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しおりを挟む「――おぞましい、か……」
魅音たちが乗ってきたフェイロンたちが一匹残らず飛び立ったのを確認した蒼嵐は、フンッと鼻を鳴らしながら長椅子に寝そべり、不愉快そうに呟いた。
その声色から、少しの寂しさを感じた春鈴は、少し迷いながらも蒼嵐に語り掛けた。
「……気にしなくていいと思う。 あいつ昔から、そういう……偏見? がスゴイの。 だから気にしちゃダメ」
その言葉に蒼嵐は春鈴を見上げ、その金の瞳を見て思い出した。
「――バケモノ憑き……か?」
「……まぁね?」
春鈴は会話を聞かれていた気まずさからか、言われたくない言葉だったからか、曖昧に頷きながら苦い顔で無理やり笑顔を作る。
「――私は先祖返り……そしてその特徴として、目が龍族のな訳だけど……あいつ昔からそれをバケモノ、バケモノって言ってきて……――とにかくそういう嫌な奴なわけ! だから黒いからとか、あんな根も葉もない言いがかりな悪口、気になんかする必要ないよ?」
「――いや……それはだな……?」
蒼嵐は少し口ごもりながら春鈴から視線を外した。
しかし春鈴はそんな蒼嵐にかまわず話を続ける。
「私、ずっと元気だよ!」
「――は?」
その言葉の意味が分からず、呆けた顔を春鈴に向ける。
「だって、蒼嵐が不吉ならさ? 毎日のように会ってる私は、めっちゃ不幸で、うちだって今より大変なことになってるはずでしょ? でも私はこんなに元気! もちろんばっちゃだって!」
ポカンと口を開きながら春鈴の言葉を聞く蒼嵐。
しばらくして、ようやくその言葉の意味が理解できたのか、ふっと顔を綻ばせると「そうか……」と、はにかむように静かに微笑んだ。
そして、何かを決意したような瞳を春鈴に向ける。
「――黒龍とはな、昔から暴走龍のことを指す」
「……暴走龍?」
初めて聞く単語に、首をかしげる春鈴。
「龍族の力は強大だ……しかしどんな生物であろうと、老化とともに力を弱らせ……やがて死んでいく」
「だね……?」
「ーー病気や怪我で、力はそのままに肉体が弱ってしまう場合があるだろう?」
「――まぁ。 でもそんなのどの種族とか関係なく、そんなもんでしょ?」
「だが、龍族は多くの力を持っているんだーーそして身体が弱ると、その力が制御が難しくなる」
「――……想像以上にやばい事態になったりする……?」
「ああ。 一番ひどい例では、その暴走する力で龍脈が大きく傷ついてしまったらしい」
「一番ひどい例……なんでしょ?」
「――そうなると言う可能性だけで大事だ。 龍族にとって龍脈は必須。 そこから流れ出る“気”がなければ長く生きてはいけないのだからな」
「そう、なんだ……?」
龍族にとって龍脈は必要不可欠――その事実は知識として知っていた春鈴だったが、まさか長く生きられないほどのものだとは思っていなかった。
(……そこまで大切なものだったんだ……――え? ちょっと待って? じゃあ龍王様とか、死刑宣告だったのでは……? ――いや、無くて死ぬなら極秘で里帰りとかしてた……んだよね?)
