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第四章(最終章)
撃墜王
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俺達の前に現れた輝甲兵は、かつて天使が駆り数百もの虫を屠ってきた伝説の機体『零式』だった。
「…おいピンキー、あいつは俺がやる。いいな?」
天使の殺気がここまで伝わってくる。かつての己の半身が敵となって目の前に現れたのだからその気持ちは分からないでも無い。
「田中中尉、お気持ちは分かりますが単独行動は許可できません。今後は私の指示に従う約束ですからね?」
当然鈴代ちゃんのツッコミが入る。天使も自分から「部下になる」と言った手前、表立って反抗するわけにもいかずに「…ちっ」と舌打ちで不満を意思表示するしか無かった。
そこに助け舟を出したのはグラコロ大尉だった。
「行かせてあげなさいよ、ミユキ。私がタカシの援護に回るから2人で掛かれば苦戦はしないでしょ」
何となくフラグっぽい言い方だが、天使とグラコロさん、確かに今の『すざく』のツートップの彼らならば、いくら零式と言えども操っている奴はどうせまどかだろうから、そこまでの苦戦はしないと予想される。
しかし鈴代ちゃんの表情は固い。これはグラコロさんの力を信用していないのでは無くて、似たシチュエーションで送り出したβ氏を戦死させてしまった事を思い出しての事だろう。
そんな事は考えにくいが、ここでもしまたグラコロさんを死なせてしまうような事があれば、鈴代ちゃんも正気ではいられなくなるかも知れない。
「…いえ、私が行きます。テレーザさんは小隊と共に待機でお願いします。小隊各員は一時グラコワ大尉の指揮下に入って下さい」
それが鈴代ちゃんの決断だった。まぁ鈴代ちゃんならそうするだろうな。強敵を前に隊長自らが部隊の盾になるつもりだ。
「了解。ミユキ、気を付けてね…」
グラコロさんに送られる様に天使と鈴代ちゃんが零式に向かい、隊列を離れる。
戦況も少し変わってきた。特攻自爆作戦があまり有効的では無いと判断されたのか、幽炉同盟は戦線を縮小し防御陣形を取ってきたのだ。
まだ敵軍には100機余りの輝甲兵が残っているが、今はそれぞれがパイロットの乗る普通の輝甲兵の様に動いて戦闘している。
あれを全てまどかがリアルタイムで動かしているのだろうか? 今あいつにリアルタイムシミュレーション的なeスポーツをやらせたら、あっという間に世界の頂点を取れそうな気がする。
幽炉同盟側の輝甲兵が防御戦術に切り替えた事からか、補給と休息の為だろう、米軍の半数が後退していく。そのわずかな戦列の乱れを突いて零式が米軍に突撃した。
『コロッサス』は本来支援用の砲撃機体、しかも今は長砲身仕様なのでなおさら小回りが利かない。
零式は流れる様な機動で、瞬時に2機のコロッサスを両断、更に1機を左手に持つビームライフルで大穴を開け撃墜した。
あのコロッサスをまたたく間に3機撃墜だ。その鋭さと力強さは天使が搭乗していた頃の零式と比べても色褪せないものだった。
「…の野郎」
短く呟いた天使が幽炉開放して零式に突撃する。
零式を奪われた怒り。
専用機だった零式を自分と同等かそれ以上に上手く使われている怒り。
そしてその零式が現在敵になっている怒り。
それら全てが合わさった巨大な怒りの矢がまっしぐらに零式へと翔ぶ。
一拍遅れて俺達も幽炉を開放し零式に向かう。
正直まどかをドえらく過小評価していた。今のあいつは100を超える輝甲兵を操って防御戦を行いながら、零式を操作して米軍の中枢部隊へ奇襲を掛ける力量を持っている。
なにをどうすればそこまでのレベルアップが出来るのか、小一時間問い詰めたい気分だ。
「…ピンキー、俺に合わせろ」
天使からの短い指示。結局いつも通り天使が主導権を握る展開になっている。まぁ俺はどうせこうなるって知ってたけどね。
米軍に気を取られている零式の左後方から、天使と俺達が前後に一列に並んで突入する。
後方から奇襲! …とはならずに零式は手にしたビームライフルを、こちらを見ないまま無造作に撃ち出した。
すでにこちらの戦法はバレていたのだ。
既の所で零式のビームを回避する天使。俺達は回避が一瞬遅れて左側の盾に命中、盾は無残に破壊された。
前にも思ったけど、零式の強さは機体そのものよりも、あの強力なビームライフルにあるんじゃないだろうか?
