44 / 80
第四章(最終章)
世界の抱える事情
しおりを挟む
時は少し戻って『すざく』がソ大連(ソビエト大連邦)第5前哨基地を出立して宇宙に出る直前。
荘厳な執務室、1人の老人が書類のチェック作業をしている。彼の名はウラジミール・カポレフ。ソ大連政府与党である共産党の現書記長、実質的な独裁者である。
年齢こそ82歳と高齢だが、その目の輝きは年齢と実績に裏打ちされた確かな自信を得た事で、若い頃よりも光を増し『視線だけで人を射殺せる』とまで噂される人物である。
その彼の執務室の扉がノックされ、返事を待たずに彼の秘書が入室する。秘書は緊迫した面持ちでカポレフに告げる。
「同志書記長、第5前哨基地の政治局員マリンコフ少佐から緊急入電、大東亜連邦の新鋭戦艦『すざく』と接触した事により、基地職員全員が思想汚染された、との事です。確認して詳細を得ようとしたのですが、同志マリンコフは既に自死した後の様でした」
「…どういう事だね?」
カポレフの視線に刺されて秘書が硬直する。報告に来ただけで彼には何の咎も無いのだが、マリンコフの不手際の責任を自分が取らされるのではないか? と恐怖するくらいにはカポレフの目は不機嫌さを孕んでいた。
「は、基地の技術士に確認を取ったところ、第6前哨基地を壊滅させた反逆者を追っていた部隊が東亜(大東亜連邦)の部隊と遭遇、なぜか戦闘にならずに合流、第5前哨基地へと帰投、基地全体が汚染、という流れだそうです」
訝しむカポレフ。常識的に考えてそんな事はありえないのだ。
「なぜ戦闘にならなかったのかね? 東亜とソ大連は現在戦争状態で、お互いの人型飛行戦車は『虫』として認識されるはずだろう?」
「それが、どうやら東亜の連中は『偏向フィルター』の存在を認知しているらしく、虫が『設定として作られた敵』であると理解していた様です」
「ばかな?! 東亜の技術士が裏切ったのか? でなければ東亜が連合を無視して国家方針を勝手に変えたのか…?」
「なんでも我が軍との遭遇時に、東亜軍同士で戦闘が行われていたらしく、恐らくは東亜の『粛清部隊』と反乱勢力との戦闘中だったと思われます。それらをまとめて虫と誤認した我が軍が戦闘に介入、東亜の『すざく』部隊による汚染を受けたものと判断されます」
「ふむ、その件について東亜は何と?」
「まだ何も… 確認された方がよろしいかと…」
神妙な面持ちで秘書が静かに進言した。
「うむ、クスノキへホットラインを繋げ」
正面の壁に備え付けられている大型モニターに、立派な髭をたくわえた、厳つい顔の壮年男性が映し出される。彼こそ大東亜連邦の現内閣総理大臣、楠木 宗太郎である。
「これはこれは書記長閣下、直接の呼び出しとは珍しい。いかがされましたかな?」
カポレフに負けず劣らず鋭い眼差しを持つ楠木が、さも迷惑である、と言わんばかりの言葉を画面の中のカポレフに投げつけた。
逆にカポレフは感情を殺した口調で淡々と語りだす。
「楠木総理、貴国の新型戦艦『すざく』により、我が国の前哨基地がまるごと1つ思想汚染された。これは明らかな連合法違反だ。粗方の調べはついているぞ? この件について釈明を求めたい」
カポレフの言葉に楠木の顔色が一気に青ざめる。『すざく』の件は東亜も東亜で、とても頭の痛い問題として認識されていたのだ。
『大連基地の操者数名が幽炉の秘密に気がついた』という連絡が縞原重工の丑尾技術士から届いた。
いつもの様に縞原の飼っている処理部隊を向かわせて、その操者を逮捕するなり事故死させるなりして処断する。楠木はその結果だけを聞いて書類に判を押す、それだけで何事も無く終わるはずだった。
しかし、作戦の為に補給用シャトル『はまゆり』に乗り込んだ処理部隊は、その直後に全員が音信不通となる。
丁度その時、大連基地は謎の輝甲兵(鎌付き)による襲撃を受けており、処理部隊は避難した先のシェルターが虚空現象により消滅した為に、何事も成せずして全滅してしまったのだ。
やがて基地司令代行を名乗る長谷川という大尉によって、上記の襲撃の件が伝えられ、救援の艦の派遣を求めてきた。
