上 下
118 / 209
第十章

第118話 さいえん

しおりを挟む
 野々村ののむら 千代美ちよみは才媛である。性格的な事と彼女の所業の顛末は以前にも書いたが、それらを産み支えているのは彼女自身の真面目な性格からであるのは間違い無い。

 魔法少女として目覚めた後にも彼女の真面目さは十分に発揮されていた。
 毎晩就寝前には必ず魔法の練習を2度、調子が良ければ3度してから床についていたし、彼女の呪文である『高架橋橋脚部こうかきょうきょうきゃくぶ』を何度も唱えてイメージトレーニングしてきた。

 そのおかげか舌を噛みそうな難解な早口言葉も、3度に2度は噛まずに言える様にレベルアップした。
 更にその時の気合の込め具合いで、彼女の放つ光の光量の加減も可能だという事まで学習していたのだった。

 だがしかし、野々村の特性は現状直接の攻撃力を持たない。そして野々村自身も格闘技の心得の無い、ごく普通の女子高生に過ぎない。

 武田ら3人の悪意ある女子高生に囲まれた際に、野々村は特殊能力を以て事態を解決する手段を持っていなかった。

「あんたが仕掛けて芹沢のブスをハメるんじゃ無かったの? それなのに何で芹沢と仲良くなってんのよ? 意味分かんないんだけど…?」

 怒りを隠そうともしない武田の調子に野々村は内心苦笑する。『あぁ、この子らはまだそんな程度の低い事を考えているのか』と。
 魔法に触れ、世界のことわりに触れて開眼した野々村には、途轍もなく瑣末な事なのだが、目の前の3人にはとても重要な事のようである。野々村は自らが至った高次元の思考に武田らも引き上げてやるべく手助けをしようと試みる事にした。

「私はもうその様な小さい事に拘って、アレコレと考える事は止めたんです。貴女達もこんな不毛な争いよりも、もっと大局的な…」

「ふざけんじゃねーよ!!」

 野々村の慈愛に満ちた説教は武田の叫びによっては中断された。武田らの意識を変える事で解決を図ろうとした野々村であったが、当の武田らにしてみればそんな物は『余計なお世話』に過ぎず、ただ神経を逆撫でされただけであった。

「裏切り者のクセになに偉そうに説教垂れようとしてんのよ? 自分の立場分かってんの?!」
「そーよ、裏切り者のくせに!」
「謝罪の言葉も無いのかしら?」

 激昂した武田に乗っかって木下も和久井も野々村を責める。場所が往来である為に周囲の視線が武田らに集中するが、武田は怯まずに野々村へと攻撃を続ける。

「とにかくアンタのおかげでメンツ丸潰れよ。沖田くんから『1人減ったんだね』って言われて恥ずかしいやらみじめやら… とにかくこの落とし前を付けなさいよ!」

 野々村にしてみれば迷惑な言い掛かりに他ならない。武田らとつるんでいたのだって『沖田ファン』という一点で繋がっていただけだあったし、何なら3人の下の名前すら完全には覚えていなかった。
 野々村は「やれやれ」という体でため息をつくと、半ばわざとらしく武田らに向けて深く頭を下げてみせた。

「この度はワタクシの至らぬ点で皆様にご迷惑をおかけ致しました事を深くお詫び申し上げます」

 頭を上げた野々村は『これでいいでしょ?』とばかりに3人に笑顔を見せる。しかしこれがいけなかった。

「はぁ? なにスッキリした顔してんのよ? 謝るなら土下座しなさいよ土下座!」
「なんか態度にすんげートゲがあったんですけど?!」
「本当に反省してんの?」

 どうやら謝罪の仕方を巡って、3人の怒りの炎に油を注いでしまったようである。
 野々村としては『頭は下げたのだからもう解放して欲しい』と思う反面、『しつこいから変身して実力で排除してやろうか?』とも考える。

 尤も今の野々村に往来で魔法少女になれるほどの度胸は無いし、変身したところで攻撃力は無いのだから脅しにもならない。
 かと言ってこんな通行人が大勢いる所で土下座なんて真似は魔法少女以上に恥ずかしいし、矜持が許さない。

