24 / 55
24
しおりを挟む
◇
――さらに後日。
温泉を気に入った魅音が、イタチ族の村に入り浸るようになった頃――
あれから紫釉は、橙実に習うように、毎日のように蒼嵐の離宮におやつを食べに来るようになっていた。
……それどころかなにかと理由をつけては春鈴の前に現れ、いろいろな金品を渡そうとしてきたのだが、紫釉を警戒している春鈴はそれを代金にかんざしを奪われてなるものか! と頑として受け取らなかった。
さみしそうに肩を落とす紫釉だったが、春鈴に声をかけることはやめようとはせず、庭園に離宮にと様々な場所へ共に行こうと、朝に昼に夕に晩に……一日に何回も春鈴を誘うようになっていた。
蒼嵐たちに助けられながら、仕事や用事、不作法などを理由に、それらの誘いも全て断り続けていた春鈴だったのだが、とうとう断れなくなり「本当に無礼を働いても文句言わないでください……」と言う言葉と共に、紫釉が気に入っているという、龍宝宮でも限られたものしか入ることを許されない、それは美しく豪華な庭園にやって来ていた。
(……どこもかしこもキンキラキン……――今踏んでる玉砂利も水晶や天然石だし……――さりげなく2、3個拾って帰れないだろうか……――いや、やめとこう……これが『龍のお宝』に分類されてたら、私の人生が終了してしまう……)
「――あ、寒緋桜だ……ヨモギも生えてる……!」
きらびやかな庭園を紫釉の後に続いて春鈴は、通路を少し外れたところに美しく咲き誇る、鮮やかな桃色の桜と、その下に生えているヨモギを見つけ、つい声に出していた。
「……宝はあの花が欲しいのかい?」
「え? あー……その……春になったら、あれで作ったお餅だなって、思ってしまいまして……」
紫釉からの質問に、少し恥ずかしそうにうつむき、答えにくそうに言葉を紡いだ。
昔から春の訪れを祝って作る、寒緋桜の花を練りこんだ餅、花餅とヨモギを練りこむ草餅。
季節はまだ冬だが、美しく満開に咲き誇る花とその根元にひっそりと生えるヨモギに春の訪れを、そして――餅の美味しさを思い出していた。
「餅……?」
「あの、草餅と花餅って知りません?」
春鈴の問いかけに、紫釉は少し考え込み、そしてポツリと呟いた。
「――緑の餅と桃色の餅……」
「あ、そうですそうです! それです。 黒みつや、きなこをつけて食べる春のお餅です」
「……では私も手伝いましょう」
「――え?」
紫釉の言葉の意味が分からす、キョトンと目を見開く。
そんな春鈴にクスリと笑いながら口を開いた。
「ふふっ 働かざるもの食うべからず……と言うだろう?」
「ああ! じゃあその分紫釉様のお餅は多くしますね!」
「おや、それは楽しみだ」
春鈴は祖母のようなことを言い出した紫釉に少しだけ親近感を感じ、その後姿を眺めながらクスリと笑った。
(ふーん、龍族にもそういうことわざとかあるんだぁー)
「――そういえば龍族の女性って、なんで薄い布で顔を隠してる方と、隠してない方がいるんですか? どんな違いがあるんでしょう?」
春鈴はしゃがみこみながらヨモギを摘み、腕を伸ばして寒緋桜の花を摘んでいる紫釉に話しかけた。
――そんな二人の背後では、紫釉に付き添っていた護衛たちが感情を無くした顔つきで、庭園の寒緋桜をむしる紫釉を見つめていた。
「ああ……既婚者の女性が夫に請われれば、布を付けることがあるな」
「……だんなさん?」
「龍族は独占欲が強いゆえな……」
(――それで布をつけるのは奥さんだけ……? なんか不公平な感じ)
少し不満に感じた春鈴は、ヨモギを摘みながら面白くなさそうに顔をしかめた。
「――誰にも見せたくないならば、家に閉じ込めておけば良いのになぁ……」
そんな不穏な言葉に思わず紫釉を見上げる。
春鈴から見た紫釉はちょうど逆行になっていて、その表情をうかがうことは出来なかった。
だが……そう言った紫釉の体から、なんだか良くないものが漏れ出ているような気がして、そっと視線をヨモギに戻した
(――すっごい公平な気がしてきた。 うん。 顔を隠すぐらいで済むならまだマシまだマシ!)
