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第一章
まだ2日目の朝なんですよ
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~鈴代視点
「ヤバイ、遅刻だ…」
自室に戻り、シャワーで汗を洗い流してから、自分の分の報告書や71からの要望書、3071の改装案等を書いていたら結構遅い時間になってしまった。
加えて頭脳と身体両方の疲労も激しく、書類を書き終えて体を伸ばそうとベッドに体を横たえたら、『眠い』と思う間もなく寝入ってしまった。
朝になって目が覚めた時点で、本来の起床時間よりも30分オーバーしている。身支度と食事を最小限にすればギリギリ間に合うかどうか、と言ったところか。
「鈴代少尉、入ります」
中隊のブリーフィングルームに駈け込む様に入室する。髪を整える時間は無かったが、恐らくは間に合ったはずだ。
この基地のパイロット… 操者達の勤務は当直、非番、公休の3日ベースのサイクルを、第1から第3の3つの中隊で持ち回りしながら繰り返す。昨日当直で出撃した私達第1中隊は今日は非番となり、第2中隊が今日の当直になる。
非番と言っても遊んでいられる訳ではない。基本当直中隊の手が足りなくなった時の支援用として、待機室ないし格納庫での待機が仕事になる。
今はその朝礼の場であり、人員確認の為の点呼の場でもある。
「遅いぞ鈴代、あと3秒遅かったら罰ゲームだったな」
長谷川大尉がからかう様に言い、場内に小さく笑いが起こる。大尉は本当に何かの罰ゲームをやりそうで笑えない。
「はっ! 申し訳ありませんでした」
それだけ言って席につく。あれこれ言い訳する時間と手間が惜しい。
「よーし、んじゃ朝礼すっか。全員昨日は虫の撃退ご苦労だった! 戦績トップは鈴代の5匹、次席は俺と渡辺の2匹な。戦死した松本と水上は2階級特進だ。機体も含め補充は既に頼んであるから近いうちに来るだろう。では、亡くなった2名の為に全員1分間黙祷!」
皆が目を閉じて死者の為に祈る。場内の空気が重くなる。死ぬ事、殺す事が軍人の仕事と言えども、昨日まで元気にしていた同僚が突然居なくなるのは、やはり心に突き刺さる物がある。
「乗る機体が無い者や機体の損傷が深い者、幽炉残量が2割を切っている者は、今日と明日は休んでろ。明後日からまたバリバリ働いて貰うからな」
そう言えば71も足を損傷していたな。その辺の修理も頼まないと……。
「元気な奴は模擬戦トーナメントすっぞ! 武藤と渡辺に勝てた奴は俺が晩飯驕ってやるぞ! 武藤と渡辺は負けたら罰金な。仲村渠は勝っても何もやらん!」
第1中隊は更に第1第2第3と3つの小隊に分けられる。渡辺中尉は第2、武藤中尉は第3小隊の小隊長だ。負けたら罰金とか大尉も無茶を言う。
…あれ? でもそれって大尉じゃなくて武藤中尉や渡辺中尉が奢るのを、言い方を変えているだけの話じゃなかろうか?
香奈さんが親指を下に向けてブーブー言っているが、隊長に無視される。
「あと今回からルールを変えてペイント弾を使って普通に戦うぞ。これは射撃が下手なくせに常勝の誰かさん対策だ。汚れた機体の掃除は各自でやるように!」
おぉ、遂に待ち望んでいたルール改定だ。これで香奈さんへの勝率も上がろうと言うものだ。
もちろん一人だけ不利になった香奈さんは、明らかに不機嫌そうに手を挙げる。
「隊長~、あたしお腹が痛いんで休んでて良いですかー?」
「うむ、却下だ!」
爽やかに言い放つ長谷川大尉、香奈さんが頬を大きく膨らませ、会場に笑いが起こる。
「あと今回から近接戦闘も解禁する。但し使用可能なのは出力を最低にした電磁バトンのみな」
近接戦闘も出来るなら戦術の幅も広がる。私好みのいい改定だ。
「他に質問なり動議なりある奴はいるか…? 居ないな? よし模擬戦参加者は30分後に格納庫に集合。んじゃ解散!」
ブリーフィングが終わり、中隊の面々が続々と部屋を後にする。
私は損傷機体組なので1日待機だ。まずは事務的な要件を終わらせてしまいたい。私は部屋を出た大尉を追う。
「長谷川大尉、今よろしいですか?」
大尉は私を振り返り、真面目な、それでいて寂しそうな思い詰めた顔で
「…スマン鈴代、俺には愛する妻がいるんだ。お前の気持ちには応えられない…」
と首を振りながら苦しそうに言った。周りにいる人達が驚きの顔で私と大尉を見比べる。
「なっ?! きゅ、急に何を言ってるんですか?! 誤解を招く言い方はやめて下さいよ!」
慌てて抗議する私。『あー、また隊長のイタズラか』と状況を理解して周りの人達も興味を無くして立ち去り始める。
「悪い悪い、どうもお前をからかわないと気合が入らなくてな」
全く、この人といい71といい、寄ってたかって人の事を馬鹿にして… 私だっていい加減ブチギレますからね?
