正義×ヒーロー〜ヒーローに憧れた彼らが世界を変える為の物語〜

月原葵

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第一章

24話 模擬作戦C班前半

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「作戦開始まであと45分くらいあるみたいだね」

高鷲たかすから解散の合図があった直後に亮輔は時計を確認した。

「ひとまずアリーナに向かいながら色々考える?」

亮輔の隣の席に座っているふうは空中ディスプレイを表示させて何か調べ物をしながら、亮輔に問いかけた。

「そうしよう」

亮輔はふうの言葉に頷きつつ、こちらも同じ様にディスプレイを表示させて、学校内の地図を見ていた。
 
「俺達は第三アリーナであってるよね?」
「うん」

亮輔は地図上の第三アリーナがある位置にピンを打った。こうすれば現在地からピンが立っている位置までのルートを示してくれる。まだ学校に慣れていない花達にとってはこの機能はとても便利なものだった。地図機能は一般的に使われている地図に学校内の詳しい情報を追加したものとなっていた。検索機能で場所の概要も知ることが出来たり、専用のGPSコードを使えば学校の外に出ても追尾することができたり、生徒や教師間ではインカムの位置情報を使って居場所を特定することができたりもする。
勿論プライバシーの問題もあるので、位置情報機能はオフにすることも可能だ。しかし一貫して戦闘訓練などを行う際はオンにするように言われている。

「服は予め着替えているから、インカムさえ持っていればいいかな?」
「大丈夫だと思うよ。あとは能力を使う上で必要な物があるのなら持って行くって感じかな」

ふうと亮輔は目を合わせることはないし、それぞれ違う事をしているが真剣な様子で会話を交わしていた。

そんな二人の間で繰り広げられる会話を聞きながら花は同じ様に隣で会話に耳を傾けているきいに耳打ちをした。

「なんかこの二人、絵になるね~」

きいは大きく同意するように深く頷いた。
ふうと亮輔の周りにだけ他とは違う空気感が漂っていた。

「確かに。あの二人、新入生の中に他校にも負けないくらいの美男美女がいるって噂されてるらしいよ」
「え、そうなの~?」

花は目を丸くする。

「うん。既にふうとりょーくんのファンクラブが出来てるみたいなんだ」
「ほえ~、すごいね。そんなの誰が作るんだろう~?」

ふうと亮輔が芸能人顔負けの容姿の持ち主であることは一目瞭然だ。花は、活水かつみがふうに告白を繰り返している所だけでなく、他の生徒がふうに告白している様子も何度も目撃している。しかしファンクラブまで出来ていることまで花は知らなかった。

花の疑問にきいが肩をすくめて苦笑しながら答える。

「ふうのファンクラブはあかりが創設したみたいだよ。本人が自慢してた。ファン第一号だよー!って」
「きーくんも入ってるの~?」

花と目が合うと、きいは一瞬黄土色の瞳を大きく揺らした。すぐに花から目を逸らして、「まさか」と呟く。

「ファンクラブっておもしろそーとは思うけど、ボクが好きなのはボクだけだしっ!自分のファンクラブなら大歓迎なんだけどね~?」

きいは興味がないというように笑った。

「きい、花。行こっか」

花はいつの間にかディスプレイを消して立ち上がっていたふうに声をかけられる。亮輔も既にアリーナへ行く準備は出来ていたようで、教室を出た所で花達を待っていた。花ときいも立ち上がって、ふうと共に教室を出た。

他のクラスは授業中ということもあって廊下は普段は気にも留めない足音がやけに大きく聞こえる。

「他のクラス、授業中だからここを出たら話そうか」

亮輔が小声で提案する。花達は声を出さずに頷くことで同意の意思を示した。

校舎を出ると、春を感じさせる少し冷たい風が頬を撫でた。
入学式の時には満開だった桜はもうほとんど花を散らしてしまっている。
道を通る人に踏まれて茶色く変色してしまっている桜の花をなるべく踏まないように気を付けながら花は亮輔の後をついていく。