今度は天使と鈴代ちゃんは左右に別れて挟み込む作戦で行くようだ。核ミサイルの時から何度も天使と組んで来た為か、鈴代ちゃんも天使が何も言わずとも自然とコンビネーションを取れる形に動いている。
米軍や渡辺さん達も援護してくれようと動いているのは分かるのだが、零式と俺達の距離が近すぎて、なおかつスピードが速すぎて照準を捉えきれない様子だ。
零式は最初の標的を俺達に決めたらしい。天使からの突撃銃の斉射をバリアを纏らせた右手の鉈で弾き(?!)、左手のライフルを俺達に向けて発射した。
いや発射なんて可愛い物じゃない、これは照射、ゲーム的に言うならゲロビームってやつだ。『点』の攻撃ではなく『線』の攻撃が俺達を襲う。
必死に避ける鈴代ちゃん。天使が零式に斬りつけるが、零式は右腕に持つ鉈一本で天使の猛攻を躱し続ける。
零式は『鎌付き』よりもパワーは低いはずだけど、それでも量産型の30式よりは強い力を持っている。それを天使並みに進化したまどかが操っているのだ。
そうしている間も俺達はライフルで狙われ続けていて、現在進行系でゲロビに追跡されている。
零式は完全に左右で別々の頭で動いている様に見える。零式が凄いのかまどかが凄いのか分からないが、天使と鈴代ちゃんの2人掛かりでも軽くあしらわれている現実に愕然とせざるを得ない。
むー、俺に出来る事が何か1つでもあれば良いのだが、ハッキングは幽炉同盟の輝甲兵には通用しないし、手持ちの武器も右の副腕に装着した盾だけだ。
ここは素直に天使と鈴代ちゃんの2人を応援しておくしか無さそうだ。
やがてエネルギーが切れたのか、ビームライフルからの照射が止まった。よしチャ~ンス、鈴代ちゃんは水泳のクイックターンの要領でくるりと回転し零式と向かい合う。
両手に持った短機関銃を突き出し零式に向けて斉射する。と同時に零式の左に回り込んだ天使が側面から十字砲火を浴びせた。
合計十数発の銃弾が零式の装甲に穴を開ける、しかし人の乗っていない零式には致命打にはなり得なかった。
攻撃を受けながらも無理やり前進して俺達との距離を一気に詰める零式、右手に持つ鉈を振るっていとも簡単に俺の左肩を両断した。
もっとこう、ガギン! みたいに激しい金属のぶつかり合う音が鳴るかと思いきや、包丁で豆腐を切るようにスパッと切られた、いや斬られた。
そして痛ぇ! 久し振りなんで忘れてたけど、輝甲兵がダメージを受けると俺も痛いんだった。一瞬目の前が暗くなりかけるが、鈴代ちゃん考案の痛みを散らすイメージを思い出し、何とか持ち直す。
と、その瞬間に2撃目が来た。今度は右肩を狙ってきやがった。
駄目だ、右肩だけは落とさせないっ!
俺は右の副腕を精一杯伸ばして盾で身を守ろうとした。
盾での防御は成功し、盾は半分に削られた物の零式の鉈の軌道を逸らす事には成功した。
そして逸れた先には右肘があった……。
結局俺達は零式に大したダメージも与えられないままに、両腕と携行武器を失う事になった。
そんでもって超痛ぇ。わずか数秒で両腕を切断される痛み、想像できる?
