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第30話 問題児

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「テメェこのガキの保護者か? それともスリの元締めか? ならテメェが責任取ってくれるんだろうなぁ?!」

 ゴロツキさんはスリガキから俺にターゲットを変更したらしい。確かに小さい女の子よりも俺の方が殴りやすいだろうしね。

「そうだそうだ! この兄ちゃんは強いんだからな! お前なんかコテンパンだぞ!」

 俺に抱きついた後は背後に回って、俺をゴロツキからの盾にしてくれていたスリガキが俺の後ろから煽り出す。もぉ何なのコイツ? 俺はお前の保護者どころか被害者なんだから、不和の種をバラ撒くのマジで止めて欲しいんですけど…?

「ふざけやがって、ぶっ飛ばして衛兵に突き出してやるよ!」

 ゴロツキさんは戦闘バトる気マンマンの様だが、俺は戦意ゼロだし、現在町への不法侵入の現行犯なので警察沙汰は本気で困る。

「へへーんだ! このドワーフみたいな兄ちゃんにかかればお前みたいなザコなんてパンチ1発で… あれ?」

 誰がドワーフやねん。俺の背後で威勢良く捲し立てるスリガキにいい加減腹が立ってきたので、俺はスリガキのフードの上から首根っこを掴んで持ち上げ、矢面に立たせてやった。

「あのな、俺もお前に財布をスられてる被害者なのに、なんでお前の為に喧嘩しなくちゃならんのだ?」

「えーっ? ボクお兄さんの財布なんて知らないよ! 無実だよム、ジ、ツ!」
 
 いけしゃあしゃあと自己弁護するスリガキを持ち上げたまま上下に軽く振ってみる。すると揺らした拍子にスリガキの上着のポケットから俺の巾着袋さいふが床に落ちた。

「…………」

 クロニア達は勿論、ゴロツキさんや野次馬を含めて全員の動きが止まる。文字通り『動かぬ証拠』って奴だ。
 
「あ、あれ…? これは違うんだよ! ここに来る途中で拾って警察に届けようかなぁ? って思って持ってただけ…」

 そこまで言って、急に腕に掛かっていたスリガキの重量が消える。奴は着ていたコート(ポンチョ?)から一瞬で抜け出て、俺の眼前に音も無く着地する。俺からは手にしたコートが遮蔽になって奴の体が確認できずに対応が遅れてしまった。

「しまっ…」
 
 そのわずかの間にスリガキは俺の財布を拾って、店の出口、その先の往来へ向かって駆け出した。
 そのあまりの速さに俺やゴロツキさん達は反応出来ず、このまま逃して人混みに逃げられると、恐らくはもう二度と顔を合わせる事は不可能になるだろう……。

「残念だったね! ボクの素早さには誰も… ウッ!!」

 捕まえようとするクロニアの脇をまんまと走り抜けたスリガキが、次の瞬間何か硬い衝突音の後、呻き声を上げて地面にヘッドスライディングする形で滑り込んだ。

「わたくし、杖術には自信ありますのよ…」
 
『何事か?』と思い振り返った先には、長杖を肩にもたれかけた様な姿勢のティリティアが涼しい顔で微笑んでいた。
 
 恐らくはティリティアとのすれ違いざまに、スリガキの首だか頭にティリティアが失神する様な素早い一撃を加えたのだろう。確かに「得意だ」とは聞いていたが、そんな咄嗟に素早い攻撃を繰り出せる程の達人とは思わなかった。ゴブリンの時は本当に油断していたんだなぁ……。

 刃物や棘のある武器は町の入口で封印され、その封が町中で破られると多大な罰金が発生するが、杖の様な鈍器は封を破らずに使用しても、その攻撃力はさほど変わらない。
 まさかこんな事態を想定していたとは思えないが、ティリティアのおかげでようやく散々振り回してくれたスリガキを確保できた。
 
「おい、このガキ『オーガ』だぞ! やっぱり小汚ぇコソ泥なんだな」

 見物人の誰かが声を上げた。地面にノビているスリガキの、長い茶髪に隠れて額に2cm程の突起があったからだ。ベルモがそうであった様に、この子も人間の変異種である『オーガ』らしかった。

