上 下
48 / 53
❪わたし15さい❫

▪二人の距離感。

しおりを挟む

 可愛らしい白い教会に併設された、これまた可愛らしいお家に入る。一階は広いオープンキッチン付きのリビングルーム。赤々と燃える暖炉には火が入り、まるでサンタの国のお部屋の様な内装だ。いたるところに雪の結晶がデザインされている。しかし色彩が柔らかいためか、寒そうなイメージを与えてこない。

 「うわー。暖炉なんて始めて見たわ。薪をくべて燃やすのよね? あら? これ本物の火では無いのね。魔道具で暖めて、暖炉が燃えている様に見せてるの? へー温風と投影の術式を魔道具に組み込んでる。錬金術は使用していないのね。これは中々興味深いわね」
 
 私は裸足になりフカフカのラグの上を走り、赤々と燃える暖炉に近寄る。手を火に近づけるけど、まったく熱くはない。変わりに横から温風が吹き出している。サイドに取り付けてある物が、温風をだしていた。

 「お前は休みに来てまで魔道具なのか? ほら先に飯を食え。午後から湖の散策に行くぞ。ボートにも乗れるそうだ。湖の周辺は観光地化されているから魔物避けがされていて、湖では暖かければ泳げるそうだぞ。ちなみにこの周辺も別荘地だから同様だ。魔物は出ないからな。狩りに行くんじゃないんだぞ。ぜったいに間違えるなよ! 」

 そんなに念をおさなくても解っています!

 「まさか休みに温泉でもと言い出したのは私なのに、ここまで来て魔物討伐をしようなんて言わないわよ」

 「お前は解らん! もし湖の畔に金冠鳥なんかがいたらどうする? わき目も振らずに追いかけ回すんじゃないのか? 」

 金冠鳥……全身が錬金術の素材になると言うレアな鳥さん……羽一枚でも金貨五枚はする……

 「ゴクリ……まさか生息しているの? 」

 「アホか! あんなレアな鳥がこの辺にいるか! 例えだ例え! とにかくこの一週間は仕事や錬金術は忘れろ! すべてもとの世界へは持っていけないだろ? 持っていくなら私との思い出にしろ! 」

 カイン……

 「カイン……ううんカインドル。気を遣ってくれてありがとう。私との思い出だなんて、中々洒落たこと言うじゃない。その調子なら、すぐに素敵な人が見つかりそうね……ってやだ!カインってば顔が真っ赤じゃない。ツンデレで可愛いー。そんなに照れるなら言わなきゃ良いのに。でも嬉しい……」

 「だから! 男に可愛いは褒め言葉では無いと、以前も言っただろうが! まあ良い。ほらさっさと食べよう」

 「はーい」

 リアーナさんが持たせてくれたお料理の数々と、途中で購入してきた屋台料理を頬張る。この串焼きはバッファとラビね。魔物のお肉にもすっかり慣れたけど、向こうのお肉が物足りなくなりそう。魔物のお肉はこれこそお肉だー!って感じで主張しているからね。

 腹ごしらえをして一休みし、湖畔まで歩いて行く。周囲は鬱蒼とした森だが、カインに聞いた通りで、魔物の姿はまったく見えない。木々の合間に時おり道路が有り、良く見ると木々の緑に埋まって、チョコンと屋根らしき物が点在している。森自体が別荘地のようだ。

 さらに進むと視界が開き明るくなった。目に飛び込んで来たのは、陽射しにキラキラと輝く青い湖面。森の中にこんなに綺麗な湖が有るなんてビックリよ。

 「あそこがボート乗り場だな。向こうに土産物の店なんかが並んでいる。丸く焼いた薄い生地に、クリームや果物をくるんだ菓子が人気らしい。後で食べよう」

  「クレープかしら? 」

  「なんでも甘くないものも有るらしいぞ。男性には肉や野菜を巻いた、食事系と言うのが人気らしい。私も甘いものよりはそちらの方が良いかもな。まあ見てからのお楽しみだ。先にボートに行くぞ」

 はーい。湖でボートに乗るなんて始めてよ。これでは本当にまるっきりデートじゃない。向こうの世界でもデートはしたけど、無理やり物を買わされたりとか、見たくもない映画を見せられたりとかばかりだった。もちろんこれらは前次期様が、見張りをつけていたからだと今は解っているけど……当時は嫌で嫌で仕方がなかったからね。こんな健康的なデートなんて、本当に新鮮よね。

 ボートはなんと魔道具で動く、自動操縦タイプだった。意外にも混んでいる湖面を、他のボートを避けスイスイと進む。時おり湖面に垂れる木々の影に入り、止まって休憩までしてくれる優れものだ。

 ……優れものなんだけど……周囲までは解らないのね。まあさすがに魔道具に、気をつかう機能はつけられないわよね……

 現在私たちの乗るボートは、木々の影の日陰で停止しています。そして少し先にも……

 しかも二つの影は一つに重なり、激しい抱擁の真っ最中なのです。かなりボートが揺れているけど、ひっくり返らないのかしら?それより早く動きなさいよ!

 「マリア? 動くなよ。落ちるぞ」

 もう!カインは背中側だから見えないのよ!

 「ほらっ! 危ないじゃないか! 」

 ボートがぐらつき片手が湖面に着水する。カインが慌てて、私の体を支えてくれる。

 「大丈夫か? 」

 私の顔を心配そうに覗き込む瞳。やだ!ちょっと近すぎるんですけど! しかもこの体勢ってば、私がカインの胸にしがみついてるみたいじゃない。慌てて顔を離すと、ほぼ同時にボートが動き出した。私はカインから離れ、席に座り直す。しかし湖面に着水した片腕は、まだカインに握られたままだ。その腕をじっと見ているカイン。

 「カイン? 」

 チュッ。手の甲へ啄むような軽いキスが落とされる。あまりの衝撃に私は言葉が出なかった。

 「婚約者らしいことしてこなかったからな。私はマリアが好きだ。まさか出会いのときは、こんなチビに惚れるとは思わなかった。マリアはもとの世界に戻る。それは理解している。しかしこの気持ちだけは伝えたかった。マリアが残す功績や容姿ではなく、私は君の心根が好きなんだ。本来の姿のマリアを見たかったな……」

 カイン……ありがとう……そしてごめんなさい……

 「私は……」

 「いいんだ。返事は要らない。この世界での思い出の一頁として、私を忘れないでいてくれ。私は公爵家を継がねばならない。やがて結婚するだろう。だからこそマリアにも幸せになって貰いたいんだ。君の幸せが私の幸せだ。私は親父の様に間違えたりはしない。たとえ政略結婚でも、相手を尊重し愛を育むよ。だから大丈夫。ずっと君の幸せを願っている……」

 気が付くとボートは終点にたどり着いていた。カインが先に下りて、手を差しのべてくれる。私はその手を握りしめながら、恥ずかしさともどかしさで、ただただ俯くしか出来なかった。

 手を繋いだままお土産やさんの並ぶ界隈へ歩いて行く。ベンチを見つけ腰をかけた。

 「ちょっと待ってろ。買ってくる」

 カインがクレープらしきものを買いに行く。私はグルグル回る脳内の整理がつかない。私が向こうの世界に戻るのは確定だ。だってそう女神さまと約束したから。

 だからやはりカインの気持ちには答えられない。向こうの世界では、大切な妹……リリアが待っている。

 やはりカインにはごめんなさいとしか言えない。なのにこのざわめく胸の鼓動はなに? カインの言葉や行動に、嬉しいと感じてしまう自分がわからない。私はいったいどうしたの?

 「お待たせ。これがマリアの分な。ここまで公爵領のバナナが進出していたぞ。これはマキマキラップというそうだ。中身はチョコバナナベリーだ。バナナとクリームにブルーベリーとチョコをトッピングしている。ちなみに私のは、バッファフランクのバーベキューソースだ。フランクフルトと野菜をバーベキューソースで味付けしている。薄い皮は甘いそうだぞ」

 「ありがとう。見た目はやはりクレープね。向こうの世界にも有ったわ。良く妹とベリークレープを食べたの。美味しそうね」

 カインが隣に腰を下ろし、クレープにガブリと噛みついた。ポキンとフランクの折れる良い音が響く。

 「んー。これはジューシーで旨いな。中身の塩辛さと、皮の甘さが反比例して旨い! これならもう二、三個はいけそうだ。マリアはどうだ? 」

 「バナナとチョコの相性がバッチリね。所々に散らばるブルーベリーの酸味が、お口直しにバッチリよ。でも私は一つでじゅうぶんよ。凄く美味しい……」

 カインは早々に食べ終えて、再度売店へ走っていった。おかわりを買うのかしら?暫くするとトレイに飲み物を二つと、マキマキラップが一つ。さらには……えーこれって!

 「これってたこ焼きじゃない。え?タコじゃなくてコッコそば焼き? たしかにソースとマヨネーズはかかってないけど……」

 「ほら。食べてみろよ」

 カインが丸いたこ焼きモドキを串に刺し、私の口に放り込んだ。ん?上にかかっているのはかつお節では無くて、チョコを削ったもの? たしかに良く見れば、黒いし少し溶けかかってる。中身はタマゴ?ウズラのタマゴみたいな、小さなタマゴが入っているみたい。回りは……

 「解った! そば粉を混ぜた生地を焼いて、小さいタマゴを中に入れたのね。このタマゴの親がコッコなのかしら? 生地が甘めだからおやつ感覚なの? ソースもかかってないわよね? 」

 やはりマキマキラップ同様に、おやつ感覚らしい。中身はやはりコッコという魔鳥のタマゴで、タマゴの黄身が生でも甘いために使われているそうだ。

 私は飲み物を貰い喉を潤す。その合間にカインがヒョイヒョイと、私の口にコッコそば焼きを入れてくる。ちょっと!

