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序章
序章⑤
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花の香りがする。耳をすませば、小鳥の囀り。ああ、もう少しだけ、寝かせて欲しいのに。
小さく体を動かしたからだろうか。こつんと何かにぶつかる感覚がした。
「んん?…あれ、」
自分の声が不思議な音を立てる。試しにもう一度声をあげてみるが、記憶にある自分の声よりも幾分か低くなっているようだ。小首を傾げて、ゆっくりと思考に耽る。ここはどこなのだろう。何か、箱のようなものに閉じ込められているらしい。…なぜ?そのヒントを得るために、必死になって考えを巡らせた。
そこでふと、意識を失う直前の出来事を思い出す。落ちる星、崩れる家屋、涙をこぼすにいさま。ふるりと身体が震えた。
…もしかせずとも、自分は、死んでしまったのだろうか?
だとしたら、ここは天国とかいう場所なのだろう。自分の声がおかしいのも、もしかすると天界と地上では空気の伝わり方が違うのだという可能性もある。だが、そんな場所ならもっと広いところに安置してほしいものだ。さっきから狭い場所に押し込められているようで、身体中が痛くて仕方ない。がさごそと寝返りを打とうとするも、箱のあちこちに身体がぶつかって音を立てている。瞼を開いても一面真っ暗で、何も分かりやしない。ああ、なんだか苛立ってきた。箱であるならどこかに蓋があるはず。全身を思い切り伸ばして、うまい具合にぶつかった拍子で開いたりしないだろうか。一念発起して両手両足をバタバタと動かそうと————
「待って待って止まって!起きたならちょっと待ってったら!」
突然、眼前の闇が晴れた。そこにあったのは、見覚えのあるサファイアだ。この【見覚え】は自分ではなく、過去の、要するに前世の自分であるわけだが。
「ユーゴ、」
「おはよう!半信半疑だったけど、本当に目覚めるなんて思ってもみなかった!」
ふわり、と抱きしめられて理解する。現在の自分の記憶の中よりも、ずっとずっと成長した姿。そして、過去の自分がゲームグラフィックで飽きるほど見た、【リュカとユーゴの自宅】の風景。これは、多分。
「もしかして、わたし、生きてるの。」
「そう!もう目が覚めないかと思った!」
「…あれから、どのくらい、」
「だいたい5年!兄さんが全然諦めないし、僕にも君にも家族愛通り越してなんかもうよくわかんない執着心見せるし、僕が出る予定だった旅にまで横入りしてきて大変で…って、言ってもわからないだろうから、もう少し待ってて!旅に出てる兄さんに文を出すから!そこに僕用のビスケットがあるから食べてていいよ!じゃね!」
まるで竜巻のような勢いで捲し立ててユーゴは去っていった。随分と元気になったものだ。身体の問題が解決してくれたことは、友人として喜ばしい。あとでお祝いをしなくては。まだ完全には起ききっていない身体の調子を見ながらゆっくりと立ち上がって———ちょっと待て。聞こえるべきではなかった内容が聞こえてきたような気がするが?
もう一度彼の言葉を反芻する。言っていた。確かに言っていた。【僕が出るはずだった旅に横入りしてきて】【旅に出ている兄さん】。もしかして、いや、もしかしなくても、これは。
「本編、始まっちゃった…?」
のんびりと二度寝を決め込んでいる間に、どうやらとんでもない時間が過ぎていたようだ。彼の生死を決めるカウントダウンは、今、確実に進んでしまっている。
なんだかよくわからないけれど、自分は生き残ってしまったらしい。しかも、あのゲームの本編の時間軸で!あの日の天啓がまた降り注ぐ。これは、好機だ。これこそまさしく天啓だ。私は彼が生き残るためにできることをすべてしなければならない。具体的に言えば、勇者との仲をとりもたなければならないわけである。
乾いたビスケットを噛み砕く。すまない前世の友人さん。あなたの推しは永久離脱はするけれど死ぬわけじゃあないので。人間の生死がかかっているんだ。やっぱり命の方が大切だよねありがとう!
