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❪わたし15さい❫
▪二人の距離感。
しおりを挟む可愛らしい白い教会に併設された、これまた可愛らしいお家に入る。一階は広いオープンキッチン付きのリビングルーム。赤々と燃える暖炉には火が入り、まるでサンタの国のお部屋の様な内装だ。いたるところに雪の結晶がデザインされている。しかし色彩が柔らかいためか、寒そうなイメージを与えてこない。
「うわー。暖炉なんて始めて見たわ。薪をくべて燃やすのよね? あら? これ本物の火では無いのね。魔道具で暖めて、暖炉が燃えている様に見せてるの? へー温風と投影の術式を魔道具に組み込んでる。錬金術は使用していないのね。これは中々興味深いわね」
私は裸足になりフカフカのラグの上を走り、赤々と燃える暖炉に近寄る。手を火に近づけるけど、まったく熱くはない。変わりに横から温風が吹き出している。サイドに取り付けてある物が、温風をだしていた。
「お前は休みに来てまで魔道具なのか? ほら先に飯を食え。午後から湖の散策に行くぞ。ボートにも乗れるそうだ。湖の周辺は観光地化されているから魔物避けがされていて、湖では暖かければ泳げるそうだぞ。ちなみにこの周辺も別荘地だから同様だ。魔物は出ないからな。狩りに行くんじゃないんだぞ。ぜったいに間違えるなよ! 」
そんなに念をおさなくても解っています!
「まさか休みに温泉でもと言い出したのは私なのに、ここまで来て魔物討伐をしようなんて言わないわよ」
「お前は解らん! もし湖の畔に金冠鳥なんかがいたらどうする? わき目も振らずに追いかけ回すんじゃないのか? 」
金冠鳥……全身が錬金術の素材になると言うレアな鳥さん……羽一枚でも金貨五枚はする……
「ゴクリ……まさか生息しているの? 」
「アホか! あんなレアな鳥がこの辺にいるか! 例えだ例え! とにかくこの一週間は仕事や錬金術は忘れろ! すべてもとの世界へは持っていけないだろ? 持っていくなら私との思い出にしろ! 」
カイン……
「カイン……ううんカインドル。気を遣ってくれてありがとう。私との思い出だなんて、中々洒落たこと言うじゃない。その調子なら、すぐに素敵な人が見つかりそうね……ってやだ!カインってば顔が真っ赤じゃない。ツンデレで可愛いー。そんなに照れるなら言わなきゃ良いのに。でも嬉しい……」
「だから! 男に可愛いは褒め言葉では無いと、以前も言っただろうが! まあ良い。ほらさっさと食べよう」
「はーい」
リアーナさんが持たせてくれたお料理の数々と、途中で購入してきた屋台料理を頬張る。この串焼きはバッファとラビね。魔物のお肉にもすっかり慣れたけど、向こうのお肉が物足りなくなりそう。魔物のお肉はこれこそお肉だー!って感じで主張しているからね。
腹ごしらえをして一休みし、湖畔まで歩いて行く。周囲は鬱蒼とした森だが、カインに聞いた通りで、魔物の姿はまったく見えない。木々の合間に時おり道路が有り、良く見ると木々の緑に埋まって、チョコンと屋根らしき物が点在している。森自体が別荘地のようだ。
さらに進むと視界が開き明るくなった。目に飛び込んで来たのは、陽射しにキラキラと輝く青い湖面。森の中にこんなに綺麗な湖が有るなんてビックリよ。
「あそこがボート乗り場だな。向こうに土産物の店なんかが並んでいる。丸く焼いた薄い生地に、クリームや果物をくるんだ菓子が人気らしい。後で食べよう」
「クレープかしら? 」
「なんでも甘くないものも有るらしいぞ。男性には肉や野菜を巻いた、食事系と言うのが人気らしい。私も甘いものよりはそちらの方が良いかもな。まあ見てからのお楽しみだ。先にボートに行くぞ」
はーい。湖でボートに乗るなんて始めてよ。これでは本当にまるっきりデートじゃない。向こうの世界でもデートはしたけど、無理やり物を買わされたりとか、見たくもない映画を見せられたりとかばかりだった。もちろんこれらは前次期様が、見張りをつけていたからだと今は解っているけど……当時は嫌で嫌で仕方がなかったからね。こんな健康的なデートなんて、本当に新鮮よね。
ボートはなんと魔道具で動く、自動操縦タイプだった。意外にも混んでいる湖面を、他のボートを避けスイスイと進む。時おり湖面に垂れる木々の影に入り、止まって休憩までしてくれる優れものだ。
……優れものなんだけど……周囲までは解らないのね。まあさすがに魔道具に、気をつかう機能はつけられないわよね……
現在私たちの乗るボートは、木々の影の日陰で停止しています。そして少し先にも……
しかも二つの影は一つに重なり、激しい抱擁の真っ最中なのです。かなりボートが揺れているけど、ひっくり返らないのかしら?それより早く動きなさいよ!
「マリア? 動くなよ。落ちるぞ」
もう!カインは背中側だから見えないのよ!