でもその痛みの中にあって俺のプライドは1つ大きな勝ちを拾っていた。
俺の、3071の右肩には、鈴代ちゃんの作ってくれた勲章が輝いている。
俺がこの世界に来てから贈られた唯一のアイテム。鈴代ちゃんの優しさや俺達の思い出全部、この安っぽいマグネットシートの勲章に込められているのだ。壊させる訳にはいかない。そして守りきったぜ……。
「71、大丈夫?!」
《んっ、だいじょばないけど… ガマンできるっ!》
「…お願い、もう少しだけ我慢して」
鈴代ちゃんは言うが、機体はそのまま落ちていく様に零式の下方へ離れていく。
零式は俺達にトドメを刺そうと追撃態勢に入る。
よし、誘いに乗ってきた。…で良いんだよな?
零式の攻撃にカウンターを合わせる様に、鈴代ちゃんは零式に向けて掬い上げる様な蹴りを打ち込む。
一段フェイントを挟んだんだが、それに騙される事も無く一文字に鉈を払った零式の一撃で、俺の両脚が膝から切断される。
もちろん痛いですよ。ええ、死ぬほど。
だがそれでいい……。
「どぉりゃぁっ!」
俺からの攻撃に気を取られた零式の、頭上から現れた天使の渾身の唐竹割りで、零式の体は脳天から股下まで切り裂かれ真っ二つになった。
よっしゃ、零式の開きの完成だ!
俺達は勝利を確信した。それは天使も例外ではない。だって目の前の敵が体の中心から真っ二つになれば、そりゃ勝ちを確信するだろう。
…だが零式の幽炉は、まどかの支配は生きていた。通常の輝甲兵ならば体の中心線に幽炉が配置されているが、零式は2基の幽炉が左右に分散されて配置されていた。
中心から真っ二つじゃ幽炉を殺せなかったんだ……。
天使も警戒してはいた。だが、彼の残心の切れた直後に、零式の右手に握られた鉈が無造作に天使の黒い輝甲兵の腹に刺し込まれたのだ。
「…ごぼぁっっ!」
やけに水分の多く感じる天使のうめき声。大量の血を吐いた声だ。おいまさか天使の生身の本体に直撃とか無いよな…?
無言のまま鉈を引き抜いて、天使にトドメを刺すべく上に振りかぶる零式。天使の30式は一瞬よろめいたものの、零式の鉈が振り下ろされる前に鉈を一閃、零式の右腕の肘から先を切り落とし、返す刀で左腕も切り落とした。
両腕を失い、全ての攻撃手段を失った零式に天使の追撃が襲う。フェンシングの突剣の様にダン、ダンと鉈を2度突き立てて、零式の2基の幽炉に確実にトドメを刺した。
そしてその2撃を最後に天使の機体は動こうとはしなかった……。
「…た、田中中尉、ご無事ですか…?」
鈴代ちゃんが恐る恐る問うが、聞いている本人も顔が真っ青だ。天使が無事だなんて欠片も思っていないだろう。
「…………」
天使からの返事は無い。零式が鉈を引き抜いた際に刀身に付着していたと思われる幾つかの血溜まりが、黒い30式の周りに舞う。
《と、とにかく天使と零式を回収しようぜ。まだ望みを捨てるな…》
「…ええ、そうね。あの田中中尉がこんな簡単に死ぬわけ無いものね…」
彼らを回収したいが、3071もダルマ同様で文字通り手も足も出ない。結局グラコワさんや鈴代隊の面々に手伝ってもらって、零式の手足を含む3機を『すざく』に回収してもらった。
グラコロさんは「タカシ…」と一言だけ呟いて、以降ずっと無言だった。
格納庫には俺達を心配したのか長谷川さんも顔を出していた。声は聞こえないが、俺、天使、零式の3機に対して何か指示を出しているようだ。
『すざく』内で3機の検分が行われる。まず零式に関しては完全にイカれていて、その胴体には幽炉を始め再利用出来る部品もほとんど無さそうだった。
3071は両手両足を肘や膝から欠損大破、現在の幽炉の残量は30%。
だが修理すればまだまだイケる。鈴代ちゃんもそのつもりの様だ。やたら苦戦したが零式はまどかの『影』に過ぎない。まだ『鎌付き』とまどかの本体が無傷で残っている。
俺達は、まだこんな所で膝を折る訳にはいかない。