「昨日の報告書と71からの要望書、そして3071の改装提案書です!」
私は書類の束を乱暴に大尉に押し付けて格納庫に向かった。71から高橋大尉に関する事の顛末を聞かなくてはならないし、香奈さんにもあの後どうなったのか聞きたかった。
格納庫では丙型の下で香奈さんと高橋技術大尉が談笑していた。お通夜ムードでは無いという事は、高橋大尉の治療(?)は上手く行ったのだろうか?
「おはようございます高橋大尉、仲村渠少尉」
敬礼で挨拶をした私に、香奈さんは「オッス」と崩れた敬礼で返し、高橋大尉は女学生がする様な手のひらをヒラヒラさせる。つくづく軍人であることを放棄している様な人達だ。
「やっほー鈴代ちゃん。昨夜は眠れた?」
この人からももう普通に『鈴代ちゃん』呼びをされている……。
「まぁまぁです」
と返し香奈さんを見やる。
「聞いてくれよ鈴代、あたしの丙型も回復させる希望があるらしいぞ!」
と興奮気味の香奈さんが嬉しそうに言う。高橋大尉が続けて
「アンジェラちゃんが調べたところ、仲村渠少尉の輝甲兵の幽炉も純粋な1人らしいんだよ。ピュアワンの確率は幽炉300基の内、1基あるか無いかだから、この中隊だけでピュアワン幽炉が2基って言うのはすごい偶然だね!」
へぇー、じゃあ香奈さんの丙型も喋れるのかしら?
私の考えが伝わったのか高橋大尉は言葉を続ける。
「でもねぇ、アンジェラちゃんによると、丙型はずっと眠っているらしいんだよ。話しかけても何の反応も無いんだって」
高橋大尉の横で無念そうに香奈さんが何度も頷く。
「寝てる所を起こそうにも、ボクらからのアプローチでは起こせないみたいなんだよね。自発的に起きるのを待つか、何か別のやり方があるのか…?」
そこで2人で『どうやったら起こせるか?』の議論をしていたそうだ。
「鈴代も知恵を貸してくれよ、あたしのプアワンの為にさ」
香奈さん、それだと『貧乏な1人』ですけど良いんですか?
2人には「考えておきます」と答えてその場を後にする。
後で香奈さんの模擬戦を見物しに行こうかな? どうせ香奈さんの圧勝だろうけど。
☆
71の前までもう少し、と言う所で私の通信端末が鳴った。長谷川大尉からだ。応答ボタンを押す。
「なぁ鈴代、この見せてもらった改装提案書なんだが…」
「はい、それが何か?」
「確認なんだが、お前マジメにこれ書いてるんだよな? 頭がおかしくなった訳じゃ無いんだよな?」
「勿論です。ふざけて書類を書いた事などありません」
「だよなぁ…? て言うか、こんな事して機体を動かせるのか? そもそもそんな改装が可能なのか?」
「もしダメなら元に戻せば良いだけです。71の為にもなると考えます」
「…分かった、許可しよう。お前からじゃなかったら『何言ってんだ、このバカ』って返す所だ。まぁ出来るかどうかは格納庫でお前が自分で確認しろ。但し使えるのは24式の部品だ。30式の交換部品は余剰が少ないのでな」
「それで結構です。ありがとうございます」
「あと71からの要望だが、条件付きで2点許可する。まず意思疎通の為の通信手段だが、確かに話す度に基地内で幽炉を開放されては堪らんからな。お前の端末との通信のみ許可、但しそのログを全て俺に転送する事。回路の切り換えは丑尾さんにやってもらえ」
「了解です」
まあ妥当な処置だろう。
「次に情報収集だが、情報開示レベルは士官と同じレベル3まで許可する。操者側の操作で切り替えられるはずだ」
「彼は三等兵なのに士官と同じ情報を与えるのですか?」
それはおかしいと思う。
「通信はお前とだけなんだし、俺もチェックするから漏洩の心配は無い、ならばお前と同じレベルで事情を知っていた方が、お前も一々説明する手間が省けて良いと思ってな」
…確かにそうだ。でも何か釈然としない。
「こっちは接続した時にお前が操作して切り替えてやれ。意地悪するなよ?」
「…了解です」
考えを読まれてしまっている。釘を刺されてしまっては仕方ないか……。
「そして私物の持ち込みは基本的に許可出来ない。不安定な戦闘中にコクピットの中を転がっても取り出せないし、転がったアイテムが何かのスイッチを触りでもしたら最悪命を無くすぞ? 『どうしても必要』だと鈴代が判断した物があるなら、改めて相談しろ。目覚まし時計なんざ機内電算の機能を使えば出来るだろ」
仰る通り。これは私も同意見だ。
「あと縞原重工の高橋は思ってたよりも要注意だな。人柄が読めん上に、縞原の人間のくせに要らん所で要らん事を口走りそうでな」
「はい…」
香奈さんとタッグを組まれたら自由人2人を相手取る必要がある。これは少し頭が痛い。
「鈴代、最悪あの女を拘束出来る様にしておけ。今はその心構えを忘れるな」
「はい…」
えっと、その捕物も私がやるんでしょうか…?