国籍不明の輝甲兵の襲撃は、それこそ寝耳に水だった。成文化されていない裏の連合法によって、輝甲兵による戦争行為は『絶対に人目に付かないように』行われる必要がある。
輝甲兵の偏向フィルターと人間の目視の併用は、人類の敵である虫が本当は外国の輝甲兵である、という『真実』が露見してしまう為に、絶対に忌避すべき事態なのだ。
件の輝甲兵の映像を見たが、特機であるらしくデザインが奇抜で、出自がはっきりしない。ただ現在東亜と戦争中のソ大連製である事は想像に難くないが、ソ大連の秘密主義によって特機のデザインその他が諸外国に知らされておらず、そのため証拠が無いので糾弾も出来ない。
要請された救援部隊に再び処理部隊を忍ばせる事も可能だが、大連基地の連中に特殊部隊への対策を取られている可能性もある。
基地を襲撃した輝甲兵は友軍のシャトルを強奪して宇宙に上がったらしい。それは台湾上空の補給基地部隊に捕捉され、遁走しているのが確認されている。
大連基地の連中は先ず間違いなく虫=輝甲兵である事を知っている。過去のケースの様に1人や2人では無く基地ぐるみの話だ。特殊部隊を数名送ってどうなる物でも無いだろう。
なれば強襲部隊を送り込んで、一気に殲滅する他無いではないか。
しかしそこで満を持して投入した新鋭艦『すざく』と、虎の子の近衛師団が、大連基地の抵抗にあい作戦を失敗したばかりか、『すざく』内部でも艦長、永尾大佐の乱心により基地勢力に転向し、賊徒に『足』と『家』を同時に与えてしまう結果となったのだ。
直後に秘蔵されていた核兵器によって基地ごと消そうとするも、これも失敗。爆発によって生じた電磁波による電波障害で『すざく』の足取りを見失う、という失点も加算されていた。
これらの状況は逐一首相の楠木の元へと届けられていたのだが、最初から最後まで有効な手段が何一つ打てないまま、東亜の軍首脳部は楠木の叱責を受け続ける事になる。
そこでカポレフ書記長からのホットラインである。楠木は己の胃がキリキリと音を立てて軋むのを感じた。
「『すざく』は現在国家反逆罪で追跡中です。艦長の永尾は代々名将を輩出した家柄で、情操面でも信頼の置ける人物でした。それが反乱を起こすなど、外国勢力による離反工作の可能性も論じられております」
内心の動揺を隠すべく、逆に相手を非難する楠木、しかしそれを受けてもカポレフは眉一つ動かさずに淡々と答える。
「言いたい事は以上かな? クスノキソウリダイジン。私は貴方に質問をしたのだよ。それに答えてくれないかね?」
「…………」
下を向き沈黙する楠木、国家の代表としてあるまじき姿であるが、逃げ道を完全に塞がれている現在、彼には何かの言い訳を考える以外に行動の選択肢が無い。
勝利を確信し小さな自尊心を満たしたカポレフも目を細め表情を緩める。
ソ大連とて清廉潔白では無い。元々の発端はミェチェスキー少佐の操る『T-1』が反乱を起こした事なのだ。東亜の件はそれが飛び火しただけに過ぎない。
問題は飛び火した先で大炎上を起こしている事なのだ。
ミェチェスキー少佐がなぜ東亜の基地を襲ったのか理由は不明だが、事情はどうあれ連合法破りはソ大連が先である。
東亜も謎の輝甲兵の存在は知っていても、ソ大連との関係までは暴ききれなかった様だ。その証拠があの楠木の態度である。
「まぁ安心したまえ楠木総理、似たような事例は初めてじゃない。私はこの件を『連合会議』に上げようかと思っているのだよ」
「『連合会議』ですって? それほどの事では…」
「事態はもう『それほどの事』なのだよ楠木総理。君も当事者の自覚を持って欲しいものだね」
カポレフのその言葉に再び沈黙する楠木。
連合会議とは地球連合の最高決議機関である。4大国の代表と連合政府の事務局長とが各々1票ずつ持って議題に対して投票する。全5票のうち3票獲得した案件は可決され実行に移される、という仕組みだ。
「私の言いたい事は1点だけだ楠木。私は会議で『すざく』部隊の1人も逃さぬ完全なる殲滅を提案する。君にはそれに賛成票を入れて欲しい。連合の役人は問題無いが、全米連合と欧州帝国の麦わら頭どもは『すざく』の技術欲しさに反対するかも知れん。君とて『技術を取るか、命を取るか?』と聞かれれば、答えは明白だろう…?」
