上 下
46 / 80
第四章(最終章)

天使の憂鬱

しおりを挟む
 ~田中視点

 アメリカとソ大連の艦隊が『すざく』を挟むような形で接近して来た。これは決して偶然じゃない、断言できる。

 俺はまだダーリェン基地の部隊の連中との付き合いがそこまで深くないのではっきりとは分からないが、あの連中、いや長谷川大尉と鈴代中尉ピンキーの2人だけは、俺やテレーザ達にも言えない何かを隠している。

 それまでにもあの2人でコソコソと何かを話しているのを見かけた。あれは『既婚者である長谷川さんとピンキーの道ならぬ恋』という雰囲気では無かった。
 どちらかと言うと『何か悪事をしでかしている共犯者達の悪巧み』、或いは『借金の返済に困っている夫婦の相談』の雰囲気に近かったと思う。

 あの『鎌付き』による基地襲撃事件、丙型の女操者(仲村渠香奈)が死んだ後の2人の会話、そこで小耳に挟んだ『まどか』という言葉がどうにも引っかかっていた。

 以前紹介された時に、小うるさい技術士の高橋大尉メガネは、丙型の操者を『かなちゃん』と呼んでいた。
 ピンキーは俺には及ばないものの、トップクラスの撃墜王エースで有名人、確か下の名前は『みゆき』のはずだ。

 じゃあ『まどか』って誰だよ? という疑問が湧くのは当然の事だろう。
 例えば『鎌付き』戦の終盤に、輝甲兵が勝手に墜ちたり動いたりしていた事と関係は無かったのか…? とかな……。

 まぁ実際は大した事じゃない可能性も高い。人名ではなく何かの隠語の可能性だってある。
 それからの近衛隊との戦い、ソ大連とのアレコレ、宇宙への帰還等のイザコザで、俺の中から『まどか』への疑問は消えかかっていた。

 しかし、今になってそれを不意に思い出させた事件は、ピンキーが米軍の輝甲兵をハッキングして『偏向フィルター』とかいう装置を無効化した事だ。

 元々俺達の誰も知らなかった『偏向フィルター』などと言う代物、その解除方法を鈴代あいつはどこでどうやって知り得たのか?

 そしてこの『偏向フィルター』って装置も全く謎だ。ソ大連の基地で東ソの技術士が急遽結託して外しにかかった物であるが、これが輝甲兵を虫に誤認させる装置であった事はとても衝撃的だった。

 そう、俺達はみんな衝撃を受けた。長谷川さんとピンキーと東ソの技術士らを除いて……。

 顔にこそ出さなかったが、俺が受けたショックも相当な物だった。なぜそんな物が輝甲兵に取り付けられているのか? その後、何人か基地の技術士を問い詰めたのだが、答えは一様に「今は話せない」だった。

 俺は正直、小難しい事には関わらずに生きていきたいと思っていた。ただひたすらに目の前の虫を狩る、名声は後から勝手にいてくる。それだけのシンプルな人生で良かった。

 だが運命の神様は俺にそこまでシンプルな人生を送らせてはくれないらしい。この『すざく』に居る以上、『鎌付き』を追う以上、何だかよく分からないが、世界のややこしい事情の渦中で生き抜いて行くしかないようだ。


 さて米ソの艦隊は双方とも通信が通じていないらしい。意図的に俺達との通信を遮断しているのではなく、全体的に無線を封鎖している様な感じだ。米ソの両艦隊とも、だ。
 明らかにおかしい。こちらには米軍の国境警備艦隊もいるし、ソ大連のテレーザの部隊もいる。何より今更米ソと戦う理由が無い。

 俺達の任務は『鎌付き』の追跡、撃滅だ。ソ大連は黙って見送れば良いだけだし、米連は俺達が奴らの法を侵さない限り、そのまま通行を見逃せば良い。

 なのにこの嫌らしいまでのプレッシャーは尋常では無い。
 ややこしい事情に関わりたくは無いが、何も知らずに死にたくない、という気持ちもある。米ソの思惑がどうであれ、生き延びなければ話にもならないのだ。

『すざく』の格納庫、第2戦闘配備の中、出撃を控えて待機している俺の3008サンマルマルハチに長谷川大尉が顔を出してきた。

「…珍しいスね。長谷川さんアンタが俺の所に来るなんて」

 彼の意図がまるで掴めずに、俺はいつも通り斜に構えた言葉をかける。

 長谷川大尉には新兵時代にとても世話になった。この人が俺の操者としての素質を見抜いて、操者訓練課程に推薦してくれたからこそ、操者としての今の俺があると言えるだろう。