「最後に損壊した足は、昨日のうちに手配しておいてやったからキチンと交換して直せ。素っ頓狂な改装案とか急造の義足とかじゃなくて、普通の修理なら部品は回してやるから。て言うかお前は広報にも載るような撃墜王なんだから、あまりみすぼらしい所を他所に見せるな。俺が恥をかくだろ」
「了解しました。思慮が足りず申し訳ありませんでした」
「別に怒ってないけどな。…そうだ鈴代、お前の機体の修理はユニット交換で済むからすぐ終わるよな? だったらお前も模擬戦に参加するか? 今ならシード枠にしてやるぞ。好きだろ模擬戦?」
おっと、これは良いお誘いですね。どの道、交換した部品の具合を見る為に一度は接続して飛ばなければならないのだ。模擬戦で実戦同様の機動をして調整出来るならそれに越した事は無い。
そして何より私は空を飛ぶのが大好きで、淑女として褒められたものでは無いが、敵を倒すのが大好きだ。
「良いんですか? 私が出たら優勝しちゃいますよ?」
ちょっとふざけて言ってみる。
「お、大きく出たな。よーし、お前も参加な。あ、俺とお前は30式だからハンデとして甲-四種装備で出るから用意しとけよ。んじゃ用意が出来たら直接演習場に来い」
「了解です」
大尉との通信はそこで終わった。
甲-四種装備… 追加装甲を山盛り付けた拠点防衛用の装備だ。防御力は格段に上がるが、そのぶん重くて機動力は下がる。
模擬戦では実弾は使わないから、実際の防御力は戦力として加味されない。つまり『重さ』だけ背負って戦う訳だ。大尉も言っていたようにハンデとしてなので、これは仕方の無い事だと思う。
71の前に着くと既に右足の修理、と言うか交換作業は始まっていた。
輝甲兵は自己修復機能がある事は既に述べたが、その範囲は人間で言うところの皮膚や筋肉までの部分で、骨までは修復出来ない。
昨日の71の様に足首から先を無くす事態になったら、膝から先を丸ごと交換するしか無い、と言う訳だ。
戦闘で撃墜され、虚空現象を回避できた機体は、可能な限り回収されて解体、主に四肢を補給用として再利用する。昨日の中隊の戦闘でも3機か4機の回収が有ったはずだ。
主力機の24式でたまに起こるのだが、人間の様に機体が他の機体の手足に対して、免疫拒絶反応の様な現象を起こして剥離してしまう事がある。
余談だが、私は以前24式で戦闘中に一度、左手が手首からポロリと落ちた事があった。幸い大事には至らなかったけれども。
30式は最新型で、他の機体の部品その物がまだ存在しない為に、真っ更な正規の補充部品を使う事でそういった心配は無いが、今後の課題として留意しておく必要があるだろう。
ちなみに回収の際に幽炉が生きている事はまず無い。たとえ出撃時に新品だった幽炉でも、回収時には残量ゼロになっているのが普通だ。
長いこと不思議に思っていたが、71が言う様に機体の受ける痛みを幽炉が感じているのなら、撃墜される様な損傷、それは『死の痛み』なのだろう。
今なら分かる。撃墜された幽炉はきっとショック死してしまうのだ……。
私は直してくれている整備員さんたちに「ご苦労さま。ありがとうございます」と声を掛け操縦席に近づく。
幸運にも丑尾さんがすぐ近くで71の幽炉出力のチェック作業をしていたので、通信機器の電源を幽炉では無く通常の内蔵電池に切り替えてもらう。
「よろしいのですか? これですと出力が落ちて通信可能範囲も狭まりますし、万が一バッテリーの充電が切れた時に外部との通信が出来なくなりますよ?」
「ええ、お手数をお掛けします。でもちょっと特務絡みなんですよ」
昨日の香奈さんにも言えるが、『特務』と言っておけば余程不自然な事をしない限り、深く突っ込んでくる人は居ない。濫用は出来ないが便利な言葉だ。
「あと鈴代少尉、長谷川大尉から回ってきたのですが、この改装案と言うのは一体…?」
丑尾さんが不思議そうな顔で訪ねてくる。
「はい、部隊の強化の為にやれる事をやりたいんです。出来ますか?」
無邪気さを装って問いかける私に丑尾さんは困った顔をする。私だって改装案が常軌を逸した無茶な改造だというのは十分承知している。
しかし私の予想が正しければ、この改装に依って3071は大幅な戦力増強が出来るはずだ。
「可能か不可能かで申し上げるなら可能ですが、それを貴女が動かせるかどうかまでは保証致しかねます。更に30式に24式の部品が癒着するかどうかも、過去に事例が無いので何とも…」
丁寧に教えてくれる丑尾さん。正直技術的に出来るかどうか? など考えも無く提案書を書いた身としては、申し訳無さが前面に出てくる。
