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 私たちの娘が誕生し早2ヶ月。誕生地は小さかったがすくすくと育ち、抱上げてもかなり重くなってきた。そんな中隣国の王太子の婚姻式が、大々的に行われたと聞く。もちろん私たちは参加はできない。私はかなり体調の回復した妻と娘とともに、近くの教会へ赴き二人の幸福を祈った。

 屋敷へ戻り妻を寝かせ、娘を寝かしつけた後仕事へと向かう。すると執事にお客様だと呼び止められた。客間に通され私は驚愕に目を見開くこととなる。

 「父上? 面会まではまだ一週間ほどありましたよね? えっ! 母上がなぜここに!? しかも母上の腕の 中の子は……」

 ソファーに腰をかけた父上の奥には、修道院へ入ったはずの母上が、我が子と数ヶ月違いの妹を抱き座っていた。
 
 「隣国の慶事で恩赦が出たのだ。お前のもと婚約者が、我が国の王夫妻を婚姻式に招いてくれた。あれだけのことを仕出かしたのだ。通常ならば招待はされぬ。だが隣国は婚姻式の前に近隣諸国へ向け、我が国は保護した彼女を陰謀から守ってくれたと発表したのだ。まあ近隣諸国には真実は知られてしまっている。しかしこの発表で我が国の立場は浮上し、招待されたことにより、諍いはないと近隣諸国へ周知された」

 私の起こした不祥事で、我が国の信用は地に落ちた。近隣諸国には侮蔑され、そのため父上は退位を決意し次代へと繋いだ。新たな国として再出発するためだ。近隣諸国間の平和協定にも参加を拒否されたため、我が国は大々的に軌道修正を余儀なくされていた。

 「近隣諸国との平和協定にも参加が認められた。隣国が我が国を許したからだな。そのための祝いの恩赦だ。さすがに私との再婚は叶わないが、孫の乳母をしたらどうかと言われたのだ。失敗した教育を省み、孫と娘をしっかりと育てよと言われたのだ」

 いったい誰に?

 「私は罪を犯しました。神に祈りを捧げ、二度と俗世に戻るつもりは無かったのです。なのに再びこの腕に娘を抱けるなんて! まさかあれほどの仕打ちをした私の恩赦を、彼女が願い出てくれるとは思いませんでした……」

 妻の体調はかなり回復している。しかし薬を飲んでいるため、娘に母乳を与えることができない。貴族ならば乳母を雇うべきだが、庶民となった我々には贅沢すぎる事柄だ。そのことを知っていたのか? ではやはりもと婚約者が……

 私たちが話をしていると、扉がノックされ執事が入室してきた。

 「皆様にお届けものです。送り主はすでに帰国されました。奥様、どうぞお入りください」

 執事にうなされ妻が娘を抱き入室してきた。子を抱いて歩くなど大丈夫なのか?歩行は可能にはなったが、長く歩くと体に負担がかかってしまう。まだまだ安静が必要なはずだが……

 テーブルの上に執事が大きな箱を乗せた。

 「心配かけてごめんなさい。私がこんな食事は食べられないと、我が儘で食べなかったからいけないの。おかげで子にも母体にも栄養が不足していたと言われたの……」

 妻はポロポロと涙を流しながら話し出す。

 「屋敷の人たちにも辛く当たったの。私はこんな暮らしは嫌だと駄々を捏ねたわ。なのに皆は妊婦にイライラは駄目だよと、いつも笑顔でお世話をしてくれた。今日も少しでも食べられる様にと、領民の差し入れだと言う果実を剥いてくれて……」

 嗚咽が激しくなる。泣きながら紡ぐ言葉には、私と同じく後悔が滲んでいた。

 「本当にごめんなさい! 私はもう王女ではないのに……ううん違うの。王女だったときほど、我が儘は駄目だった。私は己のことしか考えていなかったのよ! 」

 執事が妻を導き私の隣に座らせた。私は娘を受け取り、執事が用意していたカゴに寝かせる。いつの間にか、妹も同じ様なカゴに寝かされていた。

 「皆様がお話中に、隣国の王太子夫妻がお見えになりました。転移でいらしたそうです。お忍びのためすぐにお暇すると言われ、奥様にのみ面会し帰国されました」

 執事が頭を下げ退室する。私は泣きじゃくる妻の体調が心配で仕方がない。

 「体調は大丈夫なのか? 寝ていた方が……」

 「癒してくれたの! お義姉様が聖なる光で私も娘も癒してくれたの! 私はあんなに酷いことをしたのに……もう気にしていないからって……だから育児を頑張ってと言われたの。それにお義姉様と呼んでくれたら嬉しいと……」

 まさか本当に?私たちは恨まれても殺されても、仕方の無い過ちを犯したのに……それを許すと?

 「二人とも少し落ち着け。とりあえずこの箱を開けてみなさい。どうやらリボンの下に手紙が挟まれているようだからな」

 リボンをほどき箱を開ける。手紙らしき封書を外し、箱の蓋を開いた。開いた途端に次々と飛び出す品物類。まさかこれは魔道具か?それからこれらは……

 すべて二組ずつ揃った赤子用の簡易ベッドに手押し車。さらにはたくさんの洋服に玩具類。すべてペアで揃っている。しかしこれらは決してこの箱に入る量ではない。私は封書を開き読み始めた。

 「この箱に容量拡大の付与魔法がかけられているそうです。これらは娘と妹への誕生祝いとのこと。我が国の王より婚姻の祝儀をいただいたので、返礼は必要ないそうです。そしてこの魔道具は……」

 まさか……君はこんな……なのに私は殺人鬼などと罵倒した……

 「この魔道具は結界を布陣する物だそうです。この辺境の地は魔の森に面しています。その境界に設置すると強固な結界が布陣され、魔物が侵入できなくなるそうです」

 この辺境の地は魔の森に面し、常に魔物の驚異に晒されている。国境を守る辺境伯殿の部隊が、魔の森の魔物を定期的に間引いてくれてはいる。しかし必ず毎年魔物による被害が発生しているという。農作物を荒らされてしまったりはまだマシで、人が魔物に食い殺されたりの被害も起きているそうだ。

 私と妻はそれさえも知らなかった。魔物は魔の森が住みかで、決して森からは出てこない。人を襲うなどありえない。私は魔物を見たことがない。だから頑なにそう信じていた。だからこの地へ来て驚いた。命懸けで魔物を屠る討伐隊や、報酬で魔物を狩る冒険者という職業。しかも貧しさで食うためだけに冒険者となり、力及ばす死んでゆく人びとがいることを。

 私はなぜ森から出ることはないと思い込んでいたのか……強固な壁が有るわけではない。地続きなのだ。森から出ることが有るのは当たり前だろう。

 もと婚約者は辺境の討伐隊や冒険者たちの待遇を良くするべきだと、良く文官たちと話をしていた。私はその話を聞き、金が欲しいから魔物を狩るのだろうと嘯いた。たしかに魔物は恐ろしい。しかし奴らは魔の森から出ては来ない。近寄らねば危害は加えられない。金や高価な素材を求める物たちの待遇をあげる必要はないと、当時の私は言いきったのだ。

 「本来は魔物を間引くために、王家からも王子を派遣していた。お前に剣か魔法の才があれば良かったのだが、お前はどちらも駄目だった。だから王命として彼女を派遣していた。王家の者が討伐に加わる。それは王家は辺境の地を蔑ろにはしないという意思表示だったのだ」

 王子が討伐に参加する。それが魔物に怯えながら暮らす者たちに安心感を与える。王家も頑張ってくれている。だから我々も頑張ろう。そう思いながら領民たちは働き税を納める。そのためのプロパガンダ……

 「魔の森から魔物が溢れでたらどうなる? お前は魔物など見たことがなかっただろう。さすがに城までは侵入しないからな。だがそれは魔物を間引く者たちの力なのだ。彼らがいなくなれば魔物は増えすぎ、少なくなった餌を求め森から出てしまう。城にだって侵入するぞ。現に百年前の魔物の氾濫では、城下町まで魔物が侵入したのだ」

 まさか彼女が魔物の討伐に参加していただなんて……だからこそこの魔道具の必要性を知っていたのか……私の代わりに民のために……あの戦争で誰一人殺さなかった彼女には、きっと辛い王命だったのだろう。

 「まさか魔物の命を屠ることを、殺略だとは言わんよな? お前も魔物には恩恵を受けているはずだ。食す肉類はほぼ魔物肉だ。素材は薬や防具や武器などにも使用されている。すべて有効利用されている。無駄に殺略しているわけでは無いのだ」

 肉が魔物のもの?まさかそれは知らなかったが……

 「家畜肉など高価で庶民には手が届かん。王宮でも普段は魔物肉だ。家畜肉は諸国の重鎮を招いた際の、晩餐会くらいでしか使わん。まあ今さらだ。今後は今の仕事だけでなく、この地のことも学ぶことだ」

 はい。私はもと婚約者の慈悲に報いるためにも、少しでも人びとのためになる様な人間になりたい。

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