楠木は何も言えない。
「地球連合70億の人間の命が掛かっている議題なのだ。慎重かつ賢明な判断をされる事を祈っているよ、クスノキ」
通信が切られ、カポレフの執務室に静寂が訪れる。カポレフは数秒間、何かを思案した後に秘書に指示を与えた。
「宇宙に出た『すざく』の足取りを追え。補給基地に寄るようなら、幽炉以外の物資はくれてやってもいい。ただし『絶対に寄港させるな』これ以上の思想汚染を広められては敵わん。体良く追い払え。最後に第1艦隊を総動員して『すざく』の追跡に当たらせろ。折を見て一斉に叩く」
カポレフの言葉に秘書は狼狽えた声を出す。
「し、しかし閣下、第1艦隊は首都の守りの要です。動かしてしまうと首都の防衛戦力が…」
秘書の言葉にもカポレフは眉一つの動かさない。
「誰がここに攻めてくると言うのだね? ヤケを起こした東亜が艦隊を送り込んで来るとでも…?」
「…了解です。攻撃のタイミングは如何ように?」
「奴らが国境を越えたあたりで、我々と越えた先の出してきた艦隊の2カ国分の火力を叩き込め。仮に奴らがどれだけ強くても、単艦では2個艦隊の波状攻撃には耐えられまい」
「しかし本当に沈めてしまってよろしいのですか? 『すざく』の持つ幽炉並列稼働の技術があれば、我が国も柔軟な艦隊運用が…」
「構わんよ。情報部によれば東亜では現在『すざく』の2番艦『げんぶ』を建造中らしい。今回の貸しの精算で東亜から技術を流してもらうか、その艦の無期限貸与をさせるなりすればよかろう」
「…了解しました。さすがの慧眼です同志書記長」
共産党では書記長の言葉は絶対だ。疑問を挟むことは粛清の理由にすらなりうる行為である。
しかしカポレフは、秘書に敢えて『疑問に思った事は問わせる』習慣を付ける様に教えていた。
人民を支配する為には、政治に対する人民の思考放棄は大事なファクターだ。しかし将来共産党の幹部となる者は、しっかりと戦略のビジョンを見られる者でなければならない。
『思考を放棄するな。やがては自分で考えられる様になれ。正しい革命の道へと』
カポレフ自身もそうやって今の地位を得てきたのだった。
「『虫の真実』は守られねばならない。世界に公表してはならない。許された人間以外が知ってはいけない。そうでなければ人類がこの50年やってきた事が全て無駄になってしまう。それは地球連合の300年の歴史に対する不信を生む。今ここで連合が瓦解する様な事があれば、いよいよ人類は滅びてしまう。そしてもし仮に連合が滅んでも、我がソ大連だけは生き延びねばならない。そうだろう…?」
そこでカポレフは何かを思い出した様に手を叩いた。
「そうそう、忘れる所だった。ティンダ基地の『消毒』を必ずしておくようにな」
そう言って秘書に微笑んだカポレフの眼には、決意を超えた狂気の色さえ窺えた。
荘厳な執務室、1人の老人が書類のチェック作業をしている。彼の名はウラジミール・カポレフ。ソ大連政府与党である共産党の現書記長、実質的な独裁者である。
年齢こそ82歳と高齢だが、その目の輝きは年齢と実績に裏打ちされた確かな自信を得た事で、若い頃よりも光を増し『視線だけで人を射殺せる』とまで噂される人物である。
その彼の執務室の扉がノックされ、返事を待たずに彼の秘書が入室する。秘書は緊迫した面持ちでカポレフに告げる。
「同志書記長、第5前哨基地の政治局員マリンコフ少佐から緊急入電、大東亜連邦の新鋭戦艦『すざく』と接触した事により、基地職員全員が思想汚染された、との事です。確認して詳細を得ようとしたのですが、同志マリンコフは既に自死した後の様でした」
「…どういう事だね?」
カポレフの視線に刺されて秘書が硬直する。報告に来ただけで彼には何の咎も無いのだが、マリンコフの不手際の責任を自分が取らされるのではないか? と恐怖するくらいにはカポレフの目は不機嫌さを孕んでいた。
「は、基地の技術士に確認を取ったところ、第6前哨基地を壊滅させた反逆者を追っていた部隊が東亜(大東亜連邦)の部隊と遭遇、なぜか戦闘にならずに合流、第5前哨基地へと帰投、基地全体が汚染、という流れだそうです」
