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第五章 Flash And Slash
閃刃―⑨―
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午後9時21分 スタンレー・パーク入り口
スタンレー・パーク。
B.C.州バンクーバーの誇る自然公園で、400haの西海岸原産の針葉樹林を市街地の中で楽しむことが出来る。
公園南部のコール・ハーバー、カナダ海軍新兵の訓練施設デッドマンズ島。
バラード湾に浮かぶ様に聳える、“愚者の黄金”として知られる硫黄の山々。
日が出て、雲一つない青空の下、これらを見ながら行うサイクリングは合理化の網がひしめき合う情報化社会の生き辛さから解放してくれるだろう。
しかし、どれだけ人を魅了する場所でも、夜に見せるもう一つの顔がある。
それが、ロックの後ろでざわついていた。
目の前で、爆発が起きる度に悲鳴が漏れる。
ロックからではない。
「早く逃げろ!」
夜色に染まった公園、雨に鬱屈した森の背後にいる影にロックは怒鳴った。
黒く煤けた顔に湯水を浴びることは愚か、櫛を全く通していない髪の路上生活者たちは、ロックでも老若男女の判断が付かない。
その上、古着を継ぎ合わせた服装は、季節感をも麻痺させる。
ロックは、“イニュエンド”の銃撃をアンティパスに放った。
路上生活者がアンティパスの甲冑を抉る“雷鳴の角笛”の音に恐れ、逃げていく。
「アンティパス。場所位、選んでくれる……訳ないか?」
ロックは、灰褐色の美丈夫の凍える赤色の眼差しを見据える。
バンクーバーの路上生活者は、世界でも問題となっていた。
雨季のバンクーバーは、暖を取れる場所が少ない。
路上生活者用に一部のホテルも解放されていたが、それでも限界がある。
特に、現在市内に”ウィッカー・マン”が溢れ、一般市民の避難所とされているなら尚のことだ。
宿を得られなかったそんな彼らが、路上よりも“多少は”雨が凌げる場所――つまり、スタンレー・パークの針葉樹林帯を選ぶのは自然の流れだろう。
「つうか、この光景を見て心痛める素振りでも見せてくれれば、凄い手加減したくなるんだけどな!」
早々と“ブラック・クイーン”の籠状護拳に“イニュエンド”を入れ、“怒れる親父の一撃“を灰褐色の戦士に振りかぶった。
アンティパスは、切っ先を突き出した大剣の腹で、ロックの一振りを受ける。
アンティパスの高身長と屈強な肉体から生じる膂力の波に、ロックは籠状護拳を突き出して抗った。
ロックとアンティパスの間で生まれた力の爆発が波として広がり、木々を大きく揺らす。
紅と灰褐色の衝突を目にした路上生活者は、吹き飛ばされながらも、爆心地から離れていった。
――まともな奴らに助けてもらえれば、良いんだが……。
ロックは懸念を他所に、アンティパスに向き直す。
切っ先を突き出した翼剣の一合を、偉丈夫へ放った。
赤い目に映る、紅い外套の自身を見ながら、路上生活者への支援活動に参加したことを思い出す。
正確には彼が子供の頃に、父、弟と妹の4名で、教会で行われた無償の給仕だ。
ロック達を始め、子供たちにとっては、無償の奉仕活動は学習と将来の生活面で有利にしたい打算的なものだ。
だが、実際に接して、ロックはその浅はかな考えを呪った。
十代の女性が親との不和で、教会に寝泊まりしていた。
年端のいかない少女と、癒えぬ傷を負い、自分を表現することすら困難な連れ子もいた。
注射器の跡を烙印の様に付けている者もよく見かけた。
支援が足りないと、ロックは子供ながら考えたが、
