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第十三章(最終章)
第173話 ふいうち
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「ねぇヒザ子、あいつゴリ子よね? 何で魔族に付いてユリと戦ってんの?」
「さぁ…?」
蘭ことウマナミ改と勇者ユリの肉弾戦が続く中、未だユリの攻撃による混乱から立ち直っていない魔族軍との距離が開いている余裕からか、比較的のんびりした雰囲気で睦美と久子の会話は行われていた。
「あの人、シン悪川興業の幹部の人ですよね? 何で魔界にいるんでしょう…?」
「「さぁ…?」」
つばめの質問に今度は睦美と久子が揃って答える。ちなみに睦美が蘭の事を『ゴリ子』と呼んでいるのは、つばめには知られていない。
幸いな事に、つばめとしても『また変なアダ名を付けただけだろ』程度の認識しかされなかったので蘭の正体がバレる事は無かった。
「そもそもアタシらがここに来たのは蘭を助ける為なのに、蘭は何をしてんのかしらね…」
「ですねぇ… 」
大豪院を含むマジボラの全員が蘭とユリの戦いを注目している中、彼らの後方で蠢く影があった。
油小路が体を液体化させたまま地面を伝い、不意打ちをかけるべく睦美らの後ろに回ったのだ。
『まさかアンコクミナゴロシ王国の生き残りがいて、何年も逃げ回っていたとは…』
かつて魔王ギルドラバキゴツデムスの尖兵として、睦美らの母国を滅ぼした油小路である。
完全に滅ぼしたと安心していた相手に生き残りが、それも王族の生き残りが居たとなれば油小路とて心中穏やかでは無い。
『まぁ取り零した相手が向こうから来てくれたのならラッキーという事にしておきましょう』
油小路に背中を向けたまま、呑気にバカ話をしている睦美と久子、油断100%の今なら簡単に不意を打って命を断つ事が出来るだろう。
『まずはやり残した宿題から片付けさせてもらいますよ…』
地面に滲みたまま睦美らへの攻撃態勢に入ろうとした油小路だったが、その直前に油小路の『滲み』に何者かが足を踏み落とした。
攻撃のタイミングを殺がれ、水溜りが動く様な挙動でその場から逃れる油小路。
彼を踏みつけたのは大豪院であり、それは偶然ではなく意図して油小路を踏みつけていた。
そして油小路の気配を感じていたのはアンドレや久子も同様であり、すでに彼らは睦美を守るための盾として配置を完了していた。
「さすがに簡単に不意が打てるなんて訳にはいきませんか… 仕方ない、そこの売女ともども私が息の根を止めて差し上げましょう」
液体から体を固体化させ、やがていつもの壮年男性の姿になる油小路。
「久しぶりねオイルマン。手土産代わりにアンタの体をペットボトルに詰めて炒め物の時にでも使ってやるわよ」
「あんなの食べたらお腹壊しますよ睦美さまぁ」
油小路を睥睨しながら言い放つ睦美とツッコミを入れる久子。魔王軍の大幹部を前にしても平常運転の様である。
…いや、そうではない。睦美の拳は微かに震えているし、口調の割に久子の目にはまるで余裕は無い。
それもそのはず、かつてアンコクミナゴロシ王国は油小路とその配下の力によって陥落しているのだ。
魔法を受け付けない邪魔具を持ち、剣技等の物理攻撃を物ともしない液体の体。王国の兵士や魔法少女の力ではろくに油小路へダメージを与えられず、ほとんどの国民は殺されるか、後から流入してきた魔族に食われ、食われずに済んだ残りの国民も奴隷としてあちらこちらへ売られていき、元の国民は完全に姿を消した。
今つばめ達のいる世界とはまた別の世界にアンコクミナゴロシ王国は在るが、そこに住む住民は今この世界と同様に完全に魔族と入れ替わっている。
睦美も口では虚勢を張ってはいるが、アンドレを始めとする王国の兵士や魔法少女達は油小路に有効な打撃を与える事すら出来ずに潰走させられているのだ。
そしてそれは王国崩壊から16年後の現在に於いても、未だ何らかの対処法が構築された訳でもない。
相手の顔色を読む事に長けている油小路がそれに気が付かないはずがない。不意打ちこそ失敗したが、正攻法で戦っても油小路1人でマジボラの全員を捻じ伏せる事が可能であると判断した。