「また、昨日の戦闘で損傷している24式の調整もしなければならないので、今日明日での改装はお約束出来かねます」
「それで構いません。他の方を優先して下さい。私には通信機の件だけとりあえずお願いします」
通信機の切り替え作業そのものはすぐに終わる、と言う事なので、その場は甲-四種装備への換装作業を含め丑尾さんに任せ、私は操縦席に入り71との接続を行なった。
「おはよう71」
《おはよう少尉さん、で…》
《「昨日はどうだった?」》
2人の声が重なった。
「…私の方はそんな感じで許可してもらえた事と貰えなかった事があるわ。三等兵の貴方が、士官と同レベルの情報取得権限が与えられたのは破格の待遇よ?」
《あのさぁ、正直『三等兵』って呼ばれるの気分が良くないんだけど、いい加減やめてもらえないかな? ただの71じゃダメなのか?》
正直に言うと全然ダメじゃない。どうせ2人の間でしか会話は起こらないのだから、呼び方なんてどうにでも出来る。
その上で私が三等兵の呼称に拘るのは、『私に他に武器が無い』からだ。
第一不公平な話なのだ。71は私の身長体重はおろかスリーサイズまで知っているのに、私は彼の名前と簡単な経歴しか知らないのだ。
71の、いや『宮本陽一』と言う人物の趣味や家族構成、そもそも顔すら知らないし、今私の頭に聞こえてくる声が彼の肉声と同じかどうかも分からない。
分からない事だらけの相手から攻撃された時に、反撃出来る武器を確保しておきたい、と言う気持ちは咎められる物では無い筈だ。
「それはそちらの態度次第ね。まぁ考えておいてあげるわ」
考えるだけは、ね。
「それで? そっちの方は昨日高橋大尉と何があったの?」
《あぁ、それなんだが…》
「…そんな事で幽炉が回復したの? 何だか狐に抓まれた様な話ね。まぁ目の前の計器は嘘をつかないでしょうしね…」
確かに昨日まで92%だった幽炉残量が93%に回復している。
《あぁ、俺も失敗だと思ってたから意外だったよ》
「ふーん? そんな感じでお手軽に回復出来るなら、これからガンガン幽炉開放していいのかしら?」
《…俺としてはアレはあまり気分が良くないから、乱用は避けて頂きたいね》
そう言えば高橋大尉もそんな事を言っていた。まぁ私も幽炉開放は『切り札』だと思っているから機を見極めて使っているつもりだし、これからも変わらないだろう。…別に71の心配をしている訳ではない。
《それで、今日はまた出撃か? なんかゴテゴテ貼り付けられてるけど…》
そう言えば71にまだ今日の予定を伝えていなかった。
「今日は基本的に出撃は無いわ。でもこれから中隊の皆で模擬戦トーナメントをするの」
私は視線を横に移し、壁に並んでいる銃器類を見比べる。使う装備を考える所から戦いは始まっているのだ。
昨日の様に部隊で戦う祭は装備を他の者に合わせる必要があるが、今からの個人戦では好きな得物で戦える。
私は特に武器の得手不得手は無いが、好みで言うなら近接格闘戦も起こり得る、近距離で弾をバラ撒く戦い方が好きだ。
よし、今日の私は短機関銃の気分だ。という訳で今日の得物は20式短機に決定。
狙撃型の相手にはやや相性が悪いが、最初の一発を避けられさえすれば、懐に潜り込んでこちらのペースに持っていける。
おっと、忘れない様に近接戦闘用の電磁バトンも持たないとね。
《なんか、楽しそうだな》
71が話しかけてくる。
「そう?」
素っ気無く答える。別段『楽しい』などとは思っては……。
《あぁ、買い物に行ってあれこれウインドウショッピングしているみたいな感じだった》
そんな事を言われて私はクスッと笑いをこぼす。だとしたら何とも色気の無い買い物だ。…買い物で店巡りなど何ヶ月していないだろうか?
「…そっか、女の買い物に付き合わせて悪かったわね。そろそろ行くわよ、準備は良い?」
《こっちはいつでも》
ちょうどその時に「鈴代少尉、右足の交換と甲-四種装備への換装作業終了です!」と外からの声が聞こえた。
その声を受けて私は外に「ありがとう」と声を掛け、壁の20式短機を手に取り、ペイント弾の弾倉を銃に込める。
「では行きますか。装甲で体が重いわよ? バランス崩さないでね?」
《へい、りょーかい》
既にトーナメントは始まっているはずだ。私は3071を飛翔させ、若干興奮気味に試合会場である演習場へと向かった。
よーし、ルールも良い具合に変わったし、今日こそは香奈さんに勝ってやるんだから!