そして3008… いや天使の機体だが、半ばひしゃげたコクピットの中から闘志を剥き出しにして剣を突き出した態勢のまま事切れている天… 田中中尉が発見された……。
目を見開いて勝ち誇った様に口元を歪め、右手を前に突き出して、そのまま亡くなっていた。歴史に残るであろう見事な『立ち往生』だ。
…いや、零式の最後の攻撃によって彼の体は上半身と下半身が、薄皮一枚でかろうじて繋がっている、と言う状態だった。そんな体で今際の際の2撃を放てるなんて人間離れした精神力だよな……。
グラコ… テレーザさんは「周囲を警戒しておくよ」と『すざく』艦内には入らなかった。田中中尉の容態が心配では無いのかな? とも思ったが、状況から見て既に悲しい現実を受け入れた後だったんだろうな……。
鈴代ちゃんや長谷川さん、整備員ら周りにいる全ての人間が3008に敬礼していた。
俺は上げる腕が無いから気持ちだけ敬礼だ。終始ネタ扱いしてしまっていたが、田中中尉が古今例を見ない偉大な戦士であった事は間違い無いだろう。
ここは静かに冥福を祈りたい。
田中天使中尉、地球連合随一の撃墜王。
銀河歴331年、幽炉同盟攻略戦にて戦死。享年28歳。
「…おいピンキー、あいつは俺がやる。いいな?」
天使の殺気がここまで伝わってくる。かつての己の半身が敵となって目の前に現れたのだからその気持ちは分からないでも無い。
「田中中尉、お気持ちは分かりますが単独行動は許可できません。今後は私の指示に従う約束ですからね?」
当然鈴代ちゃんのツッコミが入る。天使も自分から「部下になる」と言った手前、表立って反抗するわけにもいかずに「…ちっ」と舌打ちで不満を意思表示するしか無かった。
そこに助け舟を出したのはグラコロ大尉だった。
「行かせてあげなさいよ、ミユキ。私がタカシの援護に回るから2人で掛かれば苦戦はしないでしょ」
何となくフラグっぽい言い方だが、天使とグラコロさん、確かに今の『すざく』のツートップの彼らならば、いくら零式と言えども操っている奴はどうせまどかだろうから、そこまでの苦戦はしないと予想される。
しかし鈴代ちゃんの表情は固い。これはグラコロさんの力を信用していないのでは無くて、似たシチュエーションで送り出したβ氏を戦死させてしまった事を思い出しての事だろう。
そんな事は考えにくいが、ここでもしまたグラコロさんを死なせてしまうような事があれば、鈴代ちゃんも正気ではいられなくなるかも知れない。
「…いえ、私が行きます。テレーザさんは小隊と共に待機でお願いします。小隊各員は一時グラコワ大尉の指揮下に入って下さい」
それが鈴代ちゃんの決断だった。まぁ鈴代ちゃんならそうするだろうな。強敵を前に隊長自らが部隊の盾になるつもりだ。
「了解。ミユキ、気を付けてね…」
グラコロさんに送られる様に天使と鈴代ちゃんが零式に向かい、隊列を離れる。
戦況も少し変わってきた。特攻自爆作戦があまり有効的では無いと判断されたのか、幽炉同盟は戦線を縮小し防御陣形を取ってきたのだ。
まだ敵軍には100機余りの輝甲兵が残っているが、今はそれぞれがパイロットの乗る普通の輝甲兵の様に動いて戦闘している。
あれを全てまどかがリアルタイムで動かしているのだろうか? 今あいつにリアルタイムシミュレーション的なeスポーツをやらせたら、あっという間に世界の頂点を取れそうな気がする。
幽炉同盟側の輝甲兵が防御戦術に切り替えた事からか、補給と休息の為だろう、米軍の半数が後退していく。そのわずかな戦列の乱れを突いて零式が米軍に突撃した。
『コロッサス』は本来支援用の砲撃機体、しかも今は長砲身仕様なのでなおさら小回りが利かない。
零式は流れる様な機動で、瞬時に2機のコロッサスを両断、更に1機を左手に持つビームライフルで大穴を開け撃墜した。
あのコロッサスをまたたく間に3機撃墜だ。その鋭さと力強さは天使が搭乗していた頃の零式と比べても色褪せないものだった。
「…の野郎」
短く呟いた天使が幽炉開放して零式に突撃する。
