上 下
82 / 209
第七章

第82話 ほうどう

しおりを挟む
 3時間目の授業時間、生徒達は全員自習として緊急の職員会議が開かれた。『新聞部による壁新聞が生徒個人のプライバシーを毀損している』として複数の教師から問題提起された為だ。
 その複数の教師とはアンドレと不二子な訳だが、更に1年C組担任の佐藤教諭も賛同してくれていた。

「言論の自由」vs「プライバシー保護」という、現代の報道の在り方としてもなかなか答えの出ない命題を前にして会議は紛糾した。

 新聞部顧問の教師を中心に「写真の生徒の学年や学級は言及されておらず、写真にもモザイク修正がされており特定は不可能」だとして壁新聞の撤去に反対する意見も強かった。
 しかし、不二子の提出したつばめの顔写真を見て、新聞部顧問を含む全ての教師が「顔よりも特徴的な部分つばめブーメランが隠せてないね」と納得し、壁新聞の撤去が決定した。

 この決定に納得できないのが新聞部部長の九条常定くじょう つねさだだ。急に校内放送で職員室に呼び出されて、以上の沙汰を自学級の担任、学年主任、そして不二子の3名から告げられた彼は動揺しつつも大きく抵抗した。

「これは『報道の自由』に対する冒涜です! 新聞部われわれは十分にプライバシー保護の検討を進めた末にあの形での発表となったのです。決してこの写真の子の…」

 単語ごとにメガネの位置を指でクイクイ直しながら九条は教師相手に熱弁を振るったが、

「九条くん、『報道の自由』なんて言葉は憲法にも民法にも登場しないわ。事実を追求する姿勢は認めるけど、その為の力は特権でも何でも無いし、その力に溺れる事こそがあなた達の嫌う『社会悪』なのではなくて?」

 不二子にそう説かれ、それ以上答える事が出来なかった。

 不承不承ながらも自らの手で壁新聞を撤去する九条の心にあったのは、今回の記事を寄せてきた野々村千代美への八つ当たりとも言える怒りだった。

『あの女がろくでもない記事を書いてきたから、こんな事になったんだ。もし今回の事が僕の内申に響いたらどうしてくれる?』

 誰が書いたものにせよ新聞部の記事として発行している訳であるから、それらの総責任は部長、いや編集長の九条にあるのだが、今の九条にはそんな事はまるでお構い無しだった。

 腹の虫の治まらない九条は野々村に電話をかけ、先程のモノローグをほぼ全て彼女に対してぶちまけた。

 急に『どうしてくれるんだ?』等と言われても野々村も対応に困る。
 しかし、彼女の書いた記事が原因で壁新聞が問題となり、編集長の九条が職員室に呼び出され、挙句壁新聞を撤去させられる羽目になった。

 元々はと言えば新参の沖田親衛隊隊員である野々村が、親衛隊に一切忖度する事なく勝手に沖田に接近するつばめに対する嫌がらせ目的で『でっち上げた』キャンセル記事である。
 野々村自身『似ているな』とは思いつつも、魔法少女の正体がつばめだとは露ほども思っていない。

 つまり野々村の鬱憤晴らしの為に書かれた記事であり、事実かどうかは野々村には問題では無かった。
 しかし、新聞を読む側からすればそういう訳にはいかない。新聞が堂々と嘘をついては報道の存在意義が揺らいでしまう。報道は個人の恨みを晴らす道具では無いのだ。

 もちろんそこまでの覚悟は野々村には無い。軽い気持ちで『ちょっと嫌な目にあえばいい』位の気持ちで上げた記事だ。編集長の九条も二つ返事でOKを出した。

『何よ、何で私が悪い事になってるのよ? 編集長だって高柳先輩だって喜んでたのにおかしいよ!』

 九条からの言わば八つ当たりに対して野々村が行ったのは『別方向への八つ当たり』だった。

 瓢箪岳高校は私立であり、学校の偏差値も低くはない。生徒の自主性を尊ぶ校風と同時に、治安の良い学校である事がセールスポイントでもあった。

 しかしながら何事も例外はある。いわゆる不良とカテゴライズされる生徒は瓢箪岳高校にはほとんど居ないのだが、ゼロと言う訳でも無い。

 部室長屋から少し外れた『離れ』に「空手部」の看板を下げた物置き部屋がある。そこには真面目に空手の練習をしている生徒はおらず、いわゆる半グレが集まって密かに喫煙や飲酒、博打を行っていると噂される部屋である。