考え込む春鈴に、蒼嵐はさらに説明の言葉を重ねる。
「――そしてその暴走龍は……必ずその瞳や髪の色が漆黒に染まってしまうんだ……」
「――……ぇ?」
その言葉に動きを止めた春鈴は、そして蒼嵐の髪や瞳をまじまじと見つめる。
「……まぁ生まれつき色の黒い龍もいるにはいるが……」
言いにくそうに、鼻をいじりながら視線を逸らす。
「ーーなんだー、やっぱり言いがかりじゃん」
そう言いながら、春鈴は知らずに詰まっていた息を大きく吐き出す。
そしてホッとしたように蒼嵐に笑いかけた。
「――だがこの話を知っている者の多くは黒龍を避ける。 ……力の弱い人間たちは特にな」
自嘲気味に笑い視線を下に下げる。
魅音ほどあからさまな者はいなかったが、しかしあの態度こそが皆の本心なのだろうと理解していた。
「なにそれ最悪! そんなバカなことする奴らのことなんて気にすることない!」
「……そう思うか?」
憤り声を荒げる春鈴に蒼嵐は少しだけ冷たい視線を向ける。
――つい先ほど、自分に向けられる視線に恐怖が混じっていたことを、蒼嵐ははっきりと認識していた。
「当たり前じゃん! そもそも人間は龍族に守られてるから、デカイ顔してきたわけでしょ? なのにその守ってくれてた人が黒いってだけで、勝手に恐れるとか……身勝手もいいとこだよ!」
「だが――……それでも、俺が実は白竜でこの色は力が落ちている証なのだと言えば恐ろしかろう……?」
そういった蒼嵐は、無表情なまま、静かに春鈴に向かって手を伸ばした――
――目の前の者は稀布の織り手であり、さまざまな料理を作り出す料理人でもある――
そうでなくとも、自分の身を心を案じてくれる者……蒼嵐にとって決して傷つけたくないはずの少女だというのに、蒼嵐は少女を試すかのように手を伸ばしていた。
――あるいは、ここで拒絶されたならば、この少女を不吉と忌み嫌われるこんな自分から解放してやろうという決意の表れだったのかもしれない。
自分に向かって伸ばされる手を見つめ、春鈴は不安そうに視線を揺らし、蒼嵐を見つめ――
そして、その瞳の中にかすかな悲しみを感じ取った春鈴は、グッと唇をかみしめると、下がりそうになっていた足を無理やりその場に張り付ける。
そして睨みつけるように強い視線を蒼嵐に向けた。
春鈴は漠然と、自分が蒼嵐を怖がってしまったせいなのだということを理解していた。
そして、そのことに申し訳なさと……――少しの怒りを覚えていた。
「――勝手に私のこと、決めつけないで」
「――俺が恐ろしくないと?」
顔をゆがめるように笑った蒼嵐はその手を下ろし、同族を威圧するようにゆらり……とその身に力を纏うと、剣呑な目を春鈴に向けた。
……その心の中では、無理をしなくてもかまわない……これが恐ろしいのは仕方のないことなのだから……と、春鈴を諭すように願っていた。
蒼嵐からの威圧に気がついた春鈴は、怯みながらもグッと奥歯を噛み締め、変わらず蒼嵐を見据えていた。
そして……先ほどよりも強い怒りを感じていた。
「――私、この目のせいでずっとバケモノ憑きって言われた」
「……あの女か」
自分を見据える視線に濃い悲しみの色が乗り、蒼嵐は気まずそうに目を伏せた。
それにより威圧の力が弱まったのか、春鈴には肩をすくめたり、その当時のことを思い返す余裕が出来た。
「――言い出したのはあいつだけど……近所の子たちもずっと言われてた……」
「……そうか」
その声色に自分を労わるような色が乗ったことに気が付き、春鈴はくすぐったそうに首をすくめる。
そして改めて蒼嵐を正面から見据えた。
「――だから決めてる。 私は絶対、見た目で人に対する態度を決めないって」
弱まったとはいえ、蒼嵐からの威圧は未だに恐ろしかった。
