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――その日の夜。
ベッドに入った春鈴は、今日起こったことを祖母になんと報告すべきかと、頭を悩ませていた。
「――そういえばばっちゃに何も言わずに朱家の一族に入ったっぽいんだけど……怒られたりするんじゃ……?」
春鈴が思い切り顔をしかめながら頭を抱えていると、どこかから聞き覚えのある小さな声が聞こえた気がした。
(……え? だってここ、昼間のあれこれでとんでもない数の護衛が見回ってるのに……?)
きょろりと視線を窓の外に移す春鈴。
安全確認のため蒼嵐の離宮は一時閉鎖され、春鈴たちは一時的に別の離宮に移っていた。
春鈴に与えられた部屋は三階の見晴らしの良い部屋だったのだが――
その窓の外に大きな人影を見つけ、大きくその身体を震わせた。
「春鈴……! おい、ここあけろって!」
「――え……?」
(……誰? この声……私、知ってる気がする……?)
春鈴が呆然とその声の持ち主を見つめていると、その人物は窓顔を近づける。
その影とその声に覚えがあった春鈴は、恐る恐る窓に近づき、そっと鍵に手を伸ばした。
そして――
「――よっ!」
「――ガボク⁉︎」
開いた窓からするりと部屋の中に入ってきたのは、お得意様の虎族の青年、ガボクだった。
「ここで何して――……ねぇ、今日この里を大勢の傭兵が襲撃したんだけどさぁ……?」
その登場に驚いていた春鈴だったが、嫌な心当たりにジトッとした視線をガボクに向けた。
「――まぁ……そのまさかだ」
ほほをポリポリとかきながら、言いにくそうに答えるガボク。
そんなガボクに目を吊り上げる春鈴――大きく息を吸い込んだ春鈴にあわてて人差し指を口元に突き付けた。
その仕草を見て、グッと唇を噛みしめた春鈴はできうる限り声をひそめて文句を言った。
「なにしてくれてんの……⁉︎」
「いや、だって姐さんに命令されちまったし、それに俺らちゃんと春鈴のこと守ったんだぜ?」
「いつ……?」
「ほら、春鈴がいた部屋で「声なんかしてねーよ」とか言ってごまかしたり、春鈴のこと捕まえそうになったやつ邪魔してみたりよ?」
「――……言われてみればそんなこともあったような……?」
「だから大目に見てくれよ。 大体春鈴にだってちっとは責任あんだぜ?」
「――ものすごい言いがかりなんですけど……?」
「――姐さんが、春鈴が平気なんだからお前らだって平気だ! 虎族が龍脈に強いってことしっかり見せつけてきな! ……ってこの仕事受けちまったんだよ……」
「…………責任の一端は私にあるのかも知れない……?」
「――だろ? けどジヨンもいるからよ、念のため滞在すんのは長くて一日ってことになったんだよ。 あ、俺は春鈴に一言声かけてから帰ろうと思ってよ?」
「――おばちゃま、ここにもジヨン連れてきてんの……?」
春鈴は驚きながらも、非難めいた顔つきで責めるように言った。
龍脈云々ではなく、龍族襲撃の現場にまだ小さな子供を連れてくるべきではないと、非難の目を受けていた。
しかしガボクはその考えを理解しながら、キョトンとした顔つきで口を開いた。
「その辺はガキだからって甘やかさねぇよ。 俺らのお頭にするってんなら余計にな」
「なる、ほど……?」
言葉通り納得できてはいない春鈴だったが(虎族の中の常識では、そういうものなのかもしれない……)と、曖昧に頷き返した。
「力自慢の虎族だが、情にはとびきり深いんだぜ?」
(……子供の頃からずっと一緒にいて情が芽生えちゃえば、自分たちより年下で弱くってもお頭だって認めやすいよ! ……的なことなんだろうか?)「……みんながおばちゃまに頭上がらないのもそれが関係してる? ――おばちゃまなんだかんだ言いつつみんなのことが大好きだもんね? ――……噂によると虎族はみんな奥さんや恋人のお尻に敷かれてるらしいじゃん?」
「――春鈴、それは情が深いってのとは関係ねぇ」
急に表情を引き締めたガボクは神妙な面持ちで静かに首を横に振る。
「……違うの?」
「――自然の摂理、ってやつだ」
「そんなバカな……」
真剣な表情で言ったガボクに、春鈴は呆れを滲ませる顔つきで脱力するのだった。
「……そういえば、石宝族って覚えてるか? 龍族に村潰されたってうわさの……」
「ああ、呪いで人王様を病気にしたっていう……」
「――ここにも何人か入り込んでるみたいだぞ」
「……襲撃仲間の中にいたってこと?」
「いや働いてるっぽかったな」
(――いやそれはない。 先祖返りでもない限りここじゃ働けないって……)
「……ほんとぉ? なんで分かったの?」
ガボクに疑うような視線を向ける春鈴。
「本当だって! 実はあいつらを見分けるのにコツがあるって教えてもらったんだよ」
ガボクは疑われていることに気が付き、唇を尖らせながら最近教わったというそのコツについて詳しい話を説明しはじめた。
――そうして二人は少しの間、楽しそうにうわさ話に花を咲かせていたが、話している最中、ガボクが急に廊下に顔を向け、耳をピクピクと動かしはじめた。
そして時間切れを宣言すると名残惜しそうにしながら再び窓から出ると、暗闇に紛れそのまま里を後にしたのだった――
――その日の夜。
ベッドに入った春鈴は、今日起こったことを祖母になんと報告すべきかと、頭を悩ませていた。
「――そういえばばっちゃに何も言わずに朱家の一族に入ったっぽいんだけど……怒られたりするんじゃ……?」
春鈴が思い切り顔をしかめながら頭を抱えていると、どこかから聞き覚えのある小さな声が聞こえた気がした。
(……え? だってここ、昼間のあれこれでとんでもない数の護衛が見回ってるのに……?)
きょろりと視線を窓の外に移す春鈴。
安全確認のため蒼嵐の離宮は一時閉鎖され、春鈴たちは一時的に別の離宮に移っていた。
春鈴に与えられた部屋は三階の見晴らしの良い部屋だったのだが――
その窓の外に大きな人影を見つけ、大きくその身体を震わせた。
「春鈴……! おい、ここあけろって!」
「――え……?」
(……誰? この声……私、知ってる気がする……?)
春鈴が呆然とその声の持ち主を見つめていると、その人物は窓顔を近づける。
その影とその声に覚えがあった春鈴は、恐る恐る窓に近づき、そっと鍵に手を伸ばした。
そして――
「――よっ!」
「――ガボク⁉︎」
開いた窓からするりと部屋の中に入ってきたのは、お得意様の虎族の青年、ガボクだった。
「ここで何して――……ねぇ、今日この里を大勢の傭兵が襲撃したんだけどさぁ……?」
その登場に驚いていた春鈴だったが、嫌な心当たりにジトッとした視線をガボクに向けた。
「――まぁ……そのまさかだ」
ほほをポリポリとかきながら、言いにくそうに答えるガボク。
そんなガボクに目を吊り上げる春鈴――大きく息を吸い込んだ春鈴にあわてて人差し指を口元に突き付けた。
その仕草を見て、グッと唇を噛みしめた春鈴はできうる限り声をひそめて文句を言った。
「なにしてくれてんの……⁉︎」
「いや、だって姐さんに命令されちまったし、それに俺らちゃんと春鈴のこと守ったんだぜ?」
「いつ……?」
「ほら、春鈴がいた部屋で「声なんかしてねーよ」とか言ってごまかしたり、春鈴のこと捕まえそうになったやつ邪魔してみたりよ?」
「――……言われてみればそんなこともあったような……?」
「だから大目に見てくれよ。 大体春鈴にだってちっとは責任あんだぜ?」
「――ものすごい言いがかりなんですけど……?」
「――姐さんが、春鈴が平気なんだからお前らだって平気だ! 虎族が龍脈に強いってことしっかり見せつけてきな! ……ってこの仕事受けちまったんだよ……」
「…………責任の一端は私にあるのかも知れない……?」
「――だろ? けどジヨンもいるからよ、念のため滞在すんのは長くて一日ってことになったんだよ。 あ、俺は春鈴に一言声かけてから帰ろうと思ってよ?」
「――おばちゃま、ここにもジヨン連れてきてんの……?」
春鈴は驚きながらも、非難めいた顔つきで責めるように言った。
龍脈云々ではなく、龍族襲撃の現場にまだ小さな子供を連れてくるべきではないと、非難の目を受けていた。
しかしガボクはその考えを理解しながら、キョトンとした顔つきで口を開いた。
「その辺はガキだからって甘やかさねぇよ。 俺らのお頭にするってんなら余計にな」
「なる、ほど……?」
言葉通り納得できてはいない春鈴だったが(虎族の中の常識では、そういうものなのかもしれない……)と、曖昧に頷き返した。
「力自慢の虎族だが、情にはとびきり深いんだぜ?」
(……子供の頃からずっと一緒にいて情が芽生えちゃえば、自分たちより年下で弱くってもお頭だって認めやすいよ! ……的なことなんだろうか?)「……みんながおばちゃまに頭上がらないのもそれが関係してる? ――おばちゃまなんだかんだ言いつつみんなのことが大好きだもんね? ――……噂によると虎族はみんな奥さんや恋人のお尻に敷かれてるらしいじゃん?」
「――春鈴、それは情が深いってのとは関係ねぇ」
急に表情を引き締めたガボクは神妙な面持ちで静かに首を横に振る。
「……違うの?」
「――自然の摂理、ってやつだ」
「そんなバカな……」
真剣な表情で言ったガボクに、春鈴は呆れを滲ませる顔つきで脱力するのだった。
「……そういえば、石宝族って覚えてるか? 龍族に村潰されたってうわさの……」
「ああ、呪いで人王様を病気にしたっていう……」
「――ここにも何人か入り込んでるみたいだぞ」
「……襲撃仲間の中にいたってこと?」
「いや働いてるっぽかったな」
(――いやそれはない。 先祖返りでもない限りここじゃ働けないって……)
「……ほんとぉ? なんで分かったの?」
ガボクに疑うような視線を向ける春鈴。
「本当だって! 実はあいつらを見分けるのにコツがあるって教えてもらったんだよ」
ガボクは疑われていることに気が付き、唇を尖らせながら最近教わったというそのコツについて詳しい話を説明しはじめた。
――そうして二人は少しの間、楽しそうにうわさ話に花を咲かせていたが、話している最中、ガボクが急に廊下に顔を向け、耳をピクピクと動かしはじめた。
そして時間切れを宣言すると名残惜しそうにしながら再び窓から出ると、暗闇に紛れそのまま里を後にしたのだった――
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