成り上がり令嬢暴走日記！

29

　ニコニコと笑顔を浮かべるビアンカがリアーヌの足をグリグリと踏み躙りながら、そっと唇を動かした。

『て・じゅ・ん』

（ーー手順……？）

「ーーあっ⁉︎」

　リアーヌはようやく自分の過ちに気がついて大きな声を上げた。
　そしてフィリップに向かい直り居住まいを正すと、スッと頭を下げながら口を開いた。

「ーー大変喜ばしいお話ではございますが、私めなどでは荷がーーまさ……まかり通ってしまう為、ご辞退申し上げ……いたし候そうろう……？」

　リアーヌはだいぶうろ覚えな謝罪の言葉をしどろもどろになりながら言った。
　そんなリアーヌにフィリップは笑いを堪えモニョモニョと唇を動かし、顔を隠すように前髪をいじった。
　ゼクスは興味深そうに再びニンマリとした笑顔を浮かべ始めーービアンカはリアーヌから目を逸らさぬまま、その笑顔を深くした。

（ーー違うんです！　わざとじゃないんです‼︎　だってこんな謝罪、人生で二回もすると思わないじゃんっ‼︎）

　貴族らしい立ち振る舞いがあるように、貴族には貴族らしい言い回しというものがある。
　リアーヌは入学当時これを怠ったーー知らなかったが故に、トラブルを抱え込むハメになったのだったが……
　全く同じ状況下で、全く同じ返事をしようとした全く成長しないリアーヌに、ビアンカが殺意にも似た怒りを覚えてしまうのは当然といえば当然だった。

「まぁ……そのーー幸い、名乗りも上げていないことだし……ね？　ーー私は気にしませんよ」
「ーー……そう言っていただけると……ーー恐悦至極……？」

　フィリップが取りなすようにリアーヌに声をかけ、リアーヌはその言葉にトンチンカンな返事を返した。
　その返事を聞いたビアンカは思わず額に手を当てを、ゼクスはクスクスと楽しそうに笑いながら口を開いた。

「ーーですよねぇ？　自己紹介もされてない相手、誰だか把握しとけよとか……そんな理不尽なことか言いませんよねぇー⁇」

　そしてやはり挑発的な態度で挑発的に話しかけた。

「ーーもちろんだとも」

　フィリップはその挑発を受け流すように余裕のある微笑みを浮かべて見せた。

「リアーヌ……」

　ため息と共に名前を呼んだビアンカはげっそりと疲れた様子で、気の毒そうな表情を浮かべてリアーヌを見つめた。

（私がバカすぎて哀れに思われている⁉︎　流石さすがに知ってるもん！　だってこの人攻略対象だもん‼︎）

　知っている情報を知らないと断定されたリアーヌは少しムッとしながら言い返す。
　
「ーーパラディール家の方でしょ？」

　リアーヌの答えにビアンカだけではなくゼクスとフィリップもギョッと目を剥いて、そっくりの表情でリアーヌを凝視した。

「呆れた……分かっていてーーいえ、分かっていたから……？　え、分かっていたのに……⁇」
「……知らない方がよかったなら、今からでも知らんぷりする……」

　いつも冷静なビアンカが、分かりやすく動揺している様子を見て、激しい不安に襲われたリアーヌは声をひそめて内緒話をするように言った。
　そんなリアーヌにビアンカは目を細め、心底呆れたように「したからって誤魔化せるもんでもないでしょ……」と眉を顰ひそめた。
　しかしすぐさま表情を取り繕うと、軽くため息を吐きながら口を開く。

「ーーどういう考えであの態度になったのかは理解しがたいけど……この場合はーー正解……に限りなく近い対応だったと言えるのでしょうね……」

（ーーそれは……決して正解にはなれない対応だったということでは……？）