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第60話 選択
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ティリティアが妊娠した、という情報に俺の理解が追いつくのに数秒かかってしまった。
いや、ヤル事はやってきた訳だから現象としては理解出来るんだけど、リアリティというか何て言うか全くと言っていいほど実感が湧かない。
『俺に子供ができた』
これが喜ぶべき事なのか、残念に思うべき事なのかすらの判断もつかずに立ち尽くしていた。
「あの… もしかして勇者様は嬉しくはないのですか…?」
ティリティアが捨てられた仔犬みたいに心細そうな顔で見つめてくる。
ええっとね、『嬉しい』とか『嬉しくない』以前に、まず『マジっすか?!』という気持ちが強いのね。まずその気持ちをこれから心に収める所から始まるので、今は何て答えたら良いのかすら分からない。
心が落ち着かないままにティリティアを介護しているチャロアイトに目を遣ると、彼女は何かを言いたげに俺をジト目で見つめていた。
「はぁ… 貴方、女性を、しかも アイトゥーシア教会の神官を孕ませるってどういう事か分かっている…?」
チャロアイトが『やれやれしょうがねぇなぁ』という感じで口を挟んできた。えっと、つまりどういう事なのかな? 出来れば異世界の人間である俺にも分かるように説明して欲しいんだけどな…?
「アイトゥーシア教会が結婚を禁じていないのに、未婚の女性に男性との接触を禁じているのは、『簡単に体を許さずに一生キチンと守ってくれる男をじっくり選定しろ』って意味なのよ?」
「あ、あのチャロアイト様… そんな俗っぽい話ではなくてですね…」
チャロアイトの言葉にうろたえながら否定するティリティア。どっちが正しいんだ?
「いいえ、私も職業柄、並の神官以上に教義の勉強はしています。話を突き詰めれば同じ事ですよ」
きっぱりと言い放つチャロアイト。ティリティアもそれで「あぅ…」と黙ってしまったのだから、結局難しい言葉で粉飾しつつも俗っぽい話だったという事なのだろう。
「ティリティア様がどの様な経緯でこの男と関係を持ったのかは、聞きませんし興味もありません。ただ、この状況でこの男がどの様な選択をするのかは大変に興味がありますね…」
チャロアイトは俺が聖剣の力で女達を籠絡していた事を知っているはずだ。そして彼女自身も『魅了』の虜になっているはずだが、俺に対して挑戦的な視線をやめないでいる。
前にも感じたが、この聖剣による『魅了』もなかなか不可解なんだよな。
剣をくれた女神は「何でも言う事を聞かせられる」と教えてくれた。確かにびっくりするくらい簡単に女を抱く事は出来た。それこそ旦那が死んで数分後の未亡人や、俺に対して敵意(殺意)満々な女達でもだ。
だがそれは俺への心酔を意味しない。未だにクロニアには細かい事でグチグチと怒られているし、ベルモにはガキ扱いされている。モンモンはともかく、チャロアイトはネタが割れているぶん余裕がありそうだ。
素直で貞淑なままでいてくれるのはティリティアだけだな。確かにここでヒロイン選択を済ませしてしまうのも悪くないかも知れない。
「アイトゥーシア信者の女は、一部の股の緩い奴を除いて『夫』と決めた男と以外とは寝ないわ。しかもティリティア様は神官でこの度目出度くご懐妊された… 貴方はどうするの…?」
チャロアイトのジト目が刺すような視線に変わってきた。何だよ? そんな『女性の人権』みたいな事を責めてくるタイプじゃないだろお前。
「もし死別以外で父無し子という事になれば、男を見誤った愚かな女と謗られるか、他人の夫との不義密通が疑われるわ。ましてやそれが教会の神官だなんて、なおさら世間からは冷たい目で見られる事でしょうね…」