『支援をする者も、される者も……共に前へ進む決心をしないとうまくいかない』
父の強い言葉が頭に残っていた。
『一番怖いのは、“善意“で行っている人だ。善意を押し付ける人は、自分の施しが富から来ていることを知らない。そして、生活に困る人に食事などの支援を施すことで、人の将来に未来を馳せるのでなく、善意をしている今の行為に満足して、人を支配する。精神に傷を負っている人は、善意に縋るしかないから支配を受け入れざるを得ない』
バンクーバーでは、薬物中毒や配偶者間暴力で悩む人が滞在できる住宅を郊外に開発させる計画が、善意の者に阻まれた話を聞いたことがあった。
「子どもに悪影響だから」
「煩いから」
「カナダに相応しくない」
それらは、自分たちの優位性を守るための方便。
路上生活者や生活困難者の無償奉仕には参加するが、奉仕される側の生活基盤を整えることへの危機感を表す矛盾。
政治的正しさの元、善意で弱者を飼う人間と見做さない行為の証左だった。
アンティパスは、ロックの内面を知る由は無いだろう。
ロックはもう一合、横殴りに翼剣“ブラック・クイーン“をアンティパスに振るった。
しかし、アンティパスの前でセメントが隆起。
土、石に木片を含みながら、ロックの斬撃を遮る。
その衝撃で、拡散した混凝土片が炸裂弾と化した。
ロックは、籠状護拳から発したグラファイトの電力場で礫片を捉える。
捉えられた混凝土片が夜の闇を覆い返す煌きを発し、電気熱力を加速させ、一片も残さず破壊した。
「クソが!?」
ロックが毒気づくと、体が動いていた。
彼の破壊した混凝土から生じた、赤子の大きさをした礫片が、路上生活者の女性に向かう。
病気で彼女の右足が切断されているのか、逃げる速度は遅い。
彼女に着く前に、ロックの左肘が、乳飲み子の大きさの混凝土片に炸裂した。
視界が、更に細かくなった混凝土の破片に覆われる。
しかし、ロックが背後を見せたにも関わらず、アンティパスは動かなかった。
仁王立ちで、ロックの前で佇み、路上生活者たちの行く末を見守っている。
アンティパスの眼に映るロックの背後で、右足のない女性を、二人の路上生活者が脇に抱えていた。
彼女を連れた路上生活者たちは、ロックとアンティパスの存在を、どこ吹く風と去っていく。
――まあ、一人よりは良いだろう。
そう考えていると、アンティパスの斬撃がロックの頭上に降りかかる。
攻撃を止めようとロックは下半身の重心を意識した。
だが、両足がぬかるみに取られる。
泥の上で蹈鞴を踏まされつつ、アンティパスの斬撃を見据えるが、大剣”ストーン・コールド・クレイジー”はロックの頭上から消えていた。
しかし、ロックの顎を撫でる上向きの風を感じ、後退。
”ストーン・コールド・クレイジー”の斬り上げが遅れて、喉を狙う。
右手の翼剣を前に突き出し、斬撃を止めた。
ロックの体を、衝撃が突き抜ける。
内臓が揺れる感覚と共に、ロックの足元に、葉の絨毯と虫食い状の大地が広がっていた。
自分が、宙に浮かされている状態であると気づかされる。
衝撃に流されるまま弧を描きながら、ロックは大地に右足から踏みつけた。
重点を整える間も与えず、アンティパスがロックに肉薄。
逆右袈裟に切り上げ、振りかぶってきたアンティパスの斬撃をロックは翼剣の鍔で受け止める。
「あいつ等が逃げるまで待っていただろ、感謝はする」
ロックは言って、アンティパスの眼を見た。
灰褐色の戦士に、浮かぶ鮮やかな滅びの赤色。
ロックは彼の眼の輝きが、揺れたのを垣間見て、後退した。
アンティパスの上段からの振り下ろされた剣を、ロックは翼剣で弾く。
