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第六章 Hash

姦計―③―

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「ケネス!!」

 炎柱の中心で浮かぶヘンリー=ケネス=リチャーズが、目の前にいる理由をブルースは考えたが止める。

 自分とナオトでやっと捕まえられたものを、”ワールド・シェパード社”と警察が何とか出来るものとは思えなかったからだ。

 迫りくる炎の竜巻に照らされた、左側の顔が銀色と化したケネスの皮膚。

 警告灯を壊した警察車両で仰向けになっているブルースの眼に映る。

 顔の皮膚の多くが銀鏡色に覆われていた。

 着ていたトレーナーの上下は炎で焼かれ、銀鏡のマネキンとかしている。

 背後に揺れる爆炎に照らされたケネスの全身は、溶鉱炉を巡る流動鉄と化していた。

 “リア・ファイル“のケネスへの侵食は、人間として絶望的な段階に達している。

「車は欲しいが、のご執心は持ち得ねぇな、ブルースよぉ?」

「ケネスの様に、は、マシだぜ?」

 ブルースの皮肉に応えるように、ケネスのウィゾ・バターによる火球が並ぶ。

 その数は五つ。

 しかし、轟音がブルースの背後を震わせた。

 ”ワールド・シェパード社”の人型戦車の脚部強化型から、放たれた小型噴進爆弾ミサイルがブルースの脇を抜ける。

 目の前の爆発がこけ色の外套コートを翻しながら、ブルースの体は宙を舞った。

 熱風に、運ばれたのではない。

「サミュエルもしょうがないな……」

 ブルースの腹は、少女の左腕に支えられていた。

 彼女の足下の滑輪板スケートボードは、銀色のうなぎが這っている。

 路上に音もなく着地した少女の蛇行に、

「シャロン……!?」

 ブルースは、驚きながら少女の名を叫ぶ。

 桃色のトレーナーの少女の細腕が、成人男性を左脇に抱えている図は見るものを戸惑わせるだろう。

 それを見て、三体の内、“ラ・ファイエット“とコシュチュシュコの二体の動作が遅れた。

 ナオトの青いSUVに、ブルースは目を向ける。

 三体目の脚力特化の人型戦車が、黄色の竜巻に覆われていた。

 黄金の粒が渦に運ばれ、二足の鉄塊を蔦の様に覆う。

 黄金の砂と風は、特殊繊維で作られた関節を裂いた。

 胴体の配線という配線の焼かれる音を奏で、腕部に炎の華を咲かせる。

 ただ、だらしなく弛緩した鉄塊の上半身を、脚部のキャタピラの惰性が運んだ。

「ブルース、だけど、不思議とのは面白いよ?」

 キャタピラしか動かないラ・ファイエットを包む黄金の竜巻に乗る少年――サミュエルの皮肉に、思わずブルースは笑って、

「あのな……女の子に抱えられても、格好いい男は、格好いいんだよ」

 サミュエルにそう言い返すが、返答が無く、ブルースの目の前で笑顔を絶やさなかった。

 だが、笑顔の奥に冷たい眼光が含まれているのをブルースは感じ取る。

「気持ち悪い一言話すと、放り投げるよ!」

「ちょ……ま」

 戸惑った声も一言と、シャロンが捉えたのかもしれない。

 ブルースの体が、シャロンに放られて弧を描く。

 こけ色の外套コートが、土瀝青アスファルトの路地に叩きつけられる前に、肩部発達型の人型戦車に到達――もとい、ブルースの背中が、蹄鉄の頭部に突っ込んで止まる。

 シャロンとブルースのいた場所に、一条の火炎が弾ける。

 その火炎を予知していたのか、シャロンは桃色の風になって、脇道に駐車されていた車両を飛び越える。

 歩道の上で、ナオトの車両と並走。

「ブルース、君はなんだから、落ち着いたら?」

 金の竜巻に乗るサミュエルの言葉に、

「取り敢えず、その竜巻に乗せて、これからの人生を考えさせて?」

「残念ながら、この“報復の車輪クウィレ・ド・イーオラウ“は一人乗り。人生について考えたいなら、まず、目の前の炎を出す馬鹿を倒すこと」

 ブルースの提案に対し、サミュエルがやんわりと代案を示した。

