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第二章
天使と謎と尋問と
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~鈴代視点
田中天使中尉。地球連合宇宙軍の中でも一際異彩を放つトップエースだ。その撃墜数は昨日の時点で322匹。
私も撃墜数では通算4位だかの成績ではあるのだが、その数は田中中尉の30%程に過ぎない。
尤もその数字の意味を知ってしまった今となっては、さして意味のあるものとも思えなくなってしまったのだが……。
それはともかく、田中中尉は私達操者にしてみたら雲の上の存在、という言葉が相応しい人だ。そんな人が何故ここに?
遠目から覗いていたら高橋大尉に見つかった。
「あ! 香奈ちゃんと鈴代ちゃんが揃ってるじゃん! ちょっとこっちにおいでよ!」
と手招きする高橋大尉。
「2人には紹介しなくても知ってるよね? 零式使いのエース田中中尉だよ! 田中さん、こちらの2人は以前話した『ベビーフェイス』鈴代少尉と『プリマ』仲村渠少尉ね」
高橋大尉がお互いを紹介してくれる。
『ベビーフェイス』って何だ? と思ったが、確か以前広報に取材された時に私の許可無く勝手に付けられた2つ名だ。誌の扱いも小さかったし、基地では誰も使わない呼称の為に、すっかり忘れ去っていた。
高橋大尉が田中中尉に私達の何を話したのかは気になる所だが、とりあえず挨拶だ。
「鈴代少尉です。伝説のトップエースにお会いできて光栄です」
「仲村渠少尉、右に同じく」
私達両名は田中中尉に敬礼する。香奈さんの手抜きの挨拶を気にも止めず、田中中尉は私達を一瞥して気怠げに返礼する。
「…田中だ。こちらの戦線に『鎌付き』が現れたってんで、そいつを狩るべく降りてきた」
田中中尉は、その実績に裏付けられた自信に満ち溢れた表情… ではなくて何とも退屈そうで眠たそうな声でそう言った。
随分イメージと違う。仮にもトップエースなのだから、もう少し大物のオーラの様な物を感じられるかと思っていたのだが、目の前の英雄はどうにも気の抜けたモラトリアムチックな青年だった。
71に少しイメージが似ているかも知れない。
なんだか想像と全く違う英雄に幻滅してしまう。
尤も『トップエース』という言葉に眩まされて、勝手に品行方正な好青年を想像していた私が浅はかだったというだけだろう。
香奈さんも似た様な感想を抱いた風な顔をしていた。
それはともかく、
『鎌付き』とは先日の敵ボスの事だろうか? 分かりやすいので以後『鎌付き』の名称で統一させてもらう。
とにかく私達では対処のし切れない、強敵の相手役として零式が来てくれたのならば、とても心強い。
「…とりあえず変則的にシフトに入って、『鎌付き』が出てきたら俺が出て叩くわ」
と言う事らしい。
何でもあの『鎌付き』は、ここ1年程は衛星軌道上で暴れまわっていたらしい。
出会った部隊はいずれも全滅に近い損害を受けており、目撃証言も少ない事から一時はフー・ファイター(未確認飛行物体)扱いを受けていたが、最近になって実像を捉えられた事から本格的に対策が取られ、田中中尉が派遣されてきた、と言う次第だ。
昨日の今日で手際が良すぎる気がしないでもないけど、単に田中中尉が網を張っていた所にタイミングよく鎌付きが引っ掛かっただけかも知れない。
どうにも色々な事に疑心暗鬼になっている自分を感じる。余計な迷いは命を縮める行為だとは分かっているのだけれどもね…。
そうだ、疑心暗鬼で思い出した。私達は高橋大尉から聞きたい事がたくさんあったんだ。
香奈さんも思い出したらしい。私達は目配せで了解し合う。
「で、では中尉殿、我々はこちらの高橋大尉と話しがありますので、この辺で失礼します」
田中中尉に敬礼し、2人同時に高橋大尉の左右の腕を拘束する。そのまま踵を返し、使用していない会議室に高橋大尉を連行する。
