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第七章

第81話 いいがかり

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 トイレに入ったつばめ。そこには同じ1年生の先客が2人いて、洗面台の前で何やら楽しげに談笑をしていた。
 そこで入ってきたつばめの顔に何かを思い出したのか、急に雰囲気を変えてヒソヒソと話しだす。

 小用を済ませ個室から出て来たつばめを、先程の2人の女生徒が囲む様に待ち構えていた。

「ねぇ、あんたがこの間の事件の犯人なの?」

「私、サソリみたいな虫に刺された所があざになったんですけど、どうしてくれんの?」

 もちろん噂を無思慮に信じた言い掛かりである。だがしかし彼女らにしてみれば、尋常ならざる事件に遭遇して被害を受けていながら『全てスルーしろ』と言うのも無理筋な話だ。
 この2人に限らず、今瓢箪岳高校のほとんどの生徒がつばめに対しての説明責任を追求したい気持ちであるのは間違いない。

 一方のつばめも納得のいかない展開に少々腹を立てていた。
 何せ魔力を使い切ってヘトヘトになるまで生徒達を治療し続けていたのは、他でもないつばめなのだ。

 殊更ことさら「感謝してくれ」等と言うつもりは無いが、事件そのものの責任を問われるのは、つばめからすれば筋違いにも程がある。

 反撃の言葉を上げようとつばめが口を開く。ここでマジボラの活動を話してしまっても良いものかしばし考える。
 マジボラに依存する人間を増やさない為に、敢えて広報もしていないし、コスチュームには認識阻害機能も付いているという説明は受けている。だからと言って秘密組織という訳でも無いのだ。

「話は聞かせてもらったよ!」

 芝居がかった透き通る声が高らかに女子トイレに響く。使用中であった一番奥の個室の扉がバタンと開かれる。

「御影くん…」
「やだ…」

 今の今までつばめに対して般若の如き形相で詰め寄っていた女生徒達が、突然現れた御影を前にして一瞬にして乙女の顔になる。

「君たち、確たる証拠も無しに他人を糾弾するのは良くないよ? 愛する学校にそんな子たちが居るなんて、私は悲しいな…」

 御影もそんな女生徒らに寂しい微笑みを見せながら、仰々しく涙を拭う真似をする。

「あ、ごめんなさい御影くん、どうか悲しまないで。でも…」
「ええ、E組の野々村さんが『そこの子つばめ』が事件の犯人だって言ってたから…」

 つばめは突然始まった御影のワンマンライブを前に身動き一つ取れないでいた。

「なるほど… でもこの場は私に免じて彼女を解放して上げてくれないかな? 女の子が怖い顔をしているのは見たくないんだ…」

 交互に2人の女生徒の手を取り、顔を見ながら説得を試みる御影。

「う、うん… 分かった…」
「御影くんがそう言うなら…」

 御影の説得に応じて揃って顔を赤らめながらチョロ… 極めて協力的に女生徒らは苦情を取り下げ去っていった。

「あ、あの… 御影くんありがとう。御影くんが居なかったらわたし…」

「さっきの子に襲い掛かっていたかも…」と言おうとしていたつばめの口を御影の人差し指がそっと押さえる。

「言葉は要らないよ。私たちは仲間だし、何よりつばめちゃんは『困っていた』からね。まぁ私も最初は普通にトイレに入っていただけなんだけど、つばめちゃんのピンチに間に合って良かったよ」

 御影の言葉につばめの目が潤む。文字通りヒロインのピンチにヒーローが助けに来てくれた様だった。

 もし御影が男だったらつばめの恋愛ゲージは大きく御影に振れていた事だろう。もっとも男が先程の御影と同じ登場をしたら、それはそれで通報案件なのだが……。

「でも私には本当の事を教えて欲しいな。私は教室にいたから騒ぎは遠くから見ていただけだけど、つばめちゃんともう1人の新しい黒い子…? は生徒達を救おうとしていたんだよね?」

 御影の問いにつばめは大きく頷く。それを見て御影は再び優しく微笑みながら頷き返した。

「安心したよ。私もつばめちゃんの噂は気になっていたからね。とにかくしばらく1人で行動したら駄目だよ? 私も女の子ならともかく、男子相手に立ち回り出来るほどタフじゃないからさ」

 手を洗いながら冗談めかして言う御影。

「さっきの子達が言っていたE組の何とかさんは私の方で調べてみるよ。えっと… 野田島さんだっけ?」

「野々村さんだと思うよ…」

 沖田相手に名前ボケへの耐性を持っていたつばめが即座にツッコむ。ここで放置したら騒動が別方向に飛び火してしまっていただろう。

「ふふっ、了解だよ。じゃあつばめちゃんもくれぐれも気をつけてね!」

 爽やかな笑顔を残して、御影は颯爽とトイレから去っていった。

 残されたつばめも手洗いを済ませ教室に戻る。事態は思っていた以上に深刻でヤバい状況なのかも知れないと、つばめは今更ながらに感じ入っていた。

 そしてつばめには更に気になる点が1つ。

『さっき御影くんに唇触られちゃったけど、あれ手を洗う前だったよね…?』

 人(そして性癖)によってはこれはご褒美なのかも知れないが、唇を拭っても良いものなのかと悩むつばめだった。
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