『さて、どうしたものか…?』と考える野々村に救世主か現れたのはこの時である。

「おい木下… とその他2人。お前ら3人で1人囲んでイジメとかカッコ悪いぜ? やるならタイマンしろタイマン!」

 野々村の後ろから若い男の声が掛かる。その男の顔を見て武田ら3人が更に顔をしかめていた。

「げ、鍬形… ウザいのが出てきた」

 3人の中から木下が代表して答える。そう、ここで乱入した者こそ大豪院の腰ぎんちゃくにして不良未満の半端者、そして野々村が密かに探していた鍬形くわがた かぶとその人であった。
 ちなみに鍬形と木下が知り合いなのは、五十音順に並んだクラスの席が前後である、というだけであり特段親しいという訳では無い。

「やるならタイマンだろ? なんなら俺が見届けてやるぜ?」

 鍬形としては気を利かせたつもりの発言であったが、武田らも野々村も殴り合いの喧嘩をするつもりは毛頭無く、空気を白けさせただけの結果に終わってしまった。

「ふ、ふん! 興が冷めたわ! もう行きましょ!」

 その言葉が真意かどうかは分からないが、武田ら3人は踵を返して去っていった。

 ちなみにこの構図は以前つばめが彼女らに絡まれて綿子に助けられたパターンとほぼ同一であるが、これは作者よりも武田らのキャパシティの問題である。

 結果的に鍬形の乱入によって野々村は解放された訳である。

「あの、ありがとうございました。おかけで助かりました」

「いやぁ、俺は何もしてないよ? あ、俺は鍬形甲、よろしくな!」

 再度頭を下げる野々村に気にするなと手を振る鍬形。野々村の目にはニッと笑ってみせた鍬形の歯が夕陽を受けてキラリと光った様に見えた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

病弱が転生 ~やっぱり体力は無いけれど知識だけは豊富です~

於田縫紀
ファンタジー
 ここは魔法がある世界。ただし各人がそれぞれ遺伝で受け継いだ魔法や日常生活に使える魔法を持っている。商家の次男に生まれた俺が受け継いだのは鑑定魔法、商売で使うにはいいが今一つさえない魔法だ。  しかし流行風邪で寝込んだ俺は前世の記憶を思い出す。病弱で病院からほとんど出る事無く日々を送っていた頃の記憶と、動けないかわりにネットや読書で知識を詰め込んだ知識を。  そしてある日、白い花を見て鑑定した事で、俺は前世の知識を使ってお金を稼げそうな事に気付いた。ならば今のぱっとしない暮らしをもっと豊かにしよう。俺は親友のシンハ君と挑戦を開始した。  対人戦闘ほぼ無し、知識チート系学園ものです。

回復力が低いからと追放された回復術師、規格外の回復能力を持っていた。

名無し
ファンタジー
回復術師ピッケルは、20歳の誕生日、パーティーリーダーの部屋に呼び出されると追放を言い渡された。みぐるみを剥がされ、泣く泣く部屋をあとにするピッケル。しかし、この時点では仲間はもちろん本人さえも知らなかった。ピッケルの回復術師としての能力は、想像を遥かに超えるものだと。

スキル喰らい(スキルイーター)がヤバすぎた 他人のスキルを食らって底辺から最強に駆け上がる

けんたん
ファンタジー
レイ・ユーグナイト 貴族の三男で産まれたおれは、12の成人の儀を受けたら家を出ないと行けなかった だが俺には誰にも言ってない秘密があった 前世の記憶があることだ  俺は10才になったら現代知識と貴族の子供が受ける継承の義で受け継ぐであろうスキルでスローライフの夢をみる  だが本来受け継ぐであろう親のスキルを何一つ受け継ぐことなく能無しとされひどい扱いを受けることになる だが実はスキルは受け継がなかったが俺にだけ見えるユニークスキル スキル喰らいで俺は密かに強くなり 俺に対してひどい扱いをしたやつを見返すことを心に誓った

無能と言われた召喚士は実家から追放されたが、別の属性があるのでどうでもいいです

竹桜
ファンタジー
 無能と呼ばれた召喚士は王立学園を卒業と同時に実家を追放され、絶縁された。  だが、その無能と呼ばれた召喚士は別の力を持っていたのだ。  その力を使用し、無能と呼ばれた召喚士は歌姫と魔物研究者を守っていく。