強制的に間合いを開けられたアンティパスは、ロックの追撃を避ける為に右後方へ半身を切りながら、大地を蹴る。
だが、ロックは跳躍して、アンティパスのすり足による後退で空いた間合いをすかさず詰めた。
ロックが振りかぶった唐竹割が捉えたのは、”ストーン・コールド・クレイジー”の鍔に近い部分。
揺さぶることで、ロックはアンティパスから両手の握力を奪おうとした。
だが、アンティパスは、突き出した右腕の剣で受ける。
灰褐色の戦士は、左腕を右腕に重ねながら力を入れた。
ロックの振り下ろしの位置熱力量が、アンティパスの交差した両腕の力によって弾き返される。
刹那、腹に走る衝撃をロックは感じた。
アンティパスから薙ぎ上げられた左拳槌が、大きく反ったロックの腹に命中。
痛みで意識を失いつつあるロックに、アンティパスの回転左裏拳が飛ぶ。
ロックは右腕を上げ、アンティパスの手の甲を、翼剣の籠状護拳で防いだ。
衝撃が慣性の力となり、ロックに大きくかかる。
しかし、アンティパスから伝わる衝撃に、ロックの両足が地から離れた。
慣性の力に流されながら、紅い外套の少年は、宙を飛んだまま後退。
地表に速く叩きつけられる寸前で、ロックは“ブラック・クイーン”から“迷える者の怒髪”による噴進火炎を放ち、アンティパスを薙ぐ。
“迷える者の怒髪”は灰褐色の戦士に当たらなかったが、高温で高熱力の刃が速度と推進力を生み、ロックをアンティパスの間合いから、再度離した。
背後に下がると、アンティパスがロックのいた位置に踏み込む。
偉丈夫の体重を掛けた剣の一振りと共に来たため、ロックは右足で後ろに跳んだ。
だが、アンティパスの全身を掛けた攻撃である為、ロックの足場を抉ったまま、泥濘に留まる。
ロックは、すかさず、“ブラック・クイーン“から取り出したイニュエンドを、右膝を落としたアンティパスに撃った。
半自動装填式拳銃のナノ銃弾を防ぐ、混凝土の壁が灰褐色の戦士の前に現れる。
しかし、混凝土壁に罅が入った瞬間、アンティパスの目尻が微かに動いた。
武骨で洗練された、赤眼の偉丈夫の顔に、微かに含まれた戸惑いの色。
壁から噴き出した白い煙が彼の顔を覆った。
“道作る蹄“。
“命熱波”による、炭酸ガス弾である。
混凝土自体、文明の利器として使われるが、一つだけ致命的な弱点が存在した。
外気の空気を浴びることにより、混凝土の持つ強度を失わせる中性化である。
炭酸ガスは中性化を引き起こし、混凝土を弱体化させる。
銃撃を受けた部分から、まるで羊の毛の様に炭酸ガスが噴出した。
本来は、“道作る蹄“はガス圧によって、特定の建造物を壊す用途で使われる。
だが、アンティパスは、更に混凝土を作った。
破片に様々な物質を混ぜ、ロックへの一撃に備えるつもりだろうか。
だが、ロックの一振りが速い。
放電衝撃が翼剣から壁に伝い、雨と共に解き放たれた。
紫電が、夜闇を切り裂きながら、混凝土壁を炸裂させる。
混凝土の破砕音と共に、雷撃の蔦がT-wall級の壁の罅を広げ、解放熱力が礫石を霧散させた。
アンティパスの“リア・ファイル“製の混凝土。
しかし、その強度は混凝土だけでは、当然生まれない。
セメントに混ぜられた混合物によって、その特性が活かされる。
混凝土を作る混合物は、木だけでなく、当然石も含まれていた。
ロックが破壊した混凝土。
それが一際煌いたのは、電気熱力を発する――石英の熱力解放によるものだ。
B.C.州のバンクーバーは、石英が採掘されている。
バンクーバー島、市街北部だけでなく、こちらにも分布されていたのだ。
石英は圧電素子で、加えられた力を電子に変換することが出来る。