「良い考え。を倒すのに使えそうだから、これに乗っておく」

 ブルースの目の前には、二体目の脚部強化の人型兵器と、炎を伴いながら浮かぶケネス。

 しかし、二体目のラ・ファイエットの脚から出てきた小型噴進爆弾ミサイルが、炎の怪物だけでなく、サミュエルとブルースにも牙を剥いた。

 噴進爆弾ミサイルが、ケネスの炎に溶かされて爆発。

 爆破の衝撃が、空間を揺らす。

 しかし、ブルースの前に広がる砂嵐が、更なる爆炎を生んだ。

 サミュエルの“報復の車輪クウィレ・ド・イーオラウ“は、巨大な集塵機と言っていい。

 集塵機の爆発事故は、集められた塵に荷電し、爆発することで起きる。

 その衝撃と熱風によって、二体目のラ・ファイエットが横転。

 思わぬ炎が発生し、ケネスの視界を奪った。

 ほぼ銀色と化した男は、爆炎を払いながら、

「そういや……ブルースの横の奴、お前も久しぶりだな。まぁ““でしかもてなせないが、受け取れや?」

 ケネスの両手で振り払う様に、ウィゾ・バターの火球群を解き放つ。

 周囲に十を超える数を超える炎弾がサミュエルに向かった。

「サミュエルだ、この、テカテカしたカナダ原産の粘液ナメクジ男!」

――いや、金属の皮膚だけどな。

 ブルースは内心、突っ込んだ。

 シャロンから言わせれば、この国に生息している大きな蛞蝓なめくじと、ケネスの皮膚は彼女の不快指数を等しく上昇させるらしい。

 車道に飛び出したシャロン。

 彼女の乗る滑輪板スケートボードの下で、“柔らかく薄っぺらい銀牛“が、“ウィゾ・バター“の火球を受け止めた。

 九つの炎の弾が、煙を上げて消える。

 しかし、残りの一球が滑輪板スケートボードの少女の目の前で爆発。

 シャロンは滑輪板スケートボードと共に爆炎の膜に遮られながら、歩道に着地する。

 しかし、その時にはブルースは既に行動を起こしていた。

 ケネスを囲む車両の屋根を目指す。

 日本の中世初期に存在した最強の武士が行った“八艘はっそう跳び“よろしく、警察車両と”ワールド・シェパード社”の車両の上を移動。

 ブルースは、炎の魔人ケネスとの距離を一気に縮める。

 ケネスと一直線に並んだ警察車両の警告灯を壊して、降りた。

 炎に照らされるケネスの眼が、ブルースを捉える。

 だが、ほぼ銀色に染まった顔の双眸そうぼうが大きく見開き、銀色に染まる口から赤黒い血塊を吐き出した。

 彼の口から吐き出された血の滝が映したのは、彼の腹部にめり込んだブルースの右脚。

 美神霹靂クラハ・ガイヴィク

 トッケイヤモリの分子間ファンデルワールス力を使った瞬間高速移動による、跳び蹴りだった。

 分子はに存在する。

 “リア・ファイル“に覆われたケネスも例外ではない。

 E=mc^2の“c“が速さなら、からも生じる。

 そうしてブルースは蹄鉄と警察官の視界に触れることもなく、ケネスに人間砲弾の一撃を食らわせたのだ。

 辛うじて残ったケネスの人間としての双眼を、紫電が覆う。

 ブルースのショーテル、“ヘヴンズ・ドライヴ“による緑の双閃がケネスの顔と右半身をそれぞれ刻んだ。

 “リア・ファイル“に包まれた体に刻まれた剣閃に沿って、青白い熱線が血の様に噴出する。

 ブルースは痛みに悶える、ケネスに“ヘヴンズ・ドライヴ“の銃口を突きつけた。

「目には目を。歯には歯を。そして、火を以て火を制すだ」

「そして、になる……、な!!」

「少なくとも俺は、今じゃない」

 ブルースの言葉を聞いたケネスは、中空で蹴りを放った。

 蹴り飛ばされたブルースとの間に、人ひとり分の間合いが開く。

 刹那、一際大きな炎がケネスに煌いた。

「サロメ、俺の熱をありったけくれてやる!」

 大きな音を立て、空間に衝撃を走った。

 ケネスの中心で、青白い光の爆発が広がる。

 青い光が、雨に濡れたバンクーバーから一時的に冷気を奪うと、東の空を飛んでいった。

 炎の熱気が消えぬ中、前の車の硝子ガラスが宙に浮くブルースに告げる。

 “コシュチュシュコ“が、背後から迫ってきたことを。