そう自分に言い聞かせ、春鈴は無心でヨモギを摘み続けた――
「――このくらいにしてお餅作りましょうか」
それなりの量になったヨモギを両手で持って、春鈴は紫釉に声をかける。
(ちょっと足りない気もするけど、二種類作るし、こんなもんでしょ)
「おお……! つきたての餅か、楽しみだ」
春鈴の言葉に目を輝かせ、満面の笑顔をうかべる紫釉。
――その背後では、紫釉の護衛たちがホッとしたような雰囲気をまとっていた。
この後、紫釉は当然のように餅つきも手伝うと言い出し、護衛たちや蒼嵐たちをやきもきさせたのだった――
――さらに後日。
温泉を気に入った魅音が、イタチ族の村に入り浸るようになった頃――
あれから紫釉は、橙実に習うように、毎日のように蒼嵐の離宮におやつを食べに来るようになっていた。
……それどころかなにかと理由をつけては春鈴の前に現れ、いろいろな金品を渡そうとしてきたのだが、紫釉を警戒している春鈴はそれを代金にかんざしを奪われてなるものか! と頑として受け取らなかった。
さみしそうに肩を落とす紫釉だったが、春鈴に声をかけることはやめようとはせず、庭園に離宮にと様々な場所へ共に行こうと、朝に昼に夕に晩に……一日に何回も春鈴を誘うようになっていた。
蒼嵐たちに助けられながら、仕事や用事、不作法などを理由に、それらの誘いも全て断り続けていた春鈴だったのだが、とうとう断れなくなり「本当に無礼を働いても文句言わないでください……」と言う言葉と共に、紫釉が気に入っているという、龍宝宮でも限られたものしか入ることを許されない、それは美しく豪華な庭園にやって来ていた。
(……どこもかしこもキンキラキン……――今踏んでる玉砂利も水晶や天然石だし……――さりげなく2、3個拾って帰れないだろうか……――いや、やめとこう……これが『龍のお宝』に分類されてたら、私の人生が終了してしまう……)
「――あ、寒緋桜だ……ヨモギも生えてる……!」
きらびやかな庭園を紫釉の後に続いて春鈴は、通路を少し外れたところに美しく咲き誇る、鮮やかな桃色の桜と、その下に生えているヨモギを見つけ、つい声に出していた。
「……宝はあの花が欲しいのかい?」
「え? あー……その……春になったら、あれで作ったお餅だなって、思ってしまいまして……」
紫釉からの質問に、少し恥ずかしそうにうつむき、答えにくそうに言葉を紡いだ。
昔から春の訪れを祝って作る、寒緋桜の花を練りこんだ餅、花餅とヨモギを練りこむ草餅。
季節はまだ冬だが、美しく満開に咲き誇る花とその根元にひっそりと生えるヨモギに春の訪れを、そして――餅の美味しさを思い出していた。
「餅……?」
「あの、草餅と花餅って知りません?」
春鈴の問いかけに、紫釉は少し考え込み、そしてポツリと呟いた。
「――緑の餅と桃色の餅……」
「あ、そうですそうです! それです。 黒みつや、きなこをつけて食べる春のお餅です」
「……では私も手伝いましょう」
「――え?」
紫釉の言葉の意味が分からす、キョトンと目を見開く。
そんな春鈴にクスリと笑いながら口を開いた。
「ふふっ 働かざるもの食うべからず……と言うだろう?」
「ああ! じゃあその分紫釉様のお餅は多くしますね!」
「おや、それは楽しみだ」
春鈴は祖母のようなことを言い出した紫釉に少しだけ親近感を感じ、その後姿を眺めながらクスリと笑った。
(ふーん、龍族にもそういうことわざとかあるんだぁー)
「――そういえば龍族の女性って、なんで薄い布で顔を隠してる方と、隠してない方がいるんですか? どんな違いがあるんでしょう?」
春鈴はしゃがみこみながらヨモギを摘み、腕を伸ばして寒緋桜の花を摘んでいる紫釉に話しかけた。
――そんな二人の背後では、紫釉に付き添っていた護衛たちが感情を無くした顔つきで、庭園の寒緋桜をむしる紫釉を見つめていた。
「ああ……既婚者の女性が夫に請われれば、布を付けることがあるな」
「……だんなさん?」
「龍族は独占欲が強いゆえな……」
(――それで布をつけるのは奥さんだけ……? なんか不公平な感じ)
少し不満に感じた春鈴は、ヨモギを摘みながら面白くなさそうに顔をしかめた。
「――誰にも見せたくないならば、家に閉じ込めておけば良いのになぁ……」
そんな不穏な言葉に思わず紫釉を見上げる。