「え? なに? どしたの? 何事? 何でボク連行されてんの? 2人とも何か怒ってる? 友達だよね? 何で無言なの? 怖いんですけど?!」
大尉の表情を見る限り、少なくとも最後の『怖いんですけど?』は本心だろう。
高橋大尉を椅子に座らせて私と香奈さんで左右を固め逃げられないようにする。これでゆっくり話が聞けるという物だ。
高橋大尉は状況が飲み込めないまま、怯えた様に目を泳がせている。
「なぁシナモン姉さん、あたし達に色々隠している事があるだろう? 正直に教えてもらえないかな? 極力穏便に済ませたいんだ…」
香奈さんの声に高橋大尉はハッと息を呑む。何か心当たりがあるのは確かなようだ。
高橋大尉は下を向いて何かを言い返そうと答えを探っている様だ。やがて顔を上げて「な、なんの事かな…?」と力弱く言った。
バン! と机を叩く香奈さん、その音に怯えた表情を見せる高橋大尉。
「惚けないでくれよ。ネタは上がってるんだ。姉さんの口から聞きたかったけど、姉さんが言わないならこちらから言っても良いんだよ?」
香奈さんの真摯な声が部屋に響く。
…やがて高橋大尉は大きく息をついた。
「…わかったよ。ボクもずっと隠したまんまなのは心が辛かったから白状するよ…」
私と香奈さんの目に微笑みが戻り張り詰めていた緊張感が解される。高橋大尉にすぐに理解してもらえて良かった…。
「…先週香奈ちゃんと食事した時に、香奈ちゃんがお茶を取りに行ってる間にうっかりクシャミして、ボクの唾が香奈ちゃんの味噌汁に入っちゃいました。それを言わずに『ワーオ間接キス』とか喜んでました。ゴメンナサイ…」
「「…え?」」
私と香奈さんの声が重なる。
「え? 怒ってるのそれじゃないの? じゃあまどかちゃんを目覚めさせる実験の時に71くんの中でこっそりオナラしちゃった事?」
「「…え?」」
「え? それも違うの? じゃあ何? …あ、もしかして香奈ちゃんの定食の唐揚げを黙って1個貰ったの…」
「「違います!!」」
三度私と香奈さんの声が重なる。どんだけしょーもない事をしてるんですかこの人は?!
「えー? じゃあ何なのさ? 降参だよ、教えて?」
高橋大尉が不満そうに呟く。本当に心当たりが無いのかしら?
「マジかよ? じゃあしょうがない、順番に話していくか…」
そこから私達の説明が始まった。まどかさんの疑問に始まって、ビデオ検証から虫の正体についての推論まで。
一通りの話を聞いた後の高橋大尉は、普段では見られないとても真面目な顔をしていた。
「…もの凄く大胆な仮説だね、でも反論らしい反論も思いつかないや。確かに少し考えればそういう可能性も考慮して然るべきだったかもね…」
ここで一拍置く。
「…まず断っておきたいんだけど、ボクは確かに縞原重工の人間だけど、この件については本当に何も知らないんだ。信じてもらえないかも知れないけどさ…」
そう力無く呟いた。
「確かに虫の正体が別の輝甲兵だとしたら、彼らの生態に関する殆どの説明が出来るわけだよね。さすがのボクもその発想は無かったよ…」
「高橋大尉、敢えて聞きます。中隊の丑尾さん達、いえ基地中の縞原重工の技術士さん達は信じても大丈夫なんですか…?」
私の問いに高橋大尉は申し訳無さそうに頭を振る。
「彼らは幽炉とその神経網を繋ぐ作業をしているからね。そういった『外見を変える装置』の存在は知っていると思う。それが何を映しているのかまでは知らない可能性もあるけどね…」
高橋大尉は力無く笑う。それが儚い望みだと告げる様に。
…数十分後。
「んで、今度は何だ? 何回目だよこういうの?」
会議室に呼び出された長谷川大尉が不機嫌そうに口を開く。
「だってしょうがないじゃないですか。軍隊は縦社会なんだから、何事もまずは上官に相談しないと」
「そうだぞ! 隊長がしっかりしないとだぞ!」
私の反論に香奈さんが乗っかる。大尉の機嫌が悪いのは呼び出された事よりも、模擬戦の賭けで損した事が大きいらしい。
もちろん私の知った事では無い。