「強がるのもそこまでですよ。ご家族を含めた国のお仲間が16年もあの世で寂しがっています。今から会わせて上げますよ…」
油小路が攻撃態勢に入るべく体中に力を篭める。徐々に解放されていく油小路の戦闘力にマジボラの面々も防御の構えを取る。
その時である。
油小路とマジボラの真上に巨大な物体が現れた。それは大きさに例えると7、8階建てのビルとほぼ同じ。
それだけの物体が忽然と頭上に現れ、重力に引かれるままに降ってきたのだ。
その物体とは何の変哲も無いただの大きな岩塊である。降ってきた岩塊は轟音と地響きを立てながら油小路とマジボラを無造作に踏み潰した。
しばし静寂が支配する。やがて岩塊の下から液体化した油小路が滲み出してきて人の形を取る。
姿勢を正した油小路が上を見上げると、頭上には灰色の肌をした巨漢が空に浮いていた。
「俺も暴れさせろって言ったよなぁ、油小路…?」
苛立ちを隠そうともせずに油小路に詰問するのは、魔王ギルその人である。
空から降ってきた岩塊も、よく見れば以前にも魔王が使っていた筋トレ用具だと容易に理解できるだろう。
「は、魔王様もご機嫌麗しゅう…」
魔王に対し返答しようとした油小路の胸に拳大の穴が空く。地表に降りた魔王ギルが足元の石を拾って油小路に投げつけたのだ。
「現在ユリの勇者と大豪院覇皇帝を誘き寄せるべく…」
そこまで答えて油小路の頭が爆ぜた。魔王の何発目かの投石が油小路の頭部に直撃したのだ。
尤もこれらの投石が油小路へのダメージにはならないのは魔王も熟知している。分かっていて弁明しようとする油小路に嫌がらせで攻撃しているに過ぎない。
「小細工してんじゃねぇって言ったよな? 蒸発させられたくなかったら舐めた態度を改めろよ?」
「申し訳ございませんでした…」
再生した頭部を恭しく下げる油小路。だがその目には恐れの色は見られない。『如何にも慣れごとでございます』といった態度のままだ。
その時、マジボラ連中を踏み潰した岩塊に『ミシッ』という音と共に大きなヒビが入った。
やがてそのヒビは岩塊全体に亘って蜘蛛の巣の様に隅々まで行き渡る。
無言で魔王と油小路が見守る中、ヒビに沿って粉々に瓦解した岩塊の中から、右手を高く衝き上げた大豪院と、彼の足元に集うマジボラ一行が無傷のまま姿を現したのだった。
「さぁ…?」
蘭ことウマナミ改と勇者ユリの肉弾戦が続く中、未だユリの攻撃による混乱から立ち直っていない魔族軍との距離が開いている余裕からか、比較的のんびりした雰囲気で睦美と久子の会話は行われていた。
「あの人、シン悪川興業の幹部の人ですよね? 何で魔界にいるんでしょう…?」
「「さぁ…?」」
つばめの質問に今度は睦美と久子が揃って答える。ちなみに睦美が蘭の事を『ゴリ子』と呼んでいるのは、つばめには知られていない。
幸いな事に、つばめとしても『また変なアダ名を付けただけだろ』程度の認識しかされなかったので蘭の正体がバレる事は無かった。
「そもそもアタシらがここに来たのは蘭を助ける為なのに、蘭は何をしてんのかしらね…」
「ですねぇ… 」
大豪院を含むマジボラの全員が蘭とユリの戦いを注目している中、彼らの後方で蠢く影があった。
油小路が体を液体化させたまま地面を伝い、不意打ちをかけるべく睦美らの後ろに回ったのだ。
『まさかアンコクミナゴロシ王国の生き残りがいて、何年も逃げ回っていたとは…』
かつて魔王ギルドラバキゴツデムスの尖兵として、睦美らの母国を滅ぼした油小路である。
完全に滅ぼしたと安心していた相手に生き残りが、それも王族の生き残りが居たとなれば油小路とて心中穏やかでは無い。
『まぁ取り零した相手が向こうから来てくれたのならラッキーという事にしておきましょう』
油小路に背中を向けたまま、呑気にバカ話をしている睦美と久子、油断100%の今なら簡単に不意を打って命を断つ事が出来るだろう。
『まずはやり残した宿題から片付けさせてもらいますよ…』
地面に滲みたまま睦美らへの攻撃態勢に入ろうとした油小路だったが、その直前に油小路の『滲み』に何者かが足を踏み落とした。
攻撃のタイミングを殺がれ、水溜りが動く様な挙動でその場から逃れる油小路。
彼を踏みつけたのは大豪院であり、それは偶然ではなく意図して油小路を踏みつけていた。