訝しむカポレフ。常識的に考えてそんな事はありえないのだ。
「なぜ戦闘にならなかったのかね? 東亜とソ大連は現在戦争状態で、お互いの人型飛行戦車は『虫』として認識されるはずだろう?」
「それが、どうやら東亜の連中は『偏向フィルター』の存在を認知しているらしく、虫が『設定として作られた敵』であると理解していた様です」
「ばかな?! 東亜の技術士が裏切ったのか? でなければ東亜が連合を無視して国家方針を勝手に変えたのか…?」
「なんでも我が軍との遭遇時に、東亜軍同士で戦闘が行われていたらしく、恐らくは東亜の『粛清部隊』と反乱勢力との戦闘中だったと思われます。それらをまとめて虫と誤認した我が軍が戦闘に介入、東亜の『すざく』部隊による汚染を受けたものと判断されます」
「ふむ、その件について東亜は何と?」
「まだ何も… 確認された方がよろしいかと…」
神妙な面持ちで秘書が静かに進言した。
「うむ、クスノキへホットラインを繋げ」
正面の壁に備え付けられている大型モニターに、立派な髭をたくわえた、厳つい顔の壮年男性が映し出される。彼こそ大東亜連邦の現内閣総理大臣、楠木 宗太郎である。
「これはこれは書記長閣下、直接の呼び出しとは珍しい。いかがされましたかな?」
カポレフに負けず劣らず鋭い眼差しを持つ楠木が、さも迷惑である、と言わんばかりの言葉を画面の中のカポレフに投げつけた。
逆にカポレフは感情を殺した口調で淡々と語りだす。
「楠木総理、貴国の新型戦艦『すざく』により、我が国の前哨基地がまるごと1つ思想汚染された。これは明らかな連合法違反だ。粗方の調べはついているぞ? この件について釈明を求めたい」
カポレフの言葉に楠木の顔色が一気に青ざめる。『すざく』の件は東亜も東亜で、とても頭の痛い問題として認識されていたのだ。
『大連基地の操者数名が幽炉の秘密に気がついた』という連絡が縞原重工の丑尾技術士から届いた。
いつもの様に縞原の飼っている処理部隊を向かわせて、その操者を逮捕するなり事故死させるなりして処断する。楠木はその結果だけを聞いて書類に判を押す、それだけで何事も無く終わるはずだった。
しかし、作戦の為に補給用シャトル『はまゆり』に乗り込んだ処理部隊は、その直後に全員が音信不通となる。
丁度その時、大連基地は謎の輝甲兵(鎌付き)による襲撃を受けており、処理部隊は避難した先のシェルターが虚空現象により消滅した為に、何事も成せずして全滅してしまったのだ。
やがて基地司令代行を名乗る長谷川という大尉によって、上記の襲撃の件が伝えられ、救援の艦の派遣を求めてきた。
国籍不明の輝甲兵の襲撃は、それこそ寝耳に水だった。成文化されていない裏の連合法によって、輝甲兵による戦争行為は『絶対に人目に付かないように』行われる必要がある。
輝甲兵の偏向フィルターと人間の目視の併用は、人類の敵である虫が本当は外国の輝甲兵である、という『真実』が露見してしまう為に、絶対に忌避すべき事態なのだ。
件の輝甲兵の映像を見たが、特機であるらしくデザインが奇抜で、出自がはっきりしない。ただ現在東亜と戦争中のソ大連製である事は想像に難くないが、ソ大連の秘密主義によって特機のデザインその他が諸外国に知らされておらず、そのため証拠が無いので糾弾も出来ない。
要請された救援部隊に再び処理部隊を忍ばせる事も可能だが、大連基地の連中に特殊部隊への対策を取られている可能性もある。
基地を襲撃した輝甲兵は友軍のシャトルを強奪して宇宙に上がったらしい。それは台湾上空の補給基地部隊に捕捉され、遁走しているのが確認されている。
大連基地の連中は先ず間違いなく虫=輝甲兵である事を知っている。過去のケースの様に1人や2人では無く基地ぐるみの話だ。特殊部隊を数名送ってどうなる物でも無いだろう。
なれば強襲部隊を送り込んで、一気に殲滅する他無いではないか。
しかしそこで満を持して投入した新鋭艦『すざく』と、虎の子の近衛師団が、大連基地の抵抗にあい作戦を失敗したばかりか、『すざく』内部でも艦長、永尾大佐の乱心により基地勢力に転向し、賊徒に『足』と『家』を同時に与えてしまう結果となったのだ。