しかし、そのかすかな優しさを感じた春鈴は、懸命に自分の考えを言葉にする。
――それは蒼嵐を思ってのことでもあり、ただただ自分の意地を通すためでもあった。
そのために、春鈴は後ずさりそうになる足に力を込め、手を握りしめながら蒼嵐を見つめ続けた。
「……感じる恐ろしさをひた隠しにして、哀れな黒龍を憐れみたいか……?」
蒼嵐は悲しそうに顔を歪めながら、春鈴を見つめ返す。
その顔はバカにしているようにも、春鈴の反応を怖がっているようにも見えた。
しかしその言葉で春鈴は目を吊り上げる。
「――見た目じゃ決めないってだけだよ! 威圧してくる龍族が怖くないわけないじゃん! ――はっきり言って今の蒼嵐すごく怖いよっ! でもそれって蒼嵐が黒いからじゃなよ⁉︎ 白だろうが赤だろうがこっちを威圧してくる龍族なんて、みんな怖いんだからっ!」
一気に言い放ち肩で息をする春鈴。
そんな春鈴の態度と言葉に、しばらく沈黙した蒼嵐は、フッと口元を緩めると威圧を完全に止めた。
「…………まぁ、確かに?」
春鈴の言い分に納得してしまった蒼嵐は、なにかをあきらめたように笑顔を浮かべる。
そしてーー
春鈴が蒼嵐を拒まなかったこと――その事実は、蒼嵐に大きな安堵をもたらすものだった。
「そりゃ私だって、小ちゃくってちょこちょこしてる子たちは無条件に可愛いって思うし、酔っ払いのオヤジがフラフラ自分のほうに近づいてきたら、絡まれたらやだなあって思っちゃうよ? ――同年代の子は……今も無条件に怖いし……」
「そうか……」
「でも、見た目がおっかない獣人族のおっちゃんでも、部族の風習で体中に刺青を入れてる人でも――始めはまぁ……怖いの隠したりもするけど……でもちゃんと話すまでは、勝手に怖そうな人って決めつけたりしない! ……話した結果、怖い人は怖い人認定しちゃうけど……」
「――だろうな」
「蒼嵐は話しかけたらちゃんと返してくれるし、返事代わりに舌打ちしたりしないし、分かんないだろうって高くくって、部族の言葉で馬鹿にしてきたりしないから……さっきみたいに威圧されたりしなきゃ怖くないよ?」
窺うように言った春鈴に、蒼嵐は嬉しさで緩みそうになるほほを叱咤しつつ、呆れたように鼻を鳴らした。
「――……少しは客を選ぶべきでは?」
「そんなんしたら、ばっちゃにお尻ぶたれちゃう……」
思い切り顔をしかめ唇を尖らせる。
春鈴とて、そんな客の相手はしたくなかったが、美羽蘭の教えは「そんな者からこそ、最大限にむしり取れ」であった。
「――それは恐ろしいな?」
「とても怖い……」
「美羽蘭の力は強いからなぁ……」
蒼嵐はそう言いながら、遠い視線を庭に向ける。
美羽蘭の口が立つこと、そしてその妖力、身体能力に至るまで、一般的な龍族ではかなわないほどに強いことは、蒼嵐とてよくよく理解していた。
「――そういうことだから! 私はそんな変な迷信より蒼嵐を信じる!」
春鈴はそう言い切ると、のけぞるように大きく胸を張る。
「……蒼嵐のことなんか全然強くないんだから!」
それは子供が言い張るような、負け惜しみのような言い方だったが、その言葉で蒼嵐の心はほわりと温かくなるのだった。
「――お前は頑固だ。 それに変わり者だな?」
「――……友達って言えば、ヤギに鶏にフェイロンじゃん? わりと変わってる自覚あったりするよねー……」
そう、悔しそうに顔をしかめる春鈴に、蒼嵐はブハッと大きく吹き出した。
「そ、そうか……ふっ、しかし友達がいてよかっ良かったじゃないか――クククッ」
蒼嵐は片手で口元を覆いながら、ひくひくと大きく肩を震わせている。
誰がどう見ても、大笑いしたいのを我慢している態度だった。
(――これはあれだな? 私を笑い者にしているんだな……?)
