成り上がり令嬢暴走日記！

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「オットマー・バーレです」
「エルナ・ケプラーです」

　片腕を胸に、そしてもう片方を背中に回すという、正式な挨拶をしてくれた二人組に、リアーヌはニコニコと頷きながらソファーから立ち上がる。

（ーーこの人たちは平民階級だから様じゃなくて、殿。　バーレ殿とケプラー殿。　バーレ殿とケプラー殿ーー名前間違える、最悪。　絶対しない！）

　二人の名前を心の中で唱えつつ、リアーヌは、授業で一人一人実践してみましょう。　と言われた時のような、居心地の悪い緊張感を味わっていた。

　ーー実はこの時、リアーヌとゼクスーーラッフィナート商会の間では、悲しいすれ違いが起こっていた。

　仮にも貴族のご令嬢であるリアーヌに紹介するのだから、決して不快な思いなどさせるわけには！　と、張り切ったゼクスの祖父母によって、オットマーたちは数日間、仕事よりもレッスンを優先させて猛特訓を行っていたのだ。
　もしもリアーヌが生まれつきのご令嬢であったならば、この二人の所作に残るぎこちなさを感じ取ったかもしれないが、リアーヌもまた、数ヶ月程度の猛特訓を受けただけ実力しか持ち合わせていなかったのだ……
　ーーそれ故に、悲しいすれ違いが起こってしまったのだったが……

　リアーヌは正式な礼をされた瞬間、思ってしまったのだ。

（さすがはラッフィナート商会の従業員！　貴族の相手もするからその所作も完璧なわけだ！　……ーー待って？　つまりは……これ完璧に返せないとプークスクスされちゃう系……⁇　ーーヤッベェじゃん⁉︎）

と……。

　本来は、リアーヌを不快にさせないようにとの心配りだったはずの正式な挨拶が、リアーヌにとって最大のストレスをもたらす結果となったのだった。


「オットマー、エルナ、こちらは我が婚約者、リアーヌ・ボスハウト様だ」

　そう口にしながらも、ゼクスはリアーヌの様子が少々いつもと違っていることに気がついていた。
　しかし、その原因が何であるかまでは把握できておらず、少しの違和感を覚えつつも（初対面の相手だから緊張してる……？）と、内心で首を傾げていたのだったが……

「ーーリアーヌ・ボスハウトと申します。　バーレ殿、ケプラー殿、お会いできて大変うれしく存じます」

　という、胸元と背中に手を添え深々と膝を折るリアーヌを見て、彼女が一体なに緊張していたのかを理解した。

（……こりゃ、正式な挨拶で返せないとダメなんだ⁉︎　とか勘違いしてるな……？）

『正式な挨拶には正式な挨拶で返す』
　リアーヌは授業で聞いたこと言葉を胸に、必死に頭を回転させ、授業を思い返していた。
　  ーーのだが。
　それはあくまでも貴族階級の者同士の話である。
　相手が平民階級でしかも婚約者の家の従業員ともなれば、ここまで正式な挨拶を返す者はおそらくいないだろう。
　……リアーヌを除いては。
　それゆえ、オットマーたちは貴族のご令嬢にここまでご丁寧な挨拶をされたことに驚愕の表情を浮かべ、ゼクスはリアーヌの勘違いに、生暖かい眼差しを向けるのだったーー