直後に秘蔵されていた核兵器によって基地ごと消そうとするも、これも失敗。爆発によって生じた電磁波による電波障害で『すざく』の足取りを見失う、という失点も加算されていた。
これらの状況は逐一首相の楠木の元へと届けられていたのだが、最初から最後まで有効な手段が何一つ打てないまま、東亜の軍首脳部は楠木の叱責を受け続ける事になる。
そこでカポレフ書記長からのホットラインである。楠木は己の胃がキリキリと音を立てて軋むのを感じた。
「『すざく』は現在国家反逆罪で追跡中です。艦長の永尾は代々名将を輩出した家柄で、情操面でも信頼の置ける人物でした。それが反乱を起こすなど、外国勢力による離反工作の可能性も論じられております」
内心の動揺を隠すべく、逆に相手を非難する楠木、しかしそれを受けてもカポレフは眉一つ動かさずに淡々と答える。
「言いたい事は以上かな? クスノキソウリダイジン。私は貴方に質問をしたのだよ。それに答えてくれないかね?」
「…………」
下を向き沈黙する楠木、国家の代表としてあるまじき姿であるが、逃げ道を完全に塞がれている現在、彼には何かの言い訳を考える以外に行動の選択肢が無い。
勝利を確信し小さな自尊心を満たしたカポレフも目を細め表情を緩める。
ソ大連とて清廉潔白では無い。元々の発端はミェチェスキー少佐の操る『T-1』が反乱を起こした事なのだ。東亜の件はそれが飛び火しただけに過ぎない。
問題は飛び火した先で大炎上を起こしている事なのだ。
ミェチェスキー少佐がなぜ東亜の基地を襲ったのか理由は不明だが、事情はどうあれ連合法破りはソ大連が先である。
東亜も謎の輝甲兵の存在は知っていても、ソ大連との関係までは暴ききれなかった様だ。その証拠があの楠木の態度である。
「まぁ安心したまえ楠木総理、似たような事例は初めてじゃない。私はこの件を『連合会議』に上げようかと思っているのだよ」
「『連合会議』ですって? それほどの事では…」
「事態はもう『それほどの事』なのだよ楠木総理。君も当事者の自覚を持って欲しいものだね」
カポレフのその言葉に再び沈黙する楠木。
連合会議とは地球連合の最高決議機関である。4大国の代表と連合政府の事務局長とが各々1票ずつ持って議題に対して投票する。全5票のうち3票獲得した案件は可決され実行に移される、という仕組みだ。
「私の言いたい事は1点だけだ楠木。私は会議で『すざく』部隊の1人も逃さぬ完全なる殲滅を提案する。君にはそれに賛成票を入れて欲しい。連合の役人は問題無いが、全米連合と欧州帝国の麦わら頭どもは『すざく』の技術欲しさに反対するかも知れん。君とて『技術を取るか、命を取るか?』と聞かれれば、答えは明白だろう…?」
楠木は何も言えない。
「地球連合70億の人間の命が掛かっている議題なのだ。慎重かつ賢明な判断をされる事を祈っているよ、クスノキ」
通信が切られ、カポレフの執務室に静寂が訪れる。カポレフは数秒間、何かを思案した後に秘書に指示を与えた。
「宇宙に出た『すざく』の足取りを追え。補給基地に寄るようなら、幽炉以外の物資はくれてやってもいい。ただし『絶対に寄港させるな』これ以上の思想汚染を広められては敵わん。体良く追い払え。最後に第1艦隊を総動員して『すざく』の追跡に当たらせろ。折を見て一斉に叩く」
カポレフの言葉に秘書は狼狽えた声を出す。
「し、しかし閣下、第1艦隊は首都の守りの要です。動かしてしまうと首都の防衛戦力が…」
秘書の言葉にもカポレフは眉一つの動かさない。
「誰がここに攻めてくると言うのだね? ヤケを起こした東亜が艦隊を送り込んで来るとでも…?」
「…了解です。攻撃のタイミングは如何ように?」
「奴らが国境を越えたあたりで、我々と越えた先の出してきた艦隊の2カ国分の火力を叩き込め。仮に奴らがどれだけ強くても、単艦では2個艦隊の波状攻撃には耐えられまい」
「しかし本当に沈めてしまってよろしいのですか? 『すざく』の持つ幽炉並列稼働の技術があれば、我が国も柔軟な艦隊運用が…」
「構わんよ。情報部によれば東亜では現在『すざく』の2番艦『げんぶ』を建造中らしい。今回の貸しの精算で東亜から技術を流してもらうか、その艦の無期限貸与をさせるなりすればよかろう」
