まじぼらっ! ~魔法奉仕同好会騒動記

ちありや

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第六章

第74話 らん

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「その後の事はそちらも知る通りです。芹沢さんに連れられてマジボラに来た時は心底驚きました。まさかこんなに近くに組織の邪魔をする魔女軍団が居たなんて…」

「マジボラに来たのは偶然だった、って言いたいの?」

 睦美の冷たく鋭い視線に恐怖を覚えながらも、気丈に振る舞って答える蘭。

「…はい。芹沢さんと出会ったのも、私に魔法の素養が有ったのも、その力をマジボラで引き出したのも、全て偶然です。嘘じゃありません」

「ふ~ん、大体わかったわ…」

 睦美が何度も頷きながら、蘭の横に回る様に歩を進める。次の瞬間睦美の手に持つキャンディスティック、いや乱世丸から白刃が煌めいた。

 通常の人間では余程の達人でないと反応すら出来ない速度の斬撃であったが、改造された蘭は咄嗟に腕で頭を庇う防御の態勢を取る事に成功する。

 ギンっ! という金属同士が衝突する音を立てて乱世丸の動きが止まる。剣により切り裂かれた蘭の制服の右袖、その隙間から見えたのは手首から肘にかけて出現した猩々の如き剛毛。それらが装甲の様に睦美の斬撃を受け止めた場面であった。

 そのままの形でしばし停止する2人。改造された蘭の防御機能が働いたのだが、睦美の顔には驚愕の表情が現れていたし、蘭の顔にはそれに加えて『ナニこれキモっ!』という絶望感のような物も現れていた。

「…ちょっと驚かそうと思ってやったけど、まさかアタシの方が驚かされるとはね。これもアンタの馬鹿力のカラクリ…?」

「え…? はい多分… 交通事故で骨折した時に無理やり改造されて… あの、その… ゴ、ゴリラの、力を移植されまして…」

『ゴリラ』という単語を聞いた時に、一瞬だけ睦美が喜びの表情を見せた。目の前の女の子がゴリラの力を受け継いだ事に対して、なにがしかの充足感があったらしい。

「へぇ、ヒザ子とタメ張ったパワーの源はゴリラなのねぇ… なるほどねぇ、今度からアンタの事『ゴリ子』って呼ぶわ」

「いや、あの、『ゴリ子』は勘弁して下さい。割と本気マジで…」

 睦美からの殺気が薄れたので、蘭もツッコむ余裕が若干生まれてきた。

「んで、アンタは昨日、本来は味方であるはずのシン悪川興業の怪人をぶちのめしている訳だけど、あれはどういうつもりでやってたの? アタシらに信用される為にひと芝居打ったって事?」

「ち、違います! 私も学校を襲うなんて聞いてなくてびっくりしちゃって… それに私も普通に瓢箪岳高校ここの生徒です。隣につばめちゃんも居たし、みんな怖がってたし、気が付いたら飛び出してました…」

「純粋な正義感だか愛校心で、思わず戦ってしまったって事…?」

「…そうなります。総裁にはめちゃめちゃ怒られましたけど」

 ここに来てようやく睦美は抜き身の乱世丸を鞘に収める。先程までの殺気は消え、蘭に対してまだ警戒感を残しながらも受け入れる様な雰囲気で、

「実はアンタの働きで結構な『感謝エナジー』も集まってるのよね… よし、部室に来なさい。ヒザ子が居るはずだから、袖を繕ってもらうと良いわ。続きはお茶でも飲みながら話しましょう」

 その目は優しく微笑んでいた。

 ☆

「えぇーっ?! 蘭ちゃんがウマナミちゃんで、マジボラにスパイしに来てたの? 全然気が付かなかったよ!」

 部室にて合流した久子も交えて話は続く。久子はその高い家事スキルを使い、蘭の制服をかけはぎで繕っていた。

「はい… オデコの怪我は大丈夫ですか? あの時は酷いこと言ってスミマセンでした…」

「うん、怪我は平気。オデコのこと言われたのも気にしてないよ! …でももう言わないでね?」

 額を押さえながら言う久子。実はまだ少し気にしているらしい。

「そんでゴリ子、アンタはこれからどうすんの? アタシらをスパイしたって大した隠し事は無いよ? アタシら側に付くなら特別に見逃してやっても良いけど、まだ悪い事をしようってんなら…」

 久子の淹れた茶を飲みながら睦美が蘭に問いかける。その手には再び乱世丸が握られていた。

 蘭も再度のゴリ子呼びに『やっぱり睦美この女とは仲良くなれそうに無い』と実感する。

「…心情としてはもう悪い事に加担したくはありません。でも私のこの忌まわしい体を元に戻す為には『恐怖のエナジー』が必要だと総裁に言われました。だから…」

 やむを得ずシン悪川興業の仕事も続けざるを得ない、そう言おうとした所で久子が口を開く。

「そしたらつばめちゃんに治してもらえば良いんじゃないですかぁ?」

 その声に睦美と蘭、2人の視線が久子に集まった。

「なるほど、その手があったわね…」

「え? そんなこと出来るんですか…?」

 もちろん発言者の久子も確信があって言った台詞では無い。

「うー、つばめちゃんにそれが出来るかどうかは私にも分からないよ? でも頼むだけ頼んでみたらどうかな…? って」

 蘭の顔に希望が広がる。もう繁蔵に振り回されずに生きられるのであれば、それに勝る喜びは無い。妹の凛の事は、自分の事が片付いたら改めてマジボラに協力を要請してみても良いだろう。

「でもそれだとゴリ子がゴリラだとかスパイだとか、諸々全部つばめに話さなきゃいけなくなるよ? それは良いのかい?」

 蘭の顔に絶望が広がる。つばめにだけはシン悪川興業やゴリラの事を知られたくない。その場に崩折れて四つん這いになる蘭。

『うぅ… どうすれば良いんだろう…?』

 項垂うなだれる蘭の肩を睦美が軽く叩く。顔を上げて睦美を見上げた蘭と睦美の視線が合う。

「まぁ、アンタの家族の事も含めてそっちの事情は大体分かったわ。とりあえずつばめにバラす決心がつくまでは見逃して上げるから、今度はシン悪川… いや魔王ギルの情報をこっちに流すんだよ。良いね?」

「え…?」

「あまり頭が良くないんだから情報収集くらいやって見せな。あと床に手を付いているうちにアタシに言う事があるだろ? ん?」

 睦美からの無言の圧を感じて蘭は頭を働かせる。やがて一件思い当たった蘭は、四つん這いから足を正座にし、両手を前に添えて深く頭を下げ土下座の形を取る。

「オバサン呼ばわりしてスミマセンでした…」

 増田蘭、高校生。裏の顔、ダブルスパイ。
 目下の悩みは右腕に生えた剛毛の処理方法だ。
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