スライムすら倒せない底辺冒険者の俺、レベルアップしてハーレムを築く(予定)〜ユニークスキル[レベルアップ]を手に入れた俺は最弱魔法で無双する

カツラノエース
ファンタジー
ろくでもない人生を送っていた俺、海乃 哲也は、 23歳にして交通事故で死に、異世界転生をする。 急に異世界に飛ばされた俺、もちろん金は無い。何とか超初級クエストで金を集め武器を買ったが、俺に戦いの才能は無かったらしく、スライムすら倒せずに返り討ちにあってしまう。 完全に戦うということを諦めた俺は危険の無い薬草集めで、何とか金を稼ぎ、ひもじい思いをしながらも生き繋いでいた。 そんな日々を過ごしていると、突然ユニークスキル[レベルアップ]とやらを獲得する。 最初はこの胡散臭過ぎるユニークスキルを疑ったが、薬草集めでレベルが2に上がった俺は、好奇心に負け、ダメ元で再びスライムと戦う。 すると、前までは歯が立たなかったスライムをすんなり倒せてしまう。 どうやら本当にレベルアップしている模様。 「ちょっと待てよ?これなら最強になれるんじゃね?」 最弱魔法しか使う事の出来ない底辺冒険者である俺が、レベルアップで高みを目指す物語。 他サイトにも掲載しています。

転生貴族の異世界無双生活

guju
ファンタジー
神の手違いで死んでしまったと、突如知らされる主人公。 彼は、神から貰った力で生きていくものの、そうそう幸せは続かない。 その世界でできる色々な出来事が、主人公をどう変えて行くのか! ハーレム弱めです。

【完結】元婚約者であって家族ではありません。もう赤の他人なんですよ?

つくも茄子
ファンタジー
私、ヘスティア・スタンリー公爵令嬢は今日長年の婚約者であったヴィラン・ヤルコポル伯爵子息と婚約解消をいたしました。理由?相手の不貞行為です。婿入りの分際で愛人を連れ込もうとしたのですから当然です。幼馴染で家族同然だった相手に裏切られてショックだというのに相手は斜め上の思考回路。は!?自分が次期公爵?何の冗談です?家から出て行かない?ここは私の家です!貴男はもう赤の他人なんです! 文句があるなら法廷で決着をつけようではありませんか! 結果は当然、公爵家の圧勝。ヤルコポル伯爵家は御家断絶で一家離散。主犯のヴィランは怪しい研究施設でモルモットとしいて短い生涯を終える……はずでした。なのに何故か薬の副作用で強靭化してしまった。化け物のような『力』を手にしたヴィランは王都を襲い私達一家もそのまま儚く……にはならなかった。 目を覚ましたら幼い自分の姿が……。 何故か十二歳に巻き戻っていたのです。 最悪な未来を回避するためにヴィランとの婚約解消を!と拳を握りしめるものの婚約は継続。仕方なくヴィランの再教育を伯爵家に依頼する事に。 そこから新たな事実が出てくるのですが……本当に婚約は解消できるのでしょうか? 他サイトにも公開中。

二人分働いてたのに、「聖女はもう時代遅れ。これからはヒーラーの時代」と言われてクビにされました。でも、ヒーラーは防御魔法を使えませんよ?

小平ニコ
ファンタジー
「ディーナ。お前には今日で、俺たちのパーティーを抜けてもらう。異論は受け付けない」  勇者ラジアスはそう言い、私をパーティーから追放した。……異論がないわけではなかったが、もうずっと前に僧侶と戦士がパーティーを離脱し、必死になって彼らの抜けた穴を埋めていた私としては、自分から頭を下げてまでパーティーに残りたいとは思わなかった。  ほとんど喧嘩別れのような形で勇者パーティーを脱退した私は、故郷には帰らず、戦闘もこなせる武闘派聖女としての力を活かし、賞金首狩りをして生活費を稼いでいた。  そんなある日のこと。  何気なく見た新聞の一面に、驚くべき記事が載っていた。 『勇者パーティー、またも敗走! 魔王軍四天王の前に、なすすべなし!』  どうやら、私がいなくなった後の勇者パーティーは、うまく機能していないらしい。最新の回復職である『ヒーラー』を仲間に加えるって言ってたから、心配ないと思ってたのに。  ……あれ、もしかして『ヒーラー』って、完全に回復に特化した職業で、聖女みたいに、防御の結界を張ることはできないのかしら?  私がその可能性に思い至った頃。  勇者ラジアスもまた、自分の判断が間違っていたことに気がついた。  そして勇者ラジアスは、再び私の前に姿を現したのだった……

処理中です...