ロックの“ブラック・クイーン“によって繰り出された放電現象が、石英を通して増幅し、混凝土壁の中で爆発したのだ。
中性化と放電衝撃で破壊された壁を修復できないアンティパスに、赤い外套の戦士は追撃を緩めない。
アンティパスの振る“ストーン・コールド・クレイジー”が礫弾を引き寄せ、間合いに入ったロックを阻む。
ロックの“ブラック・クイーン“の力によって、礫の爆風が光の渦に変わった。
灰褐色の戦士の紅い眼の輝きも打ち消し、ロックは翼の運ぶ雷迅の刃をアンティパスに落とす。
翼剣の切っ先が、視界を失ったアンティパスの灰褐色の甲冑に深く食い込んだ。
ロックは、深く刺さった翼剣から、グラファイトの電気を灰褐色の甲冑に注入しながら切り裂いた。
灰褐色の装甲と石英に塗れた混凝土壁が、熱力を浴びて爆散。
だが、ロックの前で何かが噴き出し、浴びせられた。
ロックを覆ったのは血潮ではない。
アンティパスの記憶だった。
ひるむ偉丈夫としてのアンティパスの顔が、長髪の青年に変わる。
その顔は血を口から滲ませながら、ロックを見た。
しかし、長髪の青年の目に映るのはロックではない。
鉢金を付けた美丈夫だった。
鉢金の男となったロックは、背後を見る。
短髪の少女が蹲りながら、薄く笑っていた。
笑う口は、三日月の様に裂けていた。
少女の三日月を思わせる嘲笑が消え、雨に濡れたスタンレー・パークの大地が広がる。
足元に、アンティパスと言う名前の男がいた。
ロックの斬撃で抉られた灰褐色の甲冑のまま、大の字で意識を失っている。
「俺は……また、“やったのか“……いや、何時だ。これは……何時のことだ!?」
眼の前と違って重なるアンティパスと、溢れだした覚えのない記憶。
見えるものと違う風景に、ロックの慟哭にアンティパスは応えない。
ただ、夜の雨の音が、ロックから吐き出されたものを包んでいった。
スタンレー・パーク。
B.C.州バンクーバーの誇る自然公園で、400haの西海岸原産の針葉樹林を市街地の中で楽しむことが出来る。
公園南部のコール・ハーバー、カナダ海軍新兵の訓練施設デッドマンズ島。
バラード湾に浮かぶ様に聳える、“愚者の黄金”として知られる硫黄の山々。
日が出て、雲一つない青空の下、これらを見ながら行うサイクリングは合理化の網がひしめき合う情報化社会の生き辛さから解放してくれるだろう。
しかし、どれだけ人を魅了する場所でも、夜に見せるもう一つの顔がある。
それが、ロックの後ろでざわついていた。
目の前で、爆発が起きる度に悲鳴が漏れる。
ロックからではない。
「早く逃げろ!」
夜色に染まった公園、雨に鬱屈した森の背後にいる影にロックは怒鳴った。
黒く煤けた顔に湯水を浴びることは愚か、櫛を全く通していない髪の路上生活者たちは、ロックでも老若男女の判断が付かない。
その上、古着を継ぎ合わせた服装は、季節感をも麻痺させる。
ロックは、“イニュエンド”の銃撃をアンティパスに放った。
路上生活者がアンティパスの甲冑を抉る“雷鳴の角笛”の音に恐れ、逃げていく。
「アンティパス。場所位、選んでくれる……訳ないか?」
ロックは、灰褐色の美丈夫の凍える赤色の眼差しを見据える。
バンクーバーの路上生活者は、世界でも問題となっていた。
雨季のバンクーバーは、暖を取れる場所が少ない。
路上生活者用に一部のホテルも解放されていたが、それでも限界がある。
特に、現在市内に”ウィッカー・マン”が溢れ、一般市民の避難所とされているなら尚のことだ。
宿を得られなかったそんな彼らが、路上よりも“多少は”雨が凌げる場所――つまり、スタンレー・パークの針葉樹林帯を選ぶのは自然の流れだろう。
