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第四章(最終章)

決着:前編

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「話がしたい」だとぉ?
『鎌付き』ことシモネタビッチとかいう奴が俺に対話を求めてきた。

71ナナヒト、聞いちゃダメ。これは罠よ」
 鈴代ちゃんが忠告してくる。ですよねー。

《うん、俺もそう思う。だから俺は口であいつを撹乱する。肉体労働は頼んだぜ》

「もう、大丈夫なんでしょうね…?」

 鈴代ちゃんは不満げだ。でもクライマックスの思想バトル的な物も、それはそれで憧れるんだよなぁ。「それはエゴだよ!」みたいな……。

《…んじゃあ、とりあえず話だけでも聞いてやろうか?》
 と言いながらも『鎌付き』に向けてビームを3発立て続けに放つ。これは俺じゃなくて鈴代ちゃんの仕業だ。

《わかってくれたか。ミャーモトくんはこの世界をどう思っているのだね? 君もまどかと同様にいきなり拉致された異世界の人間だと聞いているよ》
『鎌付き』も何事も無かったかのようにビームを回避して会話を続ける。まぁ向こうさんもそのくらい想定内だったのだろう。

《はっ、『関係無い世界の事情に巻き込まれて平気なのか?』って言いたいのか? 残念だな、その辺の答え合わせはもうとっくに済んでるんだよ!》

 ビームライフルは短機関銃サブマシンガンに比べて大きい為に咄嗟の照準修正が難しいのか、鈴代ちゃんは右手に鉈を抜いた。遠近状況に応じて戦えるスタイルだ。

《れいせいになりたまえ。君はまどかと親しい上に同郷だそうじゃないか? なぜ彼女に敵対するのだね? あの子は「ミャーモトに会いたい」と泣いていたのだぞ?》
 鈴代ちゃんが『鎌付き』と距離を詰め、鉈を振り下ろし、『鎌付き』は両手の剣を交差して防御する。金属同士の衝突する衝撃が機体を震わせる。

《そのまどかをそそのかして大虐殺をさせたのは誰だよ? お前だろうが!》
『鎌付き』は俺の鉈攻撃の衝撃を受けてそのままの態勢で後退する。追いかけて再び斬撃を浴びせようとする鈴代ちゃん。

《にべもないな。君のその力があれば人類など意のままだぞ? 女性を集めてハーレムを作る事も造作も無いのだぞ?》
 鈴代ちゃんの斬撃を全て受け流す『鎌付き』。こちらはパワーアップしてスピードもパワーも上がっているはずなのに、あまり押し込めている感覚は無いような…?

《あぁ、そりゃ俺だってモテモテのウッフンハーレム展開になりたかったさ。でもなぁ、ロボと人間じゃエロい関係にはなれないんだよ!》

「最低…」
 鈴代ちゃんが攻撃を続けつつもジト目でポツリと呟く。えー、ゴホン、外野は黙ってて下さい。

《ひさんな目に遭ってきているのだろう? 我が方に来て支配者の仲間入りをしたまえよ。私もまどかも君の参入を歓迎するぞ?》
『鎌付き』は防御に徹して積極的に攻撃を仕掛けて来ない。本気で俺を引き抜くつもりなのか…?

《俺が… 俺が一番悲惨だったのは香奈さんの死んだ時だ。お前の憎悪を全身に浴びて思い出したくも無いクソ野郎になっていた…》
 もちろん答えは『断る』一択だ。何よりネタ抜きであの時の記憶は怒りと苦しさしか思い出せない。

《れきしを見てみたまえ。一時の怒りに身を任せるな。正義は常に『強き者』の手中にあるではないか》
『鎌付き』が気まぐれの様に振り回した剣を左の盾で受ける。盾そのものは破損してしまったが、田中中尉の機体から受け継いだ副腕は、しっかりと『鎌付き』の攻撃を受け止めてくれた。

《ふざけんな! そんなの加害者が言って良いセリフじゃないだろう!》
『鎌付き』の挑発に思わず激昂してしまう。イカンイカン、冷静にならねば……。

《ふざけてなどいない。これは歴史の必然だよ。弱者は強者に搾取されるか駆逐される運命だ。君は選ばれし立場なのだぞ? 何が不満なのだね?》
『鎌付き』から両手の斬撃連打が振り下ろされる。両副腕の盾と鉈を総動員して必死に受け流すが、パワー負けして弾き飛ばされる。

