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温泉の街 プラーミア
第二話⑤
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「お、」
にいさま、の先はなんとか我慢した。ここで余計なことを言ってしまえば、さらに事態が混乱しかねない。ぐうと飲み込んだ残り4文字が、喉の奥で暴れ回っている。真正面から対峙すれば、きっと情けなく声を出してしまう。それが前世の自分なのか、私自身なのかはわからない。だけど、それは良くないことであるはずだ。小さく深呼吸して、それでも落ち着かなくて、ゆっくりと肩に乗っている手を退けようと触れる。
記憶よりもずっと硬くて、温かい手だった。跳ね回る心臓がうるさい。
「ちょっと。その子困っているじゃない。その手どけてあげたら。」
魔法使い…ノーヴァがリュカ兄様に詰め寄った。勇者もそれに続く。
「知らない人の肩を突然引っ張るのは、よくないと思うな。」
「…君たちには、関係ないんじゃない。」
どうしよう場の温度が氷点下だ。別に私は怯えているわけでもなんでもないのである。単純にどうしていいかわからないだけなのだ。というか、困ったことになった。勇者とリュカ兄様の好感度が互いに下がっていく音が聞こえる。知っている。コミュニケーション失敗の場合の音が鳴り響く。兄様が触れている肩以外から、ゆっくりと体温が引いていく。がらがらと、足音が、崩れるような、
「…やっぱり、一人にしちゃ、いけなかったな。」
気が遠くなるのとほぼ同時にふわりと体が空に浮いた。比喩でもなんでもなく、本当に浮いている。ふわふわと浮き上がる。足元が遠ざかる。優しい温度に包まれたのを感じて、振り返れば、ここ数日で見慣れたサファイヤがあった。
「ユーゴ、」
「待たせてごめん。…で、アンジュ的にこれは逃げたほうがいいやつ?」
「ど…どうかしら。」
もうすでにお互い顔を見られている。地面には、こぼれ落ちるんじゃないかというくらい大きく目を見開いた兄様が見えた。突然浮かび上がった私に驚く勇者と魔法使いも見える。
「浮遊魔法?こんな田舎で?!」
「浮遊魔法って、ノーヴァが練習中のやつだよね。」
「そ、そうよ、学園都市でも使える人は限られてる…。」
「ええと、説明ありがとう。でもこれコツ掴むのが大変なだけだから、気になったらそこの兄さんに聞いてほしいな、わ、」
ユーゴが言い切る前に、突風が私たちを襲う。ぎゅうと彼に抱き止められて無事だったのだが、いかんせん酔いそうだ。どうやら情報処理が落ち着いたリュカ兄様が風の魔法を放ったらしい。
「ちょっと、兄さん、危ないじゃないか!」
「…んで。」
「僕だけならまだしも、アンジュだっているんだよ!もっとこう、穏便にだね!」
「なんでアンジュがこんなところにいるんだって言ってんだ!」
「それは僕もぜひ知りたい!」
それについては謝罪ものである。
「ご、ごめんなさ、」
びゅん、と風を切ってリュカ兄様が距離を詰める。その迫力が半端でない。美青年の怒った顔って異様に迫力あるのはなぜかしら。
「さすがに分が悪いか。…逃げるよ、アンジュ。」
「え、ええ…。」
ユーゴが軽く空を蹴ると、勢いのまま景色が流れた。その速度に思わずユーゴの肩を強く掴んだ。あっという間に兄様の姿が遠ざかる。追いかけようとしたのか、はたまたユーゴを妨害しようとしたのか、兄様の手元にぼんやりと魔法陣が浮かび上がる。その視線が私を捕らえ、陣が歪む。その一瞬を見逃さないよう、ユーゴがポーチから何かを投げつけた。
「念には念を、っていうでしょう。」
投げられた球体の何かは視界の端に捕らえたと同時に、空中で弾け飛んだ。ぱらぱらと、カケラと同時に何かが落ちる。
「ちょっと、ユーゴあれなに?!」
「なにって、薬玉だよ。」
「く、すだま?」
眼下では、子どもたちが大喜びで地面に落ちたお菓子を拾い集めている。大事にならないように勇者と魔法使いはそちらの対応をするしかなくなってしまったようだ。兄様の意識が逸れたのを見計らって、ぐんとスピードが上がった。
