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③
しおりを挟む会場は静寂に包まれていた。そんな中、またまた怒声が響き渡る。
「ブッ、ブハァー! このばか息子にアホ娘が! お前たちは勘当だ! 妄想で皆様を混乱させよって! 我が家の面汚しだ! さっさと侯爵家から出て行け! 」
侯爵はお家大事に子供たちを見捨てる様だ。しかしそこにまったがかかる。
「宰相よ。集めた証拠をここへ」
宰相が分厚い封筒を国王に差し出す。それを確認した王が話し出す。
「侯爵よ。例え庶子とはいえ認知し引き取ったのは、親としての責任をとるためではなかったのか? なのになぜ二人に、高位貴族としての教育を施さなかった? どう見ても二人の所作は付け焼き刃だ。しかも薬物中毒の症状が出ているよな? それはなぜだ? 」
とたんに侯爵の顔色が悪くなる。
「王よ! いったい何を仰るのですか? 私は二人をキチンと学園に通わせました。それに薬物とは? 私にはまったく記憶にございません」
たしかに二人は学園には通っていた。しかし二人は入学前には、読み書きもやっとの状態だった。それなのに侯爵家の威光をちらつかせ、無理やり学園に捩じ込んでいた。そのため授業はまったく理解できず、二人は学園では劣等生扱い。侯爵家の子でありながら、他の生徒に蔑まれていた。
それが苦しくて……二人は夢の世界に逃走した……
「数ヵ月前まで学園の生徒の間では、恋の叶う魔法薬というものが流行していました。まあ通常ならば、己を少し魅力的に見せる程度の効果だそうです。しかし多量摂取や長期に渡る服用には、副作用がでるそうです。それが幻覚と妄想です。そのお二人の今の状態ですよ。侯爵? ご子息たちは、どの様に大量の薬を用意したのでしょうか? 」
「…………」
返事がない。侯爵は無言を貫いている。
「答えぬか……いや答えられぬのか? まあ良い。だが侯爵よ。貴様の領地で、薬の元となる薬草の栽培が確認された。山間部で強制労働をかせられていた者たちは、すでに保護されている。言い逃れはできんぞ! 」
「恋の魔法薬は呪い程度のものです! 副作用があるなんて知りませんでした。子供たちは勝手に購入したのでしょう。私は罪になるようなことは致しておりません! 」
抵抗を試みる侯爵だが……
「愚か者が! 副作用のでるような危険な薬を作り、販売すること自体が罪ではないか! 呪い程度の効果であっても、必ず治験をしなければならない。販売には王宮医療班の承認が必要なはずだ! 」
王の怒声が響き渡る。さすがに侯爵も黙り込んでしまった。
「わっ私は……恋の叶う魔法薬など、購入したこともありません」
「私もよ! だって私たちはお金を持っていないもの! 貴族は財布は持たないと、お金を持たせて貰えなかった。最低限の必要な物は与えられたけど、下着すら擦りきれるくらいにならないと変えて貰えなかったんだから! 」
侯爵子息と令嬢の二人が話し出す。二人は授業に使う筆記用具でさえ、ボロボロになるまで交換して貰えなかった。そのため余計に学園では蔑まれいじめられていたという。
「お二人の侯爵家での食事に混ぜられていたようです。たしかにそれには同情の余地はあるでしょう。しかしあなた方は楽な方へと逃げました。たしかに恋の叶う魔法薬自体は飲んでいません。ですが飴はなめましたよね? 心が楽になるという飴玉ですよ」
二人は侯爵家の執事から、舐めると気持ちが楽になるからと、飴玉を貰っていた。舐めると心が落ち着き気持ちも楽になる感じがする。これは単なる精神安定剤の様なものだが、二人は効果を信じてしまった。そのため執事から、定期的に飴玉を貰っていた。
宰相は二人の顔を見ながら続けて話した。
「その飴に薬が混ぜられていました。侯爵はお二人で副作用の確認をしていたのでしょう。しかしそれなら食事に盛るだけでも十分です。しかしあなた方の気持ちを知り欲をだしてしまったんです」
意味が良く理解できず、考え込む二人。
