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第一章 An Oracle Or Omen
吉凶―③―
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「サキ、凄い人だかりだな」
手続きを終わらせてきた、エリーが話題に入って来た。
首から掲げられた訪問者を表す許可証が、胸の弧を際立たせ、サキも同性ながら艶めかしさを覚える。
南米系のクラスメイトを始め、場違いな訪問者に何人かが息を呑んだ。
サキとは違う異質な雰囲気を放つエリーに、彼らはその場で立ち尽くす。
「サキちゃんが戸惑っているでしょ!?」
細身のチエが大声と長い両手を使って、サキの間に割り込んだ。
彼女たちの間にミキも入る。
彼女は、サキに念仏を唱えるように大丈夫と繰り返しながら、近づいてきた。
しかし、サキには、その反対に二人が自分を守っているというよりは、周りから突き放そうとしているように見える。
現に、二人の顔は脂汗で湿り、曇っていた。
それに、周囲の視線から目を離そうと浮足立っている。
大丈夫と口々に言うが、二対の視線にサキは入っていない。
ただ、ミキとチエを互いに映すだけだった。
皆の視界が疑念の海と化し、二人の日本人はその渦のど真ん中にサキを巻き込もうとしている。
「結構です、やめてください!」
サキは凛として拒絶の意思を示した。
彼女は愚か、クラスメイトの殆どがミキとチエを信用していない。
自分たちの不都合で不愉快なものは、不謹慎と切り捨てる。
ただ、年齢によって肥大化した誇りが服を着ているだけだった。
人によっては、年齢が国籍、はたまた性別のいずれかに変わる程度の人間である。
自分のことしかないので、当事者意識は皆無。
同族意識の高さしか持ち得ないのも始末が悪かった。
当然、嫌悪感の表情を浮かべているサキの意図を理解していないのか、海豹顔と野犬顔は、突如喚き散らし始める。
その変貌に、当のサキも戸惑うことしか出来ない。
だが、彼女たちの喚きの中にあった言葉が自分に向いた時、次に取るべき動作を決定づけた。
『何よ―――の癖に!!』
その言葉は聞き取れない。
だが、不思議と聞き返す必要が無かった。
その禁句が、直に彼女の脳に伝わる。
まるで、爆弾が爆発したが爆炎は無く、その衝撃だけが伝わるかのように。
<大丈夫だよ。サキ>
<あなたには力がある、深呼吸して>
サキは、ふと身体の内から“二つの鼓動”を感じた。
それらを鎮めるかのように両拳を握りしめる。
力強く、後一握りすれば、血が滲み出るように思えた。
だが、そんな彼女の両手を包む二つの光。
その温かさが自身を刻む痛みを和らげつつ、怒りと鋭敏さを全身に研ぎ澄ませる。
洗練された静かな怒りは、サキの視界を広げた。
目の前の、巨女――ミキ――が荒々しく、駆ける。
サキは、鼓動を抑えつつ呼吸を肺に送った。
まるで、熱された製鉄の純度を高める鞴を意識。
それから、ミキは、サキの間合いに踏み込んでこなかった。
いや、踏み込めなかった。
不健康な脂肪腹の日本人女性は、苦悶の表情を浮かべながら、左脚の膝上を両手で抑えて、蹲っている。
両手の間から、黒いタイツと白の膝当て。
その間に刻まれた、サキの右足跡が覗いた。
サキの放った、フランスの格闘術、サバットの下段蹴りである。
力は重量と速さの乗法で生み出される。
訓練を積めば、体から約300キログラムの力を生み、相手の膝の皿を砕くことも容易だ。
オラクル語学学校では、銃器が無い時の対処法で古今東西の護身術を習う。
サキは、日本で空手を習っていたが、実戦で使えそうな格闘技を一つ加えた。
しかし、”ウィッカー・マン”ではなく、人間に使う事態にサキは悔恨で口を引き締める。
チエは、サキの行動に呆然とした。
周囲も息を呑む音が、余りの唐突な事態で静まった部屋に木霊する。
その静寂は、ミキの苦悶の呻き声で途切れた。
余りのことに理解が追い付かないのか、言葉ではなく息が口より漏れている。
しかし、口から出たのは言葉ではなく、ミキがサキへ飛び掛かろうとする行為の唸り声だった。
不摂生の脂肪海豹女の巨体は、少女に届かない。
サキの目の前で、二つの影がチエとミキを覆う。
ミキの恰幅を越えた肥満体は、紅い影の放った左回し蹴りの衝撃を脂肪が受け止めながら宙を舞った。
チエの方は、腹部に放たれた橙色の右回し蹴りで、全身で直角三角形の頭頂角を作る。
二人の日本人を襲った、紅と橙の影は、それぞれ、ロックとキャニスだった。
サキが二人の姿を視認した後、一際大きな衝撃音が休憩所を襲う。
ロックの蹴りで、蹴球の様に弧を描いて飛ばされたミキが自販機に激突した音だった。
無音状態の休憩所に、炭酸飲料から漏れ出た二酸化炭素の音が包み込む。
「ロック、こいつらから自白を吐かせたいの。泡を吹かせたいんじゃないよ?」
「キャニス。テメェこそ、蹴りの衝撃で、口の使い方を忘れさせんなよ?」
キャニスの制する声に、ロックは鼻を鳴らしながら言い返した。
自販機のボトルに埋もれた、ミキの腹部の白装甲は蹴りの衝撃で、罅割れている。
ミキの舌の位置が通常よりずらされたのか、容器から流れ出ている炭酸飲料の色取り取りの液体を浴びながら、口腔内に溜まった唾液と空気による“泡化粧“を晒していた。
対して、キャニスの方を向くと、喘ぐ暇もなく体を前に折り曲げたチエがいる。
攻撃された痛みと恨みを言葉に乗せられず、陸に放り出された魚よりも脂汗で湿らせた顔で、呼吸――否、正確には、呼吸と言う言葉と動作すら、忘れたかのように全身を震わせていた。
「それ、ブルースかエリザベスの前で言ってみなよ?」
キャニスが振り返りざまに、チエを横に蹴飛ばす。
痩せこけた野良犬の様な女の体は、壁にぶつかって発作を止めた。
すると、男性がサキの傍に現れる。
それは、苔色の外套の男――ブルース――だった。
ロックとキャニスの行ったことを交互に見て、溜息をつく。
ロックは後頭部を掻きながら、ブルースとエリザベスに向いて、
「エリザベス……取り敢えず、こいつら裏切り者で、外骨格の強度試験の刑。殺してねぇから安心しろ」
――聞いてもいないのに、裏切り者認定!?
ロックの深く考えていないと言わんばかりの言い訳に、サキは心の中で叫んだ。
「……次の業務に、”ワールド・シェパード社”との合同訓練でも考えておく。ただし、徒手空拳で30人組手だが?」
エリザベスが切り捨て、ロックは苦虫を噛み潰した様な顔を浮かべる。
「キャニス……お前も、調子に乗るな。お前たちは唯でさえ、この場所にいることが微妙な立場だ。私のかばえる範囲で行動してくれ」
キャニスは分かったのか分かってないのか、腹を抱えて笑い続けた。
二人の反応に、ブルースは苦笑する。
彼らをよそに、”ワールド・シェパード社”の隊員が四人、人混みを掻き分けてきた。
隊員たちは、チエとミキを抱え、互いに頷く。頭部の無線で連絡を取り合っているのだろうか。
一人が顎でエレベーターを指すと、足早に彼女たちを運び出した。
「日本人的と言われるのは覚悟して言うけど、ある程度の手順は弁えて欲しいところだね……」
ブルースの背後から、達観しすぎて疲れた日本人の声がした。
サキの知己である、ナオトである。
以前の銀色の犬耳兜と鎧ではなく、上下灰色の背広だった。
灰色を纏った日本人のボヤキに、苔色のコートを着た欧米人ブルースは、
「俺たちは、行動力と速さが必要事項。ハンコ貰う時には、迅速に仕事を終えられる人材育成がモットーでね」
「ならブルース……稟議制よりも、お前に全部一任しても良いようだな。上司としてふさわしい、監督者素質を期待しているぞ?」
苔色の外套で、溜息でと共に肩を落とすブルースに、エリーが言い放つと、
「済まない。こんなやり取りをしてしまって」
サキに謝罪の言葉が来る。
だが、昨日の今日で、彼女は状況が呑み込めなかった。
昨日の”ウィッカー・マン”を倒せる人間を自分の親友が制して、その上、今回の雇い主の知り合いと言われる。
本当に疑問を感じたら叫ぶというよりは、黙ってしまうものだなとサキは自覚させられた。
「これは、僕の方から説明した方が良いかもしれない」
ナオトはそう言うと、奥の通路へ歩き出した。
ここでは説明できないことらしい。
ロックたちが、互いに頷きあう。
サキが歩き出すと、ナオトたちは彼女に歩調を合わせた。
手続きを終わらせてきた、エリーが話題に入って来た。
首から掲げられた訪問者を表す許可証が、胸の弧を際立たせ、サキも同性ながら艶めかしさを覚える。
南米系のクラスメイトを始め、場違いな訪問者に何人かが息を呑んだ。
サキとは違う異質な雰囲気を放つエリーに、彼らはその場で立ち尽くす。
「サキちゃんが戸惑っているでしょ!?」
細身のチエが大声と長い両手を使って、サキの間に割り込んだ。
彼女たちの間にミキも入る。
彼女は、サキに念仏を唱えるように大丈夫と繰り返しながら、近づいてきた。
しかし、サキには、その反対に二人が自分を守っているというよりは、周りから突き放そうとしているように見える。
現に、二人の顔は脂汗で湿り、曇っていた。
それに、周囲の視線から目を離そうと浮足立っている。
大丈夫と口々に言うが、二対の視線にサキは入っていない。
ただ、ミキとチエを互いに映すだけだった。
皆の視界が疑念の海と化し、二人の日本人はその渦のど真ん中にサキを巻き込もうとしている。
「結構です、やめてください!」
サキは凛として拒絶の意思を示した。
彼女は愚か、クラスメイトの殆どがミキとチエを信用していない。
自分たちの不都合で不愉快なものは、不謹慎と切り捨てる。
ただ、年齢によって肥大化した誇りが服を着ているだけだった。
人によっては、年齢が国籍、はたまた性別のいずれかに変わる程度の人間である。
自分のことしかないので、当事者意識は皆無。
同族意識の高さしか持ち得ないのも始末が悪かった。
当然、嫌悪感の表情を浮かべているサキの意図を理解していないのか、海豹顔と野犬顔は、突如喚き散らし始める。
その変貌に、当のサキも戸惑うことしか出来ない。
だが、彼女たちの喚きの中にあった言葉が自分に向いた時、次に取るべき動作を決定づけた。
『何よ―――の癖に!!』
その言葉は聞き取れない。
だが、不思議と聞き返す必要が無かった。
その禁句が、直に彼女の脳に伝わる。
まるで、爆弾が爆発したが爆炎は無く、その衝撃だけが伝わるかのように。
<大丈夫だよ。サキ>
<あなたには力がある、深呼吸して>
サキは、ふと身体の内から“二つの鼓動”を感じた。
それらを鎮めるかのように両拳を握りしめる。
力強く、後一握りすれば、血が滲み出るように思えた。
だが、そんな彼女の両手を包む二つの光。
その温かさが自身を刻む痛みを和らげつつ、怒りと鋭敏さを全身に研ぎ澄ませる。
洗練された静かな怒りは、サキの視界を広げた。
目の前の、巨女――ミキ――が荒々しく、駆ける。
サキは、鼓動を抑えつつ呼吸を肺に送った。
まるで、熱された製鉄の純度を高める鞴を意識。
それから、ミキは、サキの間合いに踏み込んでこなかった。
いや、踏み込めなかった。
不健康な脂肪腹の日本人女性は、苦悶の表情を浮かべながら、左脚の膝上を両手で抑えて、蹲っている。
両手の間から、黒いタイツと白の膝当て。
その間に刻まれた、サキの右足跡が覗いた。
サキの放った、フランスの格闘術、サバットの下段蹴りである。
力は重量と速さの乗法で生み出される。
訓練を積めば、体から約300キログラムの力を生み、相手の膝の皿を砕くことも容易だ。
オラクル語学学校では、銃器が無い時の対処法で古今東西の護身術を習う。
サキは、日本で空手を習っていたが、実戦で使えそうな格闘技を一つ加えた。
しかし、”ウィッカー・マン”ではなく、人間に使う事態にサキは悔恨で口を引き締める。
チエは、サキの行動に呆然とした。
周囲も息を呑む音が、余りの唐突な事態で静まった部屋に木霊する。
その静寂は、ミキの苦悶の呻き声で途切れた。
余りのことに理解が追い付かないのか、言葉ではなく息が口より漏れている。
しかし、口から出たのは言葉ではなく、ミキがサキへ飛び掛かろうとする行為の唸り声だった。
不摂生の脂肪海豹女の巨体は、少女に届かない。
サキの目の前で、二つの影がチエとミキを覆う。
ミキの恰幅を越えた肥満体は、紅い影の放った左回し蹴りの衝撃を脂肪が受け止めながら宙を舞った。