チャロアイトの圧力が目に見える程に厚くて重い。ティリティアも特に何も言わないが、明らかに俺の返答を期待して待っている。
どうすると言われても、すぐここで「ではティリティアと結婚します」とも言えないだろ。チャロアイトに言われた通り、俺はこの世界では戸籍すら無いんだから。
「そ、その辺の話はこんな往来じゃなくて宿に帰ってからにしようぜ。ほら、通行人の皆様の視線もあるしさ。ティリティアだって道端でそんな話されても困るだろ…?」
確かに痴話喧嘩か? とばかりに野次馬が集まりつつあった。この場に長居するのはよろしくないだろう。
「あの… まずは本当に妊娠したのか、食中りか何かを勘違いしたのかを確かめに行きたいのですが…」
確かにそうだ。子供がどうとか大騒ぎしておいて、から騒ぎで終わってしまっては何の意味も無い。
この世界の産婦人科ってどうなっているんだろう? まぁ俺は非モテの高校生だったから、元の世界の産婦人科の事すらもまるで分からないんだけどね。
「じゃあ私が彼女を教会の産婆に連れて行くわ。どうせ男子禁制で外で待つしか出来ないから、貴方は先に帰ってて結構よ」
チャロアイトはそう言い残して、ティリティアを連れて教会方面に去って行った。とりあえずこの世界では、教会が産婦人科の代わりをしているらしい事は分かった。
チャロアイトとは大事な話の途中だったし、ベルモの薬の事も含めて聞きたいことは山ほどあるのだが、体調不良のティリティアを差し置いて出来る話でも無い。
仕方ない、チャロアイトとの話は一旦仕切り直しだな……。
☆
「妊娠してました!」
ティリティア達が帰還してクロニアとモンモンも居る目の前で嬉しそうに報告してくれた。驚きの発表に「おぉ~」と声を出しながら拍手で返すクロニアとモンモン。
「ええっと、これは素直に祝福して良いものなのですかティリティア様…? その… ご結婚される、という事で宜しいのですか…?」
「ティリティアお姉ちゃんおめでとう! ボクも妊娠ってしてみたいな!」
ここにベルモが居なくて心底良かったと思う。どんなリアクションを取られてもあまり良い結果にはならなさそうだからな。
「ハイ、もちろん私としても結婚したいと思っておりますわ。勇者様のお考えはまだ伺ってませんけど…?」
挑発する様な目で俺を見つめたティリティアと、俺の答えを期待するその他3名の視線が共に俺に突き刺さった……。
いや、ヤル事はやってきた訳だから現象としては理解出来るんだけど、リアリティというか何て言うか全くと言っていいほど実感が湧かない。
『俺に子供ができた』
これが喜ぶべき事なのか、残念に思うべき事なのかすらの判断もつかずに立ち尽くしていた。
「あの… もしかして勇者様は嬉しくはないのですか…?」
ティリティアが捨てられた仔犬みたいに心細そうな顔で見つめてくる。
ええっとね、『嬉しい』とか『嬉しくない』以前に、まず『マジっすか?!』という気持ちが強いのね。まずその気持ちをこれから心に収める所から始まるので、今は何て答えたら良いのかすら分からない。
心が落ち着かないままにティリティアを介護しているチャロアイトに目を遣ると、彼女は何かを言いたげに俺をジト目で見つめていた。
「はぁ… 貴方、女性を、しかも アイトゥーシア教会の神官を孕ませるってどういう事か分かっている…?」
チャロアイトが『やれやれしょうがねぇなぁ』という感じで口を挟んできた。えっと、つまりどういう事なのかな? 出来れば異世界の人間である俺にも分かるように説明して欲しいんだけどな…?
「アイトゥーシア教会が結婚を禁じていないのに、未婚の女性に男性との接触を禁じているのは、『簡単に体を許さずに一生キチンと守ってくれる男をじっくり選定しろ』って意味なのよ?」
「あ、あのチャロアイト様… そんな俗っぽい話ではなくてですね…」
チャロアイトの言葉にうろたえながら否定するティリティア。どっちが正しいんだ?
