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第十三章(最終章)
第193話 さいせん
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「うぅ… キスされた… 初めてだったのに…」
睦美らと合流するべく動こうかという段になって、またしてもつばめがグズりだした。まぁ悪いのはアグエラなのだが、当のアグエラも罪の意識が薄くて意思疎通に齟齬を来たしている。
「もう何よ、たかがキスくらいで泣かなくても良いじゃない。生娘って訳でもあるまいし…」
「バリバリの生娘だよっ!!」
こんな状態である。いつもはマイペースでつばめらを暖かく見守っている御影も状況が状況だけに苦笑いを禁じえない。
「2人とも、漫才は後にしよう。あの液体オジサンの慌てぶりを見るに睦美先輩達が何かやらかしたんだよ。向こうのチームはツッコミ役がいないから暴走しても不思議じゃないしね…」
ツッコミ不在はこちらのチームも同様なのだが、まだ御影は一歩退いて全体を見られる視野と冷静さを持つ分、睦美チームよりはマシであろう。
睦美らがどこまで進撃しているのか把握できない為、つばめ達は徒歩で睦美らに追いつくべく魔王城へと続く山道に足を踏み入れた。
☆
「まさか昨日の今日でこの少人数で攻め込んでくるとは、さすがの私も想定外でしたよ。大豪院君も息災で何より…」
「ふん、アンタこそ1日でずいぶんやつれたんじゃないの油小路? 魔王様に怒られちゃった?」
四天王級幹部3人を退け魔王城の天守閣へと向かう睦美ら一行。その真正面に狙い澄ました様に、蘭を伴った油小路が忽然と虚空から現れた。
油小路は大豪院とその変化を見て一瞬驚愕したものの、顔には出さずすぐに頭を切り替える。
『なるほど、勇者に覚醒したみたいですね… この魔界に於いて神々が大豪院君の死を察知する手段は無いはずですが、恐らくはユリの勇者が何か余計な事をしてこの場に大豪院君を転生させた、といった辺りでしょうか…?』
実際に全く的はずれな推論ではあったが、現状の大豪院の厄介さが認識できていれば油小路にとっては大した問題ではない。
しかし『勇者化』した大豪院とユリの勇者が共にいる。この状況は油小路にとって大変に宜しくない。さすがの魔王ギルでも2人の勇者を同時に相手取れば勝利の可能性は格段に低くなる。
だからこそ蘭を再びユリにぶつけ、ユリを倒すのは無理としても魔王が大豪院を倒すまでの時間稼ぎをさせるつもりで、魔王城から拉致同然にここまで連れてきたのだ。
「魔王は出てこないの? せっかくこのムッチー・アンコクミナゴロシ様がお礼参りに来てあげたのに」
「魔王様は今午睡の最中です。安眠妨害はお控え下さい」
魔王ギルが昼寝中なのは事実である。魔王ギルという男は膨大なパワーを持つ代わりに、常人の何倍も栄養補給や休息を必要とする体質なのだ。
油小路的には魔王は基本的に有事以外では寝ていて欲しいのだが、長年連れ添ってもそれを操作できるまでには至っていない。どうでも良い時に大暴れし、必要な時にグッスリと寝ている事態は決して珍しくは無い。
だから油小路は代用魔王としていつでも使える『四天王』の様なシステムを作り上げて今日まで魔王軍を切り盛りしてきたのだ。
奇しくも今、睦美と油小路は同じ事を考えている。「魔王が出てきて事態がややこしくなる前に、目の前のコイツだけは仕留めておきたい」と。
そしてもう一つ運命の再開があった。
「つばめちゃんから事情は聞いたよ。沖田くんって男の子を守るために魔族に与して戦ってるんだってね。そのつばめちゃん達が沖田くんを助けに行ってるから、私達が戦う必要って無いんじゃないのかな?」