「ほらっ! 危ないじゃないか! 」
ボートがぐらつき片手が湖面に着水する。カインが慌てて、私の体を支えてくれる。
「大丈夫か? 」
私の顔を心配そうに覗き込む瞳。やだ!ちょっと近すぎるんですけど! しかもこの体勢ってば、私がカインの胸にしがみついてるみたいじゃない。慌てて顔を離すと、ほぼ同時にボートが動き出した。私はカインから離れ、席に座り直す。しかし湖面に着水した片腕は、まだカインに握られたままだ。その腕をじっと見ているカイン。
「カイン? 」
チュッ。手の甲へ啄むような軽いキスが落とされる。あまりの衝撃に私は言葉が出なかった。
「婚約者らしいことしてこなかったからな。私はマリアが好きだ。まさか出会いのときは、こんなチビに惚れるとは思わなかった。マリアはもとの世界に戻る。それは理解している。しかしこの気持ちだけは伝えたかった。マリアが残す功績や容姿ではなく、私は君の心根が好きなんだ。本来の姿のマリアを見たかったな……」
カイン……ありがとう……そしてごめんなさい……
「私は……」
「いいんだ。返事は要らない。この世界での思い出の一頁として、私を忘れないでいてくれ。私は公爵家を継がねばならない。やがて結婚するだろう。だからこそマリアにも幸せになって貰いたいんだ。君の幸せが私の幸せだ。私は親父の様に間違えたりはしない。たとえ政略結婚でも、相手を尊重し愛を育むよ。だから大丈夫。ずっと君の幸せを願っている……」
気が付くとボートは終点にたどり着いていた。カインが先に下りて、手を差しのべてくれる。私はその手を握りしめながら、恥ずかしさともどかしさで、ただただ俯くしか出来なかった。
手を繋いだままお土産やさんの並ぶ界隈へ歩いて行く。ベンチを見つけ腰をかけた。
「ちょっと待ってろ。買ってくる」
カインがクレープらしきものを買いに行く。私はグルグル回る脳内の整理がつかない。私が向こうの世界に戻るのは確定だ。だってそう女神さまと約束したから。
だからやはりカインの気持ちには答えられない。向こうの世界では、大切な妹……リリアが待っている。
やはりカインにはごめんなさいとしか言えない。なのにこのざわめく胸の鼓動はなに? カインの言葉や行動に、嬉しいと感じてしまう自分がわからない。私はいったいどうしたの?
「お待たせ。これがマリアの分な。ここまで公爵領のバナナが進出していたぞ。これはマキマキラップというそうだ。中身はチョコバナナベリーだ。バナナとクリームにブルーベリーとチョコをトッピングしている。ちなみに私のは、バッファフランクのバーベキューソースだ。フランクフルトと野菜をバーベキューソースで味付けしている。薄い皮は甘いそうだぞ」
「ありがとう。見た目はやはりクレープね。向こうの世界にも有ったわ。良く妹とベリークレープを食べたの。美味しそうね」
カインが隣に腰を下ろし、クレープにガブリと噛みついた。ポキンとフランクの折れる良い音が響く。
「んー。これはジューシーで旨いな。中身の塩辛さと、皮の甘さが反比例して旨い! これならもう二、三個はいけそうだ。マリアはどうだ? 」
「バナナとチョコの相性がバッチリね。所々に散らばるブルーベリーの酸味が、お口直しにバッチリよ。でも私は一つでじゅうぶんよ。凄く美味しい……」
カインは早々に食べ終えて、再度売店へ走っていった。おかわりを買うのかしら?暫くするとトレイに飲み物を二つと、マキマキラップが一つ。さらには……えーこれって!
「これってたこ焼きじゃない。え?タコじゃなくてコッコそば焼き? たしかにソースとマヨネーズはかかってないけど……」
「ほら。食べてみろよ」
カインが丸いたこ焼きモドキを串に刺し、私の口に放り込んだ。ん?上にかかっているのはかつお節では無くて、チョコを削ったもの? たしかに良く見れば、黒いし少し溶けかかってる。中身はタマゴ?ウズラのタマゴみたいな、小さなタマゴが入っているみたい。回りは……
「解った! そば粉を混ぜた生地を焼いて、小さいタマゴを中に入れたのね。このタマゴの親がコッコなのかしら? 生地が甘めだからおやつ感覚なの? ソースもかかってないわよね? 」
やはりマキマキラップ同様に、おやつ感覚らしい。中身はやはりコッコという魔鳥のタマゴで、タマゴの黄身が生でも甘いために使われているそうだ。
私は飲み物を貰い喉を潤す。その合間にカインがヒョイヒョイと、私の口にコッコそば焼きを入れてくる。ちょっと!
「私だけではなく、自分も食べなさいよ」
「私はマキマキラップを追加したからな」
ちょっとそれって……カインの頬張るマキマキラップには、申し訳程度の野菜と、山盛りな照り焼き肉が巻かれていた。
「やだ! カインってば! お肉ばかりじゃない!しかも口の回りが照り焼きのタレでテカテカ光ってるわよ。もう! あはは……」
まさかそれって特注したの?
「マリアは笑っているのが一番だ。考えすぎるなって……余計なことをいった私が、言うべきことでは無いな……」
「ありがとう。褒め言葉として受けとるわ。でも口を拭いてから話してね。はい、ハンカチ」
私たちはお互いに笑いあった。
こんな感じでまったりとした一週間は、あっという間に明日を残すのみとなる。
結局カインに告白の返事はしていない。
ごめんなさい。やはり私は向こうの世界に返る。ううん。帰りたい。だって私はお姉ちゃんだもの。リリアを守ると決めたの。
リリアの幸せが一番だから……
カイン……カインドル……返事は要らないとの言葉に甘えてしまいます。私はあなたに思いを返せない……
本当にごめんなさい。
でも……どうしてこんなに胸が痛むの?
ううん。きっとこの世界に馴染みすぎただけ。だって私のすむ世界はここじゃない。私はこの身体を地の神龍姫さまにお返しし、もとの世界へ戻る。
それが女神さまとの約束なのだから……
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