「…了解しました。さすがの慧眼です同志書記長」
共産党では書記長の言葉は絶対だ。疑問を挟むことは粛清の理由にすらなりうる行為である。
しかしカポレフは、秘書に敢えて『疑問に思った事は問わせる』習慣を付ける様に教えていた。
人民を支配する為には、政治に対する人民の思考放棄は大事なファクターだ。しかし将来共産党の幹部となる者は、しっかりと戦略のビジョンを見られる者でなければならない。
『思考を放棄するな。やがては自分で考えられる様になれ。正しい革命の道へと』
カポレフ自身もそうやって今の地位を得てきたのだった。
「『虫の真実』は守られねばならない。世界に公表してはならない。許された人間以外が知ってはいけない。そうでなければ人類がこの50年やってきた事が全て無駄になってしまう。それは地球連合の300年の歴史に対する不信を生む。今ここで連合が瓦解する様な事があれば、いよいよ人類は滅びてしまう。そしてもし仮に連合が滅んでも、我がソ大連だけは生き延びねばならない。そうだろう…?」
そこでカポレフは何かを思い出した様に手を叩いた。
「そうそう、忘れる所だった。ティンダ基地の『消毒』を必ずしておくようにな」
そう言って秘書に微笑んだカポレフの眼には、決意を超えた狂気の色さえ窺えた。
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
蒼穹の裏方
Flight_kj
SF
日本海軍のエンジンを中心とする航空技術開発のやり直し
未来の知識を有する主人公が、海軍機の開発のメッカ、空技廠でエンジンを中心として、武装や防弾にも口出しして航空機の開発をやり直す。性能の良いエンジンができれば、必然的に航空機も優れた機体となる。加えて、日本が遅れていた電子機器も知識を生かして開発を加速してゆく。それらを利用して如何に海軍は戦ってゆくのか?未来の知識を基にして、どのような戦いが可能になるのか?航空機に関連する開発を中心とした物語。カクヨムにも投稿しています。
ちっちゃくなった俺の異世界攻略
鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた!
精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!
凡人がおまけ召喚されてしまった件
根鳥 泰造
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。
仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。
それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。
異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。
最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。
だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。
祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。
Night Sky
九十九光
SF
20XX年、世界人口の96%が超能力ユニゾンを持っている世界。この物語は、一人の少年が、笑顔、幸せを追求する物語。すべてのボカロPに感謝。モバスペBOOKとの二重投稿。
願いの守護獣 チートなもふもふに転生したからには全力でペットになりたい
戌葉
ファンタジー
気付くと、もふもふに生まれ変わって、誰もいない森の雪の上に寝ていた。
人恋しさに森を出て、途中で魔物に間違われたりもしたけど、馬に助けられ騎士に保護してもらえた。正体はオレ自身でも分からないし、チートな魔法もまだ上手く使いこなせないけど、全力で可愛く頑張るのでペットとして飼ってください!