 振り向く力が無くなり、動作が遅れていると、ブルースは黄金色の風に包まれた。

 そこから延びるサミュエルの右手が、ブルースの外套コートの背を掴む。

 ブルースの背後を捉えた、“蹄鉄”“コシュチュシュコ”。

 その大きな胴体が、大きく崩れた。

 サミュエルの竜巻に覆われていた一台目の“ラ・ファイエット“の残骸ざんがいが、“コシュチュシコ“の正面に躍り出る。

 正面で組み合う“コシュチュシコ“の右ひざに、ナオトがSUVを当てたのだ。

 ナオトの駆る青い鉄の塊が、鉄拳のかにを大きく揺らす。

 ブルースは、“ヘヴンズ・ドライヴ“を二丁に構え、引き金を引いた。

 放たれたナノ加工銃弾が、甲羅の胴体部分を大きく抉る。

 ナノ強化された銃撃の雨が、胴体から上半身を覆った。

 弾雨が強肩に到達すると、衝撃で人型戦車が止まる。

 サミュエルの砂嵐は、それを見逃さない。

 掴んだブルースを離すと、大きな旋風つむじかぜに乗せる。

 眼の前の竜巻が、人型戦車を覆い、粉砕機の様に四肢を蹂躙した。

 脚部は目立たない損傷だが、上半身は動力機、関節駆動機が音を立てながら壊れていく。

 土瀝青アスファルトの大地に呑まれる勢いを利用して、ブルースは右腕から前に回転。

 痛みを半減させた受け身を取る。

 立ち上がると、“コシュチュシコ“の破砕音が叫び声の様に聞こえた。

「……少なくとも、……な」

 ブルースは機械の上げた断末魔に似た何かへ、ケネスに反論を呟く。

 彼と死線を駆け抜けたロックなら、どう答えるのか考えたが止めた。

 蹄鉄と警察車両によって、凹凸だらけになった青いSUVから降りるナオトの姿を、ブルースは認める。

 遅れて、ブルースの目の前に降り立ったサミュエルとシャロンの視線の先。

 黒と白に二色に包まれた兵士たちが、男女問わず、電子励起れいき銃を構えていた。

「ブルース……君がいると、本当に休まる時が無いよね?」

 隣のサミュエルが、前に出ながら言った。

 “パラダイス“の大鎌を跳ね上げ、臨戦態勢を取る。

「兄さんをこんな運命に引き込んだ……その責任は取ってもらうまで、殺さないよ?」

「ブルースの死も、正義の結果よ!」

 サミュエルの言葉に、シャロンは力強く相槌を打つ。

――お前は、サミュエルの敵は自分の敵だろ!?

 心の中で突っ込むと、その彼らより前へ進み出たナオトをブルースは見た。

 ブルース達と、”ワールド・シェパード社”の間に立つ、日本人の青年。

 その瞳は、大勢の前にしても輝きが揺れなかった。

 しかし、彼の瞳があるものを捉えて、むちを構える。

 得物のむちは、”ウィッカー・マン”専用兵器。

 彼の眼が揺れた理由は、むちの欲する獲物を見つけたからに他ならない。

「僕の体を君たちに預ける。取調には応じよう。その代わり……」

 警察と”ワールド・シェパード社”の包囲網を“ウィッカー・マン:クァトロ“が、飛び越した。

 人間たちの間を縫う様に、白銀のあぎとが目当ての首を高々と掴み上げる。

「ブルース、君たちはロックを探し出してくれ! カイルよりも前に。ここにいる隊員より、が悪いから早急に頼む! 残りは……」

 黒髪の日本人から放たれた“クァトロ“の皮膚と同じ色のむちが、空を裂いた。

 一体の“四つん這い“の右脚を切断し、左胸部を突き刺す。

「街から、”ウィッカー・マン”を遠ざけるぞ!」

 ナオトの宣言が、ケネスの恨みの炎よりも響いた。

 彼を追いかけていた、”ワールド・シェパード社”の隊員は、白銀の軍勢に銃口を向け直す。

 電子励起れいき銃の音が、ブルース達の耳から遠ざかった。

 しかし、彼の耳に鋼板が割れ、土瀝青アスファルトの地を叩く音が入る。

 先程、熱波と爆発で横転した、鉄蟹てつがにの甲羅から、”ワールド・シェパード社”の兵士が顔を出した。

 彼の顔を覆う犬耳かぶとの防御面。

 その樹脂部分はを、大きく反射していた。
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