上 下
810 / 1,038

810

しおりを挟む
「ーーその……無理をしないで? 今のはちょっとした社交辞令のようなもので……」
「いやいやそんな! 是非とも食べたいです!」
「けれど……」

 なぜか前のめりで食いついてくるリアーヌに、夫人は助けを求めるようにゼクスに視線を向ける。

「リアーヌ……ご迷惑だから……」
「なに言ってるんですかゼクス様! このお話を断るのは失礼に当たりますよ⁉︎ せっかくのご好意を無駄にするのはよく無いと思います!」

 降って湧いたような好機に、リアーヌは力の限りゼクスを説得し始める。

「……君が食べたいだけだよね? いま現在、伯爵を困らせているのは君だからね?」
「何事も経験っていうじゃ無いですかぁ。 食べず嫌いは良くありませんよ?」
「これは食わず嫌いとかの問題じゃありませーん」

 そんなリアーヌたちのやりとりに、タカツカサ夫妻は戸惑いがちに声をかけた。

「ええと……?」

 そんな戸惑う声に、ゼクスは苦笑いで口を開いた。

「ーー本人は大変に食べたかっているんですが……その、いざ食べてみて身体が受け継がない等のことがありますと、お互いにとってよろしくない事態となり兼ねませんので……」
「なるほどーー土地が変われば生水は飲むなとも言いますしな?」

 ゼクスの言葉に伯爵が納得したようなそぶりを見せたことに焦ったリアーヌは、慌てて口を開いた。

「水とお魚は違います! それに私甘エビなら食べたことありますし!」
「あの時は小さいのを一口だけでしょ⁉︎」
「そ、れは……だって! それ以上は食べさせてくれなかったじゃありませんか!」

 ヒートアップしながら言い合いを始めたリアーヌたちの肩を、両家のお付きたちがグッと握り、現状を思い出させる。

「ぁ……」
「ーー失礼」
「あーっと……ーーそうだわ! ちらし寿司はどうかしら⁉︎ 具材を全て加熱処理してもらって!」
「ーーいい考えだ! ちらし寿司だって立派な寿司さ!」
「ちらし寿司……」

 タカツカサ夫妻の言葉に、リアーヌの顔がジワジワと輝き始め、加熱処理という言葉にゼクスやアンナたちの表情も明るくなっていく。

「ちらし寿司というのはね? 酢飯の上に具材を散りばめた料理で、お寿司の一種なんですよ? 見た目も鮮やかできっと気に入っていただけると思うわ?」
「ーー加熱した?」
「ーーええ! 加熱した!」

 確認するようにたずねたゼクスに夫人は力強く頷き返す。

「それは嬉しいお誘いです! 良かったねリアーヌ!」
「ちらし寿司!」

 リアーヌは返事をするように料理名を叫び、満面の笑顔を浮かべた。

「……そうなのかなとは思ってだけど、リアーヌ、ちらし寿司も知ってるんだね?」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私が死んだあとの世界で

もちもち太郎
恋愛
婚約破棄をされ断罪された公爵令嬢のマリーが死んだ。 初めはみんな喜んでいたが、時が経つにつれマリーの重要さに気づいて後悔する。 だが、もう遅い。なんてったって、私を断罪したのはあなた達なのですから。

婚約破棄直前に倒れた悪役令嬢は、愛を抱いたまま退場したい

矢口愛留
恋愛
【全11話】 学園の卒業パーティーで、公爵令嬢クロエは、第一王子スティーブに婚約破棄をされそうになっていた。 しかし、婚約破棄を宣言される前に、クロエは倒れてしまう。 クロエの余命があと一年ということがわかり、スティーブは、自身の感じていた違和感の元を探り始める。 スティーブは真実にたどり着き、クロエに一つの約束を残して、ある選択をするのだった。 ※一話あたり短めです。 ※ベリーズカフェにも投稿しております。

【完結】「私は善意に殺された」

まほりろ
恋愛
筆頭公爵家の娘である私が、母親は身分が低い王太子殿下の後ろ盾になるため、彼の婚約者になるのは自然な流れだった。 誰もが私が王太子妃になると信じて疑わなかった。 私も殿下と婚約してから一度も、彼との結婚を疑ったことはない。 だが殿下が病に倒れ、その治療のため異世界から聖女が召喚され二人が愛し合ったことで……全ての運命が狂い出す。 どなたにも悪意はなかった……私が不運な星の下に生まれた……ただそれだけ。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します。 ※他サイトにも投稿中。 ※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。 「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 ※小説家になろうにて2022年11月19日昼、日間異世界恋愛ランキング38位、総合59位まで上がった作品です!

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

【完結】王女様がお好きなら、邪魔者のわたしは要らないですか?

曽根原ツタ
恋愛
「クラウス様、あなたのことがお嫌いなんですって」 エルヴィアナと婚約者クラウスの仲はうまくいっていない。 最近、王女が一緒にいるのをよく見かけるようになったと思えば、とあるパーティーで王女から婚約者の本音を告げ口され、別れを決意する。更に、彼女とクラウスは想い合っているとか。 (王女様がお好きなら、邪魔者のわたしは身を引くとしましょう。クラウス様) しかし。破局寸前で想定外の事件が起き、エルヴィアナのことが嫌いなはずの彼の態度が豹変して……? 小説家になろう様でも更新中

皇妃になりたくてなったわけじゃないんですが

榎夜
恋愛
無理やり隣国の皇帝と婚約させられ結婚しました。 でも皇帝は私を放置して好きなことをしているので、私も同じことをしていいですよね?

愛想を尽かした女と尽かされた男

火野村志紀
恋愛
※全16話となります。 「そうですか。今まであなたに尽くしていた私は側妃扱いで、急に湧いて出てきた彼女が正妃だと? どうぞ、お好きになさって。その代わり私も好きにしますので」

【完結】王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく

たまこ
恋愛
 10年の間、王子妃教育を受けてきた公爵令嬢シャーロットは、政治的な背景から王子妃候補をクビになってしまう。  多額の慰謝料を貰ったものの、婚約者を見つけることは絶望的な状況であり、シャーロットは結婚は諦めて公爵家の仕事に打ち込む。  もう会えないであろう初恋の相手のことだけを想って、生涯を終えるのだと覚悟していたのだが…。

処理中です...