チートな魔法のせいで狙われたり、自分でも分かっていなかった正体のおかげでとんでもないことに巻き込まれちゃったりするけど、オレが目指すのはぐーたらペット生活だ!!
※「1-7」で正体が判明します。「精霊の愛し子編」や番外編、「美食の守護獣」ではすでに正体が分かっていますので、お気を付けください。
番外編「美食の守護獣 ~チートなもふもふに転生したからには全力で食い倒れたい」
「冒険者編」と「精霊の愛し子編」の間の食い倒れツアーのお話です。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/2227451/394680824
転生して異世界の第7王子に生まれ変わったが、魔力が0で無能者と言われ、僻地に追放されたので自由に生きる。
黒ハット
ファンタジー
【完結】ヤクザだった大宅宗一35歳は死んで記憶を持ったまま異世界の第7王子に転生する。魔力が0で魔法を使えないので、無能者と言われて王族の籍を抜かれ僻地の領主に追放される。魔法を使える事が分かって2回目の人生は前世の知識と魔法を使って領地を発展させながら自由に生きるつもりだったが、波乱万丈の人生を送る事になる
ゲームで第二の人生を!~最強?チート?ユニークスキル無双で【最強の相棒】と一緒にのんびりまったりハチャメチャライフ!?~
俊郎
SF
『カスタムパートナーオンライン』。それは、唯一無二の相棒を自分好みにカスタマイズしていく、発表時点で大いに期待が寄せられた最新VRMMOだった。
が、リリース直前に運営会社は倒産。ゲームは秘密裏に、とある研究機関へ譲渡された。
現実世界に嫌気がさした松永雅夫はこのゲームを利用した実験へ誘われ、第二の人生を歩むべく参加を決めた。
しかし、雅夫の相棒は予期しないものになった。
相棒になった謎の物体にタマと名付け、第二の人生を開始した雅夫を待っていたのは、怒涛のようなユニークスキル無双。
チートとしか言えないような相乗効果を生み出すユニークスキルのお陰でステータスは異常な数値を突破して、スキルの倍率もおかしなことに。
強くなれば将来は安泰だと、困惑しながらも楽しくまったり暮らしていくお話。
この作品は小説家になろう様、ツギクル様、ノベルアップ様でも公開しています。
大体1話2000~3000字くらいでぼちぼち更新していきます。
初めてのVRMMOものなので応援よろしくお願いします。
基本コメディです。
あまり難しく考えずお読みください。
Twitterです。
更新情報等呟くと思います。良ければフォロー等宜しくお願いします。
https://twitter.com/shiroutotoshiro?s=09
異世界国盗り物語 ~戦国日本のサムライ達が剣と魔法の世界で無双する~
和田真尚
ファンタジー
戦国大名の若君・斎藤新九郎は大地震にあって崖から転落――――気付いた時には、剣と魔法が物を言い、魔物がはびこる異世界に飛ばされていた。
「これは神隠しか?」
戸惑いつつも日本へ帰る方法を探そうとする新九郎
ところが、今度は自分を追うように領地までが異世界転移してしまう。
家臣や領民を守るため、新九郎は異世界での生き残りを目指すが周囲は問題だらけ。
領地は魔物溢れる荒れ地のど真ん中に転移。
唯一頼れた貴族はお家騒動で没落寸前。
敵対勢力は圧倒的な戦力。
果たして苦境を脱する術はあるのか?
かつて、日本から様々なものが異世界転移した。
侍 = 刀一本で無双した。
自衛隊 = 現代兵器で無双した。
日本国 = 国力をあげて無双した。
では、戦国大名が家臣を引き連れ、領地丸ごと、剣と魔法の異世界へ転移したら――――?
【新九郎の解答】
国を盗って生き残るしかない!(必死)
【ちなみに異世界の人々の感想】
何なのこの狂戦士!? もう帰れよ!
戦国日本の侍達が生き残りを掛けて本気で戦った時、剣と魔法の異世界は勝てるのか?
これは、その疑問に答える物語。
異世界よ、戦国武士の本気を思い知れ――――。
※「小説家になろう」様、「カクヨム」様にも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる