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 一晩寝て気持ちが落ち着いたのか、泣いてスッキリしたのか、昨日と同じ状況で朝を迎えた春鈴は、自分でもびっくりするほどにケロリとしていた。
(――って、さっぱりしてる場合じゃない! ……これ絶対まずいよね⁉︎ 朝になってるけど⁉︎ え、蒼嵐さん⁉︎ 助けは? 私を助けて⁉︎ 式送りましたよね⁉︎)
 そこまで思い、春鈴は気が付いてしまった。
(……私があそこから運ばれちゃったから……? ――そうだよねー? 運ばれるのは想定外だった……――どうしよう、このままだと私の長椅子が……いや、蒼嵐の家に迷惑がかかる!)
 慌てて身を起こした春鈴は、紐で結ばれている手やその肩などを使って猿轡をはずそうともがき始める。
(……普通こういう時って、手は後ろで結ぶ気もするけど……――こういう所、世間を知らないお嬢様って感じ……)
「――こっちとしては、けっこう快適に眠れたし、紐解くのも簡単でいいけどー」
 猿轡が外れた口で、今度は手首の紐を解きながら、春鈴は呆れたようにもらした。
「――っと、取れた! 次は足――っと……」
 春鈴は床に手をつき、足をグッと曲げその口を足を縛る紐に近づけたところで気がつく――
(……手はもう自由だった……)
 誰もいない部屋の中、ヘラリと照れたように笑うと、いそいそと足の拘束も解いていく春鈴。
 
(よく泥棒とか不審者とかが屋根裏を通って……とかいう話、あるけどさぁ……ド素人の私が登れちゃうっていうのは対策がガバガバ過ぎでは……? ――そのおかげで私は今こうして脱出できているわけなんですが……――問題はここはどこで、私はどこに向かえば安全なのかってことなんですよ……)
 閉じ込められた部屋に開けられる窓は無かった。
 そのため春鈴は部屋の中にあった机や椅子を使い屋根裏に侵入した。
 そして出口を求めて、屋根裏をズリズリと進んでいく。
 
 そのままゆっくりと屋根裏を進んでいると、かすかに人の話し声や笑い声が聞こえてきた。
(優しそうな人なら助けてもらえたり……? ――屋根裏からこんにちは、しちゃったら無理かなぁ……――とりあえず人相を確認させてもらおう! 万が一にも魅音たちだった終わりだし!)
 
「……全く横暴な話だとは思わんか? 金を借りたのも向こう、そのかたに山を差し出したのも向こう……だと言うのに、今になって稀布の織り手に対する態度ではないと批判し、それどころか後ろ盾として不適格とまで……」
(――今最も見つかってはいけないであろう人物が、ものすごくムカつくことペラペラ喋ってやがるんですけどもー⁉︎)
 その会話で話している人物が、菫家の人間だと理解した春鈴は屋根裏でギシリと身体を固くした。
「おや、それはそれは……不適格となってしまえば、菫家は貴重な織り手を減らされてしまいますねぇ?」
 気が付かれてはいけない相手だったのだが、相手の顔が気になってしまった春鈴は、慎重に天板を動かして少しの隙間を作ると、そこから部屋の中を覗き込んだ。
(――なんだか偉そうなお爺ちゃんと……相手は凛風が案内していた商人……? ――待って。 あのお爺ちゃん……――魅音のじーさんじゃ……?)
 泰然の正体に気が付いた春鈴は、顔色を悪くしてさらに身体をこわばらせる。
「それもそうだが、国で手ぐすねを引いている連中になんと言われるか……――赤っ恥もいい所だ!」
 そう言うと、泰然はぐいっと酒を飲み干すと、乱暴な態度で机に酒杯を叩きつけた。
「……お察し致しまする」
 泰然の不機嫌を感じ取った静は、頭を深く下げながら返した。
「のう……静よ、こうは思わんか? 龍王などすげ替えの利く存在だと……――ご静養叶わず……と言うこともあるやもしれん、と……」
「――そしてその罪を、ですか?」
「はははっ 人間が龍族を退けるには、ココを使わねばならん」
 そう言いながら、トントンと頭を叩いて見せる泰然。
「私のような小物には到底考えもつきませぬ……」
「謙遜をするな、そなたの方がよほど頭が切れるであろう?」
「なにをおっしゃいますやら……手前はしがない宝石商にございまする。 大臣様に叶うわけもございませんよ」
「そうかのぅ……? ――では、石宝村の長となればどうだ?」
(石宝村……? ……どっかで聞いたことあるような……?)
「――……石宝村、ですか?」
 その名前を聞いた静は、ピクリと眉をはね上げた。
「――石宝一族はみなが一様に鉱石を纏う。それは守り石でもあり、各地に点在している仲間を見つけるための印……だろう? ――その胸元の稀有なる石……星雫石せいなせきという名であったか?」
「……確かにこれは星雫石でございますが、私はそのような身分のものでは……これは大変貴重ではあっても、我が商店で取り扱う商品です。 様々な方々に売っておりますとも……」
「はっはっは! だからこそ、そなたは宝石商なのだ。 仲間だけの手に渡るよう手心を加えられるようにな? 事実、我の知り合いで星雫石を持つ者はそなたぐらいのもの――しかし……不思議なことに様々な場所に出入りする末端の者の中には紛れておるのだよ……星雫石を持つ者はたちがなぁ?」
 そう言いながらニヤリと笑う泰然――その顔に魅音の影を見た春鈴は吐き気がするほどの嫌悪感を感じていた。
「――貴重とはいえ、泰然様のような権力者にお渡しできる大きさのものはそうそう見かけず……――もっと下の者たちに勧めることとなってしまうのですよ……――しかし、お気に召たのであれば、次に仕入れた時にはご融通することをお約束致しましょう」
 自分に疑惑を向け続ける泰然をものともせず、静はにこやかな笑顔を浮かべたままだ。
 しかし泰然のほうは、よほど自信があるのかニタニタという攻撃的な笑顔を浮かべ続けていた。
「はっはっは それは遠慮する。 石宝の一族を敵に回すのは恐ろしいゆえな……」
「……本日の泰然様は、お戯れが過ぎまするな……私はしがない宝石商に過ぎませんよ」
 静が困ったように眉を下げると、泰然はようやく笑顔をやめ目を細め、静を見据えた。
「――ならば……石宝族にツテは無いか? 先ほどの計画を実行して欲しいのだよ。……ああ、もちろんわしの望み通りになれば、きちんと礼金も支払おう」
「…………」
 泰然の言葉に黙り込んだまま、酒杯に手を伸ばす静。
「――……そなたにに心当たりがないと言うならば……ここに働く者の中からつながりを持っていそうな者たちに声をかけてみるかのぅ……」
(うわぁ……怖っ! 今のは私でも分かったよ。 あれは脅しだよ。 お前が引き受けなきゃ、入り込んでる奴らの素性を龍族にバラすとか、そんな感じの……――じゃ、つまりあの人は本当に石宝村の……?)
 春鈴がそんなことを考えながら、じっと静を眺めようと目を凝らした時だった。
 視線を向けた静が、パッと顔を上げニコリと愛想のいい笑顔を泰然に向けていた。
「――礼金をはずんでいただけると言うのであれば、ツテを探してみせましょう」
「おお! そうか、探してくれるか!」
「このような金儲けのチャンスを逃しては、商人の恥にござりましょう」
「なるほどなぁ……よしよし! その心いきに免じて、報酬はうんと弾ませてもらおうぞ!」
 明るい声色とは裏腹に、瞳が全く笑っていない笑顔で話し始めた二人は――上辺だけは――上機嫌に笑い合いながら酒を酌み交わすのだった。
(――……あれ? この状況、とんでもなくマズいのでは……? こんな会話を盗み聞きしてたなんてことがバレちゃったら……私、確実に命を狙われちゃう……⁉︎)
 春鈴が顔を真っ青にしてゴクリと唾を飲み下した、その次の瞬間――
 慌てているような足音がこちらに近づいているのが聞こえ、春鈴は肩を震わせた。
(――まさか、部屋から出たことに気が付かれたんじゃ……)
 顔色を悪くした春鈴が恐怖に顔を歪めていると、震える身体を押さえつけていると、部屋の外から中に向かい声がかけられた。
「――大臣様、じゃん商人、お早くお部屋替えを願いたく……」
「――なにごとだ?」
「龍族の方々が稀布の織り手を奪われたと、大変なお怒りようで……ただ今お部屋あらためを」
「――まさか魅音か?」
 ハッとしたように身体を浮かせ、ギリギリと目を吊り上げる泰然。
 
 ――春鈴が囚われていたのは魅音の離宮ではなかった。
 そこは泰然たち人間の役人たちが与えられた離宮であり、昨夜は魅音がなにやら運び込んだらしいという報告を護衛から受けていた泰然には、なにかしらの心当たりがあったのかもしれない。
 
(他派閥の者は連れてきていないからと、好きにさせるべきではなかった……!)
「……そのように報告を受けております」
「バカ娘がっ……! ――すまぬな静よ」
「お気になさらないで下さい……」
 そんな会話をしながら、侍女に案内されるがままに二人はそそくさと部屋を後にする。
 誰もいなくなった部屋を見下ろしながら、そっと安堵の息を吐き出す。
(……つまりは誰かが探しに来てくれてる……! ――いや待って? この家を探す、私見つかる、えっあの部屋の近くで? ふぅん……? ――あ、絶対ダメなヤツだこれ。 最悪の場合「聞かれていた可能性もあるから口封じ!」とかいう暴論振り翳してきそう……――に、逃げなきゃ……! 一刻も早くこの部屋から離れなきゃ……)
 慌てた様子で、しかし物音は立てないように気を付けながら、ズリズリと通ってきた道を戻り始める春鈴。
 
 ――その後春鈴は誰にも見つかることなく元々閉じ込められていた部屋に戻り、無事に救出されることに成功したのだった。
 そして「こんなにボロボロにされて!」と憤る浩宇たちに微妙な顔を浮かべながら「ちょっと埃っぽかっただけだから……」と、天井裏を這いずり回り、残念なことになった服をそっと見下ろした。
 
 春鈴を救出した直後ではあったのだがーーしかしその日は緑春祭当日。
 休む間もなく大急ぎで離宮に戻った春鈴は、自分を心配している龍族たちを宥めながら、みんなで力を合わせて菓子を作り、なんとか予定通りの料理を予定通りの数、完成させることができたのだった。
 ――多少時間に遅れは生じてしまったが、祭りには十分に間に合う遅れだった。
 
 ――そして、料理を作り終わり脱力していた春鈴の元に、紫釉や橙実の手配した侍女が続々と現れ、春鈴の体調に気を使いながらも化粧を施し髪を結い上げ磨き上げていった。
 そして最後に蒼嵐が現れ、高品質な宝石が散りばめられた豪華な装飾具一式を春鈴に贈呈する。
 
「……え?」
「これまでに織った稀布の代金だと思っておけ」
「――これ……全部私の⁉」
「……喜んでもらえて何よりだ」
 ほほを紅潮させながら瞳を輝かせる春鈴に照れくさそうな蒼嵐。
 
 そして、そんな普段よりも少し着飾った蒼嵐にエスコートされてやってきた大門の屋上。
 そこからは多少距離はあったが、龍宝宮で開かれる緑春祭の様子がよく見えた。
 荷物を運んでくれた優炎と浩宇が席の準備もしてくれ、春鈴は広げた布の上に菓子を広げ、ゆったりくつろぎながら芸人や一座の出し物を楽しんだのだった――
 
「――蒼嵐、ありがとね? こんな素敵な首飾りや耳飾りもだけどさ、龍族の王宮でやるお祭りなんて、私は絶対見れないと思ってたから……」
 春鈴は照れくさそうにしながらも、嬉しそうにはにかみながら蒼嵐にお礼を言った。
「……よく似合っている」
「――エヘヘ」
 同じように照れ臭そうな蒼嵐に褒められた春鈴はさらに嬉しそうに微笑み、くすぐったそうに首をすくめた。
 そしてしばらくの間、二人仲良く並びながら祭り会場を眺め続けていたのだが、日が暮れ始めた頃、肌寒い風が吹きはじめ、春鈴はようやく蒼嵐に伝えなくてはいけない話を思い出した。
「……――あっ! そういえばさ……?」
と、今更ながらも春鈴は屋根裏で聴いた泰然と静の会話を蒼嵐に話して聞かせたのだった。
 
「――なぜもっと早く言わないんだお前は……」
「だ、だって、いくらなんだって今日話してて当日実行! って話でも無いだろうし……それに人間の龍王様だって、たくさんの護衛に囲まれてあの中にいるんでしょ?」
「――……まぁ、そう、なるか?」
 蒼嵐は曖昧に頷いて、手元にあった酒を飲み干した。
「――あっパンダ族が出てきたっ!」
 そして春鈴たちは緑春祭の一日目を心ゆくまで楽しんだのだった――
 
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