拝啓。あの世の婚約者様。裏切られた聖女です。魔王とともに復活しました。ですが!魔王も婚約者様も要りません!

桜 鴬

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 王家の庭園墓地は、山道を一時間ほど歩いた所に広がっている。途中には澄んだ湖もあり、三百年前には、たくさんの精霊や妖精たちが戯れていた。その美しい眺めを堪能しようと立ち寄ったのに……

 この国は腐ってしまったの?お父様、お母様……たしかにあれからもう約三百年……ううん。たったの三百年じゃない! 祠にやって来た冒険者の噂ではお父様が早くに退位したのち、お兄様が若き王となり、さらには優秀な次の後継者にも恵まれたと!お兄様はとても立派な王となり、民を思う良き施政者となったと!隣国はますます栄え、もっと良き国になるだろうって!

 王家の血筋はほとんどが魔力持ち。長じて皆長生きする。内包魔力量にもよるけど、当時の平均寿命は約六十年。お兄様が百歳まで生きたなら、まだ片手ほども代替わりはしていないはず。祠には隣国からの冒険者も来ていたから、内乱があったなんて情報もなかった。もし国内が混乱していたなら、他国への出入りは規制されたはずだ。

 なのにこの有り様は……

 目前に広がる濁った湖。水は異臭を放ち、水中には生命の息吹を感じることが出来ない。木々は枯れはて、草の一本も生えてはいない。

 しかもそれは湖とその周囲のみ。まるで神にでも見捨てられたかの様に、そこだけが死の森に変わり果てていた。

 神ならぬ精霊や妖精に見捨てられたのかもしれない。精霊や妖精はとても気まぐれ。その土地にいつくと、たくさんの恵みをもたらしてくれる。しかしこれは精霊や妖精たちの気持ち次第。彼らは気に入らなければ、すぐにどこかへ消えてしまう。

 私が浄化すればもとの綺麗な湖には戻るけど、それで精霊や妖精たちが戻るわけではない。ここまで酷いのには必ずなにか原因があるはず。汚したのが人間であり、汚染を理由に彼らが去ったのなら、浄化しもとの様に戻せば戻ってくる可能性はある。しかし彼らが去ったこと自体が原因だったのなら、浄化にはかなりの力が必要だし、逆に彼らに恨まれてしまう。この状態が彼らからの制裁なのかもしれないのだから……

 だから私は浄化はしない……

 私は湖での休憩を諦めて、再度山道を歩き出す。やがて庭園墓地の入り口が見えてきた。大きな噴水からは水が勢い良く吹き出している。庭園墓地の方は大丈夫みたい。今も彼が水を管理してくれているのだろうか?私は入り口の花のアーチを潜り抜け、大きな噴水へ近寄る。あれ?水を吹き出す場所が、銅像に変わってる?あれは……水瓶を天に掲げ水を受けとめている……

 もろ私じゃないの! しかもブルックリンでの盛られた銅像とは違い、素のままの私だ。色彩を変化させて正解ね。でも素のままの私があの格好なのは、さすがに違和感が有りすぎる……なぜ皆薄衣を纏わせるの?しかも水が滴る状態が、リアルに細工されているし……これではどうみても、胸に注目が集まるじゃないの!リアルに作りすぎよ! 

 なんて興奮しても仕方がない。お墓参りに行きましょう。お墓は左奥から順に代ごとに並んでいる。私は目的の場所を目指す。あった!

 家族のお墓は綺麗に掃除され、たくさんの献花で飾られている。良かった……お墓まで汚されていたら、さすがの私もお城に乗り込んでしまうかもしれない。お母様とお父様は大往生したのね。どちらも享年100歳を越えている。お隣のお墓にはお兄様と奥様。どちらも享年110歳越え。次がお兄様の息子の代。その先には三つの墓所がある。ギリギリ片手でに収まった。ふーん。先代はかなり早世だ。今代は即位したばかりなのね。

 一通り裏書きを確認し、改めて家族の眠るお墓に向かう。私のお墓まであるのは複雑だけど、髪の毛だけでも家族とともにいられるのは嬉しい。伯爵には感謝しかない……それぞれのお墓に花束を供える。中心で膝をつき手を合わせ、親不孝を侘び家族の冥福を祈る。みんな……本当にごめんなさい……

 「落ち着いたらまたくるね。私がそちらにいったら、おもいっきり叱ってね。早く皆の所にいきたい……」

 泣くまいと思ったのに、次々と涙が溢れだしてゆく。どうしよう。止まらない……そのときフワリと背後から抱きしめられた。えっ誰?私は涙を拭い振り向こうとする。しかしぎゅっと抱きしめられ、身動きが出来なかった。

 「お帰りなさい。リリー。あなたはやはり生きていたんですね。ご両親のもとに逝くなどと言わないでくださち。ようやく再会できたのです。信じてこの地を去らなくて良かったです……」

 耳もとで優しい声が聞こえる。この声は!

 「アクア? アクアなの? まだこの庭園を見守っていてくれたの? 」

 「リリー……」

 腰に回された腕がゆるんだことを感じ、クルリと腕の中で回転する。見上げると昔の美しかった、湖の湖面を思わせる青い瞳と視線が絡んだ。やはり!

 「アクア! 無事で良かった! それに湖が汚れていたから、この地は見捨てられたとばかり。大丈夫? 無理していない? 」

 アクアは水の精霊であり、妖精たちを纏める役目をしている。精霊は長寿でもあり、妖精とは違い人と同じ姿をしている。だから見た目では人間にしか見えない。まあ見えない人には関係ないけど。でもあれ?心なしか髪の色が薄くなってる?アクアの髪は、銀色で青みのかかった色だった。なんだか青味が抜けて白っぽくなった感じがするけど……気のせいよね?

 「私は大丈夫です。しかし他の妖精たちは、他の地へ逃がしました。この地はもう駄目です。王家は自然との共存を拒みました。今の王家の血筋で、私を見ることのできる者はおりません」

 自然との共存を拒んだ?

 「今代の王は領地を広げるためだと、木々を伐採し田畑にしています。さらには国を富ますためだと、山までも更地にしているのです。そのためその地に住む妖精や精霊たちは、行き場をなくしてしまいました。すでに皆を辺境の未開地へ避難させ、私が最後の一人となりました。私がこの地を去れば、この国は衰退の一途を辿るでしょう」

 それは……まさかそんなことになっていたなんて!たしかに田畑が増えれば国は潤うし民も喜ぶ。でも山までもはやり過ぎ!自然が無くなれば世界の浄化が間に合わなくなる。川が汚れ空気も汚染されてしまう。自然の恵みも無くなるし、動物は穢れに蝕まれ魔物とかす。さらには聖域以外に身を潜めていた魔物たちが、聖域がなくなるとともに溢れだす。

 妖精や精霊たちが住む場所は聖なる場所。その存在だけで土地を富ませ浄化してくれているのだから! 避難をしなければならないくらいの自然を壊すなんて、本当に馬鹿としか思えない。行かないでと引き止めたいけど……どう考えても悪いのは人間たち。もちろん私には、アクアを止める権利なんて有るわけがない。

 「この国にアクアを縛る権利はない。開墾には国民も同意しているんでしょ? なら国全体の責任だから、アクアは自由にして……愚かな人間のために、己の身を危険に晒してまで留まることはないわ……」

 「リリーを必ず守ると誓ったから……」

 「え? まさか……あんな昔の約束で待っていてくれたの? でも普通の人間なら死んでいたのよ? アクアは自由に生きて良いのに……」

 私がまだほんの子供のころ、兄とともに湖に遊びに来ていた。その時に怪我をしたアクアと出会った。湖には妖精たちが棲み、小さな聖域となっていた。その聖域に土足で踏み込み妖精たちを捕まえる。さらには羽をむしりとる残忍な仕打ち。しかし悪人に精霊が見えるはずもない。なのになぜ?

 「あのときは人間が残酷なことをしたの。だからアクアが私に気を使わなくても良かった。この地に縛るつもりなんてなかったのに……長く待たせてしまったのね。本当にごめんなさい……」

 妖精は苦しみながら死ぬとその姿が人の目にも見える様になる。しかし妖精は直接危害を与えられなければ、死んで屍をさらすことはない。突然霧の様に消滅し、妖精の国に戻ると言われている。

 羽をもがれたりなどの辛い死を迎えなければ、ほぼ永遠に生きるのだから……

 しかし妖精の羽は錬金術の素材として高額で取引される。そのため悪人たちは妖精を見れる人間を拐い、奴隷とするために隷属の腕輪をはめた。アクアは妖精たちを助けるだけでなく、その捕らわれた人間をも解放しようとし、負傷し逃走した。

 「私たちにとって数百年くらいはあっという間です。リリーをモデルにして改造した、噴水を眺めていたらあっという間でした」

 ……あれはアクアが作ったのね!

 「リリーは小さいのに、私の傷を一生懸命癒してくれました。お兄様は悪党たちを捕縛し、捕らわれていた人をも解放してくれました。羽をもがれた妖精たちも、リリーの癒しで助かったのです。通常ならば羽をもがれたら死を待つのみです。なのにあなたは己の身を省みずに……」

 そうね。お兄様は凄かった。私がアクアを見つけて動揺しているのを宥め、アクアと妖精たちを癒すように諭した。私を落ち着かせた後、悪党たちを追いかけ一網打尽にした。私はまだ小さくて癒しの魔法もまだまだだったけど、お兄様は魔法が得意だったから……

 あのときアクアは私の手の甲に軽くキスを落とし、名をなのり私を守ると誓ってくれた。まさかこんなに長く縛り付けることになるなんて……あのときは考えもしなかった。

 「リリーは顔を真っ赤にして、私の名前を呼んでくれました。あのときからあなたは私の主なのです。あなたの子孫代々まで見守るつもりでした。なのにまさか留学先で、あなたの魔力を見失うなんて! しかも死んだと! 葬儀もなされましたが、私は信じなかったのです……」

 アクア……私の愚かさで……本当にごめんなさい……

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