「つうか、この光景を見て心痛める素振りでも見せてくれれば、凄い手加減したくなるんだけどな!」
早々と“ブラック・クイーン”の籠状護拳に“イニュエンド”を入れ、“怒れる親父の一撃“を灰褐色の戦士に振りかぶった。
アンティパスは、切っ先を突き出した大剣の腹で、ロックの一振りを受ける。
アンティパスの高身長と屈強な肉体から生じる膂力の波に、ロックは籠状護拳を突き出して抗った。
ロックとアンティパスの間で生まれた力の爆発が波として広がり、木々を大きく揺らす。
紅と灰褐色の衝突を目にした路上生活者は、吹き飛ばされながらも、爆心地から離れていった。
――まともな奴らに助けてもらえれば、良いんだが……。
ロックは懸念を他所に、アンティパスに向き直す。
切っ先を突き出した翼剣の一合を、偉丈夫へ放った。
赤い目に映る、紅い外套の自身を見ながら、路上生活者への支援活動に参加したことを思い出す。
正確には彼が子供の頃に、父、弟と妹の4名で、教会で行われた無償の給仕だ。
ロック達を始め、子供たちにとっては、無償の奉仕活動は学習と将来の生活面で有利にしたい打算的なものだ。
だが、実際に接して、ロックはその浅はかな考えを呪った。
十代の女性が親との不和で、教会に寝泊まりしていた。
年端のいかない少女と、癒えぬ傷を負い、自分を表現することすら困難な連れ子もいた。
注射器の跡を烙印の様に付けている者もよく見かけた。
支援が足りないと、ロックは子供ながら考えたが、
『支援をする者も、される者も……共に前へ進む決心をしないとうまくいかない』
父の強い言葉が頭に残っていた。
『一番怖いのは、“善意“で行っている人だ。善意を押し付ける人は、自分の施しが富から来ていることを知らない。そして、生活に困る人に食事などの支援を施すことで、人の将来に未来を馳せるのでなく、善意をしている今の行為に満足して、人を支配する。精神に傷を負っている人は、善意に縋るしかないから支配を受け入れざるを得ない』
バンクーバーでは、薬物中毒や配偶者間暴力で悩む人が滞在できる住宅を郊外に開発させる計画が、善意の者に阻まれた話を聞いたことがあった。
「子どもに悪影響だから」
「煩いから」
「カナダに相応しくない」
それらは、自分たちの優位性を守るための方便。
路上生活者や生活困難者の無償奉仕には参加するが、奉仕される側の生活基盤を整えることへの危機感を表す矛盾。
政治的正しさの元、善意で弱者を飼う人間と見做さない行為の証左だった。
アンティパスは、ロックの内面を知る由は無いだろう。
ロックはもう一合、横殴りに翼剣“ブラック・クイーン“をアンティパスに振るった。
しかし、アンティパスの前でセメントが隆起。
土、石に木片を含みながら、ロックの斬撃を遮る。
その衝撃で、拡散した混凝土片が炸裂弾と化した。
ロックは、籠状護拳から発したグラファイトの電力場で礫片を捉える。
捉えられた混凝土片が夜の闇を覆い返す煌きを発し、電気熱力を加速させ、一片も残さず破壊した。
「クソが!?」
ロックが毒気づくと、体が動いていた。
彼の破壊した混凝土から生じた、赤子の大きさをした礫片が、路上生活者の女性に向かう。
病気で彼女の右足が切断されているのか、逃げる速度は遅い。
彼女に着く前に、ロックの左肘が、乳飲み子の大きさの混凝土片に炸裂した。
視界が、更に細かくなった混凝土の破片に覆われる。
しかし、ロックが背後を見せたにも関わらず、アンティパスは動かなかった。
仁王立ちで、ロックの前で佇み、路上生活者たちの行く末を見守っている。
アンティパスの眼に映るロックの背後で、右足のない女性を、二人の路上生活者が脇に抱えていた。