「ヤバイ、遅刻だ…」
自室に戻り、シャワーで汗を洗い流してから、自分の分の報告書や71からの要望書、3071の改装案等を書いていたら結構遅い時間になってしまった。
加えて頭脳と身体両方の疲労も激しく、書類を書き終えて体を伸ばそうとベッドに体を横たえたら、『眠い』と思う間もなく寝入ってしまった。
朝になって目が覚めた時点で、本来の起床時間よりも30分オーバーしている。身支度と食事を最小限にすればギリギリ間に合うかどうか、と言ったところか。
「鈴代少尉、入ります」
中隊のブリーフィングルームに駈け込む様に入室する。髪を整える時間は無かったが、恐らくは間に合ったはずだ。
この基地のパイロット… 操者達の勤務は当直、非番、公休の3日ベースのサイクルを、第1から第3の3つの中隊で持ち回りしながら繰り返す。昨日当直で出撃した私達第1中隊は今日は非番となり、第2中隊が今日の当直になる。
非番と言っても遊んでいられる訳ではない。基本当直中隊の手が足りなくなった時の支援用として、待機室ないし格納庫での待機が仕事になる。
今はその朝礼の場であり、人員確認の為の点呼の場でもある。
「遅いぞ鈴代、あと3秒遅かったら罰ゲームだったな」
長谷川大尉がからかう様に言い、場内に小さく笑いが起こる。大尉は本当に何かの罰ゲームをやりそうで笑えない。
「はっ! 申し訳ありませんでした」
それだけ言って席につく。あれこれ言い訳する時間と手間が惜しい。
「よーし、んじゃ朝礼すっか。全員昨日は虫の撃退ご苦労だった! 戦績トップは鈴代の5匹、次席は俺と渡辺の2匹な。戦死した松本と水上は2階級特進だ。機体も含め補充は既に頼んであるから近いうちに来るだろう。では、亡くなった2名の為に全員1分間黙祷!」
皆が目を閉じて死者の為に祈る。場内の空気が重くなる。死ぬ事、殺す事が軍人の仕事と言えども、昨日まで元気にしていた同僚が突然居なくなるのは、やはり心に突き刺さる物がある。
「乗る機体が無い者や機体の損傷が深い者、幽炉残量が2割を切っている者は、今日と明日は休んでろ。明後日からまたバリバリ働いて貰うからな」
そう言えば71も足を損傷していたな。その辺の修理も頼まないと……。
「元気な奴は模擬戦トーナメントすっぞ! 武藤と渡辺に勝てた奴は俺が晩飯驕ってやるぞ! 武藤と渡辺は負けたら罰金な。仲村渠は勝っても何もやらん!」
第1中隊は更に第1第2第3と3つの小隊に分けられる。渡辺中尉は第2、武藤中尉は第3小隊の小隊長だ。負けたら罰金とか大尉も無茶を言う。
…あれ? でもそれって大尉じゃなくて武藤中尉や渡辺中尉が奢るのを、言い方を変えているだけの話じゃなかろうか?
香奈さんが親指を下に向けてブーブー言っているが、隊長に無視される。
「あと今回からルールを変えてペイント弾を使って普通に戦うぞ。これは射撃が下手なくせに常勝の誰かさん対策だ。汚れた機体の掃除は各自でやるように!」
おぉ、遂に待ち望んでいたルール改定だ。これで香奈さんへの勝率も上がろうと言うものだ。
もちろん一人だけ不利になった香奈さんは、明らかに不機嫌そうに手を挙げる。
「隊長~、あたしお腹が痛いんで休んでて良いですかー?」
「うむ、却下だ!」
爽やかに言い放つ長谷川大尉、香奈さんが頬を大きく膨らませ、会場に笑いが起こる。
「あと今回から近接戦闘も解禁する。但し使用可能なのは出力を最低にした電磁バトンのみな」
近接戦闘も出来るなら戦術の幅も広がる。私好みのいい改定だ。
「他に質問なり動議なりある奴はいるか…? 居ないな? よし模擬戦参加者は30分後に格納庫に集合。んじゃ解散!」
ブリーフィングが終わり、中隊の面々が続々と部屋を後にする。
私は損傷機体組なので1日待機だ。まずは事務的な要件を終わらせてしまいたい。私は部屋を出た大尉を追う。
「長谷川大尉、今よろしいですか?」
大尉は私を振り返り、真面目な、それでいて寂しそうな思い詰めた顔で
「…スマン鈴代、俺には愛する妻がいるんだ。お前の気持ちには応えられない…」
と首を振りながら苦しそうに言った。周りにいる人達が驚きの顔で私と大尉を見比べる。
「なっ?! きゅ、急に何を言ってるんですか?! 誤解を招く言い方はやめて下さいよ!」
慌てて抗議する私。『あー、また隊長のイタズラか』と状況を理解して周りの人達も興味を無くして立ち去り始める。
「悪い悪い、どうもお前をからかわないと気合が入らなくてな」
全く、この人といい71といい、寄ってたかって人の事を馬鹿にして… 私だっていい加減ブチギレますからね?
