上 下
15 / 15
温泉の街 プラーミア

第二話⑤

しおりを挟む
「お、」

 にいさま、の先はなんとか我慢した。ここで余計なことを言ってしまえば、さらに事態が混乱しかねない。ぐうと飲み込んだ残り4文字が、喉の奥で暴れ回っている。真正面から対峙すれば、きっと情けなく声を出してしまう。それが前世の自分なのか、私自身なのかはわからない。だけど、それは良くないことであるはずだ。小さく深呼吸して、それでも落ち着かなくて、ゆっくりと肩に乗っている手を退けようと触れる。
 記憶よりもずっと硬くて、温かい手だった。跳ね回る心臓がうるさい。

「ちょっと。その子困っているじゃない。その手どけてあげたら。」

 魔法使い…ノーヴァがリュカ兄様に詰め寄った。勇者もそれに続く。

「知らない人の肩を突然引っ張るのは、よくないと思うな。」
「…君たちには、関係ないんじゃない。」

 どうしよう場の温度が氷点下だ。別に私は怯えているわけでもなんでもないのである。単純にどうしていいかわからないだけなのだ。というか、困ったことになった。勇者とリュカ兄様の好感度が互いに下がっていく音が聞こえる。知っている。コミュニケーション失敗の場合の音が鳴り響く。兄様が触れている肩以外から、ゆっくりと体温が引いていく。がらがらと、足音が、崩れるような、

「…やっぱり、一人にしちゃ、いけなかったな。」

 気が遠くなるのとほぼ同時にふわりと体が空に浮いた。比喩でもなんでもなく、本当に浮いている。ふわふわと浮き上がる。足元が遠ざかる。優しい温度に包まれたのを感じて、振り返れば、ここ数日で見慣れたサファイヤがあった。

「ユーゴ、」
「待たせてごめん。…で、アンジュ的にこれは逃げたほうがいいやつ?」
「ど…どうかしら。」

もうすでにお互い顔を見られている。地面には、こぼれ落ちるんじゃないかというくらい大きく目を見開いた兄様が見えた。突然浮かび上がった私に驚く勇者と魔法使いも見える。

「浮遊魔法?こんな田舎で?!」
「浮遊魔法って、ノーヴァが練習中のやつだよね。」
「そ、そうよ、学園都市でも使える人は限られてる…。」
 「ええと、説明ありがとう。でもこれコツ掴むのが大変なだけだから、気になったらそこの兄さんに聞いてほしいな、わ、」

 ユーゴが言い切る前に、突風が私たちを襲う。ぎゅうと彼に抱き止められて無事だったのだが、いかんせん酔いそうだ。どうやら情報処理が落ち着いたリュカ兄様が風の魔法を放ったらしい。

「ちょっと、兄さん、危ないじゃないか!」
「…んで。」
「僕だけならまだしも、アンジュだっているんだよ!もっとこう、穏便にだね!」
「なんでアンジュがこんなところにいるんだって言ってんだ!」
「それは僕もぜひ知りたい!」

 それについては謝罪ものである。

「ご、ごめんなさ、」

 びゅん、と風を切ってリュカ兄様が距離を詰める。その迫力が半端でない。美青年の怒った顔って異様に迫力あるのはなぜかしら。

「さすがに分が悪いか。…逃げるよ、アンジュ。」
「え、ええ…。」

ユーゴが軽く空を蹴ると、勢いのまま景色が流れた。その速度に思わずユーゴの肩を強く掴んだ。あっという間に兄様の姿が遠ざかる。追いかけようとしたのか、はたまたユーゴを妨害しようとしたのか、兄様の手元にぼんやりと魔法陣が浮かび上がる。その視線が私を捕らえ、陣が歪む。その一瞬を見逃さないよう、ユーゴがポーチから何かを投げつけた。

「念には念を、っていうでしょう。」

 投げられた球体の何かは視界の端に捕らえたと同時に、空中で弾け飛んだ。ぱらぱらと、カケラと同時に何かが落ちる。

「ちょっと、ユーゴあれなに?!」
「なにって、薬玉だよ。」
「く、すだま?」

 眼下では、子どもたちが大喜びで地面に落ちたお菓子を拾い集めている。大事にならないように勇者と魔法使いはそちらの対応をするしかなくなってしまったようだ。兄様の意識が逸れたのを見計らって、ぐんとスピードが上がった。

 かくして、私とユーゴは勇者御一行とのファーストコンタクトを果たすことになったのであった。
 

 
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

光の王太子殿下は愛したい

葵川真衣
恋愛
王太子アドレーには、婚約者がいる。公爵令嬢のクリスティンだ。 わがままな婚約者に、アドレーは元々関心をもっていなかった。 だが、彼女はあるときを境に変わる。 アドレーはそんなクリスティンに惹かれていくのだった。しかし彼女は変わりはじめたときから、よそよそしい。 どうやら、他の少女にアドレーが惹かれると思い込んでいるようである。 目移りなどしないのに。 果たしてアドレーは、乙女ゲームの悪役令嬢に転生している婚約者を、振り向かせることができるのか……!? ラブラブを望む王太子と、未来を恐れる悪役令嬢の攻防のラブ(?)コメディ。 ☆完結しました。ありがとうございました。番外編等、不定期更新です。

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

【完結】攻略を諦めたら騎士様に溺愛されました。悪役でも幸せになれますか?

うり北 うりこ
恋愛
メイリーンは、大好きな乙女ゲームに転生をした。しかも、ヒロインだ。これは、推しの王子様との恋愛も夢じゃない! そう意気込んで学園に入学してみれば、王子様は悪役令嬢のローズリンゼットに夢中。しかも、悪役令嬢はおかめのお面をつけている。 これは、巷で流行りの悪役令嬢が主人公、ヒロインが悪役展開なのでは? 命一番なので、攻略を諦めたら騎士様の溺愛が待っていた。

深窓の悪役令嬢~死にたくないので仮病を使って逃げ切ります~

白金ひよこ
恋愛
 熱で魘された私が夢で見たのは前世の記憶。そこで思い出した。私がトワール侯爵家の令嬢として生まれる前は平凡なOLだったことを。そして気づいた。この世界が乙女ゲームの世界で、私がそのゲームの悪役令嬢であることを!  しかもシンディ・トワールはどのルートであっても死ぬ運命! そんなのあんまりだ! もうこうなったらこのまま病弱になって学校も行けないような深窓の令嬢になるしかない!  物語の全てを放棄し逃げ切ることだけに全力を注いだ、悪役令嬢の全力逃走ストーリー! え? シナリオ? そんなの知ったこっちゃありませんけど?

母の中で私の価値はゼロのまま、家の恥にしかならないと養子に出され、それを鵜呑みにした父に縁を切られたおかげで幸せになれました

珠宮さくら
恋愛
伯爵家に生まれたケイトリン・オールドリッチ。跡継ぎの兄と母に似ている妹。その2人が何をしても母は怒ることをしなかった。 なのに母に似ていないという理由で、ケイトリンは理不尽な目にあい続けていた。そんな日々に嫌気がさしたケイトリンは、兄妹を超えるために頑張るようになっていくのだが……。

完結 「愛が重い」と言われたので尽くすのを全部止めたところ

音爽(ネソウ)
恋愛
アルミロ・ルファーノ伯爵令息は身体が弱くいつも臥せっていた。財があっても自由がないと嘆く。 だが、そんな彼を幼少期から知る婚約者ニーナ・ガーナインは献身的につくした。 相思相愛で結ばれたはずが健気に尽くす彼女を疎ましく感じる相手。 どんな無茶な要望にも応えていたはずが裏切られることになる。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

処理中です...