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第五章 Flash And Slash

閃刃―③―

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 の戦叫が、ロックを動かした。

 アンティパスが、サロメの軍勢をかき分けながら、紅い外套コートの戦士を迎え撃つ。

 ロックの前にいる、象牙眼の魔女の肉体も砕かんと、大砲の様な剣を振りかぶった。

 アンティパスは、迎撃の予備動作を一切見せず、ロックに肉迫。

――速い!

 ロックは翼剣を右の逆手に持ち替え、アンティパスの懐に潜り込む。

 彼は、右手首を左手で掴んで作った腕のかぶとで額を守りながら、上半身を捩じった。

 灰褐色の戦士の一撃を、右腕を守る翼剣で受け、背中で流す。

 上体の突き上げによる反動で、ロックは押し返した。

 ロックの防御を兼ねた反撃に、息切れはおろか、焦りの顔も見せないアンティパス。

 しかし、両腕で力一杯振り下ろした斬撃を弾かれたことで、灰褐色の戦士は前面を露わにしてしまう。

 ロックに、追撃の手を緩めるという思考を持ち得なかった。

 滝を登る鯉が竜になる日本の伝承よろしく、彼は全身の五体の発条バネを収縮させて灰褐色の戦士の懐に踏み込む。

 紅い外套コートの背面に乗った刃が、アンティパスの前面の胴に入ったのを視認。

 ロックは、発条バネ反動力から解放した力を、左から右への逆袈裟斬りを放った。

 灰褐色の武人は斬撃で、胴から直角にされて、飛ばされる。

 両足を揺らしながら、ロックに視線を送った。

 刃は、アンティパスの露出する肌を傷つけていない。

 しかし、ロックの全身の屈伸動作で生じた斬撃の熱力エネルギーが、アンティパスの胸部の装甲を大きく抉った。

 声の代わりに、肺に貯めた空気が、灰褐色の武人の口から漏れる。

 ただ、感情のない刃の様な眼光が、アンティパスから絶えない。

 ロックは、アンティパスの揺るがない闘志に、逆袈裟の翼剣から、時計回りの水平斬りに切り替える。

 しかし、羊の角を生やしたサロメが二体、アンティパスを守る様に立ち塞がった。

「どの私も、ですよ?」

 サロメの一人が二対の雄羊の角から、ロックに向けて銃弾が放たれる。

 彼は、剣による攻撃を断念。

 翼剣の籠状護拳バスケットヒルト磁向防スキーアフ・ヴェイクターを張り、四発の銃弾を弾いた。

「変わらぬ美貌で、もてなしますよ」

 硝煙の匂いが止まぬ中、背後から来た一言。

 羊の頭をした圏による斬撃の軌跡が、振り返ったロックの首筋を刻む。

「付加価値のない、劣化コピーの慇懃無礼いんぎんぶれいの““は笑えねぇよ!?」

 ロックは、翼剣の切っ先を上に置くように持ち替え、二頭の羊のしゃれこうべを受けた。

 二対の角を、黒と赤の刀身が絡め取る。

 彼は怒号と共に放った一閃で、二頭の羊の頭蓋をサロメ達の肢体から切り離した。

 紅蓮と黒の剣の軌跡は止まらず、彼女たちの上半身も、ロックの刀身の色に染める。

「使用価値と利用価値……その点で、と、私に何の違いがあるのでしょうか?」

 サロメは、再度両手を突き出しながら、ロックの左側から距離を縮めてくる。

 ロックは彼女の挑発には応えず、ただ左手一本で応戦。

 ただし、徒手空拳ではない。先ほど四散させた二体の内の一体のサロメの上半身。

 それを盾にし、もう一体の彼女から放たれた銃撃を受けた。

 銃撃で首が吹き飛んで胸像トルソとなったサロメを、別の象牙眼の魔女の顔面にぶつけた。

 胸部人形を抱えさせたサロメを、ロックは二体を纏めて貫いた。

「少なくとも、希少性に気付かない、テメェとは違う」

 象牙眼に映る、自分の嗜虐的な笑みと共に、ロックは吐き捨てる。

 しかし、欠損状態の自分と抱き合った同じ顔の女の後ろにいた、アンティパスの眼がロックを捉える。

 ロックの苦悶に満ちた顔を映す、アンティパスの二つの赤い三日月。

 それが、紅い外套コートの少年の背後から迫る、サロメをそれぞれ反射した。

 振り返ろうとしたが、ロックはそれを中断。

 アンティパスの紅い相貌の中で、急襲した象牙眼の人形が、石榴色の唇を残して爆散する。

 頭のないマネキンのサロメの背後に、散弾銃を構えたサミュエルがいた。

「それと、『』、も加えたら……兄さん?」

「ついでに、『』、もね」

 シャロンが飛び込んだ時には、別のサロメの上に滑輪板スケートボードを乗せて、潰していた。

「シャロン……立ち位置は置いておいて、首が回るとかじゃなくて、繋がってないんだよ……」

 ロックは、突っ込みしつつ、アンティパスからの剣戟を受けた。