「昨日の報告書と71からの要望書、そして3071の改装提案書です!」
私は書類の束を乱暴に大尉に押し付けて格納庫に向かった。71から高橋大尉に関する事の顛末を聞かなくてはならないし、香奈さんにもあの後どうなったのか聞きたかった。
格納庫では丙型の下で香奈さんと高橋技術大尉が談笑していた。お通夜ムードでは無いという事は、高橋大尉の治療(?)は上手く行ったのだろうか?
「おはようございます高橋大尉、仲村渠少尉」
敬礼で挨拶をした私に、香奈さんは「オッス」と崩れた敬礼で返し、高橋大尉は女学生がする様な手のひらをヒラヒラさせる。つくづく軍人であることを放棄している様な人達だ。
「やっほー鈴代ちゃん。昨夜は眠れた?」
この人からももう普通に『鈴代ちゃん』呼びをされている……。
「まぁまぁです」
と返し香奈さんを見やる。
「聞いてくれよ鈴代、あたしの丙型も回復させる希望があるらしいぞ!」
と興奮気味の香奈さんが嬉しそうに言う。高橋大尉が続けて
「アンジェラちゃんが調べたところ、仲村渠少尉の輝甲兵の幽炉も純粋な1人らしいんだよ。ピュアワンの確率は幽炉300基の内、1基あるか無いかだから、この中隊だけでピュアワン幽炉が2基って言うのはすごい偶然だね!」
へぇー、じゃあ香奈さんの丙型も喋れるのかしら?
私の考えが伝わったのか高橋大尉は言葉を続ける。
「でもねぇ、アンジェラちゃんによると、丙型はずっと眠っているらしいんだよ。話しかけても何の反応も無いんだって」
高橋大尉の横で無念そうに香奈さんが何度も頷く。
「寝てる所を起こそうにも、ボクらからのアプローチでは起こせないみたいなんだよね。自発的に起きるのを待つか、何か別のやり方があるのか…?」
そこで2人で『どうやったら起こせるか?』の議論をしていたそうだ。
「鈴代も知恵を貸してくれよ、あたしのプアワンの為にさ」
香奈さん、それだと『貧乏な1人』ですけど良いんですか?
2人には「考えておきます」と答えてその場を後にする。
後で香奈さんの模擬戦を見物しに行こうかな? どうせ香奈さんの圧勝だろうけど。
☆
71の前までもう少し、と言う所で私の通信端末が鳴った。長谷川大尉からだ。応答ボタンを押す。
「なぁ鈴代、この見せてもらった改装提案書なんだが…」
「はい、それが何か?」
「確認なんだが、お前マジメにこれ書いてるんだよな? 頭がおかしくなった訳じゃ無いんだよな?」
「勿論です。ふざけて書類を書いた事などありません」
「だよなぁ…? て言うか、こんな事して機体を動かせるのか? そもそもそんな改装が可能なのか?」
「もしダメなら元に戻せば良いだけです。71の為にもなると考えます」
「…分かった、許可しよう。お前からじゃなかったら『何言ってんだ、このバカ』って返す所だ。まぁ出来るかどうかは格納庫でお前が自分で確認しろ。但し使えるのは24式の部品だ。30式の交換部品は余剰が少ないのでな」
「それで結構です。ありがとうございます」
「あと71からの要望だが、条件付きで2点許可する。まず意思疎通の為の通信手段だが、確かに話す度に基地内で幽炉を開放されては堪らんからな。お前の端末との通信のみ許可、但しそのログを全て俺に転送する事。回路の切り換えは丑尾さんにやってもらえ」
「了解です」
まあ妥当な処置だろう。
「次に情報収集だが、情報開示レベルは士官と同じレベル3まで許可する。操者側の操作で切り替えられるはずだ」
「彼は三等兵なのに士官と同じ情報を与えるのですか?」
それはおかしいと思う。
「通信はお前とだけなんだし、俺もチェックするから漏洩の心配は無い、ならばお前と同じレベルで事情を知っていた方が、お前も一々説明する手間が省けて良いと思ってな」
…確かにそうだ。でも何か釈然としない。
「こっちは接続した時にお前が操作して切り替えてやれ。意地悪するなよ?」
「…了解です」
考えを読まれてしまっている。釘を刺されてしまっては仕方ないか……。
「そして私物の持ち込みは基本的に許可出来ない。不安定な戦闘中にコクピットの中を転がっても取り出せないし、転がったアイテムが何かのスイッチを触りでもしたら最悪命を無くすぞ? 『どうしても必要』だと鈴代が判断した物があるなら、改めて相談しろ。目覚まし時計なんざ機内電算の機能を使えば出来るだろ」
仰る通り。これは私も同意見だ。
「あと縞原重工の高橋は思ってたよりも要注意だな。人柄が読めん上に、縞原の人間のくせに要らん所で要らん事を口走りそうでな」
「はい…」
香奈さんとタッグを組まれたら自由人2人を相手取る必要がある。これは少し頭が痛い。
「鈴代、最悪あの女を拘束出来る様にしておけ。今はその心構えを忘れるな」
「はい…」
えっと、その捕物も私がやるんでしょうか…?
「最後に損壊した足は、昨日のうちに手配しておいてやったからキチンと交換して直せ。素っ頓狂な改装案とか急造の義足とかじゃなくて、普通の修理なら部品は回してやるから。て言うかお前は広報にも載るような撃墜王なんだから、あまりみすぼらしい所を他所に見せるな。俺が恥をかくだろ」
「了解しました。思慮が足りず申し訳ありませんでした」
「別に怒ってないけどな。…そうだ鈴代、お前の機体の修理はユニット交換で済むからすぐ終わるよな? だったらお前も模擬戦に参加するか? 今ならシード枠にしてやるぞ。好きだろ模擬戦?」
おっと、これは良いお誘いですね。どの道、交換した部品の具合を見る為に一度は接続して飛ばなければならないのだ。模擬戦で実戦同様の機動をして調整出来るならそれに越した事は無い。
そして何より私は空を飛ぶのが大好きで、淑女として褒められたものでは無いが、敵を倒すのが大好きだ。
「良いんですか? 私が出たら優勝しちゃいますよ?」
ちょっとふざけて言ってみる。
「お、大きく出たな。よーし、お前も参加な。あ、俺とお前は30式だからハンデとして甲-四種装備で出るから用意しとけよ。んじゃ用意が出来たら直接演習場に来い」
「了解です」
大尉との通信はそこで終わった。
甲-四種装備… 追加装甲を山盛り付けた拠点防衛用の装備だ。防御力は格段に上がるが、そのぶん重くて機動力は下がる。
模擬戦では実弾は使わないから、実際の防御力は戦力として加味されない。つまり『重さ』だけ背負って戦う訳だ。大尉も言っていたようにハンデとしてなので、これは仕方の無い事だと思う。
71の前に着くと既に右足の修理、と言うか交換作業は始まっていた。
輝甲兵は自己修復機能がある事は既に述べたが、その範囲は人間で言うところの皮膚や筋肉までの部分で、骨までは修復出来ない。
昨日の71の様に足首から先を無くす事態になったら、膝から先を丸ごと交換するしか無い、と言う訳だ。
戦闘で撃墜され、虚空現象を回避できた機体は、可能な限り回収されて解体、主に四肢を補給用として再利用する。昨日の中隊の戦闘でも3機か4機の回収が有ったはずだ。
主力機の24式でたまに起こるのだが、人間の様に機体が他の機体の手足に対して、免疫拒絶反応の様な現象を起こして剥離してしまう事がある。
余談だが、私は以前24式で戦闘中に一度、左手が手首からポロリと落ちた事があった。幸い大事には至らなかったけれども。
30式は最新型で、他の機体の部品その物がまだ存在しない為に、真っ更な正規の補充部品を使う事でそういった心配は無いが、今後の課題として留意しておく必要があるだろう。
ちなみに回収の際に幽炉が生きている事はまず無い。たとえ出撃時に新品だった幽炉でも、回収時には残量ゼロになっているのが普通だ。
長いこと不思議に思っていたが、71が言う様に機体の受ける痛みを幽炉が感じているのなら、撃墜される様な損傷、それは『死の痛み』なのだろう。
今なら分かる。撃墜された幽炉はきっとショック死してしまうのだ……。
私は直してくれている整備員さんたちに「ご苦労さま。ありがとうございます」と声を掛け操縦席に近づく。
幸運にも丑尾さんがすぐ近くで71の幽炉出力のチェック作業をしていたので、通信機器の電源を幽炉では無く通常の内蔵電池に切り替えてもらう。
「よろしいのですか? これですと出力が落ちて通信可能範囲も狭まりますし、万が一バッテリーの充電が切れた時に外部との通信が出来なくなりますよ?」
「ええ、お手数をお掛けします。でもちょっと特務絡みなんですよ」
昨日の香奈さんにも言えるが、『特務』と言っておけば余程不自然な事をしない限り、深く突っ込んでくる人は居ない。濫用は出来ないが便利な言葉だ。
「あと鈴代少尉、長谷川大尉から回ってきたのですが、この改装案と言うのは一体…?」
丑尾さんが不思議そうな顔で訪ねてくる。
「はい、部隊の強化の為にやれる事をやりたいんです。出来ますか?」
無邪気さを装って問いかける私に丑尾さんは困った顔をする。私だって改装案が常軌を逸した無茶な改造だというのは十分承知している。
しかし私の予想が正しければ、この改装に依って3071は大幅な戦力増強が出来るはずだ。
「可能か不可能かで申し上げるなら可能ですが、それを貴女が動かせるかどうかまでは保証致しかねます。更に30式に24式の部品が癒着するかどうかも、過去に事例が無いので何とも…」
丁寧に教えてくれる丑尾さん。正直技術的に出来るかどうか? など考えも無く提案書を書いた身としては、申し訳無さが前面に出てくる。
