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第63話 観測所

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「これが『虚無ヴォイド』か… なんか核戦争で荒廃した世界みたいな感じだな…」

 チャロアイトとモンモンを伴って、王都から東へと2日かけて移動し『虚無ヴォイド』とか言う観光スポット(?)にやって来た。

 明確に「此処から先が『虚無ヴォイド』です」という線引きがあるわけではない。ただ硫黄と死臭の混じった様な胸糞悪い異臭と、全面荒れ地で樹木や建造物等ほとんど無いのに100m先までも見渡せないもやが人の侵入を頑なに拒んでいる様に見えた。
 
「かくせんそう…?」

「悪い、独り言だ…」
 
 思わず口に出た俺の独り言をチャロアイトが拾ってきた。この世界には魔法はあっても核技術は理論すらも無いから、いくら博識なチャロアイトでも分からないのだろう。
 ちなみにチャロアイトは『蛇』戦の時の様に、正体を隠すためか全身を覆うローブを着て、前衛的なデザインの仮面を被っている。

 ☆

「一応説明しておくわね。今後私達の主な任務は勇者ショウ君の補佐的な仕事になるわ。彼が向かうべき案件かどうかを確認して報告するのが仕事ね」

 はて…? よく分からないな。前回の『蛇』戦でも分かったが、勇者ショウは聖剣の力を加味しても、決して卓越した戦士ではない。もちろん強いは強いのだろうが、純粋な戦闘力としては俺の方が高いはずだ。
 
 戦闘力の高い者ではなくて『勇者』という肩書きの人間を送り込む事に意義があるって政治的な理由なのか? どちらにしても面白い話じゃ無いな……。

「不服そうね、『俺の方が強いのに』って顔してる。フフッ、男の子って可愛いわね…」

 チャロアイトが茶化してくる。どんなリアクションして良いのか分からずに「うっせーよ」と顔を逸らしてしまった。
 これがまだ素顔のセクシーなチャロアイトに言われるならまだしも、気狂いの描いた絵か、南洋のまじないに使うお面みたいな仮面を付けた怪しい人物に言われても全然嬉しくない。

「勘違いしないで欲しいんだけど、勇者かれの聖剣の力は『神殺し』に特化しているのよ。この間の『蛇』もそう。世を乱すとされる邪神を退けるのが勇者の仕事で、邪神と彼との間の道を拓くのが私達の仕事。分かる…?」

 なるほど。だから雑魚魔物相手の戦闘力はそれほど高くないって事なのね。適材適所って意味ならまぁ納得してやるか……。
 
 ☆

 核技術で思い出したが、このバルジオン王国には、最も文明の進んだ王都でも電気はおろか蒸気機関すらも無い。人々は毎日薪を買うなり作るなりして日々の火力を賄っている。
 後は水車や風車くらいか。まぁ水車や樽って意外と見た目よりも技術力が必要だから、まんざら馬鹿にした物でも無いという事だ。
 
 磁石と鉄線があれば俺でも簡単なモーターくらいは作れるから、そこから水車に繋げで技術革新とか出来ないかな? それこそ『現代文明チート』ってやつでさ……。
 …いや、面倒くさいな。そこまでするには俺の知識は未熟で不完全だ。聖剣で暴れた方が手っ取り早いよな。

「それにしても凄い匂いだね。ボクの可愛い鼻が曲がっちゃうよ…」

 モンモンが鼻をつまみながら不平を漏らす。確かに俺もあまり長居したい雰囲気の場所じゃない。早々に仕事を切り上げて帰りたい気分だ。

 ☆
 
「もぬけの殻だな… 何があった…?」

 観測所と呼ばれる、くだん物見櫓ものみやぐらの生えた掘っ立て小屋とも言うべき建物にやって来た。

 建物の扉は施錠されておらず、外部から押し入った形跡は無い。それでいて中は争った様な跡があり、床には血液と思われる比較的新しい赤黒い染みがそこかしこに散在していた。
 それなのに死体や怪我人は1人も見当たらない。かなり奇妙な状況だ。

「奥には食べかけの料理が腐ったまま残ってるねぇ。よっぽど緊急事態で飛び出して行ったのかな…?」

 全員総出で対処しなければならない『何か』が有ったのは間違いないが、モンモンの言うように観測所の兵士が全員自主的に建物を離れるとも思えない。

『何かがおかしい…』

 何より中で争った跡があるのに、争った人間が見当たらないのは至極不自然だ……。 
 
「あ… 分かっちゃったかも…」

 チャロアイトが扉から外を眺めながら呟いた。お、何だ? 何が分かったって? ううん…?
 チャロアイトに近付いて俺も外の観測所の外へと目を遣る。

 あ、俺も分かっちゃった……。
 俺が見たのは観測所の周囲を、いつの間にか音もなく包囲していた人々の群れ。ざっと30~40人程だろうか?
 そのいずれもがユラユラと酔っ払った様な足取りで、無言のまま観測所への包囲網を狭めている。
 
「こりゃ何だ? 屍人ゾンビか…?」

「それっぽいわね。恐らく呪いの瘴気を吸い込んだ人間が観測所の中で魔物化して、中の人員丸ごと感化したんじゃないかしら?」

 なるほど。という事は、鍵が開いていたのは中から外に飛びだして逃げた人がいたんだな。その人が無事逃げられたかどうかは知るすべもないけど……。

「きっと他の場所へ獲物を求めて移動していたんだけど、私達の匂いだか生気だかを察知してまたここへ集まってきたんだわ…」

 ずいぶん鼻の効く連中なんだな。俺の知るファンタジーゲーム世界のゾンビと同様に、人の死体が立ち上がってまた人を襲い、何らかの手段で仲間を増やすタイプのモンスターなのだろう。
 
 その手段が『呪い』なのか『魔法』なのか『ウイルス』なのか『菌』なのか『蟲』なのかは大した問題じゃない。問題は「歯や爪で直接触れられるとヤバい」事と「ここで駆逐してしまえばOK」という事だ。

「モンモンとチャロアイトは中に入って櫓の上から魔法や射撃で援護してくれ。俺はこの扉で迎え撃つ!」

 観測所は掘っ立て小屋で建物としての耐久性は高くない。それでも四方八方から囲まれて、万が一聖剣のバリアが機能しなかったりしたら、俺自身がゾンビらの仲間入りする事になりかねない。前だけ見ていればどうにかなるならその方が楽だし安全だ。

「そうねぇ、知恵や心の無い相手だと私は相性悪いから下がらせてもらうわ」
「お兄さんがやられたらカワイイボクも死んじゃうんだからね。死んじゃダメだよ?」

 2人とも我が身可愛さの台詞を残して上へと避難していった。確かに俺が抜かれたら、あいつらだけでは押し寄せるゾンビには対抗出来ないかも知れない。

「気分は『長坂橋の仁王立ち』か『バイオハザード』か… とにかくここは抜かせないぜ!」

 俺は聖剣を抜いてゾンビの群れに対峙した。
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