「……私、蒼嵐の事は怖くないけど、性格は悪いんだなって思ってる」
じとぉ……と目を細めて、抗議するように蒼嵐を見つめ唇を尖らせる。
「ははっ 舌打ちで返事をするやつよりはマシだろう?」
笑い声をあげた蒼嵐は、唇の端を引き上げニヤリと顔をゆがめた。
その笑顔を浩宇たちが目撃すれば、驚愕に目を見開くほどに上機嫌なものだったのだが、それを知らない春鈴からすれば、底意地が悪い笑顔、以外の何物でもなかった。
「――ヤなやつ」
春鈴は小声でコッソリと言ったつもりだったが、龍族の聴力では簡単に聞こえたらしく、その言葉に蒼嵐はクククッと、もう一度上機嫌に笑った。
そしてしばらくすると、春鈴の家からは、楽し気な歌声とカランコロンパタンパタンというリズミカルな機織りの音が響き――
蒼嵐はそれらを聞きながら長椅子の上で気持ち良さそうに大きく伸びをしたのだった――
魅音たちが乗ってきたフェイロンたちが一匹残らず飛び立ったのを確認した蒼嵐は、フンッと鼻を鳴らしながら長椅子に寝そべり、不愉快そうに呟いた。
その声色から、少しの寂しさを感じた春鈴は、少し迷いながらも蒼嵐に語り掛けた。
「……気にしなくていいと思う。 あいつ昔から、そういう……偏見? がスゴイの。 だから気にしちゃダメ」
その言葉に蒼嵐は春鈴を見上げ、その金の瞳を見て思い出した。
「――バケモノ憑き……か?」
「……まぁね?」
春鈴は会話を聞かれていた気まずさからか、言われたくない言葉だったからか、曖昧に頷きながら苦い顔で無理やり笑顔を作る。
「――私は先祖返り……そしてその特徴として、目が龍族のな訳だけど……あいつ昔からそれをバケモノ、バケモノって言ってきて……――とにかくそういう嫌な奴なわけ! だから黒いからとか、あんな根も葉もない言いがかりな悪口、気になんかする必要ないよ?」
「――いや……それはだな……?」
蒼嵐は少し口ごもりながら春鈴から視線を外した。
しかし春鈴はそんな蒼嵐にかまわず話を続ける。
「私、ずっと元気だよ!」
「――は?」
その言葉の意味が分からず、呆けた顔を春鈴に向ける。
「だって、蒼嵐が不吉ならさ? 毎日のように会ってる私は、めっちゃ不幸で、うちだって今より大変なことになってるはずでしょ? でも私はこんなに元気! もちろんばっちゃだって!」
ポカンと口を開きながら春鈴の言葉を聞く蒼嵐。
しばらくして、ようやくその言葉の意味が理解できたのか、ふっと顔を綻ばせると「そうか……」と、はにかむように静かに微笑んだ。
そして、何かを決意したような瞳を春鈴に向ける。
「――黒龍とはな、昔から暴走龍のことを指す」
「……暴走龍?」
初めて聞く単語に、首をかしげる春鈴。
「龍族の力は強大だ……しかしどんな生物であろうと、老化とともに力を弱らせ……やがて死んでいく」
「だね……?」
「ーー病気や怪我で、力はそのままに肉体が弱ってしまう場合があるだろう?」
「――まぁ。 でもそんなのどの種族とか関係なく、そんなもんでしょ?」
「だが、龍族は多くの力を持っているんだーーそして身体が弱ると、その力が制御が難しくなる」
「――……想像以上にやばい事態になったりする……?」
「ああ。 一番ひどい例では、その暴走する力で龍脈が大きく傷ついてしまったらしい」
「一番ひどい例……なんでしょ?」
「――そうなると言う可能性だけで大事だ。 龍族にとって龍脈は必須。 そこから流れ出る“気”がなければ長く生きてはいけないのだからな」
「そう、なんだ……?」
龍族にとって龍脈は必要不可欠――その事実は知識として知っていた春鈴だったが、まさか長く生きられないほどのものだとは思っていなかった。
(……そこまで大切なものだったんだ……――え? ちょっと待って? じゃあ龍王様とか、死刑宣告だったのでは……? ――いや、無くて死ぬなら極秘で里帰りとかしてた……んだよね?)
考え込む春鈴に、蒼嵐はさらに説明の言葉を重ねる。
「――そしてその暴走龍は……必ずその瞳や髪の色が漆黒に染まってしまうんだ……」
「――……ぇ?」
その言葉に動きを止めた春鈴は、そして蒼嵐の髪や瞳をまじまじと見つめる。
「……まぁ生まれつき色の黒い龍もいるにはいるが……」
言いにくそうに、鼻をいじりながら視線を逸らす。
「ーーなんだー、やっぱり言いがかりじゃん」
そう言いながら、春鈴は知らずに詰まっていた息を大きく吐き出す。
そしてホッとしたように蒼嵐に笑いかけた。
「――だがこの話を知っている者の多くは黒龍を避ける。 ……力の弱い人間たちは特にな」
自嘲気味に笑い視線を下に下げる。
魅音ほどあからさまな者はいなかったが、しかしあの態度こそが皆の本心なのだろうと理解していた。
「なにそれ最悪! そんなバカなことする奴らのことなんて気にすることない!」
「……そう思うか?」
憤り声を荒げる春鈴に蒼嵐は少しだけ冷たい視線を向ける。
――つい先ほど、自分に向けられる視線に恐怖が混じっていたことを、蒼嵐ははっきりと認識していた。
「当たり前じゃん! そもそも人間は龍族に守られてるから、デカイ顔してきたわけでしょ? なのにその守ってくれてた人が黒いってだけで、勝手に恐れるとか……身勝手もいいとこだよ!」
「だが――……それでも、俺が実は白竜でこの色は力が落ちている証なのだと言えば恐ろしかろう……?」
そういった蒼嵐は、無表情なまま、静かに春鈴に向かって手を伸ばした――
――目の前の者は稀布の織り手であり、さまざまな料理を作り出す料理人でもある――
そうでなくとも、自分の身を心を案じてくれる者……蒼嵐にとって決して傷つけたくないはずの少女だというのに、蒼嵐は少女を試すかのように手を伸ばしていた。
――あるいは、ここで拒絶されたならば、この少女を不吉と忌み嫌われるこんな自分から解放してやろうという決意の表れだったのかもしれない。
自分に向かって伸ばされる手を見つめ、春鈴は不安そうに視線を揺らし、蒼嵐を見つめ――
そして、その瞳の中にかすかな悲しみを感じ取った春鈴は、グッと唇をかみしめると、下がりそうになっていた足を無理やりその場に張り付ける。
そして睨みつけるように強い視線を蒼嵐に向けた。
春鈴は漠然と、自分が蒼嵐を怖がってしまったせいなのだということを理解していた。
そして、そのことに申し訳なさと……――少しの怒りを覚えていた。
「――勝手に私のこと、決めつけないで」
「――俺が恐ろしくないと?」
顔をゆがめるように笑った蒼嵐はその手を下ろし、同族を威圧するようにゆらり……とその身に力を纏うと、剣呑な目を春鈴に向けた。
……その心の中では、無理をしなくてもかまわない……これが恐ろしいのは仕方のないことなのだから……と、春鈴を諭すように願っていた。
蒼嵐からの威圧に気がついた春鈴は、怯みながらもグッと奥歯を噛み締め、変わらず蒼嵐を見据えていた。
そして……先ほどよりも強い怒りを感じていた。
「――私、この目のせいでずっとバケモノ憑きって言われた」
「……あの女か」
自分を見据える視線に濃い悲しみの色が乗り、蒼嵐は気まずそうに目を伏せた。
それにより威圧の力が弱まったのか、春鈴には肩をすくめたり、その当時のことを思い返す余裕が出来た。
「――言い出したのはあいつだけど……近所の子たちもずっと言われてた……」
「……そうか」
その声色に自分を労わるような色が乗ったことに気が付き、春鈴はくすぐったそうに首をすくめる。
そして改めて蒼嵐を正面から見据えた。
「――だから決めてる。 私は絶対、見た目で人に対する態度を決めないって」
弱まったとはいえ、蒼嵐からの威圧は未だに恐ろしかった。
しかし、そのかすかな優しさを感じた春鈴は、懸命に自分の考えを言葉にする。
――それは蒼嵐を思ってのことでもあり、ただただ自分の意地を通すためでもあった。
そのために、春鈴は後ずさりそうになる足に力を込め、手を握りしめながら蒼嵐を見つめ続けた。
「……感じる恐ろしさをひた隠しにして、哀れな黒龍を憐れみたいか……?」
蒼嵐は悲しそうに顔を歪めながら、春鈴を見つめ返す。