かくして、私とユーゴは勇者御一行とのファーストコンタクトを果たすことになったのであった。
にいさま、の先はなんとか我慢した。ここで余計なことを言ってしまえば、さらに事態が混乱しかねない。ぐうと飲み込んだ残り4文字が、喉の奥で暴れ回っている。真正面から対峙すれば、きっと情けなく声を出してしまう。それが前世の自分なのか、私自身なのかはわからない。だけど、それは良くないことであるはずだ。小さく深呼吸して、それでも落ち着かなくて、ゆっくりと肩に乗っている手を退けようと触れる。
記憶よりもずっと硬くて、温かい手だった。跳ね回る心臓がうるさい。
「ちょっと。その子困っているじゃない。その手どけてあげたら。」
魔法使い…ノーヴァがリュカ兄様に詰め寄った。勇者もそれに続く。
「知らない人の肩を突然引っ張るのは、よくないと思うな。」
「…君たちには、関係ないんじゃない。」
どうしよう場の温度が氷点下だ。別に私は怯えているわけでもなんでもないのである。単純にどうしていいかわからないだけなのだ。というか、困ったことになった。勇者とリュカ兄様の好感度が互いに下がっていく音が聞こえる。知っている。コミュニケーション失敗の場合の音が鳴り響く。兄様が触れている肩以外から、ゆっくりと体温が引いていく。がらがらと、足音が、崩れるような、
「…やっぱり、一人にしちゃ、いけなかったな。」
気が遠くなるのとほぼ同時にふわりと体が空に浮いた。比喩でもなんでもなく、本当に浮いている。ふわふわと浮き上がる。足元が遠ざかる。優しい温度に包まれたのを感じて、振り返れば、ここ数日で見慣れたサファイヤがあった。
「ユーゴ、」
「待たせてごめん。…で、アンジュ的にこれは逃げたほうがいいやつ?」
「ど…どうかしら。」
もうすでにお互い顔を見られている。地面には、こぼれ落ちるんじゃないかというくらい大きく目を見開いた兄様が見えた。突然浮かび上がった私に驚く勇者と魔法使いも見える。
「浮遊魔法?こんな田舎で?!」
「浮遊魔法って、ノーヴァが練習中のやつだよね。」
「そ、そうよ、学園都市でも使える人は限られてる…。」
「ええと、説明ありがとう。でもこれコツ掴むのが大変なだけだから、気になったらそこの兄さんに聞いてほしいな、わ、」
ユーゴが言い切る前に、突風が私たちを襲う。ぎゅうと彼に抱き止められて無事だったのだが、いかんせん酔いそうだ。どうやら情報処理が落ち着いたリュカ兄様が風の魔法を放ったらしい。
「ちょっと、兄さん、危ないじゃないか!」
「…んで。」
「僕だけならまだしも、アンジュだっているんだよ!もっとこう、穏便にだね!」
「なんでアンジュがこんなところにいるんだって言ってんだ!」
「それは僕もぜひ知りたい!」
それについては謝罪ものである。
「ご、ごめんなさ、」
びゅん、と風を切ってリュカ兄様が距離を詰める。その迫力が半端でない。美青年の怒った顔って異様に迫力あるのはなぜかしら。
「さすがに分が悪いか。…逃げるよ、アンジュ。」
「え、ええ…。」
ユーゴが軽く空を蹴ると、勢いのまま景色が流れた。その速度に思わずユーゴの肩を強く掴んだ。あっという間に兄様の姿が遠ざかる。追いかけようとしたのか、はたまたユーゴを妨害しようとしたのか、兄様の手元にぼんやりと魔法陣が浮かび上がる。その視線が私を捕らえ、陣が歪む。その一瞬を見逃さないよう、ユーゴがポーチから何かを投げつけた。
「念には念を、っていうでしょう。」
投げられた球体の何かは視界の端に捕らえたと同時に、空中で弾け飛んだ。ぱらぱらと、カケラと同時に何かが落ちる。
「ちょっと、ユーゴあれなに?!」
「なにって、薬玉だよ。」
「く、すだま?」
眼下では、子どもたちが大喜びで地面に落ちたお菓子を拾い集めている。大事にならないように勇者と魔法使いはそちらの対応をするしかなくなってしまったようだ。兄様の意識が逸れたのを見計らって、ぐんとスピードが上がった。
かくして、私とユーゴは勇者御一行とのファーストコンタクトを果たすことになったのであった。
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