 生活指導の教師ですら立ち寄ろうとしないその場所に野々村は来ていた。
 空手部室の前には制服を着崩した男子生徒が2名、門番の様に座って野々村を睥睨へいげいしていた。

「何だ? 真面目な生徒が来るところじゃねーぞ」
「俺らに処女を捧げに来ちゃったとかなら歓迎だぜ?」

 下品なやり取りに下卑た笑い声。野々村は吐き気を抑えて精一杯の声を出す。

「あの… ちょっと脅かして欲しい生徒が居るんですが、協力してもらえないかなぁ? と思いまして…」

 野々村は一通りの説明をする。つばめにちょっと絡んで脅かして貰えれば十分だと。

「あ…? つまり俺らにお化け屋敷のバイトの真似事をしろって言ってんの?」
「ふざけんな! 俺らもそこまで暇じゃねーんだよ!」

 野々村なりに危険を冒してやって来た場所であったが、どうやら徒労に終わりそうだ。

「そ、そうですか。失礼しました…」

 頭を下げ踵を返そうとする野々村に「待てよ!」と声がかけられる。

 振り向いた野々村が見たのは、元より卑しい顔つきを欲望の為に更に歪めた2人組の恐ろしい表情だった。

「なぁ、『脅かす』とかチャチなこと言わないでさぁ、もっと俺らが楽しんでも良いなら手を貸してやるぜ?」
「そうそう、その子をここまでおびき寄せてくれれば、お望みどおりたっぷりと『脅かして』やるよ?」

 不良達の提案の意図を理解するのに数秒を要したが、野々村は彼らの要望をはっきりと理解し、額に一筋の冷や汗が流れた。

「彼女に性暴行するんですか…?」

 そこまでは求めていない。野々村とて1人の女性だ。例え嫌いな相手であっても女性の尊厳を踏みにじる行為に賛成できるはずが無い。

「それをお前が気にする必要は無い。何ならどんな『脅し』をするか自分で味わってみてもいいんだぜ…?」

 野々村は今、難破した船の板にしがみつくカルネアデスの気分を強く感じていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

なんだって? 俺を追放したSS級パーティーが落ちぶれたと思ったら、拾ってくれたパーティーが超有名になったって?

名無し
ファンタジー
「ラウル、追放だ。今すぐ出ていけ!」 「えっ? ちょっと待ってくれ。理由を教えてくれないか?」 「それは貴様が無能だからだ!」 「そ、そんな。俺が無能だなんて。こんなに頑張ってるのに」 「黙れ、とっととここから消えるがいい!」  それは突然の出来事だった。  SSパーティーから総スカンに遭い、追放されてしまった治癒使いのラウル。  そんな彼だったが、とあるパーティーに拾われ、そこで認められることになる。 「治癒魔法でモンスターの群れを殲滅だと!?」 「え、嘘!? こんなものまで回復できるの!?」 「この男を追放したパーティー、いくらなんでも見る目がなさすぎだろう!」  ラウルの神がかった治癒力に驚愕するパーティーの面々。  その凄さに気が付かないのは本人のみなのであった。 「えっ? 俺の治癒魔法が凄いって? おいおい、冗談だろ。こんなの普段から当たり前にやってることなのに……」

【5000000ⓟ】★妖刀使いの極悪姫、吸血鬼×現代忍者に転生、亜神・神威とダンジョン攻略配信で人間になる(予定)★

魔石収集家
ファンタジー
【5000000ⓟ】★妖刀使いの極悪姫、吸血鬼×現代忍者に転生、亜神・神威とダンジョン攻略配信で人間になる(予定)★

プラス的 異世界の過ごし方

seo
ファンタジー
 日本で普通に働いていたわたしは、気がつくと異世界のもうすぐ5歳の幼女だった。田舎の山小屋みたいなところに引っ越してきた。そこがおさめる領地らしい。伯爵令嬢らしいのだが、わたしの多少の知識で知る貴族とはかなり違う。あれ、ひょっとして、うちって貧乏なの? まあ、家族が仲良しみたいだし、楽しければいっか。  呑気で細かいことは気にしない、めんどくさがりズボラ女子が、神様から授けられるギフト「+」に助けられながら、楽しんで生活していきます。  乙女ゲーの脇役家族ということには気づかずに……。 #不定期更新 #物語の進み具合のんびり #カクヨムさんでも掲載しています