零式を奪われた怒り。
専用機だった零式を自分と同等かそれ以上に上手く使われている怒り。
そしてその零式が現在敵になっている怒り。
それら全てが合わさった巨大な怒りの矢がまっしぐらに零式へと翔ぶ。
一拍遅れて俺達も幽炉を開放し零式に向かう。
正直まどかをドえらく過小評価していた。今のあいつは100を超える輝甲兵を操って防御戦を行いながら、零式を操作して米軍の中枢部隊へ奇襲を掛ける力量を持っている。
なにをどうすればそこまでのレベルアップが出来るのか、小一時間問い詰めたい気分だ。
「…ピンキー、俺に合わせろ」
天使からの短い指示。結局いつも通り天使が主導権を握る展開になっている。まぁ俺はどうせこうなるって知ってたけどね。
米軍に気を取られている零式の左後方から、天使と俺達が前後に一列に並んで突入する。
後方から奇襲! …とはならずに零式は手にしたビームライフルを、こちらを見ないまま無造作に撃ち出した。
すでにこちらの戦法はバレていたのだ。
既の所で零式のビームを回避する天使。俺達は回避が一瞬遅れて左側の盾に命中、盾は無残に破壊された。
前にも思ったけど、零式の強さは機体そのものよりも、あの強力なビームライフルにあるんじゃないだろうか?
今度は天使と鈴代ちゃんは左右に別れて挟み込む作戦で行くようだ。核ミサイルの時から何度も天使と組んで来た為か、鈴代ちゃんも天使が何も言わずとも自然とコンビネーションを取れる形に動いている。
米軍や渡辺さん達も援護してくれようと動いているのは分かるのだが、零式と俺達の距離が近すぎて、なおかつスピードが速すぎて照準を捉えきれない様子だ。
零式は最初の標的を俺達に決めたらしい。天使からの突撃銃の斉射をバリアを纏らせた右手の鉈で弾き(?!)、左手のライフルを俺達に向けて発射した。
いや発射なんて可愛い物じゃない、これは照射、ゲーム的に言うならゲロビームってやつだ。『点』の攻撃ではなく『線』の攻撃が俺達を襲う。
必死に避ける鈴代ちゃん。天使が零式に斬りつけるが、零式は右腕に持つ鉈一本で天使の猛攻を躱し続ける。
零式は『鎌付き』よりもパワーは低いはずだけど、それでも量産型の30式よりは強い力を持っている。それを天使並みに進化したまどかが操っているのだ。
そうしている間も俺達はライフルで狙われ続けていて、現在進行系でゲロビに追跡されている。
零式は完全に左右で別々の頭で動いている様に見える。零式が凄いのかまどかが凄いのか分からないが、天使と鈴代ちゃんの2人掛かりでも軽くあしらわれている現実に愕然とせざるを得ない。
むー、俺に出来る事が何か1つでもあれば良いのだが、ハッキングは幽炉同盟の輝甲兵には通用しないし、手持ちの武器も右の副腕に装着した盾だけだ。
ここは素直に天使と鈴代ちゃんの2人を応援しておくしか無さそうだ。
やがてエネルギーが切れたのか、ビームライフルからの照射が止まった。よしチャ~ンス、鈴代ちゃんは水泳のクイックターンの要領でくるりと回転し零式と向かい合う。
両手に持った短機関銃を突き出し零式に向けて斉射する。と同時に零式の左に回り込んだ天使が側面から十字砲火を浴びせた。
合計十数発の銃弾が零式の装甲に穴を開ける、しかし人の乗っていない零式には致命打にはなり得なかった。
攻撃を受けながらも無理やり前進して俺達との距離を一気に詰める零式、右手に持つ鉈を振るっていとも簡単に俺の左肩を両断した。
もっとこう、ガギン! みたいに激しい金属のぶつかり合う音が鳴るかと思いきや、包丁で豆腐を切るようにスパッと切られた、いや斬られた。
そして痛ぇ! 久し振りなんで忘れてたけど、輝甲兵がダメージを受けると俺も痛いんだった。一瞬目の前が暗くなりかけるが、鈴代ちゃん考案の痛みを散らすイメージを思い出し、何とか持ち直す。
と、その瞬間に2撃目が来た。今度は右肩を狙ってきやがった。
駄目だ、右肩だけは落とさせないっ!
