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悪霊悪戯には玩具を添えて
□悪霊悪戯には玩具を添えて_02
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「はぁ……っあ、りがと……」
ナオは整わない呼吸音に謝意を乗せた。
途切れ途切れの湿った言葉を聞いた店員はカラーコンタクトで包まれたピンク眼を見開くと、慌てて両手と顔を横に振った。強張る彼女はナオに笑みを向けられた瞬間どことなく頬を赤らませた。
「よく出来ました」
「ん……」
ロキは肩で息をするナオの背から手をなぞり下ろすとモッズコートのぶ厚い生地越しに薄い尻臀を弄る。兄の身体を片手で自由気ままに撫で回し、それから前が開いて広がっているコートの襟ぐりへと顔を埋めた。
ナオの白い首筋を唇で喰み、薄い皮膚を啄む。
「……――っ」
ちゅくん、と肌に吸い付いて赤い痕を咲かせれば甘ったるいむず痒さにナオが背筋を震わせた。
ナオの右腕が伸びてきてロキの色素の薄い長髪をいつもの手付きで撫で梳く。
人目を気にせず兄弟の触れ合いを堪能していれば、弟の耳朶に天使の御告げが降ってきた。
控えめな声量でおずおずと何かを話し出す天使への対応は兄に任せ、ロキは素知らぬ顔で白い首にリップ音を開花させていく。
「ッ……ねえ、ロキ」
「あ?」
不意にナオが声を掛けてきてロキは動きを止めた。
「なに?」と襟を囲むファーにぬくぬくと埋もれたまま問えば、ひやり……と、死人を思わせる手がロキの頬に触れる。
「んー……?」
白い掌に子猫よろしく擦り寄れば、冷たい指先が答えてロキの顎のラインをくすぐった。
ナオは娼婦を連想させる手付きで自然とロキの顔をもたげ、蠱惑的な所作とは裏腹に底のない穽と紛う感情の欠落した黒い黒い双眸とロキのミントグリーンの瞳を一直線に重ねさせた。
ナオの微笑みは仮面じみていて、人間味の薄い面持ちに覗き込まれる。
「可愛いお顔見せてくれてどーした兄様」
無機質で人間らしくない兄はロキからすれば可愛い可愛いお人形。ゆえに嘘偽りのない感想とともにロキはナオへ疑問符を投げ掛ける。
一拍の後、ナオはロキに口付けてきた。
薄い唇を押し当ててすぐに離す。
けれど光の灯らない黒眼は離さずにナオはロキを直視したまま店員へ言った。
「これでいい?」
ナオの問いに店員は何度も何度も頷いて、カウンターに置かれたフェルトの蜘蛛が住むおどろおどろしい見た目のカゴから棒付きのキャンディをひとつ取り出した。
「こら兄様。俺に説明」
「あのね、キスしたらオマケがつくんだって」
「だからキスしたの?」
「うん。はい、どうぞロキ」
「どーも」
店員から受け取った棒付きキャンディをナオはすぐさまロキに手渡す。
避妊具の袋にしか見えないベビーピンクの平たい包みに抱かれるハート型のキャンディ。成分表などはどこにも記されていないが、大人専用の玩具を販売する店で貰うオマケがまともなキャンディではないのは明白。
重そうな指輪で飾る骨張った指でロキは丁寧に包みを切ると「アーン」とナオへ見せ付けて口を開く。
「あーん」
つられて大口を開けたナオの口腔にロキはハートのキャンディを突っ込んだ。
「兄様。ベロの下に飴入れな」
「ん? ん……」
「こういうのは大体が舌下錠だろ。噛まねーでしッかり溶かせよ」
「うん」
カラコロと咥えるキャンディの位置を整えるナオに「良い子」と微笑んでからロキは包み紙の残骸をカウンターへ落とす。モゴモゴと妙に食べ辛そうに頬を膨らませているナオから一歩分距離を取った。
「にーいさま。あれ、自分で使う物は自分で持ちな」
「あっ、うん……む?」
ロキが顎でカウンターをしゃくればナオは頷いて、口からけぽりと唾液を溢れさせた。