そして油小路の気配を感じていたのはアンドレや久子も同様であり、すでに彼らは睦美を守るための盾として配置を完了していた。
「さすがに簡単に不意が打てるなんて訳にはいきませんか… 仕方ない、そこの売女ともども私が息の根を止めて差し上げましょう」
液体から体を固体化させ、やがていつもの壮年男性の姿になる油小路。
「久しぶりねオイルマン。手土産代わりにアンタの体をペットボトルに詰めて炒め物の時にでも使ってやるわよ」
「あんなの食べたらお腹壊しますよ睦美さまぁ」
油小路を睥睨しながら言い放つ睦美とツッコミを入れる久子。魔王軍の大幹部を前にしても平常運転の様である。
…いや、そうではない。睦美の拳は微かに震えているし、口調の割に久子の目にはまるで余裕は無い。
それもそのはず、かつてアンコクミナゴロシ王国は油小路とその配下の力によって陥落しているのだ。
魔法を受け付けない邪魔具を持ち、剣技等の物理攻撃を物ともしない液体の体。王国の兵士や魔法少女の力ではろくに油小路へダメージを与えられず、ほとんどの国民は殺されるか、後から流入してきた魔族に食われ、食われずに済んだ残りの国民も奴隷としてあちらこちらへ売られていき、元の国民は完全に姿を消した。
今つばめ達のいる世界とはまた別の世界にアンコクミナゴロシ王国は在るが、そこに住む住民は今この世界と同様に完全に魔族と入れ替わっている。
睦美も口では虚勢を張ってはいるが、アンドレを始めとする王国の兵士や魔法少女達は油小路に有効な打撃を与える事すら出来ずに潰走させられているのだ。
そしてそれは王国崩壊から16年後の現在に於いても、未だ何らかの対処法が構築された訳でもない。
相手の顔色を読む事に長けている油小路がそれに気が付かないはずがない。不意打ちこそ失敗したが、正攻法で戦っても油小路1人でマジボラの全員を捻じ伏せる事が可能であると判断した。
「強がるのもそこまでですよ。ご家族を含めた国のお仲間が16年もあの世で寂しがっています。今から会わせて上げますよ…」
油小路が攻撃態勢に入るべく体中に力を篭める。徐々に解放されていく油小路の戦闘力にマジボラの面々も防御の構えを取る。
その時である。
油小路とマジボラの真上に巨大な物体が現れた。それは大きさに例えると7、8階建てのビルとほぼ同じ。
それだけの物体が忽然と頭上に現れ、重力に引かれるままに降ってきたのだ。
その物体とは何の変哲も無いただの大きな岩塊である。降ってきた岩塊は轟音と地響きを立てながら油小路とマジボラを無造作に踏み潰した。
しばし静寂が支配する。やがて岩塊の下から液体化した油小路が滲み出してきて人の形を取る。
姿勢を正した油小路が上を見上げると、頭上には灰色の肌をした巨漢が空に浮いていた。
「俺も暴れさせろって言ったよなぁ、油小路…?」
苛立ちを隠そうともせずに油小路に詰問するのは、魔王ギルその人である。
空から降ってきた岩塊も、よく見れば以前にも魔王が使っていた筋トレ用具だと容易に理解できるだろう。
「は、魔王様もご機嫌麗しゅう…」
魔王に対し返答しようとした油小路の胸に拳大の穴が空く。地表に降りた魔王ギルが足元の石を拾って油小路に投げつけたのだ。
「現在ユリの勇者と大豪院覇皇帝を誘き寄せるべく…」
そこまで答えて油小路の頭が爆ぜた。魔王の何発目かの投石が油小路の頭部に直撃したのだ。
尤もこれらの投石が油小路へのダメージにはならないのは魔王も熟知している。分かっていて弁明しようとする油小路に嫌がらせで攻撃しているに過ぎない。
「小細工してんじゃねぇって言ったよな? 蒸発させられたくなかったら舐めた態度を改めろよ?」
「申し訳ございませんでした…」
再生した頭部を恭しく下げる油小路。だがその目には恐れの色は見られない。『如何にも慣れごとでございます』といった態度のままだ。
その時、マジボラ連中を踏み潰した岩塊に『ミシッ』という音と共に大きなヒビが入った。
やがてそのヒビは岩塊全体に亘って蜘蛛の巣の様に隅々まで行き渡る。
無言で魔王と油小路が見守る中、ヒビに沿って粉々に瓦解した岩塊の中から、右手を高く衝き上げた大豪院と、彼の足元に集うマジボラ一行が無傷のまま姿を現したのだった。
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