【完結】龍王陛下の里帰り

笹乃笹世

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――次の日の朝。
 新しい離宮でもいつも通りに朝食を作った春鈴は、出来上がった料理を蒼嵐の前へと並べていく。
 いつもは優炎や浩宇の分もついでに並べるのだが、春鈴が朱家の一員となったためなのか、春鈴が給事をしてもいいのは蒼嵐と紫釉、そして橙実の三人だけとなっていた。
 浩宇などは、そのほうが気楽にお代わりが出来ていい、と喜々としながら自分の料理を机に運んでいる。
(今日は橙実様遅いな……? いつも出来上がる前には来てるのに……――紫釉様と一緒になるとちょっと忙しいかもー……)
 そんなことを考えながら、蒼嵐にお茶を差し出した時だった。
 蒼嵐は置かれたばかりの茶器をマジマジと見つめ、首をかしげながら口を開いた。
「――春鈴、お前これ飲めるか?」
「……え、なんか変? ごめん料理は味見したけどお茶はしてなかった……」
 そう言いながら蒼嵐から茶器を受け取ると、クンクンと匂いを嗅ぐ。
 そしてその茶器を口元に持っていった時、その茶器を蒼嵐が強引に取り上げた。
「――え?」
 そう呟いた春鈴が驚きながらも、少し責めるような眼差しを蒼嵐に向けたときだった――
「あいつです! あの女が蒼嵐様に毒をっ!」
 侍女らしき龍族の女性が、護衛たちを引き連れて部屋に駆け込んできた。
 そして春鈴をまっすぐに指さしながら告発したのだった。
「――え、私⁉︎」
「あのお茶です! この目で見たんです、間違いはありませんっ!」
 急な告発に春鈴が動揺し、オロオロと周りを見回しながらも、その告発を否定するようにフルフルと大きく首を横に振った。
「なるほどなぁ……?」
 そう呟いた蒼嵐は、手にした茶器を見て小さく鼻を鳴らすと、からかうような視線を春鈴に向ける。
「え……冤罪です! そんなことやってない!」
「――……では私がこれを飲んでも問題はない、そうだな?」
 こともなげにそう言った蒼嵐は手に持っている茶器を口に運び――
「――万が一があるからやめよ?」
 少し顔色を悪くさせた春鈴が、その腕を抱きかかえるように掴んで阻止した。
「……あんたは止めないんだ?」
 浩宇が静かにたずねながら蒼嵐と侍女の間に立たった。
 優炎も移動こそしなかったものの、腰に差している剣に手を置いていつでも抜けるようにしている。
「……ぁ、それは」
 浩宇にたずねられ、戸惑いを見せる侍女。
 その薄布が邪魔で表情は見えないが、その目を大きく揺らしているだろうと容易に想像がついた。
「――毒が入っていると言ったのはお前だが……それを口に運ぼうとしていた蒼嵐様を止めたのは春鈴――……おかしな話だとは思わないか?」
 優炎もジッと侍女を観察しながら探るように侍女に話をふった。
「それは……その、蒼嵐様の行動が理解できずに……つい……」
「ふーん……?」
「毒が入っていると知っていたのに、なぁ?」
 侍女の言い分に、疑惑を濃くする優炎と浩宇。
 そんな二人に呆れたような視線を送った蒼嵐は、軽くため息をつきながら立ち上がり、春鈴の腕を掴むと自分の背中へ隠すように移動させた。
 そして疑惑の視線を集めている侍女に向き直る。
「――御託はいい。 そなたなぜそこにいる?」
「……偶然毒を盛るところを目撃しまして……」
「そうではない。 そなた魅音とやらについていた侍女……あー……凛風だったか? なぜそんな恰好をしている?」
「――え?」
 春鈴の口から小さな言葉が漏れ、蒼嵐の背中から顔を出しその龍族の女性を見つめた。
「……人違い、では?」
 困惑したように首を傾げる侍女。
(――そうだよね……? 確かにあの人、薄布つけて顔隠しているけど――でも角だってある龍族で……声だって全然違うもんね……?)
「――いいや。 我ら龍族は人間の顔を忘れようとも見間違えようとも、美しい石の輝きだけは決して忘れぬ。 ――そなたが付けている首元の石は、凛風という侍女が左手につけていたものだ」
「っ!」
 蒼嵐の言葉に、侍女は首にかけていた首飾りを隠すようにサッと握り、そしてそれをギュッときつく握りしめる。
「その石……星雫石……石宝村の生き残り、か?」
 その蒼嵐の言葉にハッ! と、大きく吐き捨てると、乱暴な仕草でバッと顔につけていた薄布をかつらごと剥ぎ取った。
 そのかつらには薄布だけではなく角も付いていて、全てが良く出来た作り物だった。
「凛風……?」
 むき出しになった顔を見て、春鈴は改めて困惑の声をもらす。
「――お前たちはまだ龍族を憎んでいるのだな……」
「はっ! 人よりも長く生き続けるバケモノ風情が、過去の事のように言うじゃないか? 犯した罪を忘れて人間を手懐け、石を取り上げ続ける――どこまでも傲慢なっ!」
「……忘れてなどはいないさ」
 蒼嵐が目を伏せながら小さく答える。
「――もういい。 連れて行け」
 ため息交じりの蒼嵐の言葉に優炎が頷き、凛風の後ろにいた護衛たちに合図を送る。
 いともたやすく凛風を取り押さえる護衛たち。
 それを見つめながら浩宇に目配せする優炎。
 小さく頷いた浩宇は、護衛たちに引きずられるように部屋から出される凛風に続いた。
「私たちは決して許さない! ――お前らなど呪われてしまえ!」
 凛風はギリギリと歯を食いしばりながら目を釣り上げ、まるで鬼のような形相で蒼嵐や周りの龍族たちを睨みつける。
 そしてつばを撒き散らしながら呪いの言葉を吐き続けた。
 ――……そして春鈴のことは、ただの一度も気にするそぶりはみせなかった……
(――ここまでシカトされるといっそ清々しい……ってゆーか……龍族のことこんなに嫌いだったら……――龍族の瞳を持つ私となんて……友達になんかなれないじゃん……)
 そんなことを思い、鼻の奥がツンと痛んだ春鈴だったが、グッと顔に力を込めて涙が滲むのを必死でこらえた。
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