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龍族に案内されてやってきたのは、少々小ぶりの離宮だった。
しかし、ほとんどが小さい部屋だったとはいえ、集められた侍女たちが全員個室を持つには十分な部屋数を備えており、魅音の部屋やリビングに当たる部屋も十分な広さがあった。
――あったのだったが……
(はっはーん。さてはこいつらマジで根性腐ってやがるな……?)
春鈴は当てがわれた部屋の前で、げんなりと顔を歪めていた。
「ここがお前の部屋だ、ここで布を織っていろ」
と言われて連れてこられた部屋、春鈴は入る気にすらなれなかった。
そしてチラリと視線を動かし、こちらを眺めながらニヤニヤと笑っている
侍女たちに向かい、吐き捨てるように言い放った。
「そもそも入りたくないし、こんな部屋じゃ稀布なんか織れないけど?」
その部屋は、その離宮の地下に作られた食料保存庫のような場所だった。
外からの光が入ることもなく、ジメジメしていて、なんだかツンと鼻を刺激する匂いまで漂っている所だった。
(こんな所で気分よく歌えるか! つーかこんな場所で織られた布が欲しいのかお前⁉︎)
春鈴は侍女たちの後ろで顔をしかめながら扇子を仰いでいる魅音を睨みつける。
――廊下に置かれた、ろうそくの明かりだけだったため、それだけは魅音や侍女たちに見咎められることは無かった。
「まあっ! なんて言い草でしょう! せっかくの魅音様のご好意をっ!」
「――ならあんたの部屋ととっかえる?」
白々しい言葉をかけてきた侍女に、春鈴は冷たく言い放ったな。
「それは……」
とたんに口ごもる侍女。
しかし、そんな侍女の後ろからスッと一本の扇子が差し出された。
そしてその扇子を使って侍女を押しのけ前へと進み出たのは魅音。
「――気にいらないなら出ていけば?」
「……え?」
何を言われたのか理解できずに、眉を寄せる春鈴。
「だから、ここが気に入らないなら出て行けって言ってるの。 みんなもほら、手伝っておあげなさいな」
クスクスと楽しそう笑いながら、扇子をヒラヒラと振って上機嫌な魅音。
そして、ニヤリ……と歪む口元を、その豪華な扇子で覆い隠した。
その後ろで「あいつの荷物を外へ捨てておしまい」と近くの侍女たちに命じている。
命じられた侍女たちは、互いに目配せをしながら、春鈴が手にしている荷物を無理やり奪い取る。
一般人以上には腕力のある春鈴だったが、相手が複数のことや菫家の者に怪我をさせれば、どんな目に合うか分からなかったため、ほとんど無抵抗に荷物を奪われるしかなかった。
「ちょっと!」
喚く春鈴を押さえつける侍女たち。
そしてそれらとは別の侍女たちを従え、魅音は春鈴の荷物と共に悠々と一階へと続く階段を登っていった。
「待って! 私の荷物をどうするのよ」
押さえつけていた侍女を押しのけ、春鈴も階段を駆け上がりながら魅音に向かって叫ぶ。
「――さっさと外に出ていけるようにしてあげるのよ」
頭上から聞こえた魅音の楽しげな声が、たまらなく苛立たしかった。
春鈴が魅音たちに追いついたのは、離宮の玄関先だった。
そこには侍女や魅音たちがズラリと並んでいて、ニヤニヤと意地の悪いの笑みを春鈴に向けていた。
「お優しい魅音様に感謝しなさい?」
春鈴の荷物を持った侍女がニタリと笑いながら春鈴に話しかける。
「はぁ⁉︎ 外に追い出すヤツのどこが優しいわけ? あんたらおべっか使いすぎて頭おかしくなってんじゃないの⁉︎」
声を荒げた春鈴を、侍女たちは口々に罵る。
「お黙り! バケモノ憑きの分際で生意気なっ」
「ああ、恐ろしい。 同じ空気を吸うのもおぞましいわっ!」
そして侍女たちはそう罵りながら、春鈴の荷物を離宮の外に投げ捨てた。
その一連のやりとりを楽しそうに眺めている魅音。
――その姿が幼いころの記憶と重なり、春鈴は手を握りしめながら庭に出た。
これまでの心無い仕打ちに、腹が立って仕方がない春鈴は、荷物を拾い上げ、バンバンと土ぼこりを払うと、ニタニタと上機嫌な魅音を睨みつけ、出来るだけ大きな声を出そうと大きく息を吸い込んだ。
「――この目がおぞましいとか、凄い度胸! これは龍族の目なのに! ここには同じ目を持つ龍族がこんなにたくさん暮らしてるのに! ――龍族って耳ももの凄く良いらしいけど、あんたたちの罵声、聞かれてないといいわね⁉︎」
「なっ⁉︎」
春鈴の言葉に、驚愕に顔を歪ませる魅音や侍女たち。
そんな反応に少し気分が晴れた春鈴は、ニッコリと満面の笑みを浮かべ、
「短い間でしたがお世話になりました」
と言い放ち、グッと胸を張って離宮から出て行った。
(下なんて向いてやらない。 私はあんたたちなんかに傷つけられたりしない! ――それにあんな奴らと一緒に暮らすんだったら、野宿の方が何倍もマシだし!)
春鈴は魅音たちに途方にくれた姿を見せるのが嫌で、なるべく早足でその離宮を離れた。
しかし、ほとんどが小さい部屋だったとはいえ、集められた侍女たちが全員個室を持つには十分な部屋数を備えており、魅音の部屋やリビングに当たる部屋も十分な広さがあった。
――あったのだったが……
(はっはーん。さてはこいつらマジで根性腐ってやがるな……?)
春鈴は当てがわれた部屋の前で、げんなりと顔を歪めていた。
「ここがお前の部屋だ、ここで布を織っていろ」
と言われて連れてこられた部屋、春鈴は入る気にすらなれなかった。
そしてチラリと視線を動かし、こちらを眺めながらニヤニヤと笑っている
侍女たちに向かい、吐き捨てるように言い放った。
「そもそも入りたくないし、こんな部屋じゃ稀布なんか織れないけど?」
その部屋は、その離宮の地下に作られた食料保存庫のような場所だった。
外からの光が入ることもなく、ジメジメしていて、なんだかツンと鼻を刺激する匂いまで漂っている所だった。
(こんな所で気分よく歌えるか! つーかこんな場所で織られた布が欲しいのかお前⁉︎)
春鈴は侍女たちの後ろで顔をしかめながら扇子を仰いでいる魅音を睨みつける。
――廊下に置かれた、ろうそくの明かりだけだったため、それだけは魅音や侍女たちに見咎められることは無かった。
「まあっ! なんて言い草でしょう! せっかくの魅音様のご好意をっ!」
「――ならあんたの部屋ととっかえる?」
白々しい言葉をかけてきた侍女に、春鈴は冷たく言い放ったな。
「それは……」
とたんに口ごもる侍女。
しかし、そんな侍女の後ろからスッと一本の扇子が差し出された。
そしてその扇子を使って侍女を押しのけ前へと進み出たのは魅音。
「――気にいらないなら出ていけば?」
「……え?」
何を言われたのか理解できずに、眉を寄せる春鈴。
「だから、ここが気に入らないなら出て行けって言ってるの。 みんなもほら、手伝っておあげなさいな」
クスクスと楽しそう笑いながら、扇子をヒラヒラと振って上機嫌な魅音。
そして、ニヤリ……と歪む口元を、その豪華な扇子で覆い隠した。
その後ろで「あいつの荷物を外へ捨てておしまい」と近くの侍女たちに命じている。
命じられた侍女たちは、互いに目配せをしながら、春鈴が手にしている荷物を無理やり奪い取る。
一般人以上には腕力のある春鈴だったが、相手が複数のことや菫家の者に怪我をさせれば、どんな目に合うか分からなかったため、ほとんど無抵抗に荷物を奪われるしかなかった。
「ちょっと!」
喚く春鈴を押さえつける侍女たち。
そしてそれらとは別の侍女たちを従え、魅音は春鈴の荷物と共に悠々と一階へと続く階段を登っていった。
「待って! 私の荷物をどうするのよ」
押さえつけていた侍女を押しのけ、春鈴も階段を駆け上がりながら魅音に向かって叫ぶ。
「――さっさと外に出ていけるようにしてあげるのよ」
頭上から聞こえた魅音の楽しげな声が、たまらなく苛立たしかった。
春鈴が魅音たちに追いついたのは、離宮の玄関先だった。
そこには侍女や魅音たちがズラリと並んでいて、ニヤニヤと意地の悪いの笑みを春鈴に向けていた。
「お優しい魅音様に感謝しなさい?」
春鈴の荷物を持った侍女がニタリと笑いながら春鈴に話しかける。
「はぁ⁉︎ 外に追い出すヤツのどこが優しいわけ? あんたらおべっか使いすぎて頭おかしくなってんじゃないの⁉︎」
声を荒げた春鈴を、侍女たちは口々に罵る。
「お黙り! バケモノ憑きの分際で生意気なっ」
「ああ、恐ろしい。 同じ空気を吸うのもおぞましいわっ!」
そして侍女たちはそう罵りながら、春鈴の荷物を離宮の外に投げ捨てた。
その一連のやりとりを楽しそうに眺めている魅音。
――その姿が幼いころの記憶と重なり、春鈴は手を握りしめながら庭に出た。
これまでの心無い仕打ちに、腹が立って仕方がない春鈴は、荷物を拾い上げ、バンバンと土ぼこりを払うと、ニタニタと上機嫌な魅音を睨みつけ、出来るだけ大きな声を出そうと大きく息を吸い込んだ。
「――この目がおぞましいとか、凄い度胸! これは龍族の目なのに! ここには同じ目を持つ龍族がこんなにたくさん暮らしてるのに! ――龍族って耳ももの凄く良いらしいけど、あんたたちの罵声、聞かれてないといいわね⁉︎」
「なっ⁉︎」
春鈴の言葉に、驚愕に顔を歪ませる魅音や侍女たち。
そんな反応に少し気分が晴れた春鈴は、ニッコリと満面の笑みを浮かべ、
「短い間でしたがお世話になりました」
と言い放ち、グッと胸を張って離宮から出て行った。
(下なんて向いてやらない。 私はあんたたちなんかに傷つけられたりしない! ――それにあんな奴らと一緒に暮らすんだったら、野宿の方が何倍もマシだし!)
春鈴は魅音たちに途方にくれた姿を見せるのが嫌で、なるべく早足でその離宮を離れた。
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