「侯爵はあなた方の気持ちを利用したのですよ。あわ良くば娘を王子妃に。しかも第三王子は隣国の王位継承権を所持している。内乱で王位が転がり込んでくるかもしれない。さすれば娘は王妃になれる。そして息子は公爵家との繋がりに。公爵令嬢の実家は兄君が継ぎます。しかし現公爵は数々の報奨による、空位の爵位を複数お持ちです。その娘との婚姻であれば伯爵以上、あわ良くば侯爵の爵位を貰えると踏んだのでしょう」
公爵令嬢は王子の婚約者のため、そのまま婚姻が成立すれば王子妃となる。やがて王子は臣籍降下をする予定だったため、ゆくゆくは公爵婦人となる予定だった。
しかしもし王子との婚姻が成されなかった場合、嫡子であり将来爵位を継ぐ相手との婚姻が通常となる。しかし婚約破棄となった場合、相手が爵位を継げぬ者となる可能性も高い。なぜなら己に非がなくとも傷もの扱いをされ、女性側には縁談が来ない恐れがある。高位貴族の嫡男ほど、早々に婚約が成立しているためである。そのため婚姻相手が嫡子ではなかった場合、現公爵が娘のために手持ちの爵位を与える可能性が高い。
「それから隣国と通じていた様ですね。恋の叶う魔法薬は、隣国が内乱の際に使用した高揚薬の副産物です。内乱の首謀者はこの高揚薬を炊き出しの料理に混ぜ、民衆を煽り戦わせました。なぜその副産物の製法を侯爵がご存知なのですか? 」
実は侯爵は内乱の首謀者に頼まれ、山間部で薬草を育て、高揚薬を作成していた。その際にできる液体に、微量な魅了成分が含まれていることに気づいた。どうせ捨ててしまうなら売りだそう。そう考え、恋の叶う魔法薬として売り出した。副作用があるとは知らなかった。しかし常用による被害の報告が相次ぎ、人体実験による検証を余儀なくされてしまう。
「山間部で強制労働を命じられていた者の中にも、かなりの数の薬物中毒者がいました。こちらも食事に混ぜていたようですね。しかし現在魔法薬の流通は止まっています。つまり副作用の確認は、すでに終了したはずなのです! 」
さすがに侯爵も、利益を優先はしなかった。問題になる方が怖かったのだろう。
「なのに! 侯爵は子供たちには飴玉を与え続けました。たしかに飴玉に逃げた子息たちにも非はあります。ですが薬の存在を知らぬのであれば、精神の安定を求める様な、劣悪な環境を与えた侯爵の罪です。しかもあわよくば隣国を牛耳ろうとまでしました。王妃になった娘を影で操つり、我が国と併合させようと目論むとは何事です! 恥を知りなさい! この売国奴が! 」
宰相の言葉が荒くなる。まさか侯爵がここまで策略していたとは……
「私は……侯爵家に引き取られ、すぐに学園に入れられました。しかし勉強はまったくわからずマナーも駄目。持ち物も服装も貧相で、侯爵令嬢のくせに貧乏臭いと貶されました。そんな時、第三王子様だけが助けてくれました。たとえそれが生徒会長としての義務からだとしても、それにすがらなくては、苦しくて死にたくて仕方がなかったんです……」
そのため侯爵令嬢は、第三王子に執着してしまった。悲しい時には執事のくれる飴玉に頼ってしまった。侯爵家にくる前は、貧乏で甘いものは贅沢品だった。そのためよけいに甘いもので癒されたのだと言う。
「私も同じです。なんとか授業に追い付こう! 理解しようと努力をしました。しかし私たちは読み書きがやっとです。庶民は簡単な読み書きくらいしか習いません。計算ができれば優秀なのです。私は図書室に籠り勉強しました。そんな時に公爵令嬢様が、わからない所を根気よく教えてくださったのです。たった一月ほどでしたが、私は本当に嬉しかったのです……」
侯爵令息は、妹も苦労していることを知っていた。かげで泣いていることも知っていたが、助けてあげることができなかった。だからこそ勉強を頑張ろうとした。己が優秀になれば、妹を助けることができる。働き始め資金を貯めたなら、妹を連れて家を出ることも考えていたという。
まるで憑き物が落ちたかの様に、泣きながら頭を下げる侯爵令息と令嬢。二人の変わり様に会場中の人々が、薬の副作用の恐怖に身を震わせていた。
一つ間違えたなら、不敬罪で切り捨てられても仕方がない。そんな効果のある副作用なのだから……
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