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第六章 Hash
姦計―③―
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「ケネス!!」
炎柱の中心で浮かぶヘンリー=ケネス=リチャーズが、目の前にいる理由をブルースは考えたが止める。
自分とナオトでやっと捕まえられたものを、”ワールド・シェパード社”と警察が何とか出来るものとは思えなかったからだ。
迫りくる炎の竜巻に照らされた、左側の顔が銀色と化したケネスの皮膚。
警告灯を壊した警察車両で仰向けになっているブルースの眼に映る。
顔の皮膚の多くが銀鏡色に覆われていた。
着ていたトレーナーの上下は炎で焼かれ、銀鏡のマネキンとかしている。
背後に揺れる爆炎に照らされたケネスの全身は、溶鉱炉を巡る流動鉄と化していた。
“リア・ファイル“のケネスへの侵食は、人間として絶望的な段階に達している。
「車は欲しいが、屋根に乗りたくなる程のご執心は持ち得ねぇな、ブルースよぉ?」
「ケネスの様に、炎を纏って指一本すら触れられないよりは、マシだぜ?」
ブルースの皮肉に応えるように、ケネスのウィゾ・バターによる火球が並ぶ。
その数は五つ。
しかし、轟音がブルースの背後を震わせた。
”ワールド・シェパード社”の人型戦車の脚部強化型から、放たれた小型噴進爆弾がブルースの脇を抜ける。
目の前の爆発が苔色の外套を翻しながら、ブルースの体は宙を舞った。
熱風に、運ばれたのではない。
「サミュエルもしょうがないな……」
ブルースの腹は、少女の左腕に支えられていた。
彼女の足下の滑輪板は、銀色の鰻が這っている。
路上に音もなく着地した少女の蛇行に、
「シャロン……!?」
ブルースは、驚きながら少女の名を叫ぶ。
桃色のトレーナーの少女の細腕が、成人男性を左脇に抱えている図は見るものを戸惑わせるだろう。
それを見て、三体の内、“ラ・ファイエット“とコシュチュシュコの二体の動作が遅れた。
ナオトの青いSUVに、ブルースは目を向ける。
三体目の脚力特化の人型戦車が、黄色の竜巻に覆われていた。
黄金の粒が渦に運ばれ、二足の鉄塊を蔦の様に覆う。
黄金の砂と風は、特殊繊維で作られた関節を裂いた。
胴体の配線という配線の焼かれる音を奏で、腕部に炎の華を咲かせる。
ただ、だらしなく弛緩した鉄塊の上半身を、脚部のキャタピラの惰性が運んだ。
「ブルース、君が女の子を抱えているのを見るのは不愉快だけど、不思議と抱えられているのを見るのは面白いよ?」
キャタピラしか動かないラ・ファイエットを包む黄金の竜巻に乗る少年――サミュエルの皮肉に、思わずブルースは笑って、
「あのな……女の子に抱えられても、格好いい男は、格好いいんだよ」
サミュエルにそう言い返すが、返答が無く、ブルースの目の前で笑顔を絶やさなかった。
だが、笑顔の奥に冷たい眼光が含まれているのをブルースは感じ取る。
「気持ち悪い一言話すと、放り投げるよ!」
「ちょ……ま」
戸惑った声も一言と、シャロンが捉えたのかもしれない。
ブルースの体が、シャロンに放られて弧を描く。
苔色の外套が、土瀝青の路地に叩きつけられる前に、肩部発達型の人型戦車に到達――もとい、ブルースの背中が、蹄鉄の頭部に突っ込んで止まる。
シャロンとブルースのいた場所に、一条の火炎が弾ける。
その火炎を予知していたのか、シャロンは桃色の風になって、脇道に駐車されていた車両を飛び越える。
歩道の上で、ナオトの車両と並走。
「ブルース、君はいい歳なんだから、落ち着いたら?」
金の竜巻に乗るサミュエルの言葉に、
「取り敢えず、その竜巻に乗せて、これからの人生を考えさせて?」
「残念ながら、この“報復の車輪“は一人乗り。人生について考えたいなら、まず、目の前の炎を出す馬鹿を倒すこと」
ブルースの提案に対し、サミュエルがやんわりと代案を示した。
「良い考え。アイツらを倒すのに使えそうだから、これに乗っておく」
ブルースの目の前には、二体目の脚部強化の人型兵器と、炎を伴いながら浮かぶケネス。
しかし、二体目のラ・ファイエットの脚から出てきた小型噴進爆弾が、炎の怪物だけでなく、サミュエルとブルースにも牙を剥いた。
噴進爆弾が、ケネスの炎に溶かされて爆発。
爆破の衝撃が、空間を揺らす。
しかし、ブルースの前に広がる砂嵐が、更なる爆炎を生んだ。
サミュエルの“報復の車輪“は、巨大な集塵機と言っていい。
集塵機の爆発事故は、集められた塵に荷電し、爆発することで起きる。
その衝撃と熱風によって、二体目のラ・ファイエットが横転。
思わぬ炎が発生し、ケネスの視界を奪った。
ほぼ銀色と化した男は、爆炎を払いながら、
「そういや……ブルースの横の奴、お前も久しぶりだな。まぁ“バター“でしかもてなせないが、受け取れや?」
ケネスの両手で振り払う様に、ウィゾ・バターの火球群を解き放つ。
周囲に十を超える数を超える炎弾がサミュエルに向かった。
「サミュエルだ、この、テカテカしたカナダ原産の粘液ナメクジ男!」
――いや、金属の皮膚だけどな。
ブルースは内心、突っ込んだ。
シャロンから言わせれば、この国に生息している大きな蛞蝓と、ケネスの皮膚は彼女の不快指数を等しく上昇させるらしい。
車道に飛び出したシャロン。
彼女の乗る滑輪板の下で、“柔らかく薄っぺらい銀牛“が、“ウィゾ・バター“の火球を受け止めた。
九つの炎の弾が、煙を上げて消える。
しかし、残りの一球が滑輪板の少女の目の前で爆発。
シャロンは滑輪板と共に爆炎の膜に遮られながら、歩道に着地する。
しかし、その時にはブルースは既に行動を起こしていた。
ケネスを囲む車両の屋根を目指す。
日本の中世初期に存在した最強の武士が行った“八艘跳び“よろしく、警察車両と”ワールド・シェパード社”の車両の上を移動。
ブルースは、炎の魔人との距離を一気に縮める。
ケネスと一直線に並んだ警察車両の警告灯を壊して、降りた。
炎に照らされるケネスの眼が、ブルースを捉える。
だが、ほぼ銀色に染まった顔の双眸が大きく見開き、銀色に染まる口から赤黒い血塊を吐き出した。
彼の口から吐き出された血の滝が映したのは、彼の腹部にめり込んだブルースの右脚。
美神霹靂。
トッケイヤモリの分子間力を使った瞬間高速移動による、跳び蹴りだった。
分子は全ての物質に存在する。
“リア・ファイル“に覆われたケネスも例外ではない。
E=mc^2の“c“が速さなら、強力な接着力は力と速さからも生じる。
そうしてブルースは蹄鉄と警察官の視界に触れることもなく、ケネスに人間砲弾の一撃を食らわせたのだ。
辛うじて残ったケネスの人間としての双眼を、紫電が覆う。
ブルースのショーテル、“ヘヴンズ・ドライヴ“による緑の双閃がケネスの顔と右半身をそれぞれ刻んだ。
“リア・ファイル“に包まれた体に刻まれた剣閃に沿って、青白い熱線が血の様に噴出する。
ブルースは痛みに悶える、ケネスに“ヘヴンズ・ドライヴ“の銃口を突きつけた。
「目には目を。歯には歯を。そして、火を以て火を制すだ」
「そして、化け物は化け物になる……お前たちも例外なく、な!!」
「少なくとも俺は、今じゃない」
ブルースの言葉を聞いたケネスは、中空で蹴りを放った。
蹴り飛ばされたブルースとの間に、人ひとり分の間合いが開く。
刹那、一際大きな炎がケネスに煌いた。
「サロメ、お前の望み通り俺の熱をありったけくれてやる!」
大きな音を立て、空間に衝撃を走った。
ケネスの中心で、青白い光の爆発が広がる。
青い光が、雨に濡れたバンクーバーから一時的に冷気を奪うと、東の空を飛んでいった。