その顔はバカにしているようにも、春鈴の反応を怖がっているようにも見えた。
しかしその言葉で春鈴は目を吊り上げる。
「――見た目じゃ決めないってだけだよ! 威圧してくる龍族が怖くないわけないじゃん! ――はっきり言って今の蒼嵐すごく怖いよっ! でもそれって蒼嵐が黒いからじゃなよ⁉︎ 白だろうが赤だろうがこっちを威圧してくる龍族なんて、みんな怖いんだからっ!」
一気に言い放ち肩で息をする春鈴。
そんな春鈴の態度と言葉に、しばらく沈黙した蒼嵐は、フッと口元を緩めると威圧を完全に止めた。
「…………まぁ、確かに?」
春鈴の言い分に納得してしまった蒼嵐は、なにかをあきらめたように笑顔を浮かべる。
そしてーー
春鈴が蒼嵐を拒まなかったこと――その事実は、蒼嵐に大きな安堵をもたらすものだった。
「そりゃ私だって、小ちゃくってちょこちょこしてる子たちは無条件に可愛いって思うし、酔っ払いのオヤジがフラフラ自分のほうに近づいてきたら、絡まれたらやだなあって思っちゃうよ? ――同年代の子は……今も無条件に怖いし……」
「そうか……」
「でも、見た目がおっかない獣人族のおっちゃんでも、部族の風習で体中に刺青を入れてる人でも――始めはまぁ……怖いの隠したりもするけど……でもちゃんと話すまでは、勝手に怖そうな人って決めつけたりしない! ……話した結果、怖い人は怖い人認定しちゃうけど……」
「――だろうな」
「蒼嵐は話しかけたらちゃんと返してくれるし、返事代わりに舌打ちしたりしないし、分かんないだろうって高くくって、部族の言葉で馬鹿にしてきたりしないから……さっきみたいに威圧されたりしなきゃ怖くないよ?」
窺うように言った春鈴に、蒼嵐は嬉しさで緩みそうになるほほを叱咤しつつ、呆れたように鼻を鳴らした。
「――……少しは客を選ぶべきでは?」
「そんなんしたら、ばっちゃにお尻ぶたれちゃう……」
思い切り顔をしかめ唇を尖らせる。
春鈴とて、そんな客の相手はしたくなかったが、美羽蘭の教えは「そんな者からこそ、最大限にむしり取れ」であった。
「――それは恐ろしいな?」
「とても怖い……」
「美羽蘭の力は強いからなぁ……」
蒼嵐はそう言いながら、遠い視線を庭に向ける。
美羽蘭の口が立つこと、そしてその妖力、身体能力に至るまで、一般的な龍族ではかなわないほどに強いことは、蒼嵐とてよくよく理解していた。
「――そういうことだから! 私はそんな変な迷信より蒼嵐を信じる!」
春鈴はそう言い切ると、のけぞるように大きく胸を張る。
「……蒼嵐のことなんか全然強くないんだから!」
それは子供が言い張るような、負け惜しみのような言い方だったが、その言葉で蒼嵐の心はほわりと温かくなるのだった。
「――お前は頑固だ。 それに変わり者だな?」
「――……友達って言えば、ヤギに鶏にフェイロンじゃん? わりと変わってる自覚あったりするよねー……」
そう、悔しそうに顔をしかめる春鈴に、蒼嵐はブハッと大きく吹き出した。
「そ、そうか……ふっ、しかし友達がいてよかっ良かったじゃないか――クククッ」
蒼嵐は片手で口元を覆いながら、ひくひくと大きく肩を震わせている。
誰がどう見ても、大笑いしたいのを我慢している態度だった。
(――これはあれだな? 私を笑い者にしているんだな……?)
「……私、蒼嵐の事は怖くないけど、性格は悪いんだなって思ってる」
じとぉ……と目を細めて、抗議するように蒼嵐を見つめ唇を尖らせる。
「ははっ 舌打ちで返事をするやつよりはマシだろう?」
笑い声をあげた蒼嵐は、唇の端を引き上げニヤリと顔をゆがめた。
その笑顔を浩宇たちが目撃すれば、驚愕に目を見開くほどに上機嫌なものだったのだが、それを知らない春鈴からすれば、底意地が悪い笑顔、以外の何物でもなかった。
「――ヤなやつ」
春鈴は小声でコッソリと言ったつもりだったが、龍族の聴力では簡単に聞こえたらしく、その言葉に蒼嵐はクククッと、もう一度上機嫌に笑った。
そしてしばらくすると、春鈴の家からは、楽し気な歌声とカランコロンパタンパタンというリズミカルな機織りの音が響き――
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