私達は高橋大尉も交えてこれまでの経緯を長谷川大尉に話した。
大尉は目を閉じ、しばらく黙って聞いていたが、やがて目を開いて私の話を遮った。
「…お前達の話は大体理解した。だが仮に虫の正体が人間の操る輝甲兵だとしても、俺達の仕事は変わらないぞ? 奴らはこちらの都合に構わず攻撃してくる。戦わなきゃ、守らなきゃこちらが死ぬだけだ。多分向こうにも俺らが虫に見えているだろうしな」
大尉の瞳には職務に対するプライドの火が灯っていた。
確かにこれがプロフェッショナルな考え方なのだろう。人間相手という一点だけで思考停止して、あたふたと狼狽えていた私とは大違いだ。
「下手にセンチメンタルになっても敵は容赦無く撃ってくる。敵が虫だろうと人だろうとな。俺達は人類の為に、家族の為に生き残る義務がある事を忘れるな」
そこまで言って少し表情を崩す長谷川大尉。
「だがしかし、非常に興味深い課題でもある。出来るものなら次の戦闘の時に何とか1匹、いや1機捕獲して、中の人と接触してみたいものだがな…」
長谷川大尉は何か含んだ顔で私を見る。これは間違いなく私に『虫を捕まえて来い』と言っている顔だ。
「まぁ、アイデアを頂ければチャレンジしてはみますけど、色々と難しいと思いますよ?」
私も困り顔で返答する。
そうなのだ。手足を封じて行動不能にするとか、電磁バトン等で中の操者を気絶させるとか、『捕まえる方法』は幾つかあるだろう。
問題はその後だ。基地に持ち帰った瞬間に、敵の操者が幽炉を暴走させて自爆、なんて事もありえるし、そもそも基地全体に『虫を持ち帰る』理由を告知しておかないと基地中で大パニックになる。
もし仮に私が何も事情を知らないまま、戦闘中に虫に捕獲されて連れ去られそうになったらどうするだろう?
相手は未知の虫なのだ。普通に殺されるだけならまだしも、禍々しい実験のモルモットにされる事もあり得る。
となればやはり不本意ながら、私も自爆の道を選ぶと思う。
「だよなぁ… あー、もうすげー面倒になってきた。鴻上のタヌキ親父に全部ぶん投げて楽になっちまって良いかなー?」
長谷川大尉が他人事の様に今までの苦労を全てご破産にしかねない問題発言をする。
『鴻上司令には報告せず内密に乗り切ろう』と決定したのは他ならぬ長谷川大尉ではないか。
気持ちは分からないでもないが、もう少し落ち着いて欲しい。
その時、基地内に『ヴィー! ヴィー!』と警報が大音量で鳴り響いた。
その場の全員が緊張感を張り詰め、スピーカーからの放送を待つ。
「哨戒中の第2中隊より救援要請! 『我、虫ト交戦セリ。救援求ム』。待機中の第1中隊は至急格納庫に集合、発進して下さい! 繰り返します…」
私達は目を見合わせて立ち上がる。
「修理待ちの俺は出られん。鈴代は渡辺と一緒に現地で松浦(第2中隊長)の指示を仰げ。…あと丙型は待機だ。少し様子を見た方が良いだろ。高橋大尉、丙型の幽炉を見てくれ。以上だ、頼んだぞ」
「「「了解!」」」
私達は大尉に敬礼して退室した。
格納庫で渡辺中尉と合流、長谷川大尉の命令を伝える。
救援に向かう第1中隊員は総勢10名。長谷川大尉はじめ昨日の戦闘で損傷の大きい者は出撃リストから外される。
輝甲兵は自己修復出来るが、もちろん基地内で幽炉残量節約の為に技術士や整備員による修理も並行して行われる。
しかしそれでも昨日の今日だ。修復が間に合わず、昨日の戦闘痕の残る機体も散見された。
私の3071も数カ所被弾したがいずれも装甲表面のみにとどまっており、今ではそれも一見分からないくらいに修復されている。
昨日受けた実際の傷よりも、つい先刻受けた模擬戦によるペイント弾の痕が痛々しく見える機体もいる。洗うヒマも無かっただろうし仕方ないだろう。
彼らを横目に私は71に乗り込んだ。
「放送聞いてたでしょ? 第2中隊の救援に向かうわよ」
《アラホラサッサー!》
71が元気に返事してくるけど私にはその意味が分からない。
多分『了解』的な意味だろうし、この忙しい時間に変に突っ込んでまた喧嘩が始まっても疲れるだけだ。スルー決定。
《いや、つっこめよ!》
71が私の心を読んだかの様に突っかかってくる。あーもう、本当に面倒くさい。
「忙しいんだからふざけないで。すぐに出るわよ、ほら盾を忘れてる」
私の言葉に71は《へいへい》とボヤきながらも追加された副腕に器用に盾を装着させる。
腕を装着した当初は『重い』だの『動かしづらい』だの文句を言っていた71だったが、その後丑尾さんに肉抜きしてもらって軽量化し、可動域も増えた事で自由自在に扱える様になっていた。
筋力としては40%近く減退したが、副腕では力比べはしないだろうし扱い易くなったのなら結果オーライなのだろう。
実際、彼の盾捌き(と言う言葉が有るのかどうか知らないが)は見事な物で、私への命中弾をことごとく盾で防いでくれた。
おかげで私は攻撃に集中でき、敵の陣形に単騎で穴を開けることに成功した。昨日の大勝利は多分に71の功績なのだ。
本人に言うと調子に乗って鼻にかけるから言わないけどね。
渡辺中尉や武藤中尉をはじめ、第1中隊のメンバーが空に揃う。昨日は香奈さんに付いていた新人の2人も上がって来ている。今日は渡辺中尉と武藤中尉で1人ずつ面倒を見る形の様だ。
「…重力下での戦闘も久しぶりなんでリハビリがてら俺も出るぞ」
そして夕陽を背に威風堂々と上昇してくる田中中尉の機体。
30式よりも更に人型に近く、顔つきも30式や24式の様にバイザーの奥にレール稼働するカメラアイを据えたものでは無く、人間の様に一対の目の様に菱型のパーツが誂えられている。
両肩からマントの様に装甲板が広がり、人で言う肩甲骨の辺りに2機の幽炉が積まれている。
そしてその右肩には彼のシンボルマークである髑髏の死神が描かれている。
正に『輝く騎士』と形容するのが相応しい、動く芸術品、戦う工芸品、現代のアーティファクト。それこそが全操者の、いや連合国民の憧れの的、エース田中中尉の駆る『零式』である。
《おー、さすがカッコイイな! これ何ガン◯ム?》
71は無視の方向で。
…………。
《いや、つっこめよ!》
田中天使中尉。地球連合宇宙軍の中でも一際異彩を放つトップエースだ。その撃墜数は昨日の時点で322匹。
私も撃墜数では通算4位だかの成績ではあるのだが、その数は田中中尉の30%程に過ぎない。
尤もその数字の意味を知ってしまった今となっては、さして意味のあるものとも思えなくなってしまったのだが……。
それはともかく、田中中尉は私達操者にしてみたら雲の上の存在、という言葉が相応しい人だ。そんな人が何故ここに?
遠目から覗いていたら高橋大尉に見つかった。
「あ! 香奈ちゃんと鈴代ちゃんが揃ってるじゃん! ちょっとこっちにおいでよ!」
と手招きする高橋大尉。
「2人には紹介しなくても知ってるよね? 零式使いのエース田中中尉だよ! 田中さん、こちらの2人は以前話した『ベビーフェイス』鈴代少尉と『プリマ』仲村渠少尉ね」
高橋大尉がお互いを紹介してくれる。
『ベビーフェイス』って何だ? と思ったが、確か以前広報に取材された時に私の許可無く勝手に付けられた2つ名だ。誌の扱いも小さかったし、基地では誰も使わない呼称の為に、すっかり忘れ去っていた。
高橋大尉が田中中尉に私達の何を話したのかは気になる所だが、とりあえず挨拶だ。
「鈴代少尉です。伝説のトップエースにお会いできて光栄です」
「仲村渠少尉、右に同じく」
私達両名は田中中尉に敬礼する。香奈さんの手抜きの挨拶を気にも止めず、田中中尉は私達を一瞥して気怠げに返礼する。
「…田中だ。こちらの戦線に『鎌付き』が現れたってんで、そいつを狩るべく降りてきた」
田中中尉は、その実績に裏付けられた自信に満ち溢れた表情… ではなくて何とも退屈そうで眠たそうな声でそう言った。
随分イメージと違う。仮にもトップエースなのだから、もう少し大物のオーラの様な物を感じられるかと思っていたのだが、目の前の英雄はどうにも気の抜けたモラトリアムチックな青年だった。
71に少しイメージが似ているかも知れない。
なんだか想像と全く違う英雄に幻滅してしまう。
尤も『トップエース』という言葉に眩まされて、勝手に品行方正な好青年を想像していた私が浅はかだったというだけだろう。
香奈さんも似た様な感想を抱いた風な顔をしていた。
それはともかく、
『鎌付き』とは先日の敵ボスの事だろうか? 分かりやすいので以後『鎌付き』の名称で統一させてもらう。
とにかく私達では対処のし切れない、強敵の相手役として零式が来てくれたのならば、とても心強い。
「…とりあえず変則的にシフトに入って、『鎌付き』が出てきたら俺が出て叩くわ」
と言う事らしい。
何でもあの『鎌付き』は、ここ1年程は衛星軌道上で暴れまわっていたらしい。
出会った部隊はいずれも全滅に近い損害を受けており、目撃証言も少ない事から一時はフー・ファイター(未確認飛行物体)扱いを受けていたが、最近になって実像を捉えられた事から本格的に対策が取られ、田中中尉が派遣されてきた、と言う次第だ。
昨日の今日で手際が良すぎる気がしないでもないけど、単に田中中尉が網を張っていた所にタイミングよく鎌付きが引っ掛かっただけかも知れない。
どうにも色々な事に疑心暗鬼になっている自分を感じる。余計な迷いは命を縮める行為だとは分かっているのだけれどもね…。
そうだ、疑心暗鬼で思い出した。私達は高橋大尉から聞きたい事がたくさんあったんだ。
香奈さんも思い出したらしい。私達は目配せで了解し合う。
「で、では中尉殿、我々はこちらの高橋大尉と話しがありますので、この辺で失礼します」
田中中尉に敬礼し、2人同時に高橋大尉の左右の腕を拘束する。そのまま踵を返し、使用していない会議室に高橋大尉を連行する。
「え? なに? どしたの? 何事? 何でボク連行されてんの? 2人とも何か怒ってる? 友達だよね? 何で無言なの? 怖いんですけど?!」
大尉の表情を見る限り、少なくとも最後の『怖いんですけど?』は本心だろう。
高橋大尉を椅子に座らせて私と香奈さんで左右を固め逃げられないようにする。これでゆっくり話が聞けるという物だ。
高橋大尉は状況が飲み込めないまま、怯えた様に目を泳がせている。
「なぁシナモン姉さん、あたし達に色々隠している事があるだろう? 正直に教えてもらえないかな? 極力穏便に済ませたいんだ…」
香奈さんの声に高橋大尉はハッと息を呑む。何か心当たりがあるのは確かなようだ。
高橋大尉は下を向いて何かを言い返そうと答えを探っている様だ。やがて顔を上げて「な、なんの事かな…?」と力弱く言った。
バン! と机を叩く香奈さん、その音に怯えた表情を見せる高橋大尉。
「惚けないでくれよ。ネタは上がってるんだ。姉さんの口から聞きたかったけど、姉さんが言わないならこちらから言っても良いんだよ?」
香奈さんの真摯な声が部屋に響く。
…やがて高橋大尉は大きく息をついた。
「…わかったよ。ボクもずっと隠したまんまなのは心が辛かったから白状するよ…」
私と香奈さんの目に微笑みが戻り張り詰めていた緊張感が解される。高橋大尉にすぐに理解してもらえて良かった…。
「…先週香奈ちゃんと食事した時に、香奈ちゃんがお茶を取りに行ってる間にうっかりクシャミして、ボクの唾が香奈ちゃんの味噌汁に入っちゃいました。それを言わずに『ワーオ間接キス』とか喜んでました。ゴメンナサイ…」
「「…え?」」
私と香奈さんの声が重なる。
「え? 怒ってるのそれじゃないの? じゃあまどかちゃんを目覚めさせる実験の時に71くんの中でこっそりオナラしちゃった事?」
「「…え?」」
「え? それも違うの? じゃあ何? …あ、もしかして香奈ちゃんの定食の唐揚げを黙って1個貰ったの…」
「「違います!!」」
三度私と香奈さんの声が重なる。どんだけしょーもない事をしてるんですかこの人は?!
「えー? じゃあ何なのさ? 降参だよ、教えて?」
高橋大尉が不満そうに呟く。本当に心当たりが無いのかしら?
「マジかよ? じゃあしょうがない、順番に話していくか…」
そこから私達の説明が始まった。まどかさんの疑問に始まって、ビデオ検証から虫の正体についての推論まで。
一通りの話を聞いた後の高橋大尉は、普段では見られないとても真面目な顔をしていた。
「…もの凄く大胆な仮説だね、でも反論らしい反論も思いつかないや。確かに少し考えればそういう可能性も考慮して然るべきだったかもね…」
ここで一拍置く。
「…まず断っておきたいんだけど、ボクは確かに縞原重工の人間だけど、この件については本当に何も知らないんだ。信じてもらえないかも知れないけどさ…」
そう力無く呟いた。
「確かに虫の正体が別の輝甲兵だとしたら、彼らの生態に関する殆どの説明が出来るわけだよね。さすがのボクもその発想は無かったよ…」
「高橋大尉、敢えて聞きます。中隊の丑尾さん達、いえ基地中の縞原重工の技術士さん達は信じても大丈夫なんですか…?」
私の問いに高橋大尉は申し訳無さそうに頭を振る。
「彼らは幽炉とその神経網を繋ぐ作業をしているからね。そういった『外見を変える装置』の存在は知っていると思う。それが何を映しているのかまでは知らない可能性もあるけどね…」
高橋大尉は力無く笑う。それが儚い望みだと告げる様に。
…数十分後。
「んで、今度は何だ? 何回目だよこういうの?」
会議室に呼び出された長谷川大尉が不機嫌そうに口を開く。
「だってしょうがないじゃないですか。軍隊は縦社会なんだから、何事もまずは上官に相談しないと」
「そうだぞ! 隊長がしっかりしないとだぞ!」
私の反論に香奈さんが乗っかる。大尉の機嫌が悪いのは呼び出された事よりも、模擬戦の賭けで損した事が大きいらしい。
もちろん私の知った事では無い。
私達は高橋大尉も交えてこれまでの経緯を長谷川大尉に話した。
大尉は目を閉じ、しばらく黙って聞いていたが、やがて目を開いて私の話を遮った。
「…お前達の話は大体理解した。だが仮に虫の正体が人間の操る輝甲兵だとしても、俺達の仕事は変わらないぞ? 奴らはこちらの都合に構わず攻撃してくる。戦わなきゃ、守らなきゃこちらが死ぬだけだ。多分向こうにも俺らが虫に見えているだろうしな」
大尉の瞳には職務に対するプライドの火が灯っていた。
確かにこれがプロフェッショナルな考え方なのだろう。人間相手という一点だけで思考停止して、あたふたと狼狽えていた私とは大違いだ。
「下手にセンチメンタルになっても敵は容赦無く撃ってくる。敵が虫だろうと人だろうとな。俺達は人類の為に、家族の為に生き残る義務がある事を忘れるな」
そこまで言って少し表情を崩す長谷川大尉。
「だがしかし、非常に興味深い課題でもある。出来るものなら次の戦闘の時に何とか1匹、いや1機捕獲して、中の人と接触してみたいものだがな…」
長谷川大尉は何か含んだ顔で私を見る。これは間違いなく私に『虫を捕まえて来い』と言っている顔だ。
「まぁ、アイデアを頂ければチャレンジしてはみますけど、色々と難しいと思いますよ?」
私も困り顔で返答する。
そうなのだ。手足を封じて行動不能にするとか、電磁バトン等で中の操者を気絶させるとか、『捕まえる方法』は幾つかあるだろう。
問題はその後だ。基地に持ち帰った瞬間に、敵の操者が幽炉を暴走させて自爆、なんて事もありえるし、そもそも基地全体に『虫を持ち帰る』理由を告知しておかないと基地中で大パニックになる。
もし仮に私が何も事情を知らないまま、戦闘中に虫に捕獲されて連れ去られそうになったらどうするだろう?
相手は未知の虫なのだ。普通に殺されるだけならまだしも、禍々しい実験のモルモットにされる事もあり得る。
となればやはり不本意ながら、私も自爆の道を選ぶと思う。
「だよなぁ… あー、もうすげー面倒になってきた。鴻上のタヌキ親父に全部ぶん投げて楽になっちまって良いかなー?」
長谷川大尉が他人事の様に今までの苦労を全てご破産にしかねない問題発言をする。
『鴻上司令には報告せず内密に乗り切ろう』と決定したのは他ならぬ長谷川大尉ではないか。
気持ちは分からないでもないが、もう少し落ち着いて欲しい。
その時、基地内に『ヴィー! ヴィー!』と警報が大音量で鳴り響いた。
その場の全員が緊張感を張り詰め、スピーカーからの放送を待つ。
「哨戒中の第2中隊より救援要請! 『我、虫ト交戦セリ。救援求ム』。待機中の第1中隊は至急格納庫に集合、発進して下さい! 繰り返します…」
私達は目を見合わせて立ち上がる。
「修理待ちの俺は出られん。鈴代は渡辺と一緒に現地で松浦(第2中隊長)の指示を仰げ。…あと丙型は待機だ。少し様子を見た方が良いだろ。高橋大尉、丙型の幽炉を見てくれ。以上だ、頼んだぞ」
「「「了解!」」」
私達は大尉に敬礼して退室した。
格納庫で渡辺中尉と合流、長谷川大尉の命令を伝える。
救援に向かう第1中隊員は総勢10名。長谷川大尉はじめ昨日の戦闘で損傷の大きい者は出撃リストから外される。
輝甲兵は自己修復出来るが、もちろん基地内で幽炉残量節約の為に技術士や整備員による修理も並行して行われる。
しかしそれでも昨日の今日だ。修復が間に合わず、昨日の戦闘痕の残る機体も散見された。
私の3071も数カ所被弾したがいずれも装甲表面のみにとどまっており、今ではそれも一見分からないくらいに修復されている。
昨日受けた実際の傷よりも、つい先刻受けた模擬戦によるペイント弾の痕が痛々しく見える機体もいる。洗うヒマも無かっただろうし仕方ないだろう。
彼らを横目に私は71に乗り込んだ。
「放送聞いてたでしょ? 第2中隊の救援に向かうわよ」
《アラホラサッサー!》
71が元気に返事してくるけど私にはその意味が分からない。
多分『了解』的な意味だろうし、この忙しい時間に変に突っ込んでまた喧嘩が始まっても疲れるだけだ。スルー決定。
《いや、つっこめよ!》
71が私の心を読んだかの様に突っかかってくる。あーもう、本当に面倒くさい。
「忙しいんだからふざけないで。すぐに出るわよ、ほら盾を忘れてる」
私の言葉に71は《へいへい》とボヤきながらも追加された副腕に器用に盾を装着させる。
腕を装着した当初は『重い』だの『動かしづらい』だの文句を言っていた71だったが、その後丑尾さんに肉抜きしてもらって軽量化し、可動域も増えた事で自由自在に扱える様になっていた。
筋力としては40%近く減退したが、副腕では力比べはしないだろうし扱い易くなったのなら結果オーライなのだろう。
実際、彼の盾捌き(と言う言葉が有るのかどうか知らないが)は見事な物で、私への命中弾をことごとく盾で防いでくれた。
おかげで私は攻撃に集中でき、敵の陣形に単騎で穴を開けることに成功した。昨日の大勝利は多分に71の功績なのだ。
本人に言うと調子に乗って鼻にかけるから言わないけどね。
渡辺中尉や武藤中尉をはじめ、第1中隊のメンバーが空に揃う。昨日は香奈さんに付いていた新人の2人も上がって来ている。今日は渡辺中尉と武藤中尉で1人ずつ面倒を見る形の様だ。
「…重力下での戦闘も久しぶりなんでリハビリがてら俺も出るぞ」
そして夕陽を背に威風堂々と上昇してくる田中中尉の機体。
30式よりも更に人型に近く、顔つきも30式や24式の様にバイザーの奥にレール稼働するカメラアイを据えたものでは無く、人間の様に一対の目の様に菱型のパーツが誂えられている。
両肩からマントの様に装甲板が広がり、人で言う肩甲骨の辺りに2機の幽炉が積まれている。
そしてその右肩には彼のシンボルマークである髑髏の死神が描かれている。
正に『輝く騎士』と形容するのが相応しい、動く芸術品、戦う工芸品、現代のアーティファクト。それこそが全操者の、いや連合国民の憧れの的、エース田中中尉の駆る『零式』である。
《おー、さすがカッコイイな! これ何ガン◯ム?》
71は無視の方向で。
…………。
《いや、つっこめよ!》
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元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
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アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
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特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
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鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
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第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない
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朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。
不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。
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帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。
そして邂逅する謎の組織。
萌の物語が始まる。
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