 ちょっと不安になってきた。
《なぁ、鈴代ちゃん。俺達パワーアップしたはずなのに何か押されてない? これ大丈夫?》

「…田宮さんから『いきなり全力出すな』って言われてたから少し抑えてたのよ。そろそろ本気出すわ」
 俺の問いに鈴代ちゃんは涼しい顔して返す。『そろそろ本気出す』は実力ある人が言うと迫力が違うよね。

 おっと、『鎌付き』を無視する訳にはいかない。
《…あぁ不満だらけだね。俺ちゃんのハーレムはほっこり甘々路線であって、屍山血河の上に築かれる様な穢れた代物じゃないんだよ!!》

《せいぎの味方ごっこはそれまでだ。そして術式完了『我に平伏せ』》

 わ
 れ
 に
 ひ
 れ
 ふ
 せ

 その言葉に、俺の幽炉の体が高圧の電撃の様な衝撃を受けた。いや、比喩的な意味じゃなくて実際にビリビリ痺れた。ロボの機体では無く、幽炉としての体で外部からの物理的な影響を受けたのは初めてだ。

71ナナヒト、幽炉からの動力供給が止まったわ。何があったの?」
 鈴代ちゃんも機体が急に停止してしまい焦っている。俺も何が何だか分からない。

《な、何をしやがった…?》 
 固まる俺にゆっくりと近付く『鎌付き』。

《言うまでもなく対話だよ。私の弁術で君が味方になってくれれば良し。そうで無くとも今の様に暗示で束縛するつもりだったが、ね!》

 動けない俺の腹に『鎌付き』が渾身の前蹴りを放つ。無抵抗のまま衛星の地表に叩きつけられる。

「ぐぅっ! 71ナナヒト、大丈夫なの? 動力が断絶してるみたいだけど…」

《…くっ、体の半分をごっそり持って行かれた気分だわ。『鎌付き』に何かやられたっぽい…》

 何かをやられたのは間違い無い。出撃前に29%あった幽炉残量が、今は23%まで落ちていた。本当にごっそり持って行かれている。まだまともに戦ってすらいないのにこの減り方は異常だ。

 仰向けに横たわったまま動けない俺の傍らに『鎌付き』が着地した。

《苦しかろう? 小さな軍の中で窮屈に生きるよりも、上位存在として面白おかしく生きたいとは思わないのかね?》
 言葉と共に剣を大きく振り上げる。狙う先は|俺のすずしろちゃんだ。

 くそっ、動け! 動けよ俺!! どうすれば動くんだよ? このままじゃ鈴代ちゃんが……。

《腹の中の飛行士に義理立てしているのか? ならばそんな物は押し潰して楽にしてやろう》

《や、止めろ! 止めてくれ! 頼む、鈴代ちゃんを殺すのだけは止めてくれ!》

 俺は叫んでいた。恥も外聞も見栄も誇りも全てなげうって敵である『鎌付き』に懇願していた。

《ではミャーモトくんは我が軍門に降る、と言う事で良いのかな? 慎重に言葉を選びたまえよ?》

『鎌付き』の勝ち誇った嬉しそうな声に、俺の心が徐々に死んでいくのが分かる。

 負けたくはない。しかし鈴代ちゃんの命には代えられない。そして理由は分からないが『鎌付き』の言葉に抗えない自分がいる。
 奴に反抗しようと思うと頭にもやがかかったようになり、思考が凄く億劫になってしまうのだ。

 下手に馬鹿な自分が考えるよりも、全て『鎌付き』に任せてしまった方が万事うまく行く。そんな気にすらなってくる。

《あぁ、分かったよ。アンタの仲間に…》

「ダメよ71ナナヒト!!」

 鈴代ちゃんの叱咤の声にハッと正気を取り戻す。俺は一体何をしようとしていたんだ…?

「気をしっかり持って。2人で『鎌付き』を倒す約束でしょう?」

《鈴代ちゃん…》

 …そうだよな。暗示だか催眠術だか知らないが、そんな事にへこたれている暇は無いのだ。目の前の『鎌付きこいつ』、そしてまどかをどうにかしないと戦争は終わらないんだ。

「それに『鎌付き』はどうせ私を生かす気は無いわ。貴方の心を折る為の小細工をしているだけ…」

さかしい小娘は嫌いだよ》
『鎌付き』はそれだけ呟くと、振り上げた剣を少し軌道修正して俺の腹に突き立てた。

 腹に穴のあく痛みを覚悟していたが、現在は幽炉と機体の接続が外れているせいか、痛みの感覚が俺を襲う事は無かった。しかし……。

「ぐわぁっ! ぐぅっ…」

 鈴代ちゃんの若い女子とは思えぬ叫び声があがる。
『鎌付き』の剣は俺の腹に加減されて刺し込まれた後、器用に鈴代ちゃんの左眼だけを抉り、そのまま鈴代ちゃんの左肩関節の半分ほどまで貫いていた……。

「あぁっ、あぅっ…」
 俺の中で血を流してうずくまり、苦しむ鈴代ちゃん。右手で左眼を押さえているが、眼からも肩からも出血が止まらない。

 パチン……。

 俺の中で何かが切れたか、何かのスイッチが入った感覚があった。

 それを境に全身に力がみなぎる。幽炉が接続、開放され、俺の意識が機体の隅々まで行き渡る。
『鎌付き』も何かを感じ取ったのか、剣を抜き距離を取る。

 剣が開けた穴は、コクピット内から自動で噴霧された泡状の補修材によって塞がれた。機体の自動修復も同時に行われるので、近いうちに穴は塞がるだろう。

《…おいオッサン。世の中にはなぁ、やって良い事と悪い事があるんだぜ…?》

 自分の言葉に意識を乗せる。この気持ちは『怒り』とか言う陳腐な言葉で表せるものでは無い。

《ほぉ? この完全生命たる私に許されぬ事など無いと思うがね?》
『鎌付き』はそれでも余裕の態度を崩さない。それが俺の中のドス黒い炎に油を注ぐ。

《…じゃあ教えてやるよ。それはなぁ、『人の大切にしている物を傷付ける事』だ!》
 俺は煮えたぎる思いと共に上半身を持ち上げ、ビームライフルを『鎌付き』に向けて数発連射した。

《馬鹿な?! なぜ動ける?》

 ホントだよ、何で動けるのか不思議で仕方ないけど、ここにそれを解説できる人間は居ない。せいぜい『俺の怒りが奇跡を起こした』程度の認識しか出てこないし、今はそれで構わない。

 今、3071サンマルナナヒトは完全に俺の手足になっている。

『鎌付き』も俺が動けるとは想定外だったらしく、反応が大きく遅れた。そのおかげもあって俺の撃ったビームのうちの一条が『鎌付き』の左腕に命中、大破させた。
 まずは鈴代ちゃんの腕の分はお返しさせてもらった。

 そしていい話だけではない。調子に乗って乱射したツケが回ったのか、俺のビームライフルを持っていた左手も、俺がちょっと本気出したらオーバーロードで軽い爆発と共に肘から先が無くなってしまった。

 もう一つバッドニュースがある。今の無理な起動で俺の心身にかなり無理がかかった。具体的に言うと幽炉の残量が一瞬で14%まで減った。『こんな減り方ありえるの?』ってくらい一気に減った。

 実に出撃時の半分だ。『まだ3割あるからしばらく余裕かな?』とか思ってたけどとんでもない。このペースで減らされたら、事態を見届けるどころか、その途中で俺が見送られる羽目になってしまう。

 機体の移動の反動でどこかを痛めたのか、鈴代ちゃんが「うう…」とうめき声を上げる。

《鈴代ちゃん、大丈夫か?!》
 俺は相棒に声を掛けるが、鈴代ちゃんは重傷で荒い息でゼェゼェ言うだけで返事をしなかった。いや、出来なかった、が正解かも知れない。

《やれやれ、まどかが『ミャーモトは仲間にならないよ』と言っていたが、その通りみたいだな… なぜそこまで我々を拒否するのだね? 全く理解に苦しむよ…》

 一旦仕切り直しとばかりに俺と距離を取る『鎌付き』。俺も立ち上がり右手に残った鉈を正面に構える。
 俺も『鎌付き』も、今度は衛星の地表に立って向かい合う。

 血だらけの鈴代ちゃんが心配だ。早いとこ『すざく』に帰って治療をしないと……。

「…71ナナヒト、私は大丈夫… 貴方が『鎌付き』を倒して…」

《おい、何を言って…》

「今ここで『鎌付き』を逃したら多分ニ度と会えないわ… 貴方を誘う為にノコノコ出てきた今が最初で最後の機会なの…」

《鈴代ちゃん…》

「私は今は無理。意識を保つだけで精一杯。操者服の自動機能で血はもうすぐ止まるから大丈夫。お願い、もう貴方だけが頼りなの…」
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