 オーガは普通の人間よりも高い身体能力を持つ。なるほど、もしかしてあの人間離れした敏捷力や瞬発力はオーガだからだったのかな? それならば色々と納得だ。

「さっさと衛兵に突き出せ!」
「見せしめに両手切断して町の外に放り出してやろうぜ!」
「目をくり抜いて逆さ吊りだ!」

 だんだん過激になっていく野次馬らの罵声に、どう反応したものかと判断に困っていると、ティリティアの一撃で昏倒したくだんの当人が夢見心地(?)で呟いた。

「ベルモ姐さん…」

 ☆

「済まない、私は近隣の治安を預かる衛兵隊のクロニア・バーフェートだ。この子供は私が責任を持って盗品を返却した後保護し連行する。なので無益な私刑リンチに走る事の無いように固く命ずる。これは相手がオーガであっても同様である!」

 この子を助けたいのだが、ヒートアップした群衆相手にどう対処するか決めあぐねていた所に、クロニアが機転を利かせてくれた。
 
 これは助かる。この殺気渦巻く空間に俺が何かを言っても反感を買うだけだったろうし、何より風来坊の俺よりも社会的地位のあるクロニアや、教会関係者のティリティアに任せる方が上手くいく確率は高い。

 案の定「あの娘知ってるぞ」「この間、広場で人集めしてた人だよな」とクロニアを理解、支持する声が上がりだす。
 これ幸いと俺は気絶しているスリガキを抱え上げ、「じゃそういう事で」と逃げる様に『すずらん亭』を後にした。
 
 そう言えば『抱える』事でこの娘に対して聖剣の力が発動してしまうだろうが、それ以前にこいつは俺に抱きついてきていたから、まぁ今更だよな……。
 
 俺はどちらかと言えば歳上好みで、決して少女趣味ロリコンではない。キチンと出る所が出ていて引っ込む所が引っ込んでいるスタイルの女性が好きなのだ。
 まだ成長の望めそうなティリティアくらいの体型がギリギリのラインで、このスリガキに懐かれても好んで相手をしたいとは思わない。まぁ「出来ない」事はないと思うけどね……。

 ☆

「うう~ん…」

 散々引っ掻き回してくれたスリガキが目を覚ます。ここはラモグを出て王都方面に2kmほど離れた草原だ。
 
 『すずらん亭』を出た後、俺達は再び二手に別れて町の外で合流した。
 クロニアとティリティアは普通に入ってきた門から出たが、俺たち気絶したスリ常習犯と、それを肩に抱えた不法侵入者の犯罪者コンビは壁を乗り越えて不法脱出した。
 そのまま目を覚まさないスリガキを馬の尻に乗せて、ここまで人目に付かない様に移動してきた、という訳だ。

「目を覚ましたか。まず確認するがお前はベルモが私達宛てに寄越した『盗賊』で間違いないか?」

 未だ寝不足の様な意識の混濁が見られるスリガキにクロニアが尋問する。もしこれで「違いました」なんて事になったら目も当てられない……。

「ふぁ? ここどこ? 何でボク寝てたんだろ…? あ! ボクの財布が失くなってる?! おねーさん盗ったでしょ?」

 相変わらず人の話を聞かないマイペースな奴だな… ちょっと説教してやろうかと俺が立ち上がったタイミングで、横に座っていたティリティアが持っていた長杖で地面をバチリと叩いた。

 その音に… いや違うな。そのティリティアから醸される雰囲気にスリガキの顔色は一瞬にして青褪める。何か記憶の奥底にある根源的な恐怖を思い出したかの様に……。

「クロニアのお話し、聞いてました…?」

 一見優しそうな微笑みでスリガキを見据えるティリティア。その目は微かに開かれていて、彼女は薄目でスリガキを見つめているのが俺には分かった。こういう時のティリティアはマジで怖い。

「は、はい! ボクは『モンモン』って言います! ベルモ姐さんからお兄さん達の一党パーティに加われって言われて来ました!」

 スリガキ、いやモンモンは直立不動で天に顔を向けて答えていた。
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