成り上がり令嬢暴走日記!

笹乃笹世

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 初めてこの村にやって来たゼクスだったが、この村の涼しさについて、いち早く気がついていた。
 いや、気温で言うならば大した違いは無いのだと知識で知っていたが、海から吹く涼しい風と森が育んださまざまな木々が、夏の暑さを一段階も二段階も引き下げていると感じていたのだ。
 だからこそ、この村を避暑地として人を呼べないものかと考えていたわけだが、その人を呼ぶ手立ての一つが使えなくなった状況だった。

(ーーま、今は山登りとかしちゃったから汗だくでちっとも涼しく無いわけだけど……ーーこんな獣道みたいな開けていない場所からでも、海が見えるんだからきちんと道を通して、ちゃんとした場所にちゃんとした宿を立てれば、それなりの集客は見込めると思うんだよなぁ……。 社交シーズン真っ只中だから貴族を呼ぶのは難しいだろうけど……ーーそもそもそも夏に避暑地へ旅行するなんて、ドロップアウトした貴族か金持ちの平民くらいしかしないからな……ーー人の流れを作ることが金を稼ぐ第一歩だと思うんだけど……ーーいや、別に俺の考えを否定されたわけじゃ無いか、リアーヌはショートケーキは王都で売るべきだと言ってるだけだ……ーー私利私欲な気もするのが引っ掛かかるけどねー……でも、お試しでいいのであればーー)

「ーー分かったよ。 検討してみよう」
「やったー!」

 そう言って満面の笑みを浮かべ両手を振り上げるリアーヌ。
 いつもよりも質素な洋服で、いつもよりもやや乱れた髪が汗をかいたせいかペタリとおでこに張り付いていて、頬や首は汗ばんでいるのが丸わかりーーと、お世辞にも“美しい”とは言えない状態だったのだが、その笑顔を見たゼクスは自然と微笑み返していた。
 そして(綺麗だな……)と思っていた。
 それが恋愛感情からくる思いなのか、違う感情からくる思いなのかはゼクス本人ですら判断がつかなかったが、そう感じたことをゼクスは誇らしいとさえ感じていたのだったーー



「ーーお嬢様そろそろ……」

 もう間も無く海に沈むであろう夕日を眺め、感嘆の吐息を漏らしていたリアーヌの背中にアンナの声がかかった。

 あの後、少し体力が回復したアンナと、今度はゆったりとした速度で獣道を進んで行った一行は、ようやく村人が言っていたであろう、綺麗な夕陽が見える場所へとたどり着いていた。
 そこにはベンチ代わりの大きな石が一つと、海に面した崖ぎわに申し訳程度に組まれた木の枝で作られた柵があるだけの質素な空間だった。
 しかし、目の前にどこまでも広がっている一面の海とそこに沈みゆく大きく色鮮やかな夕日、それだけで他にはなにもいらないと思えるほど、贅沢で充実した空間になっていた。
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