彼女を連れた路上生活者たちは、ロックとアンティパスの存在を、どこ吹く風と去っていく。
――まあ、一人よりは良いだろう。
そう考えていると、アンティパスの斬撃がロックの頭上に降りかかる。
攻撃を止めようとロックは下半身の重心を意識した。
だが、両足がぬかるみに取られる。
泥の上で蹈鞴を踏まされつつ、アンティパスの斬撃を見据えるが、大剣”ストーン・コールド・クレイジー”はロックの頭上から消えていた。
しかし、ロックの顎を撫でる上向きの風を感じ、後退。
”ストーン・コールド・クレイジー”の斬り上げが遅れて、喉を狙う。
右手の翼剣を前に突き出し、斬撃を止めた。
ロックの体を、衝撃が突き抜ける。
内臓が揺れる感覚と共に、ロックの足元に、葉の絨毯と虫食い状の大地が広がっていた。
自分が、宙に浮かされている状態であると気づかされる。
衝撃に流されるまま弧を描きながら、ロックは大地に右足から踏みつけた。
重点を整える間も与えず、アンティパスがロックに肉薄。
逆右袈裟に切り上げ、振りかぶってきたアンティパスの斬撃をロックは翼剣の鍔で受け止める。
「あいつ等が逃げるまで待っていただろ、感謝はする」
ロックは言って、アンティパスの眼を見た。
灰褐色の戦士に、浮かぶ鮮やかな滅びの赤色。
ロックは彼の眼の輝きが、揺れたのを垣間見て、後退した。
アンティパスの上段からの振り下ろされた剣を、ロックは翼剣で弾く。
強制的に間合いを開けられたアンティパスは、ロックの追撃を避ける為に右後方へ半身を切りながら、大地を蹴る。
だが、ロックは跳躍して、アンティパスのすり足による後退で空いた間合いをすかさず詰めた。
ロックが振りかぶった唐竹割が捉えたのは、”ストーン・コールド・クレイジー”の鍔に近い部分。
揺さぶることで、ロックはアンティパスから両手の握力を奪おうとした。
だが、アンティパスは、突き出した右腕の剣で受ける。
灰褐色の戦士は、左腕を右腕に重ねながら力を入れた。
ロックの振り下ろしの位置熱力量が、アンティパスの交差した両腕の力によって弾き返される。
刹那、腹に走る衝撃をロックは感じた。
アンティパスから薙ぎ上げられた左拳槌が、大きく反ったロックの腹に命中。
痛みで意識を失いつつあるロックに、アンティパスの回転左裏拳が飛ぶ。
ロックは右腕を上げ、アンティパスの手の甲を、翼剣の籠状護拳で防いだ。
衝撃が慣性の力となり、ロックに大きくかかる。
しかし、アンティパスから伝わる衝撃に、ロックの両足が地から離れた。
慣性の力に流されながら、紅い外套の少年は、宙を飛んだまま後退。
地表に速く叩きつけられる寸前で、ロックは“ブラック・クイーン”から“迷える者の怒髪”による噴進火炎を放ち、アンティパスを薙ぐ。
“迷える者の怒髪”は灰褐色の戦士に当たらなかったが、高温で高熱力の刃が速度と推進力を生み、ロックをアンティパスの間合いから、再度離した。
背後に下がると、アンティパスがロックのいた位置に踏み込む。
偉丈夫の体重を掛けた剣の一振りと共に来たため、ロックは右足で後ろに跳んだ。
だが、アンティパスの全身を掛けた攻撃である為、ロックの足場を抉ったまま、泥濘に留まる。
ロックは、すかさず、“ブラック・クイーン“から取り出したイニュエンドを、右膝を落としたアンティパスに撃った。
半自動装填式拳銃のナノ銃弾を防ぐ、混凝土の壁が灰褐色の戦士の前に現れる。
しかし、混凝土壁に罅が入った瞬間、アンティパスの目尻が微かに動いた。
武骨で洗練された、赤眼の偉丈夫の顔に、微かに含まれた戸惑いの色。
壁から噴き出した白い煙が彼の顔を覆った。
“道作る蹄“。
“命熱波”による、炭酸ガス弾である。