 「私だけではなく、自分も食べなさいよ」

 「私はマキマキラップを追加したからな」

 ちょっとそれって……カインの頬張るマキマキラップには、申し訳程度の野菜と、山盛りな照り焼き肉が巻かれていた。

 「やだ! カインってば! お肉ばかりじゃない!しかも口の回りが照り焼きのタレでテカテカ光ってるわよ。もう! あはは……」

 まさかそれって特注したの?

 「マリアは笑っているのが一番だ。考えすぎるなって……余計なことをいった私が、言うべきことでは無いな……」

 「ありがとう。褒め言葉として受けとるわ。でも口を拭いてから話してね。はい、ハンカチ」

 私たちはお互いに笑いあった。

 こんな感じでまったりとした一週間は、あっという間に明日を残すのみとなる。

 結局カインに告白の返事はしていない。

 ごめんなさい。やはり私は向こうの世界に返る。ううん。帰りたい。だって私はお姉ちゃんだもの。リリアを守ると決めたの。

 リリアの幸せが一番だから……

 カイン……カインドル……返事は要らないとの言葉に甘えてしまいます。私はあなたに思いを返せない……

 本当にごめんなさい。

 でも……どうしてこんなに胸が痛むの?

 ううん。きっとこの世界に馴染みすぎただけ。だって私のすむ世界はここじゃない。私はこの身体を地の神龍姫さまにお返しし、もとの世界へ戻る。

 それが女神さまとの約束なのだから……

 *******
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

うたた寝している間に運命が変わりました。

gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。

ハズレ嫁は最強の天才公爵様と再婚しました。

光子
恋愛
ーーー両親の愛情は、全て、可愛い妹の物だった。 昔から、私のモノは、妹が欲しがれば、全て妹のモノになった。お菓子も、玩具も、友人も、恋人も、何もかも。 逆らえば、頬を叩かれ、食事を取り上げられ、何日も部屋に閉じ込められる。 でも、私は不幸じゃなかった。 私には、幼馴染である、カインがいたから。同じ伯爵爵位を持つ、私の大好きな幼馴染、《カイン=マルクス》。彼だけは、いつも私の傍にいてくれた。 彼からのプロポーズを受けた時は、本当に嬉しかった。私を、あの家から救い出してくれたと思った。 私は貴方と結婚出来て、本当に幸せだったーーー 例え、私に子供が出来ず、義母からハズレ嫁と罵られようとも、義父から、マルクス伯爵家の事業全般を丸投げされようとも、私は、貴方さえいてくれれば、それで幸せだったのにーーー。 「《ルエル》お姉様、ごめんなさぁい。私、カイン様との子供を授かったんです」 「すまない、ルエル。君の事は愛しているんだ……でも、僕はマルクス伯爵家の跡取りとして、どうしても世継ぎが必要なんだ!だから、君と離婚し、僕の子供を宿してくれた《エレノア》と、再婚する!」 夫と妹から告げられたのは、地獄に叩き落とされるような、残酷な言葉だった。 カインも結局、私を裏切るのね。 エレノアは、結局、私から全てを奪うのね。 それなら、もういいわ。全部、要らない。 絶対に許さないわ。 私が味わった苦しみを、悲しみを、怒りを、全部返さないと気がすまないーー! 覚悟していてね? 私は、絶対に貴方達を許さないから。 「私、貴方と離婚出来て、幸せよ。 私、あんな男の子供を産まなくて、幸せよ。 ざまぁみろ」 不定期更新。 この世界は私の考えた世界の話です。設定ゆるゆるです。よろしくお願いします。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

だから聖女はいなくなった

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
「聖女ラティアーナよ。君との婚約を破棄することをここに宣言する」 レオンクル王国の王太子であるキンバリーが婚約破棄を告げた相手は聖女ラティアーナである。 彼女はその婚約破棄を黙って受け入れた。さらに彼女は、新たにキンバリーと婚約したアイニスに聖女の証である首飾りを手渡すと姿を消した。 だが、ラティアーナがいなくなってから彼女のありがたみに気づいたキンバリーだが、すでにその姿はどこにもない。 キンバリーの弟であるサディアスが、兄のためにもラティアーナを探し始める。だが、彼女を探していくうちに、なぜ彼女がキンバリーとの婚約破棄を受け入れ、聖女という地位を退いたのかの理由を知る――。 ※7万字程度の中編です。

処理中です...