 だから今でも何となく頭が上がらないし、無茶な頼み事とかをされても断れないでいる。
 彼には感謝しているし、尊敬もしている。だがその人柄が好きか嫌いか? と問われれば、俺は即座に「嫌い」と答えるだろうな。

「いや、お前には色々無理させて済まないなぁ、と思ってな…」

「…何言ってンすか今更。俺は好きな様にやってるだけッスよ」

「そうか… なら良いんだが。ソ大連の方はグラコワ大尉の部隊が説得に当たってくれる。田中おまえと鈴代の隊は米軍担当だ。『アーカム』ら国境警備艦隊が今、米艦隊と連絡を試みているが、芳しい結果が出ていない。このまま戦闘になった場合に出番があるかも知れん」

「…そりゃまたのんびりとした作戦で。んで? またペイント弾で目潰しかい?」

「是非ともそうしたい所だが、『アーカム』の物を借りてもペイント弾の在庫があまり無い。1人につき弾倉マガジン1つしか回せないだろうな」

「…へぇ、んじゃあ実弾で米艦隊とやりあっていいって事スか?」

「自衛に限り、という条件は付くがな。今回は相手の数が多すぎる。 ……田中頼む、鈴代達を守ってやってくれ」

「…アンタにしては弱気ッスね。誰かを守る戦いなんて俺がする訳無いでしょう?」

「変に悪ぶるな。核ミサイルの時にお前が鈴代を守ってくれた事を知らないとでも思ってるのか?」

 …ちっ、だからこのオッサンは嫌いなんだよ……。

「…そしたら鈴代の部下の分のペイント弾も俺に下さいよ。奴らにはその分、甲-四種装備でも付けさせて守りを固めさせりゃいい」

「全員分の装甲板は無いけど、分散して装着させるか… よしそれで行こう。頼んだぞ、田中」

 色々頼まれた気もするけど、要は『いつも通り』暴れれば解決しそうな気もする。

「…それは良いけど、いい加減俺にもアンタらが隠している事を教えて欲しいんですがねぇ?」

「うん? おお… まぁそろそろだな、とは思ってるけど… 何にせよ今回のイザコザが片付いてからだ。 …おっと出撃の時間だぞ、じゃあ頼むぜ撃墜王エース3008俺の機体壊すなよ!」

 そう言って長谷川大尉は離れて行った。もう3008これは俺の機体だっつーの。


『すざく』から全ての輝甲兵が発進する。俺とピンキーの小隊、『アーカム』の輝甲兵部隊は米艦隊に、テレーザの部隊はソ大連艦隊に向き合う。
 依然どちらも通信は繋がらないらしい。やがて両艦隊からほぼ同時に輝甲兵部隊が発進、展開される。

「米戦艦『マサチューセッツ』を確認、米連第3艦隊に間違いありません。ソ大連の旗艦は… 戦艦『スターリングラード』。あ、両軍が輝甲兵を展開しました。米軍が120、ソ大連は150です!」

『すざく』オペレーターからの緊迫した通信が入る。合計30に及ぶ艦船と、270の輝甲兵が一度に敵になるかも知れん状況、迎え撃つ俺達は『アーカム』の部隊を入れても40機強。戦力比およそ1:7というこの緊張感。

 ここで俺は自分がニヤリと笑っている事に気がついた。
 我ながら救えない性格をしていると思う。零式ならともかく、今の30サンマル式で、あの数相手にどこまで戦えるかは分からない。
 それでも俺の中の『修羅』とでも言うべき物が、暴れたがってウズウズしているのを感じられた。

「米軍の輝甲兵の中に特機を発見! あれは… 『コロッサス』です! 地球連合撃墜王ランク第2位の『コロッサス』が相手の中にいます!」

 それを聞き、俺は前方の画像の望遠を最大にする。米軍の輝甲兵の集団の中に、一際異彩を放つ巨大な輝甲兵が混じっていた。

 ソ大連の『鎌付き』… いや『T-1』は横幅こそ大きいが、高さは24フタヨン式や30サンマル式とそう変わらない。だがこの『コロッサス』は伝説の『ロードス島の巨神兵』の名に相応しく、縦も横も普通の輝甲兵の5割増しくらいの大きさがあるヘビー級だ。