ユリが蘭と対峙する。争う意味を見いだせないユリの説得に対して、蘭は懐から古臭い意匠の鍵を取り出した。
「うん、つばめちゃんとは会って話をしてきたよ。でも鍵を渡す訳にはいかなかった。貴女は別の世界の勇者らしいね? どういう経緯でこの場にいるのかは知らないけど、関わりの無い事に首を突っ込むのは感心しないな…?」
蘭は再び鍵を懐に仕舞い、静かにファイティングポーズを取る。それを見てユリは大きな溜息を吐いた。
「なるほどねぇ。一応確認するけど、魔王軍を放置してたら睦美さん達みたいに国を滅ぼされたり、私の国みたいに不信の種をばら撒かれて立ち直るのに大変な労力を強いられる人達がたくさん出てくるんだよ? そういう不幸な人達を減らしたいとか思わない…?」
蘭は構えも表情も崩さぬまま「是非も無し」と答える。
「そっか… 貴女も退けない戦いなんだね? はぁ… 女は辛いよねぇ…」
ユリは素手のまま一気に間合いを詰め蘭への一撃を放つ。しかし蘭はユリの攻撃を左腕で受け流して、逆に右手でアッパーカットを返す。
ユリは顔を上方に反らして直撃を回避するも、皮一枚避けきれずにユリの顎の先に切り傷が生まれた。
「『殺気が足りない』んじゃないの? 普段の近藤先輩の方がよほど切れのいい攻撃してくるわよ?」
蘭の静かな挑発に、ユリは楽しそうに顔を歪めて見せた。
☆
油小路vsマジボラ、蘭vsユリ、それぞれの第2ラウンドが始まったが、残った大豪院はその場に立ち尽くしていた。
『何もしていない』のは相変わらずだが、その視線は奥にある魔王城に固定されて動いていない。
まるで『まだ起こってはいないがいつかは必ず起きる事件』に備える様に、大豪院は口を真一文字に結んだまま微動だにしない。
『意外と早かったが大豪院君の気配がここまで増幅されたのならばさもあらん、か…』
長年の付き合いのある油小路には即座に察知できた。たった今、魔王ギルが短い眠りから覚めた事を……。
睦美らと合流するべく動こうかという段になって、またしてもつばめがグズりだした。まぁ悪いのはアグエラなのだが、当のアグエラも罪の意識が薄くて意思疎通に齟齬を来たしている。
「もう何よ、たかがキスくらいで泣かなくても良いじゃない。生娘って訳でもあるまいし…」
「バリバリの生娘だよっ!!」
こんな状態である。いつもはマイペースでつばめらを暖かく見守っている御影も状況が状況だけに苦笑いを禁じえない。
「2人とも、漫才は後にしよう。あの液体オジサンの慌てぶりを見るに睦美先輩達が何かやらかしたんだよ。向こうのチームはツッコミ役がいないから暴走しても不思議じゃないしね…」
ツッコミ不在はこちらのチームも同様なのだが、まだ御影は一歩退いて全体を見られる視野と冷静さを持つ分、睦美チームよりはマシであろう。
睦美らがどこまで進撃しているのか把握できない為、つばめ達は徒歩で睦美らに追いつくべく魔王城へと続く山道に足を踏み入れた。
☆
「まさか昨日の今日でこの少人数で攻め込んでくるとは、さすがの私も想定外でしたよ。大豪院君も息災で何より…」
「ふん、アンタこそ1日でずいぶんやつれたんじゃないの油小路? 魔王様に怒られちゃった?」
四天王級幹部3人を退け魔王城の天守閣へと向かう睦美ら一行。その真正面に狙い澄ました様に、蘭を伴った油小路が忽然と虚空から現れた。
油小路は大豪院とその変化を見て一瞬驚愕したものの、顔には出さずすぐに頭を切り替える。
『なるほど、勇者に覚醒したみたいですね… この魔界に於いて神々が大豪院君の死を察知する手段は無いはずですが、恐らくはユリの勇者が何か余計な事をしてこの場に大豪院君を転生させた、といった辺りでしょうか…?』