「絶対、リュカ兄様の死だけは、認めないんだから…!」
冷め切った紅茶を飲み干して、一人小さく声に出す。勇者がどういう世界を目指していようが、運命に阻まれようが、シナリオ的に死んだキャラがいる方が燃えない?と言われようが関係ない。私は私の推しを生き残らせるためにこれからの人生を使うのだ。
まずは、まあ、そうだな。とりあえず、兄様と仲良くすることで生まれるメリットを書き記すことから始めようか。
小さく体を動かしたからだろうか。こつんと何かにぶつかる感覚がした。
「んん?…あれ、」
自分の声が不思議な音を立てる。試しにもう一度声をあげてみるが、記憶にある自分の声よりも幾分か低くなっているようだ。小首を傾げて、ゆっくりと思考に耽る。ここはどこなのだろう。何か、箱のようなものに閉じ込められているらしい。…なぜ?そのヒントを得るために、必死になって考えを巡らせた。
そこでふと、意識を失う直前の出来事を思い出す。落ちる星、崩れる家屋、涙をこぼすにいさま。ふるりと身体が震えた。
…もしかせずとも、自分は、死んでしまったのだろうか?
だとしたら、ここは天国とかいう場所なのだろう。自分の声がおかしいのも、もしかすると天界と地上では空気の伝わり方が違うのだという可能性もある。だが、そんな場所ならもっと広いところに安置してほしいものだ。さっきから狭い場所に押し込められているようで、身体中が痛くて仕方ない。がさごそと寝返りを打とうとするも、箱のあちこちに身体がぶつかって音を立てている。瞼を開いても一面真っ暗で、何も分かりやしない。ああ、なんだか苛立ってきた。箱であるならどこかに蓋があるはず。全身を思い切り伸ばして、うまい具合にぶつかった拍子で開いたりしないだろうか。一念発起して両手両足をバタバタと動かそうと————
「待って待って止まって!起きたならちょっと待ってったら!」
突然、眼前の闇が晴れた。そこにあったのは、見覚えのあるサファイアだ。この【見覚え】は自分ではなく、過去の、要するに前世の自分であるわけだが。
「ユーゴ、」
「おはよう!半信半疑だったけど、本当に目覚めるなんて思ってもみなかった!」
ふわり、と抱きしめられて理解する。現在の自分の記憶の中よりも、ずっとずっと成長した姿。そして、過去の自分がゲームグラフィックで飽きるほど見た、【リュカとユーゴの自宅】の風景。これは、多分。
「もしかして、わたし、生きてるの。」
「そう!もう目が覚めないかと思った!」
「…あれから、どのくらい、」
「だいたい5年!兄さんが全然諦めないし、僕にも君にも家族愛通り越してなんかもうよくわかんない執着心見せるし、僕が出る予定だった旅にまで横入りしてきて大変で…って、言ってもわからないだろうから、もう少し待ってて!旅に出てる兄さんに文を出すから!そこに僕用のビスケットがあるから食べてていいよ!じゃね!」
まるで竜巻のような勢いで捲し立ててユーゴは去っていった。随分と元気になったものだ。身体の問題が解決してくれたことは、友人として喜ばしい。あとでお祝いをしなくては。まだ完全には起ききっていない身体の調子を見ながらゆっくりと立ち上がって———ちょっと待て。聞こえるべきではなかった内容が聞こえてきたような気がするが?
もう一度彼の言葉を反芻する。言っていた。確かに言っていた。【僕が出るはずだった旅に横入りしてきて】【旅に出ている兄さん】。もしかして、いや、もしかしなくても、これは。
「本編、始まっちゃった…?」
のんびりと二度寝を決め込んでいる間に、どうやらとんでもない時間が過ぎていたようだ。彼の生死を決めるカウントダウンは、今、確実に進んでしまっている。
なんだかよくわからないけれど、自分は生き残ってしまったらしい。しかも、あのゲームの本編の時間軸で!あの日の天啓がまた降り注ぐ。これは、好機だ。これこそまさしく天啓だ。私は彼が生き残るためにできることをすべてしなければならない。具体的に言えば、勇者との仲をとりもたなければならないわけである。
乾いたビスケットを噛み砕く。すまない前世の友人さん。あなたの推しは永久離脱はするけれど死ぬわけじゃあないので。人間の生死がかかっているんだ。やっぱり命の方が大切だよねありがとう!
「絶対、リュカ兄様の死だけは、認めないんだから…!」
冷め切った紅茶を飲み干して、一人小さく声に出す。勇者がどういう世界を目指していようが、運命に阻まれようが、シナリオ的に死んだキャラがいる方が燃えない?と言われようが関係ない。私は私の推しを生き残らせるためにこれからの人生を使うのだ。
まずは、まあ、そうだな。とりあえず、兄様と仲良くすることで生まれるメリットを書き記すことから始めようか。
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