春鈴から見た紫釉はちょうど逆行になっていて、その表情をうかがうことは出来なかった。
だが……そう言った紫釉の体から、なんだか良くないものが漏れ出ているような気がして、そっと視線をヨモギに戻した
(――すっごい公平な気がしてきた。 うん。 顔を隠すぐらいで済むならまだマシまだマシ!)
そう自分に言い聞かせ、春鈴は無心でヨモギを摘み続けた――
「――このくらいにしてお餅作りましょうか」
それなりの量になったヨモギを両手で持って、春鈴は紫釉に声をかける。
(ちょっと足りない気もするけど、二種類作るし、こんなもんでしょ)
「おお……! つきたての餅か、楽しみだ」
春鈴の言葉に目を輝かせ、満面の笑顔をうかべる紫釉。
――その背後では、紫釉の護衛たちがホッとしたような雰囲気をまとっていた。
この後、紫釉は当然のように餅つきも手伝うと言い出し、護衛たちや蒼嵐たちをやきもきさせたのだった――
0
お気に入りに追加
30
あなたにおすすめの小説
皇帝は虐げられた身代わり妃の瞳に溺れる
えくれあ
恋愛
丞相の娘として生まれながら、蔡 重華は生まれ持った髪の色によりそれを認められず使用人のような扱いを受けて育った。
一方、母違いの妹である蔡 鈴麗は父親の愛情を一身に受け、何不自由なく育った。そんな鈴麗は、破格の待遇での皇帝への輿入れが決まる。
しかし、わがまま放題で育った鈴麗は輿入れ当日、後先を考えることなく逃げ出してしまった。困った父は、こんな時だけ重華を娘扱いし、鈴麗が見つかるまで身代わりを務めるように命じる。
皇帝である李 晧月は、後宮の妃嬪たちに全く興味を示さないことで有名だ。きっと重華にも興味は示さず、身代わりだと気づかれることなくやり過ごせると思っていたのだが……
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件
三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。
※アルファポリスのみの公開です。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】番である私の旦那様
桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族!
黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。
バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。
オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。
気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。
でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!)
大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです!
神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。
前半は転移する前の私生活から始まります。

【完結】私、殺されちゃったの? 婚約者に懸想した王女に殺された侯爵令嬢は巻き戻った世界で殺されないように策を練る
金峯蓮華
恋愛
侯爵令嬢のベルティーユは婚約者に懸想した王女に嫌がらせをされたあげく殺された。
ちょっと待ってよ。なんで私が殺されなきゃならないの?
お父様、ジェフリー様、私は死にたくないから婚約を解消してって言ったよね。
ジェフリー様、必ず守るから少し待ってほしいって言ったよね。
少し待っている間に殺されちゃったじゃないの。
どうしてくれるのよ。
ちょっと神様! やり直させなさいよ! 何で私が殺されなきゃならないのよ!
腹立つわ〜。
舞台は独自の世界です。
ご都合主義です。
緩いお話なので気楽にお読みいただけると嬉しいです。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる