロックの目の前で、サロメに逃がされたリリスが跳躍。

 彼女を追おうとしたロックを、”ウィッカー・マン”からの青白い光が、妨げる。

 彼女を守る様に包む、青い光のヴェールが、ロックの立つ道路を照らした。

 電気がすっかり通らなくなり、周囲の夜景の光によって灰色となった道路の上に、鋼鉄の甲虫が敷き詰められている。

 甲虫の近くには、”首なし騎士デュラハン”が多く、捨てられていた。

それらから放たれる、紅黒い光も上空に昇った。

 青と赤の光は、螺旋を幾重にも作りながら、“救世の剣“を囲む。

 60メートル程だろうか。

 バラード湾上に街を見渡せる程の光の人形が立っていた。

 カエサルのガリア戦記で記録された、神へと捧げる罪人を生贄に捧げる大陸のケルトの奇祭――“枝網の大人形ウィッカー・マン”そのものだった。

 湾の近くで並ぶ、“クァトロ“や“ガンビー“、“フル・フロンタル“を構成する“ナノマシン:“リア・ファイル“が、“大人形“に向かう。

 グランヴィル・アイランドで見た、バンクェット像に着脱する、白い血肉と化した。

 “リア・ファイル“で形成された肉体を得た、”ウィッカー・マン”の心臓部が輝き、恒星となる。

 その前で、リリスが浮かんでいた。

 恒星を光らせているのは、“首なし騎士“の”ウィッカー・マン”、“デュラハン“。

 ロックは、胸部の大きく割れたデュラハンの中に、宿と同じものを見た。

 下から見上げるロックを尻目に、リリスは恍惚の表情を浮かべる。

「私があなたを生き返させる。あなたと共にこれからこの世界を生きる。貴方の見たモノを教えて、触らせて……そして、感じさせて!」

 その顔は、サキの体を乗っ取っている故か、今までロック達を翻弄させた“妖艶さ“とかけ離れた、“子供らしさ“に溢れていた。

 リリスは赤と黒の光を口から迸らせ、アンティパスの依り代となっていた肉体を抱きしめる。

 偉丈夫の頭を両手で掴み、口から頭蓋骨も貪らん程の激しい接吻を交わした。

 ロックの眼に、リリスの口から放たれた赤黒い魂が、短髪の偉丈夫の体内で溶岩の様に猛る様が映る。

 リリスは偉丈夫から唇を離し、

「これで、。この街の人間を使って……私たちを、の魂を使って!!」

 まるで、上質な葡萄酒か神酒を飲み干したかの様に、瀝青コールタールの夜の下、雄叫びを上げた。
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