そうだ、魔剣士になろう

塔ノ沢渓一
ファンタジー
 街の人たちと一緒に、剣と魔法の世界に飛ばされた小城裕作は、何故か一人だけチュートリアルを受けさせられる。そこで生まれ持ったゲームの才能で、魔王を倒せる最強パーティーのシステムを思いついた。  最強の組み合わせになるのは、初期ステータスを極振りしたメンバーだけのパーティー。しかし最強の組み合わせを作るなら、最高のダメージ効率がだせる魔剣士だけは捜すのが不可能に近い。ならば自分がなるしかないのだが、もし他のメンツを集められなければゴミになってしまうようなステータスである。  周りはクラスメイトや町の人たちばかりで頼りにならない。だからゲームの得意な自分が頑張って魔王を倒さなければ、もとの世界に帰ることもできない。しかし死んでしまうと装備品と一週間分の経験値をロストする世界でレベルを上げるのはかなりのハードルである。  やっとの思いで裕作の考える最強のパーティーは出来たものの、なぜ最強であるのかパーティーメンバーにすら理解してもらえなかった。  そんな中で主人公は地道なレベル上げを始める。

帝国少尉の冒険奇譚

八神 凪
ファンタジー
 生活を豊かにする発明を促すのはいつも戦争だ――    そう口にしたのは誰だったか?  その言葉通り『煉獄の祝祭』と呼ばれた戦争から百年、荒廃した世界は徐々に元の姿を取り戻していた。魔法は科学と融合し、”魔科学”という新たな分野を生み出し、鉄の船舶や飛行船、冷蔵庫やコンロといった生活に便利なものが次々と開発されていく。しかし、歴史は繰り返すのか、武器も同じくして発展していくのである。  そんな『騎士』と呼ばれる兵が廃れつつある世界に存在する”ゲラート帝国”には『軍隊』がある。  いつか再びやってくるであろう戦争に備えている。という、外国に対して直接的な威光を見せる意味合いの他に、もう一つ任務を与えられている。  それは『遺物の回収と遺跡調査』  世界各地にはいつからあるのかわからない遺跡や遺物があり、発見されると軍を向かわせて『遺跡』や『遺物』を『保護』するのだ。  遺跡には理解不能な文字があり、人々の間には大昔に天空に移り住んだ人が作ったという声や、地底人が作ったなどの噂がまことしやかに流れている。  ――そして、また一つ、不可解な遺跡が発見され、ゲラート帝国から軍が派遣されるところから物語は始まる。

嫌われ聖女さんはとうとう怒る〜今更大切にするなんて言われても、もう知らない〜

𝓝𝓞𝓐
ファンタジー
13歳の時に聖女として認定されてから、身を粉にして人々のために頑張り続けたセレスティアさん。どんな人が相手だろうと、死にかけながらも癒し続けた。 だが、その結果は悲惨の一言に尽きた。 「もっと早く癒せよ! このグズが!」 「お前がもっと早く治療しないせいで、後遺症が残った! 死んで詫びろ!」 「お前が呪いを防いでいれば! 私はこんなに醜くならなかったのに! お前も呪われろ!」 また、日々大人も気絶するほどの魔力回復ポーションを飲み続けながら、国中に魔物を弱らせる結界を張っていたのだが……、 「もっと出力を上げんか! 貴様のせいで我が国の騎士が傷付いたではないか! とっとと癒せ! このウスノロが!」 「チッ。あの能無しのせいで……」 頑張っても頑張っても誰にも感謝されず、それどころか罵られるばかり。 もう我慢ならない! 聖女さんは、とうとう怒った。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

処理中です...