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しおりを挟む私とアクアが花屋さんに戻ると、二人は花屋にはいなかった。
「お店は開いているのにいないの? もしかして温室にいるの? 」
「どうやらその様ですね。温室の方に男女の気配を感じます。おや? まさかここに? しかしこれは不味いですね……」
「アクア? どうかしたの? 」
「リリー行きましょう。確かめたいことがあります」
アクアが私の手を引き、温室のあるらしき場所へ向かい歩きだす。いったいどうしたの?やがて温室が見えてきた。ガラス張りの温室の中で、花を見ている二人が見える。アクアが温室のドアを開いた。
こ……これは……
「あ! おはようございます。お店の方にいなくてすみません。花たちの様子が悪くて、心配で見にきていたのです」
アクアはお兄さんの挨拶を手で制し、温室の奥の一角に腰を下ろした。咲き誇る花たちの中にそっと手をさし込み、大事そうになにかを掬い上げた。
「可愛そうに……なぜ私が呼び集める声に答えなかったのです? この地を離れなければ、命が儚くなると知っていたでしょうに……これではもうリリーの癒しでも無理でしょう。核まで穢れてしまっています……」
悲しそうに呟くアクアの重ねた手のひらの上には、小さな花の妖精がぐったりと横たわっていた。
「まさか! 温室に妖精がいたんですか? まったく気づきませんでした……」
「なぜ? なぜこんなに弱ってしまったの? 」
どうやら少女だけてはなく、お兄さんにも妖精が見えている様だ。
「たぶん穢れから逃げてきたのでしょう。花の妖精は穢れのない、清廉な花の蜜と香気を糧に生きています。しかしこの国にはもうその糧がほとんどない。だから私は妖精たちを逃がしたのです。なのになぜ私の声に答えなかったのか……」
アクアの手のひらの上で、かすかに胸を上下させている妖精。その動きで生きていることを確認できるけど、私の癒しでも無理なの?私は諦めきれなくて、アクアの側に近寄ってゆく。
「穢れは浄化で祓うことができる。治療は癒しの光で殆ど回復できるはず。それでもダメなの? 」
「妖精たちは体内の核が命の源です。リリーの癒しの力では、核までは無理なのです。以前リリーが私を癒してくれた様に、核にまで穢れが入り込んでいなければ……この子は可愛そうですが、一度消滅するしかないのです」
そんな……
「たしかに一度は消滅します。これはいわゆる人間の死にあたります。しかし我々は再度復活するのです。精霊界で十年も癒せば、また新しい命として甦ります。しかしなぜ逃げなかったのでしょう……苦しむ必要など無かったでしょうに……」
私は苦しそうな顔をしている花の妖精にそっと手のひらを翳し、浄化の魔法を施す。核まで癒せる様にと思いを込め、魔力を送り込むけど弾かれた。やはり核の内側までは届かない様だ。仕方がないので、少しでも楽になる様にと、癒しの光で妖精さんを癒した。妖精さんの体が光り、苦しげに閉じられていた瞳が開いた。
儚げに微笑む妖精さん。その瞳が悲しげに歪む。
「そうですか……あなたはこの温室を守りたかったのですね。お兄さんが大切に育て、見事に咲き誇っている花たちが、弱っていくのを見捨てられなかったと……」
「そんな……私はまた守れなかったのか……存在すら気付いてあげることが出来なかった……今は食物も花も育ちにくい。なのに私の温室では見事に咲き誇っている。私は傲っていたんだね。君が守っていてくれたから……」
気付くとお兄さんが涙を流していた。隣で少女がお兄さんを励ましている。
「あなたが泣いていてはダメじゃない。妖精さんがこの温室を守ってくれたのは、あなたが愛情をこめて育てているから。妖精さんはは花だけではなく、優しいあなたも大好きだから、きっと無理をしたのよ。それに母のことはあなたのせいではない。幼いあなたにはどうしようもなかった。でも今回はなにかができるはず。あなたは泣いていないで、できることを考えなくてはダメじゃない! 」
少女がお兄さんを叱咤する。お兄さん……もう尻に敷かれているの?でももしかしなくても上手くいったのね?
「あ……これ以上の無理は……再生までの時間が延びますよ! 」
妖精さんがアクアの手のひらから飛び立つ。フラフラと不安定ながらも、お兄さんの側に近寄ってゆく。お兄さんが慌てて妖精さんを受け止めた。
『※※※ ※※※※ ※※※※』
妖精さんが声を振り絞り、お兄さんになにかを訴えている。
『※※※! ※※※※! ※※※※! 』
「ごめん……私には君の言葉がわからない……」
さすがに私も妖精の言葉はわからない。なんとなく気持ちがわかるくらい。今はなにかを必死に訴えようとしているのはわかるけど……私はアクアを見上げた。
「その子はお兄さんとともに、この温室を見守りたいそうです。そしてこの温室が無くならない限り、この温室に存在したいと。叶うことなら、子孫代々まで続けたいそうです」
妖精さんは、お兄さんを主として慕っている。そしてこの温室が大好きみたい。
「アクア? その願いの成就は可能なの? 精霊界で復活して、戻ってくることはできるの? 戻ってきてもまた弱ってしまっては困るじゃない。それに記憶はあるの? 」
「復活しても核は同じですから、記憶はありますよ。肉体が新しく再生されるだけです。たしかにこの温室内だけで有れば、この子を存在させ続けることが可能です。しかしまったく密室にすることはできませんし、徐々に穢れは入り込みます。だからこその今の状態なのです。それにこの温室自体が、あと100年は持たないでしょうね」
この国は自然を破壊し穢れを撒き散らしている。それは風に乗り、徐々に国中に広まっている。このまま広がれば、100年ほどで国は穢れに蝕まれてしまう。そうアクアは私たちに説明してくれた。
「まあ穢れが広まったからと、人間が死ぬことはないでしょう。だからこそ自然を破壊しているのです。しかし妖精たちには命に関わります。穢れは毒でしかないのです。そして妖精たちの去ったこの国は、土地は痩せ作物も育ちにくくなるでしょう」
それはつまり……この温室もやがては穢れに蝕まれてしまう。つまりお兄さんは、将来辛い決断を迫られてしまう……
「アクア? なにか良い方法はないの? 」
アクアからの返事はない。かなり考え込んでいるみたい。
「私は……この温室を守ってくれていた、この小さな命に報いたい。やがてこの国が穢れに蝕まれ、この温室も穢れにのみ込まれるというのなら、この国をでることも厭いません。私にできることならなんでもします。妖精を助けてあげてください! 」
「私も……彼のお手伝いをしたいのです。他国へ行くことも厭いません。未だにたくさんの妖精たちが住むという、かの国に向かうのも良いかもしれません。きっと母もそう思ってくれるはずです」
二人がしっかりと手を握りあい、頷きあっている。すっかり仲良しになったのね。ちょっとビックリ。
「そうですね。ならばお兄さんには妖精憑きになって貰いましょう。精霊界で癒すより長くはなりますが、この子はお兄さんと一緒なので嬉しいでしょう。さらには妖精憑きの分だけ寿命が伸びます。少女との寿命の差も狭まります。一石二鳥ではないですか! 」
「「「妖精憑き?」」」
お兄さんと少女と私の目があい、発した言葉が重なった。
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