「アンティパスと大量のサロメに囲まれて、結局埒が明かないよ」

 シャロンは、一体のサロメの攻撃を受けて、喚く。

 シャロンの言葉を聞いて、ロックはサミュエルに目を向けた。

 先程、余裕に皮肉を言ってきた弟は、長柄の鎌で二人のサロメの脚と腕を、斬り落としている。

 だが、惰性で抱き着いてきたサロメ人形を、散弾銃の銃身で、荒い息と共に押し返した。

――まさか……。

 ロックの中で悪寒が走る。

 しかし、彼の視線に気づいたサミュエルの言葉は、ロックに去来した不安を加速させた。

「僕とシャロンが、サロメの大群を引き付ける。兄さんは、アンティパス……さっきから、ずっとそっちへ意識が向いているよ」

 サミュエルに映るロックの眼は、アンティパスに向いていた。

 感情と抑揚のない、襲来者アンティパスの紅い目。

 それに反比例するように、煮え切らない何かの感情の光を宿した兄の眼を弟は確かに映していた。

 弟の指摘した、その一点は正しい。

 だが、それだけではなかった。

 ロックの視線に気付いたのかサミュエルは、

だよ、兄さん――」

 そのあとの言葉は、紡がれなかった。

 地上と空中から、攻撃を仕掛けるサロメの顔をした波が、サミュエルとシャロンを覆う。

 象牙眼と石榴色の飛沫しぶきが、ロックたち三人を昆虫の複眼の様に映した。

 ロックは反射する残骸ざんがい越しに、サミュエルの口角を弱く釣り上げた笑みを見る。

 ロックが、彼の身を案じること。

 同時に、彼の考えに関する異論の全てを受け入れない姿勢を示しているようだった。

 ロックはサロメの大群の一体に、翼剣を下にして左下から右上へ斬り上げた。

 サロメの懐に入った一撃。

 それが、赤と黒の衝撃波として広がった。

 前の二、三体しか吹き飛ばせない。

 だが、サロメの軍勢の進行を止めるには十分だった。

 しかし、サロメの波がロックに向けて崩れる。

 人形の群れの背後の、灰褐色の戦士――アンティパス。

 彼の右手の大砲の様な剣、その先端は翼魔のくちばしの槌をかたどる。

 禍々しい造詣から、夜の照明と雨雲に覆われる空を切り裂く一振りが放たれた。

 灰色人形と土瀝青アスファルトの路地が、その衝撃で吹き飛ばされるや否や、暴風雨となりロックを襲う。

「サミュエル、返さなくていいから……死ぬんじゃねぇぞ!?」

 ロックは、“ブラック・クイーン“の籠状護拳バスケットヒルトから、銃――イニュエンド――を取り出した。

 放たれた銃弾は、三発。

 サロメの複製と土瀝青アスファルトの波を撃ち抜く。

 刹那、衝撃と音で、ロブソン通りストリートの一帯に奔った。

 爆音と煙が発生し、アンティパスはおろかサロメやサミュエル、シャロンの姿も覆った。

 “定めに濡らす泪フアスグラ・ウイルイエアダサン“による水蒸気爆発による、煙幕である。

 サロメが擬態に使っている“ウィッカー・マン:フル・フロンタル“の熱源を火種に、アンティパスへ迫る。

 大剣を振り落とすアンティパス。

 しかし、ロックを両断するには近すぎた。

 ロックは、“イニュエンド“を戻した籠状護拳バスケットヒルトの狙いを、アンティパスの顎に定める。

 頭を左手で支えることで体幹を安定させ、右の拳を放つための腰の回転も乱れない。

 右腕を回転させた一撃が、アンティパスの喉の左側を抉った。

 灰褐色の戦士の口から出た慟哭と共に、彼の体幹が揺らいだのをロックは見逃さない。

 左の拳を、剥き出しになった顎と首の付け根に、紅の外套コートの袖からすかさず放つ。

 拳打によって体幹が揺らぐアンティパスに、ロックは追撃を緩めなかった。

 彼は三撃目の右肘鉄を仕掛けるが、灰褐色の戦士が間合いから離れる。

 アンティパスは、右手で大剣を突き出して、ロックの猛攻を遮った。

 だが、ロックが剣先を超えて、頭の高さまで運ぶ方が速かった。

 ロックは、左から右へ“ブラック・クイーン“を薙いだ。

 アンティパスの胴に刻まれた傷から、雷鳴が炸裂。

 ロックとの間に、突如現れた斥力に、灰褐色の戦士を重力の軛から解き放った。

 頂き砕く一振りクルーン・セーイディフによる、剣の持つ静止荷重から逆算した熱力エネルギーの刃の一撃をロックは繰り出した後、右脚に意識を集中。

 “リア・ファイル“によって強化された熱量で踏み込み、足から解放された力を推進力に充てた。

 ロックは“駆け抜ける疾風ギェーム・ルーで右肩を前に出した体当たりで、サロメの大群と共に、アンティパスも吹き飛ばした。
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