炎の熱気が消えぬ中、前の車の硝子が宙に浮くブルースに告げる。
“コシュチュシュコ“が、背後から迫ってきたことを。
振り向く力が無くなり、動作が遅れていると、ブルースは黄金色の風に包まれた。
そこから延びるサミュエルの右手が、ブルースの外套の背を掴む。
ブルースの背後を捉えた、“蹄鉄”“コシュチュシュコ”。
その大きな胴体が、大きく崩れた。
サミュエルの竜巻に覆われていた一台目の“ラ・ファイエット“の残骸が、“コシュチュシコ“の正面に躍り出る。
正面で組み合う“コシュチュシコ“の右膝に、ナオトがSUVを当てたのだ。
ナオトの駆る青い鉄の塊が、鉄拳の蟹を大きく揺らす。
ブルースは、“ヘヴンズ・ドライヴ“を二丁に構え、引き金を引いた。
放たれたナノ加工銃弾が、甲羅の胴体部分を大きく抉る。
ナノ強化された銃撃の雨が、胴体から上半身を覆った。
弾雨が強肩に到達すると、衝撃で人型戦車が止まる。
サミュエルの砂嵐は、それを見逃さない。
掴んだブルースを離すと、大きな旋風に乗せる。
眼の前の竜巻が、人型戦車を覆い、粉砕機の様に四肢を蹂躙した。
脚部は目立たない損傷だが、上半身は動力機、関節駆動機が音を立てながら壊れていく。
土瀝青の大地に呑まれる勢いを利用して、ブルースは右腕から前に回転。
痛みを半減させた受け身を取る。
立ち上がると、“コシュチュシコ“の破砕音が叫び声の様に聞こえた。
「……少なくとも、今は……な」
ブルースは機械の上げた断末魔に似た何かへ、ケネスに二度と言えなくなった反論を呟く。
彼と死線を駆け抜けたロックなら、どう答えるのか考えたが止めた。
蹄鉄と警察車両によって、凹凸だらけになった青いSUVから降りるナオトの姿を、ブルースは認める。
遅れて、ブルースの目の前に降り立ったサミュエルとシャロンの視線の先。
黒と白に二色に包まれた兵士たちが、男女問わず、電子励起銃を構えていた。
「ブルース……君がいると、本当に休まる時が無いよね?」
隣のサミュエルが、前に出ながら言った。
“パラダイス“の大鎌を跳ね上げ、臨戦態勢を取る。
「兄さんをこんな運命に引き込んだ……その責任は取ってもらうまで、殺さないよ?」
「ブルースの死も、正義の結果よ!」
サミュエルの言葉に、シャロンは力強く相槌を打つ。
――お前は、サミュエルの敵は自分の敵だろ!?
心の中で突っ込むと、その彼らより前へ進み出たナオトをブルースは見た。
ブルース達と、”ワールド・シェパード社”の間に立つ、日本人の青年。
その瞳は、大勢の前にしても輝きが揺れなかった。
しかし、彼の瞳があるものを捉えて、鞭を構える。
得物の鞭は、”ウィッカー・マン”専用兵器。
彼の眼が揺れた理由は、鞭の欲する獲物を見つけたからに他ならない。
「僕の体を君たちに預ける。取調には応じよう。その代わり……」
警察と”ワールド・シェパード社”の包囲網を“ウィッカー・マン:クァトロ“が、飛び越した。
人間たちの間を縫う様に、白銀の咢が目当ての首を高々と掴み上げる。
「ブルース、君たちはロックを探し出してくれ! カイルよりも前に。ここにいる隊員より、物分かりが悪いから早急に頼む! 残りは……」
黒髪の日本人から放たれた“クァトロ“の皮膚と同じ色の鞭が、空を裂いた。
一体の“四つん這い“の右脚を切断し、左胸部を突き刺す。
「街から、”ウィッカー・マン”を遠ざけるぞ!」
ナオトの宣言が、ケネスの恨みの炎よりも響いた。
彼を追いかけていた、”ワールド・シェパード社”の隊員は、白銀の軍勢に銃口を向け直す。
電子励起銃の音が、ブルース達の耳から遠ざかった。
しかし、彼の耳に鋼板が割れ、土瀝青の地を叩く音が入る。
先程、熱波と爆発で横転した、鉄蟹の甲羅から、”ワールド・シェパード社”の兵士が顔を出した。
彼の顔を覆う犬耳兜の防御面。