「いいえ、私も職業柄、並の神官以上に教義の勉強はしています。話を突き詰めれば同じ事ですよ」
きっぱりと言い放つチャロアイト。ティリティアもそれで「あぅ…」と黙ってしまったのだから、結局難しい言葉で粉飾しつつも俗っぽい話だったという事なのだろう。
「ティリティア様がどの様な経緯でこの男と関係を持ったのかは、聞きませんし興味もありません。ただ、この状況でこの男がどの様な選択をするのかは大変に興味がありますね…」
チャロアイトは俺が聖剣の力で女達を籠絡していた事を知っているはずだ。そして彼女自身も『魅了』の虜になっているはずだが、俺に対して挑戦的な視線をやめないでいる。
前にも感じたが、この聖剣による『魅了』もなかなか不可解なんだよな。
剣をくれた女神は「何でも言う事を聞かせられる」と教えてくれた。確かにびっくりするくらい簡単に女を抱く事は出来た。それこそ旦那が死んで数分後の未亡人や、俺に対して敵意(殺意)満々な女達でもだ。
だがそれは俺への心酔を意味しない。未だにクロニアには細かい事でグチグチと怒られているし、ベルモにはガキ扱いされている。モンモンはともかく、チャロアイトはネタが割れているぶん余裕がありそうだ。
素直で貞淑なままでいてくれるのはティリティアだけだな。確かにここでヒロイン選択を済ませしてしまうのも悪くないかも知れない。
「アイトゥーシア信者の女は、一部の股の緩い奴を除いて『夫』と決めた男と以外とは寝ないわ。しかもティリティア様は神官でこの度目出度くご懐妊された… 貴方はどうするの…?」
チャロアイトのジト目が刺すような視線に変わってきた。何だよ? そんな『女性の人権』みたいな事を責めてくるタイプじゃないだろお前。
「もし死別以外で父無し子という事になれば、男を見誤った愚かな女と謗られるか、他人の夫との不義密通が疑われるわ。ましてやそれが教会の神官だなんて、なおさら世間からは冷たい目で見られる事でしょうね…」
チャロアイトの圧力が目に見える程に厚くて重い。ティリティアも特に何も言わないが、明らかに俺の返答を期待して待っている。
どうすると言われても、すぐここで「ではティリティアと結婚します」とも言えないだろ。チャロアイトに言われた通り、俺はこの世界では戸籍すら無いんだから。
「そ、その辺の話はこんな往来じゃなくて宿に帰ってからにしようぜ。ほら、通行人の皆様の視線もあるしさ。ティリティアだって道端でそんな話されても困るだろ…?」
確かに痴話喧嘩か? とばかりに野次馬が集まりつつあった。この場に長居するのはよろしくないだろう。
「あの… まずは本当に妊娠したのか、食中りか何かを勘違いしたのかを確かめに行きたいのですが…」
確かにそうだ。子供がどうとか大騒ぎしておいて、から騒ぎで終わってしまっては何の意味も無い。
この世界の産婦人科ってどうなっているんだろう? まぁ俺は非モテの高校生だったから、元の世界の産婦人科の事すらもまるで分からないんだけどね。
「じゃあ私が彼女を教会の産婆に連れて行くわ。どうせ男子禁制で外で待つしか出来ないから、貴方は先に帰ってて結構よ」
チャロアイトはそう言い残して、ティリティアを連れて教会方面に去って行った。とりあえずこの世界では、教会が産婦人科の代わりをしているらしい事は分かった。
チャロアイトとは大事な話の途中だったし、ベルモの薬の事も含めて聞きたいことは山ほどあるのだが、体調不良のティリティアを差し置いて出来る話でも無い。
仕方ない、チャロアイトとの話は一旦仕切り直しだな……。
☆
「妊娠してました!」
ティリティア達が帰還してクロニアとモンモンも居る目の前で嬉しそうに報告してくれた。驚きの発表に「おぉ~」と声を出しながら拍手で返すクロニアとモンモン。
「ええっと、これは素直に祝福して良いものなのですかティリティア様…? その… ご結婚される、という事で宜しいのですか…?」
「ティリティアお姉ちゃんおめでとう! ボクも妊娠ってしてみたいな!」
ここにベルモが居なくて心底良かったと思う。どんなリアクションを取られてもあまり良い結果にはならなさそうだからな。
「ハイ、もちろん私としても結婚したいと思っておりますわ。勇者様のお考えはまだ伺ってませんけど…?」
挑発する様な目で俺を見つめたティリティアと、俺の答えを期待するその他3名の視線が共に俺に突き刺さった……。
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