「それで、どう作戦を立てるつもり?」

ふうの隣を歩いているきいが亮輔の背中に問いかける。その手の中には真っ黒のつややかな毛並みをした子猫が抱きかかえられていた。校舎を出るときにたまたま花達の目の前を通過した野良猫を「使役」したようだ。首輪をしていないから野良猫だろうが、汚れが見られない毛並みと、健康そうな体つきを見る限りこの学校内の誰かが世話をしているのかもしれない。

「作戦行動を行う場所も、敵の数も能力も明かされていない。始まってからじゃないと何も作戦の立てようがない気がするけど……」
「そう。本来作戦行動は予め十分すぎるほどに情報を集めてから幾つものプランを用意して挑むのが鉄則だ。けれど、今回俺達に与えられたのは何の情報もない作戦行動。まだエジャスターに関しての訓練を全くこなしていない、見習いにもなりきれていない俺達にこんな無茶なことを強いるのには理由があると思うんだ」

亮輔は肩越しにきいを見ながら答える。

「きっとせんせーは私達の実力を見たいんだね~」

花は水溜まりを飛び越えて遊ぶ子どもの様に、桜の花を器用にジャンプを繰り返して避けながら戯言たわごとの様に言った。

「うん。私もそう思うよ。模擬とはいえど入学したての私達にあえて情報を与えずに作戦行動をさせる理由……それは多分私達の純粋な実力とエジャスターとしての資質を見極めるため」

花の隣を歩いていたふうはいつの間にか表示させていた空中ディスプレイをタップしていた。

「ふう、さっきから何を調べてるの?」

きいはふうの横から顔を出して、ディスプレイを覗き込んだ。その腕の中から子猫も興味津々な様子で画面を見つめている。

「過去の模擬作戦を行った後の退学者の数だよ」

ふうは子猫の頭を優しくなでながら答えた。子猫は気持ちよさそうに目を細める。
花もきいとは反対側から画面を覗き込む。ディスプレイには豪傑ごうけつ高校の近年の入学者数とその後の編入者や休学者も含めた生徒数の推移が表された折れ線グラフが写されていた。

「うわ~、これ面白いね」
「ここ。これを見てみて」

ふうは足を止めて、三つ線がある中の一番下の線をなぞった。亮輔もふうの後ろに回って画面を見る。アリーナへと続く一直線の道の真ん中で四人の足が止まった。

「丁度模擬作戦を行った後、急激に生徒数が減ってるんだよね。休学者は生徒には含まれないって書いてあるから、この時期に退学、休学が増えてる」

ふうが示したのは、三年前のグラフ。去年、二年前も生徒数が減ってはいるが三年前だけは異様に線が急降下しているのが一目でわかる。

「三年前って確か……」

何かを思いついた様なきいの声。亮輔がその言葉に答えを出した。

「高鷲先生が一年生を担当した年」

花もあ、と声を漏らす。

「そういえば、せんせー入学式当日に俺がダメだって判断した場合は退学させるっていってたっけ~」
「いや、そこまで厳しくは言って無かった気がするよ」

亮輔が苦笑いする。

「ーでも無理だと判断した場合は退学届けを出した方が身のためだとは言ってたから、もしかしたらこの模擬試験で実力が無いって判断されたら退学するように説得はされるのかもね」

静かな声で亮輔が言うと、きいが口をはさむ。

「そういえば、ボク聞いたことあるんだ~。ボクらの担任の高鷲先生が一年を担当すると異様に退学者が多いって……」
「あのせんせーちょっと怖そうだもんね~。ひょーがくん達も結構怒られたみたいだよ~」

能力検査の後、高鷲に連れられて行った雹牙ひょうがとかるまは二時間ほどたっぷり怒られたと花は後日雹牙から聞いていた。

「でも」とふうが静かに言葉を発する。

「でも、高鷲先生が担当した生徒達がエジャスターになった後の死亡率は一番低いんだよ」

ふうが再び画面を指さした。そこには、豪傑高校を卒業した年代ごとの作戦行動中の死亡率が示されているグラフがあった。確かに高鷲が卒業生を出した年だけは異様なほど死亡者は少ない。ただ卒業者がほかの年に比べると半数以下ではあるが。