その樹脂部分は口の端を釣り上げたブルースの笑顔を、大きく反射していた。
炎柱の中心で浮かぶヘンリー=ケネス=リチャーズが、目の前にいる理由をブルースは考えたが止める。
自分とナオトでやっと捕まえられたものを、”ワールド・シェパード社”と警察が何とか出来るものとは思えなかったからだ。
迫りくる炎の竜巻に照らされた、左側の顔が銀色と化したケネスの皮膚。
警告灯を壊した警察車両で仰向けになっているブルースの眼に映る。
顔の皮膚の多くが銀鏡色に覆われていた。
着ていたトレーナーの上下は炎で焼かれ、銀鏡のマネキンとかしている。
背後に揺れる爆炎に照らされたケネスの全身は、溶鉱炉を巡る流動鉄と化していた。
“リア・ファイル“のケネスへの侵食は、人間として絶望的な段階に達している。
「車は欲しいが、屋根に乗りたくなる程のご執心は持ち得ねぇな、ブルースよぉ?」
「ケネスの様に、炎を纏って指一本すら触れられないよりは、マシだぜ?」
ブルースの皮肉に応えるように、ケネスのウィゾ・バターによる火球が並ぶ。
その数は五つ。
しかし、轟音がブルースの背後を震わせた。
”ワールド・シェパード社”の人型戦車の脚部強化型から、放たれた小型噴進爆弾がブルースの脇を抜ける。
目の前の爆発が苔色の外套を翻しながら、ブルースの体は宙を舞った。
熱風に、運ばれたのではない。
「サミュエルもしょうがないな……」
ブルースの腹は、少女の左腕に支えられていた。
彼女の足下の滑輪板は、銀色の鰻が這っている。
路上に音もなく着地した少女の蛇行に、
「シャロン……!?」
ブルースは、驚きながら少女の名を叫ぶ。
桃色のトレーナーの少女の細腕が、成人男性を左脇に抱えている図は見るものを戸惑わせるだろう。
それを見て、三体の内、“ラ・ファイエット“とコシュチュシュコの二体の動作が遅れた。
ナオトの青いSUVに、ブルースは目を向ける。
三体目の脚力特化の人型戦車が、黄色の竜巻に覆われていた。
黄金の粒が渦に運ばれ、二足の鉄塊を蔦の様に覆う。
黄金の砂と風は、特殊繊維で作られた関節を裂いた。
胴体の配線という配線の焼かれる音を奏で、腕部に炎の華を咲かせる。
ただ、だらしなく弛緩した鉄塊の上半身を、脚部のキャタピラの惰性が運んだ。
「ブルース、君が女の子を抱えているのを見るのは不愉快だけど、不思議と抱えられているのを見るのは面白いよ?」
キャタピラしか動かないラ・ファイエットを包む黄金の竜巻に乗る少年――サミュエルの皮肉に、思わずブルースは笑って、
「あのな……女の子に抱えられても、格好いい男は、格好いいんだよ」
サミュエルにそう言い返すが、返答が無く、ブルースの目の前で笑顔を絶やさなかった。
だが、笑顔の奥に冷たい眼光が含まれているのをブルースは感じ取る。
「気持ち悪い一言話すと、放り投げるよ!」
「ちょ……ま」
戸惑った声も一言と、シャロンが捉えたのかもしれない。
ブルースの体が、シャロンに放られて弧を描く。
苔色の外套が、土瀝青の路地に叩きつけられる前に、肩部発達型の人型戦車に到達――もとい、ブルースの背中が、蹄鉄の頭部に突っ込んで止まる。
シャロンとブルースのいた場所に、一条の火炎が弾ける。
その火炎を予知していたのか、シャロンは桃色の風になって、脇道に駐車されていた車両を飛び越える。
歩道の上で、ナオトの車両と並走。
「ブルース、君はいい歳なんだから、落ち着いたら?」
金の竜巻に乗るサミュエルの言葉に、
「取り敢えず、その竜巻に乗せて、これからの人生を考えさせて?」
「残念ながら、この“報復の車輪“は一人乗り。人生について考えたいなら、まず、目の前の炎を出す馬鹿を倒すこと」
ブルースの提案に対し、サミュエルがやんわりと代案を示した。
「良い考え。アイツらを倒すのに使えそうだから、これに乗っておく」
ブルースの目の前には、二体目の脚部強化の人型兵器と、炎を伴いながら浮かぶケネス。