混凝土自体、文明の利器として使われるが、一つだけ致命的な弱点が存在した。
外気の空気を浴びることにより、混凝土の持つ強度を失わせる中性化である。
炭酸ガスは中性化を引き起こし、混凝土を弱体化させる。
銃撃を受けた部分から、まるで羊の毛の様に炭酸ガスが噴出した。
本来は、“道作る蹄“はガス圧によって、特定の建造物を壊す用途で使われる。
だが、アンティパスは、更に混凝土を作った。
破片に様々な物質を混ぜ、ロックへの一撃に備えるつもりだろうか。
だが、ロックの一振りが速い。
放電衝撃が翼剣から壁に伝い、雨と共に解き放たれた。
紫電が、夜闇を切り裂きながら、混凝土壁を炸裂させる。
混凝土の破砕音と共に、雷撃の蔦がT-wall級の壁の罅を広げ、解放熱力が礫石を霧散させた。
アンティパスの“リア・ファイル“製の混凝土。
しかし、その強度は混凝土だけでは、当然生まれない。
セメントに混ぜられた混合物によって、その特性が活かされる。
混凝土を作る混合物は、木だけでなく、当然石も含まれていた。
ロックが破壊した混凝土。
それが一際煌いたのは、電気熱力を発する――石英の熱力解放によるものだ。
B.C.州のバンクーバーは、石英が採掘されている。
バンクーバー島、市街北部だけでなく、こちらにも分布されていたのだ。
石英は圧電素子で、加えられた力を電子に変換することが出来る。
ロックの“ブラック・クイーン“によって繰り出された放電現象が、石英を通して増幅し、混凝土壁の中で爆発したのだ。
中性化と放電衝撃で破壊された壁を修復できないアンティパスに、赤い外套の戦士は追撃を緩めない。
アンティパスの振る“ストーン・コールド・クレイジー”が礫弾を引き寄せ、間合いに入ったロックを阻む。
ロックの“ブラック・クイーン“の力によって、礫の爆風が光の渦に変わった。
灰褐色の戦士の紅い眼の輝きも打ち消し、ロックは翼の運ぶ雷迅の刃をアンティパスに落とす。
翼剣の切っ先が、視界を失ったアンティパスの灰褐色の甲冑に深く食い込んだ。
ロックは、深く刺さった翼剣から、グラファイトの電気を灰褐色の甲冑に注入しながら切り裂いた。
灰褐色の装甲と石英に塗れた混凝土壁が、熱力を浴びて爆散。
だが、ロックの前で何かが噴き出し、浴びせられた。
ロックを覆ったのは血潮ではない。
アンティパスの記憶だった。
ひるむ偉丈夫としてのアンティパスの顔が、長髪の青年に変わる。
その顔は血を口から滲ませながら、ロックを見た。
しかし、長髪の青年の目に映るのはロックではない。
鉢金を付けた美丈夫だった。
鉢金の男となったロックは、背後を見る。
短髪の少女が蹲りながら、薄く笑っていた。
笑う口は、三日月の様に裂けていた。
少女の三日月を思わせる嘲笑が消え、雨に濡れたスタンレー・パークの大地が広がる。
足元に、アンティパスと言う名前の男がいた。
ロックの斬撃で抉られた灰褐色の甲冑のまま、大の字で意識を失っている。
「俺は……また、“やったのか“……いや、何時だ。これは……何時のことだ!?」
眼の前と違って重なるアンティパスと、溢れだした覚えのない記憶。
見えるものと違う風景に、ロックの慟哭にアンティパスは応えない。
ただ、夜の雨の音が、ロックから吐き出されたものを包んでいった。
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しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
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