 素で甲-四種装備をしている様なマッシブな重装甲、そして左肩から生える大口径ビーム砲。実物を見るのは初めてだが、話に聞いていた特機『コロッサス』そのままだった。

 …ほぉ、あのコロッサスが相手か… こりゃあ楽しみが増えちまったな……。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

SNSの使い方

花柳 都子
ミステリー
 ある日、無実の罪でアルバイトをクビになった綿貫千春は、ひょんなことから小さな編集社の旅雑誌公式SNSプロジェクトを手伝うことに。  旅雑誌といえばキラキラしてワクワクして、見ているだけで幸せな気持ちになれる、はずなのに。  不運続きの千春にとって、他人のSNSなど微塵も興味がなく、いっそ消えてなくなればいいとさえ思っていた為、実際のところ全くもって熱が入らなかった。  それでも相棒となった記者の風月七緒は、千春の仕事ぶりを認め、取材で関わる全ての人に敬意を払い、どんなに小さな仕事に対しても真っ直ぐ、懸命に向き合う。そんな姿に千春は徐々に心を動かされていく。  彼らは行く先々で必ずトラブルに巻き込まれるが、千春はその度にその土地の人々の葛藤や迷いが、そしてその人たちにしか分からない愛や幸せがあることを知る。  自分にとっての幸せとは、SNSを見る人たちの日常の喜びとは、全ての人にとってのこの世界とは、一体何なのか。  人生一度目の壁にぶつかる若き青年と、人類全ての幸福を願う文系ヒーローの熱くもあたたかい物語。  SNSを通して本当の幸せを見つけたいあなたへ、心からの愛を込めて。

スマホ・クロニクル ~悪のAI政府に挑む少女のレンズ越しスマホ戦記~

月城 友麻
SF
AIに支配された未来都市東京、そこでAIに抵抗するレジスタンスの少年は瓦礫の中に楽しそうにネコと遊ぶ少女を見た。なんと、少女はスマホカメラを使って軽々とAIのロボットたちをせん滅していく。 少年は少女に人類の未来を託し、AI支配の象徴である高さ三キロのタワーを打ち倒しに風の塔を目指した……。  来たるべき未来、少年と少女が人類の未来を勝ち取るため最強AIに立ち向かう冒険ストーリーです。お楽しみください(´▽`*)

あなたに嘘を一つ、つきました

小蝶
恋愛
 ユカリナは夫ディランと政略結婚して5年がたつ。まだまだ戦乱の世にあるこの国の騎士である夫は、今日も戦地で命をかけて戦っているはずだった。彼が戦地に赴いて3年。まだ戦争は終わっていないが、勝利と言う戦況が見えてきたと噂される頃、夫は帰って来た。隣に可愛らしい女性をつれて。そして私には何も告げぬまま、3日後には結婚式を挙げた。第2夫人となったシェリーを寵愛する夫。だから、私は愛するあなたに嘘を一つ、つきました…  最後の方にしか主人公目線がない迷作となりました。読みづらかったらご指摘ください。今さらどうにもなりませんが、努力します(`・ω・́)ゞ

ヘリオポリスー九柱の神々ー

soltydog369
ミステリー
古代エジプト 名君オシリスが治めるその国は長らく平和な日々が続いていた——。 しかし「ある事件」によってその均衡は突如崩れた。 突如奪われた王の命。 取り残された兄弟は父の無念を晴らすべく熾烈な争いに身を投じていく。 それぞれの思いが交錯する中、2人が選ぶ未来とは——。 バトル×ミステリー 新感覚叙事詩、2人の復讐劇が幕を開ける。

仕舞屋蘭方医 根古屋冲有 お江戸事件帖 人魚とおはぎ

藍上イオタ
歴史・時代
【11/22刊行】「第9回歴史・時代小説大賞」特別賞受賞作 ときは文化文政。 正義感が強く真っ直ぐな青年「犬飼誠吾」は、与力見習いとして日々励んでいた。 悩みを抱えるたび誠吾は、親友である蘭方医「根古屋冲有」のもとを甘味を持って訪れる。 奇人変人と恐れられているひねくれ者の根古屋だが、推理と医術の腕はたしかだからだ。 ふたりは力を合わせて、江戸の罪を暴いていく。 身分を超えた友情と、下町の義理人情。 江戸の風俗を織り交ぜた、医療ミステリーの短編連作。  2023.7.22「小説家になろう」ジャンル別日間ランキング 推理にて1位  2023.7.25「小説家になろう」ジャンル別週間ランキング 推理にて2位  2023.8.13「小説家になろう」ジャンル月週間ランキング 推理にて3位  2023.8.07「アルファポリス」歴史・時代ジャンルにて1位 になりました。  ありがとうございます!  書籍化にあたり、タイトルを変更しました。  旧『蘭方医の診療録 』  新『仕舞屋蘭方医 根古屋冲有 お江戸事件帖 人魚とおはぎ』

レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直
SF
地球人類が初めて地球外人類と出会った辺境惑星『遼州』の連合国家群『遼州同盟』。 その有力国のひとつ東和共和国に住むごく普通の大学生だった神前誠(しんぜんまこと)。彼は就職先に困り、母親の剣道場の師範代である嵯峨惟基を頼り軍に人型兵器『アサルト・モジュール』のパイロットの幹部候補生という待遇でなんとか入ることができた。 しかし、基礎訓練を終え、士官候補生として配属されたその嵯峨惟基が部隊長を務める部隊『遼州同盟司法局実働部隊』は巨大工場の中に仮住まいをする肩身の狭い状況の部隊だった。 さらに追い打ちをかけるのは個性的な同僚達。 直属の上司はガラは悪いが家柄が良いサイボーグ西園寺かなめと無口でぶっきらぼうな人造人間のカウラ・ベルガーの二人の女性士官。 他にもオタク趣味で意気投合するがどこか食えない女性人造人間の艦長代理アイシャ・クラウゼ、小さな元気っ子野生農業少女ナンバルゲニア・シャムラード、マイペースで人の話を聞かないサイボーグ吉田俊平、声と態度がでかい幼女にしか見えない指揮官クバルカ・ランなど個性の塊のような面々に振り回される誠。 しかも人に振り回されるばかりと思いきや自分に自分でも自覚のない不思議な力、「法術」が眠っていた。 考えがまとまらないまま初めての宇宙空間での演習に出るが、そして時を同じくして同盟の存在を揺るがしかねない同盟加盟国『胡州帝国』の国権軍権拡大を主張する独自行動派によるクーデターが画策されいるという報が届く。 誠は法術師専用アサルト・モジュール『05式乙型』を駆り戦場で何を見ることになるのか?そして彼の昇進はありうるのか?

毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色
SF
 西暦2320年、世界は寄生菌『珊瑚』がもたらす不治の病、『珊瑚症』に蝕まれていた。  珊瑚症に罹患した者はステージの進行と共に異形となり凶暴化し、生物災害【バイオハザード】を各地で引き起こす。  その珊瑚症の感染者が引き起こす生物災害を鎮める切り札は、毒素を宿す有毒人種《ウミヘビ》。  彼らは一人につき一つの毒素を持つ。  医師モーズは、その《ウミヘビ》を管理する研究所に奇縁によって入所する事となった。  彼はそこで《ウミヘビ》の手を借り、生物災害鎮圧及び珊瑚症の治療薬を探究することになる。  これはモーズが、治療薬『テリアカ』を作るまでの物語である。  ……そして個性豊か過ぎるウミヘビと、同僚となる癖の強いクスシに振り回される物語でもある。 ※《ウミヘビ》は毒劇や危険物、元素を擬人化した男子になります ※研究所に所属している職員《クスシヘビ》は全員モデルとなる化学者がいます ※この小説は国家資格である『毒物劇物取扱責任者』を覚える為に考えた話なので、日本の法律や規約を世界観に採用していたりします。 参考文献 松井奈美子 一発合格! 毒物劇物取扱者試験テキスト&問題集 船山信次  史上最強カラー図解 毒の科学 毒と人間のかかわり 齋藤勝裕  毒の科学 身近にある毒から人間がつくりだした化学物質まで 鈴木勉   毒と薬 (大人のための図鑑) 特別展「毒」 公式図録 くられ、姫川たけお 毒物ずかん: キュートであぶない毒キャラの世界へ ジェームス・M・ラッセル著 森 寛敏監修 118元素全百科 その他広辞苑、Wikipediaなど

【総集編】未来予測短編集

Grisly
SF
⭐︎登録お願いします。未来はこうなる! 当たったら恐ろしい、未来予測達。 SF短編小説。ショートショート集。 これだけ出せば 1つは当たるかも知れません笑

処理中です...