しかし、二体目のラ・ファイエットの脚から出てきた小型噴進爆弾が、炎の怪物だけでなく、サミュエルとブルースにも牙を剥いた。
噴進爆弾が、ケネスの炎に溶かされて爆発。
爆破の衝撃が、空間を揺らす。
しかし、ブルースの前に広がる砂嵐が、更なる爆炎を生んだ。
サミュエルの“報復の車輪“は、巨大な集塵機と言っていい。
集塵機の爆発事故は、集められた塵に荷電し、爆発することで起きる。
その衝撃と熱風によって、二体目のラ・ファイエットが横転。
思わぬ炎が発生し、ケネスの視界を奪った。
ほぼ銀色と化した男は、爆炎を払いながら、
「そういや……ブルースの横の奴、お前も久しぶりだな。まぁ“バター“でしかもてなせないが、受け取れや?」
ケネスの両手で振り払う様に、ウィゾ・バターの火球群を解き放つ。
周囲に十を超える数を超える炎弾がサミュエルに向かった。
「サミュエルだ、この、テカテカしたカナダ原産の粘液ナメクジ男!」
――いや、金属の皮膚だけどな。
ブルースは内心、突っ込んだ。
シャロンから言わせれば、この国に生息している大きな蛞蝓と、ケネスの皮膚は彼女の不快指数を等しく上昇させるらしい。
車道に飛び出したシャロン。
彼女の乗る滑輪板の下で、“柔らかく薄っぺらい銀牛“が、“ウィゾ・バター“の火球を受け止めた。
九つの炎の弾が、煙を上げて消える。
しかし、残りの一球が滑輪板の少女の目の前で爆発。
シャロンは滑輪板と共に爆炎の膜に遮られながら、歩道に着地する。
しかし、その時にはブルースは既に行動を起こしていた。
ケネスを囲む車両の屋根を目指す。
日本の中世初期に存在した最強の武士が行った“八艘跳び“よろしく、警察車両と”ワールド・シェパード社”の車両の上を移動。
ブルースは、炎の魔人との距離を一気に縮める。
ケネスと一直線に並んだ警察車両の警告灯を壊して、降りた。
炎に照らされるケネスの眼が、ブルースを捉える。
だが、ほぼ銀色に染まった顔の双眸が大きく見開き、銀色に染まる口から赤黒い血塊を吐き出した。
彼の口から吐き出された血の滝が映したのは、彼の腹部にめり込んだブルースの右脚。
美神霹靂。
トッケイヤモリの分子間力を使った瞬間高速移動による、跳び蹴りだった。
分子は全ての物質に存在する。
“リア・ファイル“に覆われたケネスも例外ではない。
E=mc^2の“c“が速さなら、強力な接着力は力と速さからも生じる。
そうしてブルースは蹄鉄と警察官の視界に触れることもなく、ケネスに人間砲弾の一撃を食らわせたのだ。
辛うじて残ったケネスの人間としての双眼を、紫電が覆う。
ブルースのショーテル、“ヘヴンズ・ドライヴ“による緑の双閃がケネスの顔と右半身をそれぞれ刻んだ。
“リア・ファイル“に包まれた体に刻まれた剣閃に沿って、青白い熱線が血の様に噴出する。
ブルースは痛みに悶える、ケネスに“ヘヴンズ・ドライヴ“の銃口を突きつけた。
「目には目を。歯には歯を。そして、火を以て火を制すだ」
「そして、化け物は化け物になる……お前たちも例外なく、な!!」
「少なくとも俺は、今じゃない」
ブルースの言葉を聞いたケネスは、中空で蹴りを放った。
蹴り飛ばされたブルースとの間に、人ひとり分の間合いが開く。
刹那、一際大きな炎がケネスに煌いた。
「サロメ、お前の望み通り俺の熱をありったけくれてやる!」
大きな音を立て、空間に衝撃を走った。
ケネスの中心で、青白い光の爆発が広がる。
青い光が、雨に濡れたバンクーバーから一時的に冷気を奪うと、東の空を飛んでいった。
炎の熱気が消えぬ中、前の車の硝子が宙に浮くブルースに告げる。
“コシュチュシュコ“が、背後から迫ってきたことを。
振り向く力が無くなり、動作が遅れていると、ブルースは黄金色の風に包まれた。
そこから延びるサミュエルの右手が、ブルースの外套の背を掴む。
ブルースの背後を捉えた、“蹄鉄”“コシュチュシュコ”。
その大きな胴体が、大きく崩れた。
サミュエルの竜巻に覆われていた一台目の“ラ・ファイエット“の残骸が、“コシュチュシコ“の正面に躍り出る。
正面で組み合う“コシュチュシコ“の右膝に、ナオトがSUVを当てたのだ。
ナオトの駆る青い鉄の塊が、鉄拳の蟹を大きく揺らす。
ブルースは、“ヘヴンズ・ドライヴ“を二丁に構え、引き金を引いた。
放たれたナノ加工銃弾が、甲羅の胴体部分を大きく抉る。
ナノ強化された銃撃の雨が、胴体から上半身を覆った。
弾雨が強肩に到達すると、衝撃で人型戦車が止まる。
サミュエルの砂嵐は、それを見逃さない。
掴んだブルースを離すと、大きな旋風に乗せる。
眼の前の竜巻が、人型戦車を覆い、粉砕機の様に四肢を蹂躙した。
脚部は目立たない損傷だが、上半身は動力機、関節駆動機が音を立てながら壊れていく。
土瀝青の大地に呑まれる勢いを利用して、ブルースは右腕から前に回転。
痛みを半減させた受け身を取る。
立ち上がると、“コシュチュシコ“の破砕音が叫び声の様に聞こえた。
「……少なくとも、今は……な」
ブルースは機械の上げた断末魔に似た何かへ、ケネスに二度と言えなくなった反論を呟く。
彼と死線を駆け抜けたロックなら、どう答えるのか考えたが止めた。
蹄鉄と警察車両によって、凹凸だらけになった青いSUVから降りるナオトの姿を、ブルースは認める。
遅れて、ブルースの目の前に降り立ったサミュエルとシャロンの視線の先。
黒と白に二色に包まれた兵士たちが、男女問わず、電子励起銃を構えていた。
「ブルース……君がいると、本当に休まる時が無いよね?」
隣のサミュエルが、前に出ながら言った。
“パラダイス“の大鎌を跳ね上げ、臨戦態勢を取る。
「兄さんをこんな運命に引き込んだ……その責任は取ってもらうまで、殺さないよ?」
「ブルースの死も、正義の結果よ!」
サミュエルの言葉に、シャロンは力強く相槌を打つ。
――お前は、サミュエルの敵は自分の敵だろ!?
心の中で突っ込むと、その彼らより前へ進み出たナオトをブルースは見た。
ブルース達と、”ワールド・シェパード社”の間に立つ、日本人の青年。
その瞳は、大勢の前にしても輝きが揺れなかった。
しかし、彼の瞳があるものを捉えて、鞭を構える。
得物の鞭は、”ウィッカー・マン”専用兵器。
彼の眼が揺れた理由は、鞭の欲する獲物を見つけたからに他ならない。
「僕の体を君たちに預ける。取調には応じよう。その代わり……」
警察と”ワールド・シェパード社”の包囲網を“ウィッカー・マン:クァトロ“が、飛び越した。
人間たちの間を縫う様に、白銀の咢が目当ての首を高々と掴み上げる。
「ブルース、君たちはロックを探し出してくれ! カイルよりも前に。ここにいる隊員より、物分かりが悪いから早急に頼む! 残りは……」
黒髪の日本人から放たれた“クァトロ“の皮膚と同じ色の鞭が、空を裂いた。
一体の“四つん這い“の右脚を切断し、左胸部を突き刺す。
「街から、”ウィッカー・マン”を遠ざけるぞ!」
ナオトの宣言が、ケネスの恨みの炎よりも響いた。
彼を追いかけていた、”ワールド・シェパード社”の隊員は、白銀の軍勢に銃口を向け直す。
電子励起銃の音が、ブルース達の耳から遠ざかった。
しかし、彼の耳に鋼板が割れ、土瀝青の地を叩く音が入る。
先程、熱波と爆発で横転した、鉄蟹の甲羅から、”ワールド・シェパード社”の兵士が顔を出した。
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その樹脂部分は口の端を釣り上げたブルースの笑顔を、大きく反射していた。
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