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 あれから観光することも無く、旅路の風景や食べ物を楽しむことも無く、朝から晩まで馬車に押し込められ、延々と揺られ続け、ようやく到着したバジーレ伯爵領。

 こちらへの滞在は家同士のやり取りですでに決まっていることだけど、それでも一応のご挨拶のために訪れたバジーレ伯爵家。
 そこで、なかなかお目にかかれないレベルの超イケメンと対面していたーー

「ーーエドアルド・バジーレだ」

 あら、声も甘い感じでセクシーじゃなーい⁉︎
 ……これはいいイケメン。
 って言っても、眉間のシワと目の下のクマのせいで、だいぶ損しちゃってるけどー。

 ーー確かバジーレ伯爵家のご先代って、現伯爵がだいぶお若い時にお亡くなりになってるから、確か、この方20代って若さで伯爵になったね苦労人なんだよねー。
 このクマやシワはそのせいもあるのかな?
 せっかくの美形なのにもったいなーい……

「イルメラ・ベラルディと申します。以後お見知りおきを……」

 そんな事を考えていると、決して悟られないように、すました笑顔と完璧な所作でお辞儀をする。
 ーーここに来るまでの道中で気がついたんだけど、この体ってば、頭の中でどう思ってようと、やろうと思えば、いつでもどこでも完璧なお嬢様の立ち振る舞いができてしまうんですよ!
 きっと体に染み付くほど、たくさん練習してきたんだろうな……
 ーーどうかあの男が再び浮気をして、浮気相手の街娘に刺し殺されますように……っ‼︎

「ーー……ベラルディ家より打診のありました侍女の件なのですが……なにぶん急なお話で、ご用意もままならず……」

 私が顔を上げると同時に、バジーレ伯爵が貴族的な笑顔を貼り付けた顔で、とても残念そうに言い放った。

 うわあ…… よりによって、こっちに押し付けたの⁉︎
 伯爵家からしたら、腫れ物の私を受け入れるってこと自体から厄介ごとだっただろうに……

「ーーそれは当家の者がとんだ無茶ブリを……」
「むちゃぶり……?」
「あっ……」

 やっべ……言葉づかいの方は気をつけないと乱れるのね⁉︎
 気をつけないと……お嬢様っぽく、ご令嬢っぽく!
 美しい所作を心掛け、にっこりと笑ってみせたが、先ほどの失言によって微妙になってしまった空気は、あんまりかき消すことが出来なかった……

「ーーええと……。 そのお話についてはあまりお気になさらないでください。  私、ここには、ゆっくりと静養をするつもり参りましたの。  ですからお茶会にもパーティにも出席致しませんし……なので侍女なんて、おらずとも平気ですのよ?」

 うふふっと笑いながら口元を押さえ、少し首をかしげてみせる。
 これ、負け惜しみとかじゃないからね!
 これから暮らすお屋敷には、手入れのために雇っている人たちがすでにいるって話だし、新イルメラはこの旅でコルセットなんか閉めてないから、今更、着替えの度に苦しい思いなんかしたくないんだって!

 それに、掃除洗濯料理してくれる人がいて、一人で着替えられる普通の服を着て、悠々自適のスローライフなんて、控えめに言ったって最高じゃん‼︎

 
「ーーイルメラ様が必要無いとおっしゃるのならばそのように……しかしーー」

 バジーレ伯爵はそこで言葉を切り、チラリと素早く私の全身を眺め回した。
  ーーあれあれ? その態度、普通に感じ悪いし、マナー違反ですけれど……?

「ご静養ですか……」

  言外に傷など無いだろうに……と言っている事がはっきりと分かった。

 そりゃ私だって傷なんて1つも付いてい無いと思ってるんですけれどねぇー‼︎

「あー……ーー私的にはキズ1つ付いていないつもりなんですけど、家族からすれば傷物もいい所らしいので、療養の為に追い出されたんですのよ。 ーーあら、イヤだわ私ったら。 の方にごめんなさいね?」

 イルメラ、少し御機嫌斜めよ? 
 いくら私が厄介なお荷物だからって、それって初対面のご令嬢に取る態度じゃねーですことよね?
 いくらイケメンだからって、そういう横柄な態度とか許さる無いと思うんですけどー。
 ーー我、侯爵家のご令嬢ぞ⁇
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