俺は右の副腕を精一杯伸ばして盾で身を守ろうとした。
盾での防御は成功し、盾は半分に削られた物の零式の鉈の軌道を逸らす事には成功した。
そして逸れた先には右肘があった……。
結局俺達は零式に大したダメージも与えられないままに、両腕と携行武器を失う事になった。
そんでもって超痛ぇ。わずか数秒で両腕を切断される痛み、想像できる?
でもその痛みの中にあって俺のプライドは1つ大きな勝ちを拾っていた。
俺の、3071の右肩には、鈴代ちゃんの作ってくれた勲章が輝いている。
俺がこの世界に来てから贈られた唯一のアイテム。鈴代ちゃんの優しさや俺達の思い出全部、この安っぽいマグネットシートの勲章に込められているのだ。壊させる訳にはいかない。そして守りきったぜ……。
「71、大丈夫?!」
《んっ、だいじょばないけど… ガマンできるっ!》
「…お願い、もう少しだけ我慢して」
鈴代ちゃんは言うが、機体はそのまま落ちていく様に零式の下方へ離れていく。
零式は俺達にトドメを刺そうと追撃態勢に入る。
よし、誘いに乗ってきた。…で良いんだよな?
零式の攻撃にカウンターを合わせる様に、鈴代ちゃんは零式に向けて掬い上げる様な蹴りを打ち込む。
一段フェイントを挟んだんだが、それに騙される事も無く一文字に鉈を払った零式の一撃で、俺の両脚が膝から切断される。
もちろん痛いですよ。ええ、死ぬほど。
だがそれでいい……。
「どぉりゃぁっ!」
俺からの攻撃に気を取られた零式の、頭上から現れた天使の渾身の唐竹割りで、零式の体は脳天から股下まで切り裂かれ真っ二つになった。
よっしゃ、零式の開きの完成だ!
俺達は勝利を確信した。それは天使も例外ではない。だって目の前の敵が体の中心から真っ二つになれば、そりゃ勝ちを確信するだろう。
…だが零式の幽炉は、まどかの支配は生きていた。通常の輝甲兵ならば体の中心線に幽炉が配置されているが、零式は2基の幽炉が左右に分散されて配置されていた。
中心から真っ二つじゃ幽炉を殺せなかったんだ……。
天使も警戒してはいた。だが、彼の残心の切れた直後に、零式の右手に握られた鉈が無造作に天使の黒い輝甲兵の腹に刺し込まれたのだ。
「…ごぼぁっっ!」
やけに水分の多く感じる天使のうめき声。大量の血を吐いた声だ。おいまさか天使の生身の本体に直撃とか無いよな…?
