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第一章

15話 合同訓練2

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「ねえ、なんか走り始めた途端襲い掛かってきたんだけど!?」

あかりは一人叫びながら先頭を走っていた。
彼女の能力は「駿足」。その能力を生かして前と左右から飛び掛かってくる熊のような猛獣を器用に避けている。

知多ちたさん!あんまり離れたら危険だ!」

あかりの後ろを走っていた亮輔が叫ぶ。彼も持ち前の運動神経で猛獣をなぎ倒しながら進んでいた。
亮輔は後ろをちらりと見た。活水かつみけいがあまり戦闘が得意ではない様子の沙知と綾人を庇いながら走っている。きいは、その見た目に反してある程度戦闘ができるようで、活水と繋のサポートをしていた。

「藤江くん、猛獣はまだまだいる感じか?」

亮輔は彼らの手助けをするためにスピードを少し落としつつ、きいに問いかけた。

「うん。あんまり言いたくはないけど、こいつらは雑魚だよ。多分、あと数分もすればもっとでかくて凶暴な奴らがボクらを囲むだろうね」
「一応聞くけど、使役することは?」
「……ほぼ不可能だって思ってくれた方がいい。昨日説明したと思うけど、ボクの能力は三秒間見つめることが絶対条件。凶暴化している動物と三秒間も見つめあうなんて自殺行為だし、それに……使用制限ってやつがあるんだ」

きいはため息交じりに答えた。

「今ここでその鷹の仲間を呼んで使役することはできたりしますか?」

沙知が頭を抱えながら問う。彼女に飛び掛かってきた猛獣を亮輔が殴って吹き飛ばす。

「できなくはないね」
「二手に分かれましょう」

沙知の提案に亮輔は頷いた。

「そのほうがいいね。知多さんがあのままだとはぐれる。藤江ふしえくん、俺の背中に乗れ」

亮輔がきいの手を掴む。

「了解」

きいは亮輔の背中に飛び乗ってしがみつく。

「ひとまず俺達は知多さんに追いつく」
「うん。ボクらは見えなくなるかもしれないけど、直ぐに案内役の鷹をそっちにつけるから安心して。鷹はボクと意識を共有できる。何かあればその子に知らせて」

亮輔ときいの言葉に沙知は頷く。

「分かりました」
「必ず、どっちも森を抜けよう。操馬そうまくん、喞筒そくとうくん、みんなを頼んだ」

亮輔とは視線を合わせずに活水は頷いた。

「勿論、君に言われなくてもそのつもりだから」
「……サポートなら、任せろ」

綾人は走りながら地面に落ちている大きな石に触れてそれを操って、活水の背後から飛び掛かってきた猛獣に当てる。

四人にまた後でと告げて亮輔はスピードを上げてあかりの後を追った。

あかりの前を飛んでいる鷹が一瞬亮輔の方を見た。鷹が鳴く。するとすぐにきいの元に別の鷹が現れた。どうやらきいが鷹と意思疎通して仲間を呼んでもらったみたいだ。

その鷹は三秒間、亮輔の背中にいるきいと見つめあうと直ぐに二人の背後へと飛んでいった。

「使役できたよ。これであの四人が道に迷うことはないし、あの子の目を通して状況の確認もできる」
「流石だ。藤江くんがいて助かった」
「もっと褒めてくれてもいいんだけど?」

きいが揶揄うような口調で言った。
亮輔は襲ってくる猛獣をかわしながら答える。

「本当に、君の能力は凄い。勿論それを制御して使える君も凄いよ。それに比べて、俺は……」

亮輔はそこで口をつぐんだ。

「ごめん、こんな話をしてる場合じゃなかったな。もうちょっとスピードを上げるよ」

きいは少しの沈黙の後、「りょーかいっ」と亮輔にしっかりとしがみつく。

あかりはどうやらほぼ本気で走っているらしく、亮輔は中々距離を詰められないでいたが何とか見失わない程度の距離を維持していた。

「これは知多さんに声かけたほうがいいな。藤江くん、申し訳ないけど彼女を呼び止めてくれないかな?」

走りながら声を張り上げるのは体力的にもきついと判断した亮輔はきいに頼み込む。

「……藤江くん?」

きいの返答がなかなか来ないので、亮輔はもう一度呼びかける。
亮輔にしがみつくきいの力が少し強まった。

「ボクはね、自分の好きなようにやってるだけだよ。それに能力を使わなかったらなーんにもできない。だからーキミの方がすごいと思うな。こうやってみんなの心配したり、指示を出したり、考えたりしてるキミも十分凄いよ」

少し憂いが混じった声が降ってきた。

「藤江、く……」
「あかりー!!!」

亮輔がきいにそんなことないと言おうとした声はきいがあかりを呼ぶ声に掻き消された。

「そんなに一人で突っ走ってると迷子になるよー!!」

きいの声が届いたのか、あかりの走るスピードが緩まった。

「きいー!後ろにいるのー!?」
「いるけど、何ー?」
「スピードこれ以上緩めたら、襲われるー!!ぎゃーっ!」

あかりはそう言うなり、猛獣が襲いかかってくるのを見るとまた元のスピードで走り出す。あかりが大声を上げて入っている為、自然と敵はあかりの所に集まってきていることに彼女は気付いてない。

「っていってるけど、どうする?りょーくん」
「こっちはほぼ全力だしな……」

亮輔はきいを背負ったまま走り、更に攻撃してくる敵を交わしたり倒したりしている。既に全力に近いスピードで走ってはいるが、駿足の能力を持ったあかりには追いつけるはずもない。しかし、これ以上何かをすることは難しい。どうするべきか考えていると、きいが口を開いた。

「このままここを直進してても多分こっちが不利になるだけだから、ちょっとルートを変えようか。あかりには鷹に付いていくように言って、ボクらは抜け道を使って先回りしてあかりと合流しよう。ボクらのルートはこの子が案内してくれる」

亮輔の視界の端にきいの掌の上に乗っているねずみが現れた。いつの間にか使役していたようだ。

「確実にあかりに追いつくために、ボクは完全に鷹と意識を共有しながらこの子に指示を出す。しばらくボクの体は抜け殻の状態になるからあとは頼んだよ。あ、でも一応さっき拾ったツタでキミの体にボクの体を縛り付けておくからボクの心配はしなくて大丈夫」
「分かった。この子についていけばいいんだな?」
「うん。よろしくね」

亮輔の体にきつくツタが巻かれた。

「あかり!今からルートを変えるから、キミはそのままその鷹に付いて走って!ボクらは一旦キミの後ろを離れるけど、直ぐに合流する!」

きいが叫ぶと、あかりの悲鳴に近い声が返ってきた。

「早く来てー!あたしこのままだと死んじゃうー!」

叫びながら助けを求め続けるあかりを無視して、きいは亮輔に後は頼んだよと声をかける。きいの体が重くなった。意識を無くしたため、すべての体重が亮輔に預けられたせいだ。

先ほどきいに紹介してもらったねずみが亮輔の前に飛び出す。ねずみは小さく鳴いた。亮輔についてこいと言っているみたいだ。亮輔が頷くと、ねずみは走り出した。機敏な動きで猛獣の足元を縫っていく。なるべく猛獣が少ない道を通ってくれているようだが、森中の猛獣が集まってきているのか、走り抜けることは簡単ではなかった。

まずは、飛び掛かってくる一匹目を交わす。その隙をついて突進してくる二匹目を交わしたうえで、上から降ってくる三匹目にハイキックを食らわせて吹き飛ばす。その流れの全てを走りながらこなしていた。

並の人間にはできない。逃げながら襲い掛かってくる複数の敵をあしらうという非日常的な日々を送ってきたものにしかできない技。それを亮輔は難なくこなしていた。

しかし、現状一組の中でもトップを争う体力の持ち主である亮輔でも疲労がたまってきていた。息切れと動悸が激しくなり、汗が大量に噴き出している。

一人の人間を背負いながら、全力で走り、迫りくる敵を交わし、攻撃する。更に小さなネズミを見失わないように目で追い続けなければならない。精神がすり減らされる。集中力が切れてくる。でも足を止めるわけにはいかない。走らなければ、あかりに追いつけない。あかりがいつまでも猛獣をスピードでかわせるとは限らない。分かれた仲間の事も気がかりだった。

ー能力を使うべきなんだろうけど、今この場で使い物になるようなものじゃない。それにあの力は……極力使いたくない

自分の持ち前の身体能力と体力でここをなんとか乗り切るしかない。亮輔はひたすら体を動かし続けた。

「りょーくん!」

きいの声ではっと我に返った。

「あかりに追いついたよ」

きいの指さす方向を見れば斜め後ろからあかりが走ってきていた。

「それに、ある程度敵を振り切ったみたいだ」

きいの言う通り、いつの間にか猛獣の姿は殆ど見えなくなっていた。ほぼ意識を失っている状態で戦闘していたようだ。

「りょーくん、疲れてるでしょ?一旦休憩しよう」
「いや、大丈夫だよ。まだ俺は動けるから。休憩している間に追いつかれたり囲まれたら元も子もない。このまま、走り抜けよう」

きいは少しの間沈黙した。そして、ため息混じりの声が降ってくる。

「…分かった。じゃあとりあえずボクは降りるよ」

亮輔がきいを降ろしている間にあかりが駆け寄ってきた。

「はあ、死ぬかと思ったっ!ゴールは、まだかな……」
「多分、もう少し先」
「ひとまず、走りながら話そう。止まっていたらまた囲まれる」
「そうだね」

三人は、再び走り出した。
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