実際に全く的はずれな推論ではあったが、現状の大豪院の厄介さが認識できていれば油小路にとっては大した問題ではない。
しかし『勇者化』した大豪院とユリの勇者が共にいる。この状況は油小路にとって大変に宜しくない。さすがの魔王ギルでも2人の勇者を同時に相手取れば勝利の可能性は格段に低くなる。
だからこそ蘭を再びユリにぶつけ、ユリを倒すのは無理としても魔王が大豪院を倒すまでの時間稼ぎをさせるつもりで、魔王城から拉致同然にここまで連れてきたのだ。
「魔王は出てこないの? せっかくこのムッチー・アンコクミナゴロシ様がお礼参りに来てあげたのに」
「魔王様は今午睡の最中です。安眠妨害はお控え下さい」
魔王ギルが昼寝中なのは事実である。魔王ギルという男は膨大なパワーを持つ代わりに、常人の何倍も栄養補給や休息を必要とする体質なのだ。
油小路的には魔王は基本的に有事以外では寝ていて欲しいのだが、長年連れ添ってもそれを操作できるまでには至っていない。どうでも良い時に大暴れし、必要な時にグッスリと寝ている事態は決して珍しくは無い。
だから油小路は代用魔王としていつでも使える『四天王』の様なシステムを作り上げて今日まで魔王軍を切り盛りしてきたのだ。
奇しくも今、睦美と油小路は同じ事を考えている。「魔王が出てきて事態がややこしくなる前に、目の前のコイツだけは仕留めておきたい」と。
そしてもう一つ運命の再開があった。
「つばめちゃんから事情は聞いたよ。沖田くんって男の子を守るために魔族に与して戦ってるんだってね。そのつばめちゃん達が沖田くんを助けに行ってるから、私達が戦う必要って無いんじゃないのかな?」
ユリが蘭と対峙する。争う意味を見いだせないユリの説得に対して、蘭は懐から古臭い意匠の鍵を取り出した。
「うん、つばめちゃんとは会って話をしてきたよ。でも鍵を渡す訳にはいかなかった。貴女は別の世界の勇者らしいね? どういう経緯でこの場にいるのかは知らないけど、関わりの無い事に首を突っ込むのは感心しないな…?」
蘭は再び鍵を懐に仕舞い、静かにファイティングポーズを取る。それを見てユリは大きな溜息を吐いた。
「なるほどねぇ。一応確認するけど、魔王軍を放置してたら睦美さん達みたいに国を滅ぼされたり、私の国みたいに不信の種をばら撒かれて立ち直るのに大変な労力を強いられる人達がたくさん出てくるんだよ? そういう不幸な人達を減らしたいとか思わない…?」
蘭は構えも表情も崩さぬまま「是非も無し」と答える。
「そっか… 貴女も退けない戦いなんだね? はぁ… 女は辛いよねぇ…」
ユリは素手のまま一気に間合いを詰め蘭への一撃を放つ。しかし蘭はユリの攻撃を左腕で受け流して、逆に右手でアッパーカットを返す。
ユリは顔を上方に反らして直撃を回避するも、皮一枚避けきれずにユリの顎の先に切り傷が生まれた。
「『殺気が足りない』んじゃないの? 普段の近藤先輩の方がよほど切れのいい攻撃してくるわよ?」
蘭の静かな挑発に、ユリは楽しそうに顔を歪めて見せた。
☆
油小路vsマジボラ、蘭vsユリ、それぞれの第2ラウンドが始まったが、残った大豪院はその場に立ち尽くしていた。
『何もしていない』のは相変わらずだが、その視線は奥にある魔王城に固定されて動いていない。
まるで『まだ起こってはいないがいつかは必ず起きる事件』に備える様に、大豪院は口を真一文字に結んだまま微動だにしない。
『意外と早かったが大豪院君の気配がここまで増幅されたのならばさもあらん、か…』
長年の付き合いのある油小路には即座に察知できた。たった今、魔王ギルが短い眠りから覚めた事を……。
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