チエの方は、腹部に放たれた橙色の右回し蹴りで、全身で直角三角形の頭頂角を作る。
二人の日本人を襲った、紅と橙の影は、それぞれ、ロックとキャニスだった。
サキが二人の姿を視認した後、一際大きな衝撃音が休憩所を襲う。
ロックの蹴りで、蹴球の様に弧を描いて飛ばされたミキが自販機に激突した音だった。
無音状態の休憩所に、炭酸飲料から漏れ出た二酸化炭素の音が包み込む。
「ロック、こいつらから自白を吐かせたいの。泡を吹かせたいんじゃないよ?」
「キャニス。テメェこそ、蹴りの衝撃で、口の使い方を忘れさせんなよ?」
キャニスの制する声に、ロックは鼻を鳴らしながら言い返した。
自販機のボトルに埋もれた、ミキの腹部の白装甲は蹴りの衝撃で、罅割れている。
ミキの舌の位置が通常よりずらされたのか、容器から流れ出ている炭酸飲料の色取り取りの液体を浴びながら、口腔内に溜まった唾液と空気による“泡化粧“を晒していた。
対して、キャニスの方を向くと、喘ぐ暇もなく体を前に折り曲げたチエがいる。
攻撃された痛みと恨みを言葉に乗せられず、陸に放り出された魚よりも脂汗で湿らせた顔で、呼吸――否、正確には、呼吸と言う言葉と動作すら、忘れたかのように全身を震わせていた。
「それ、ブルースかエリザベスの前で言ってみなよ?」
キャニスが振り返りざまに、チエを横に蹴飛ばす。
痩せこけた野良犬の様な女の体は、壁にぶつかって発作を止めた。
すると、男性がサキの傍に現れる。
それは、苔色の外套の男――ブルース――だった。
ロックとキャニスの行ったことを交互に見て、溜息をつく。
ロックは後頭部を掻きながら、ブルースとエリザベスに向いて、
「エリザベス……取り敢えず、こいつら裏切り者で、外骨格の強度試験の刑。殺してねぇから安心しろ」
――聞いてもいないのに、裏切り者認定!?
ロックの深く考えていないと言わんばかりの言い訳に、サキは心の中で叫んだ。
「……次の業務に、”ワールド・シェパード社”との合同訓練でも考えておく。ただし、徒手空拳で30人組手だが?」
エリザベスが切り捨て、ロックは苦虫を噛み潰した様な顔を浮かべる。
「キャニス……お前も、調子に乗るな。お前たちは唯でさえ、この場所にいることが微妙な立場だ。私のかばえる範囲で行動してくれ」
キャニスは分かったのか分かってないのか、腹を抱えて笑い続けた。
二人の反応に、ブルースは苦笑する。
彼らをよそに、”ワールド・シェパード社”の隊員が四人、人混みを掻き分けてきた。
隊員たちは、チエとミキを抱え、互いに頷く。頭部の無線で連絡を取り合っているのだろうか。
一人が顎でエレベーターを指すと、足早に彼女たちを運び出した。
「日本人的と言われるのは覚悟して言うけど、ある程度の手順は弁えて欲しいところだね……」
ブルースの背後から、達観しすぎて疲れた日本人の声がした。
サキの知己である、ナオトである。
以前の銀色の犬耳兜と鎧ではなく、上下灰色の背広だった。
灰色を纏った日本人のボヤキに、苔色のコートを着た欧米人ブルースは、
「俺たちは、行動力と速さが必要事項。ハンコ貰う時には、迅速に仕事を終えられる人材育成がモットーでね」
「ならブルース……稟議制よりも、お前に全部一任しても良いようだな。上司としてふさわしい、監督者素質を期待しているぞ?」
苔色の外套で、溜息でと共に肩を落とすブルースに、エリーが言い放つと、
「済まない。こんなやり取りをしてしまって」
サキに謝罪の言葉が来る。
だが、昨日の今日で、彼女は状況が呑み込めなかった。
昨日の”ウィッカー・マン”を倒せる人間を自分の親友が制して、その上、今回の雇い主の知り合いと言われる。
本当に疑問を感じたら叫ぶというよりは、黙ってしまうものだなとサキは自覚させられた。
「これは、僕の方から説明した方が良いかもしれない」
ナオトはそう言うと、奥の通路へ歩き出した。
ここでは説明できないことらしい。
ロックたちが、互いに頷きあう。
サキが歩き出すと、ナオトたちは彼女に歩調を合わせた。
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