「また、昨日の戦闘で損傷している24式の調整もしなければならないので、今日明日での改装はお約束出来かねます」
「それで構いません。他の方を優先して下さい。私には通信機の件だけとりあえずお願いします」
通信機の切り替え作業そのものはすぐに終わる、と言う事なので、その場は甲-四種装備への換装作業を含め丑尾さんに任せ、私は操縦席に入り71との接続を行なった。
「おはよう71」
《おはよう少尉さん、で…》
《「昨日はどうだった?」》
2人の声が重なった。
「…私の方はそんな感じで許可してもらえた事と貰えなかった事があるわ。三等兵の貴方が、士官と同レベルの情報取得権限が与えられたのは破格の待遇よ?」
《あのさぁ、正直『三等兵』って呼ばれるの気分が良くないんだけど、いい加減やめてもらえないかな? ただの71じゃダメなのか?》
正直に言うと全然ダメじゃない。どうせ2人の間でしか会話は起こらないのだから、呼び方なんてどうにでも出来る。
その上で私が三等兵の呼称に拘るのは、『私に他に武器が無い』からだ。
第一不公平な話なのだ。71は私の身長体重はおろかスリーサイズまで知っているのに、私は彼の名前と簡単な経歴しか知らないのだ。
71の、いや『宮本陽一』と言う人物の趣味や家族構成、そもそも顔すら知らないし、今私の頭に聞こえてくる声が彼の肉声と同じかどうかも分からない。
分からない事だらけの相手から攻撃された時に、反撃出来る武器を確保しておきたい、と言う気持ちは咎められる物では無い筈だ。
「それはそちらの態度次第ね。まぁ考えておいてあげるわ」
考えるだけは、ね。
「それで? そっちの方は昨日高橋大尉と何があったの?」
《あぁ、それなんだが…》
「…そんな事で幽炉が回復したの? 何だか狐に抓まれた様な話ね。まぁ目の前の計器は嘘をつかないでしょうしね…」
確かに昨日まで92%だった幽炉残量が93%に回復している。
《あぁ、俺も失敗だと思ってたから意外だったよ》
「ふーん? そんな感じでお手軽に回復出来るなら、これからガンガン幽炉開放していいのかしら?」
《…俺としてはアレはあまり気分が良くないから、乱用は避けて頂きたいね》
そう言えば高橋大尉もそんな事を言っていた。まぁ私も幽炉開放は『切り札』だと思っているから機を見極めて使っているつもりだし、これからも変わらないだろう。…別に71の心配をしている訳ではない。
《それで、今日はまた出撃か? なんかゴテゴテ貼り付けられてるけど…》
そう言えば71にまだ今日の予定を伝えていなかった。
「今日は基本的に出撃は無いわ。でもこれから中隊の皆で模擬戦トーナメントをするの」
私は視線を横に移し、壁に並んでいる銃器類を見比べる。使う装備を考える所から戦いは始まっているのだ。
昨日の様に部隊で戦う祭は装備を他の者に合わせる必要があるが、今からの個人戦では好きな得物で戦える。
私は特に武器の得手不得手は無いが、好みで言うなら近接格闘戦も起こり得る、近距離で弾をバラ撒く戦い方が好きだ。
よし、今日の私は短機関銃の気分だ。という訳で今日の得物は20式短機に決定。
狙撃型の相手にはやや相性が悪いが、最初の一発を避けられさえすれば、懐に潜り込んでこちらのペースに持っていける。
おっと、忘れない様に近接戦闘用の電磁バトンも持たないとね。
《なんか、楽しそうだな》
71が話しかけてくる。
「そう?」
素っ気無く答える。別段『楽しい』などとは思っては……。
《あぁ、買い物に行ってあれこれウインドウショッピングしているみたいな感じだった》
そんな事を言われて私はクスッと笑いをこぼす。だとしたら何とも色気の無い買い物だ。…買い物で店巡りなど何ヶ月していないだろうか?
「…そっか、女の買い物に付き合わせて悪かったわね。そろそろ行くわよ、準備は良い?」
《こっちはいつでも》
ちょうどその時に「鈴代少尉、右足の交換と甲-四種装備への換装作業終了です!」と外からの声が聞こえた。
その声を受けて私は外に「ありがとう」と声を掛け、壁の20式短機を手に取り、ペイント弾の弾倉を銃に込める。
「では行きますか。装甲で体が重いわよ? バランス崩さないでね?」
《へい、りょーかい》
既にトーナメントは始まっているはずだ。私は3071を飛翔させ、若干興奮気味に試合会場である演習場へと向かった。
よーし、ルールも良い具合に変わったし、今日こそは香奈さんに勝ってやるんだから!
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