無言のまま鉈を引き抜いて、天使にトドメを刺すべく上に振りかぶる零式。天使の30式は一瞬よろめいたものの、零式の鉈が振り下ろされる前に鉈を一閃、零式の右腕の肘から先を切り落とし、返す刀で左腕も切り落とした。
両腕を失い、全ての攻撃手段を失った零式に天使の追撃が襲う。フェンシングの突剣の様にダン、ダンと鉈を2度突き立てて、零式の2基の幽炉に確実にトドメを刺した。
そしてその2撃を最後に天使の機体は動こうとはしなかった……。
「…た、田中中尉、ご無事ですか…?」
鈴代ちゃんが恐る恐る問うが、聞いている本人も顔が真っ青だ。天使が無事だなんて欠片も思っていないだろう。
「…………」
天使からの返事は無い。零式が鉈を引き抜いた際に刀身に付着していたと思われる幾つかの血溜まりが、黒い30式の周りに舞う。
《と、とにかく天使と零式を回収しようぜ。まだ望みを捨てるな…》
「…ええ、そうね。あの田中中尉がこんな簡単に死ぬわけ無いものね…」
彼らを回収したいが、3071もダルマ同様で文字通り手も足も出ない。結局グラコワさんや鈴代隊の面々に手伝ってもらって、零式の手足を含む3機を『すざく』に回収してもらった。
グラコロさんは「タカシ…」と一言だけ呟いて、以降ずっと無言だった。
格納庫には俺達を心配したのか長谷川さんも顔を出していた。声は聞こえないが、俺、天使、零式の3機に対して何か指示を出しているようだ。
『すざく』内で3機の検分が行われる。まず零式に関しては完全にイカれていて、その胴体には幽炉を始め再利用出来る部品もほとんど無さそうだった。
3071は両手両足を肘や膝から欠損大破、現在の幽炉の残量は30%。
だが修理すればまだまだイケる。鈴代ちゃんもそのつもりの様だ。やたら苦戦したが零式はまどかの『影』に過ぎない。まだ『鎌付き』とまどかの本体が無傷で残っている。
俺達は、まだこんな所で膝を折る訳にはいかない。
そして3008… いや天使の機体だが、半ばひしゃげたコクピットの中から闘志を剥き出しにして剣を突き出した態勢のまま事切れている天… 田中中尉が発見された……。
目を見開いて勝ち誇った様に口元を歪め、右手を前に突き出して、そのまま亡くなっていた。歴史に残るであろう見事な『立ち往生』だ。
…いや、零式の最後の攻撃によって彼の体は上半身と下半身が、薄皮一枚でかろうじて繋がっている、と言う状態だった。そんな体で今際の際の2撃を放てるなんて人間離れした精神力だよな……。
グラコ… テレーザさんは「周囲を警戒しておくよ」と『すざく』艦内には入らなかった。田中中尉の容態が心配では無いのかな? とも思ったが、状況から見て既に悲しい現実を受け入れた後だったんだろうな……。
鈴代ちゃんや長谷川さん、整備員ら周りにいる全ての人間が3008に敬礼していた。
俺は上げる腕が無いから気持ちだけ敬礼だ。終始ネタ扱いしてしまっていたが、田中中尉が古今例を見ない偉大な戦士であった事は間違い無いだろう。
ここは静かに冥福を祈りたい。
田中天使中尉、地球連合随一の撃墜王。
銀河歴331年、幽炉同盟攻略戦にて戦死。享年28歳。
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帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。
そして邂逅する謎の組織。
萌の物語が始まる。

メトロポリス社へようこそ! ~「役立たずだ」とクビにされたおっさんの就職先は大企業の宇宙船を守る護衛官でした~
アンジェロ岩井
SF
「えっ、クビですか?」
中企業アナハイニム社の事務課に勤める大津修也(おおつしゅうや)は会社の都合によってクビを切られてしまう。
ろくなスキルも身に付けていない修也にとって再転職は絶望的だと思われたが、大企業『メトロポリス』からの使者が現れた。
『メトロポリス』からの使者によれば自身の商品を宇宙の植民星に運ぶ際に宇宙生物に襲われるという事態が幾度も発生しており、そのための護衛役として会社の顧問役である人工頭脳『マリア』が護衛役を務める適任者として選び出したのだという。
宇宙生物との戦いに用いるロトワングというパワードスーツには適性があり、その適性が見出されたのが大津修也だ。
大津にとっては他に就職の選択肢がなかったので『メトロポリス』からの選択肢を受けざるを得なかった。
『メトロポリス』の宇宙船に乗り込み、宇宙生物との戦いに明け暮れる中で、彼は護衛アンドロイドであるシュウジとサヤカと共に過ごし、絆を育んでいくうちに地球上にてアンドロイドが使用人としての扱いしか受けていないことを思い出す。
修也は戦いの中でアンドロイドと人間が対等な関係を築き、共存を行うことができればいいと考えたが、『メトロポリス』では修也とは対照的に人類との共存ではなく支配という名目で動き出そうとしていた。
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