「こんな記事もあるんだね」

きいが興味深そうに言う。子猫もニャーときいに同意するように鳴いた。

「学生専用のデータベースにあったの。学校外に持ち出すことは禁止だけど、きっと生徒にしっかりと現実を見させるためにこういった資料も公開されているんだろうね」

そう言うふう声は何処か愁いを帯びていたような気がした。花はふうの横顔を見る。いつも見る穏やかな表情だった。花の視線に気づいたふうが花の方を向いた。

「どうしたの?花」
「あ、ううん。なんでもないよ~」
「そっか」

ふうは目を細めて花の頭を撫でた。まるで姉が妹にするようなその行動に花は妙な安心感を覚えた。花には姉はいない。年の近い弟が一人の二人姉弟だ。姉という存在に今でも焦がれていた。

「話が結構脱線したね。ひとまず歩こうか」

亮輔に促されて花達は再び歩き始める。

目的地に着いた。扉の前で花達は立ち止まる。

「結局作戦、考えられなかったね」
「そうだね……。作戦とかを色々考えようって言ったけど、それぞれの役割を果たすことを念頭に置きながら、最大限に今の実力を示せるように協力しよう、としか今は言えないね」

頼りなくてごめん、と亮輔は眉を下げた。

「いやいやいや!何でりょーくんが謝るんだよっ?ボクらだって何にも考えられてないんだからさ」

きいの言葉に反応するように子猫が亮輔の肩に飛び乗った。亮輔は少し驚いた様子を見せるが、子猫の喉をくすぐる。子猫は気持ちよさそうにゴロゴロと喉を鳴らした。

「そうだよ~」

亮輔は違うんだよと呟く。子猫がミャーと甘えるような鳴き声をあげて亮輔の頬に頬ずりをする。亮輔は困ったように笑って子猫を抱きかかえて、きいに渡す。

「作戦のこともそうなんだけど、俺は大切なことをみんなに言って無い。協力しようなんて言っておいて、俺は……」
「環境への適応力」

亮輔の言葉を遮って数歩前に出たふうは、扉に手をかけた。肩越しに花、亮輔、きいを見つめていう。

「きっと先生達はエジャスターに関するものを持っていない私達がどれだけ瞬時に適切な判断を下せるかも見ている。大丈夫、私達にはそれができると思っているからこんな試練を与えたんだよ。開始してから、作戦は一緒に考えよう」
「ーそうだね。その通りだ」

きいは頷いてふうの横に立つ。

「頑張ろ~」

花もおー!と拳を突き上げてきいとは反対側のふうの横に移動した。三人の視線が亮輔に集まる。

「……」

亮輔は花達を無言で見つめたまま動かない。その瞳は迷子の子猫のように揺れている。目が合えば、その揺れは更に大きくなる。

ーどうしてそんな顔をするんだろう

花には分からない。彼が何に怯えているのか。はたまた何を迷っているのか。

きぃぃ……

扉が開く音がする。ふうが少し扉を開けたらしい。

「基本的な行動は、きいが情報を集めて、それを使って魅輪くんが作戦を考える。私は花の防御と魅輪くんのサポートを受けながら戦うこと」

扉を掴む自分の手を見つめて、静かな声でふうは続ける。

「私達が最大限に力を発揮できて君がやりたいことをやりたいように出来るような作戦、頼んだよ」

ふうは亮輔に真っすぐな瞳を向けた。花はその横顔を見つめる。何処までも真っ直ぐに目の前にいる人物を捉えようとしているのに、その真意は分厚いベールで隠されていて見えない。決して彼のように強い眼差しではない。優しく包み込むように、触れてほしくないところには触れないというように、でもしっかりと相手を見ている不思議な眼差し目をふうは亮輔に向けていた。

見開いて固まる亮輔から視線を外して、ふうは扉を開けた。
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