「う……っ、あ? ぅむ……っ」
「あーあ。なにやッてんだよ兄様。そういう超可愛いことは二人ッきりの時にしてくんね?」
「ご、めん……なんか、動かなくて……」
「動かない? なにが?」
「っん……舌、が……」
「嫌いな味だッた?」
「えっと……味? なのかな……ピリピリ? す、ぅ、かも……」
「ハァ? 辛いッてこと?」
「分かんらい……れも、ロキが言うららかぁい……ぁ、う? あえ?」
ナオは唐突に回らなくなった呂律に首を傾げる。
「うっ……あっ、ぅむッん、んっ」
唇から滾滾と溢れる、分泌量を異常に増加させた唾液を手で押さえて天井を仰ぐ。キャンディを咥えたまま口外に漏れる体液を啜ると嚥下。
それでも自然と湧き出してしまう自分の唾液量の多さにナオは瞬きを繰り返すと、最終的に助言を求めてロキを見詰めた。
黒眼は熱を孕んでいて、扇情的に変貌した兄のかんばせにロキはケラケラと肩を揺らす。
「へー、カプサイシンでも入ッてんのー? エンドルフィン促進させるには方法が雑じゃね?」
適当に嗤うとロキはカウンターから白い紙袋を片手で攫う。
疑問符を頭上に浮かび上がらせて固まるナオの肩を反対の腕で強く引き寄せた。
「神経系? 内分泌系? 明らかにプラシーボ効果ッて笑える反応じゃねーけど」
「ん、と…………」
ナオはキャンディを咥えたまま自分の両手に視線を落とした。
キャンディを固定する歯の隙間からべたつく涎が滴って手を濡らしたが、気にせずナオは両手を開いては閉じる。それから爪の根元を数秒摘み、離すと水を切るふうに手を振った。
「ろっちも、かな?」
「アップ系? ダウン系?」
「…………分かんらい……」
「ミトラガイナでも混ぜてんのか? あれは普通食えたもんじゃねーぞ……いや、でも」
「?」
「兄様だしな。眩暈は?」
「ううん。明ういらけ。しきひゃい感覚くうってうね。リゼリュ酸ジエチ――」
「ハイハイ。まあ良いや。雪鳩お抱えの店で南区産みてーなシャブはねーだろ」
適当にあしらってロキはナオの肩を抱きながら歩き出す。
ナオはうまく踏み出せずややふらついたが、どうにかバランスを整えてロキの歩幅に合わせ歩み始めた。
慣れない様子で深々と頭を下げる新米天使を後目に兄弟はいかがわしい玩具屋から出ると、悪霊達と大差ない連中で賑わう夜を裂くネオン看板の元へと向かった。
ナオは整わない呼吸音に謝意を乗せた。
途切れ途切れの湿った言葉を聞いた店員はカラーコンタクトで包まれたピンク眼を見開くと、慌てて両手と顔を横に振った。強張る彼女はナオに笑みを向けられた瞬間どことなく頬を赤らませた。
「よく出来ました」
「ん……」
ロキは肩で息をするナオの背から手をなぞり下ろすとモッズコートのぶ厚い生地越しに薄い尻臀を弄る。兄の身体を片手で自由気ままに撫で回し、それから前が開いて広がっているコートの襟ぐりへと顔を埋めた。
ナオの白い首筋を唇で喰み、薄い皮膚を啄む。
「……――っ」
ちゅくん、と肌に吸い付いて赤い痕を咲かせれば甘ったるいむず痒さにナオが背筋を震わせた。
ナオの右腕が伸びてきてロキの色素の薄い長髪をいつもの手付きで撫で梳く。
人目を気にせず兄弟の触れ合いを堪能していれば、弟の耳朶に天使の御告げが降ってきた。
控えめな声量でおずおずと何かを話し出す天使への対応は兄に任せ、ロキは素知らぬ顔で白い首にリップ音を開花させていく。
「ッ……ねえ、ロキ」
「あ?」
不意にナオが声を掛けてきてロキは動きを止めた。
「なに?」と襟を囲むファーにぬくぬくと埋もれたまま問えば、ひやり……と、死人を思わせる手がロキの頬に触れる。
「んー……?」
白い掌に子猫よろしく擦り寄れば、冷たい指先が答えてロキの顎のラインをくすぐった。
ナオは娼婦を連想させる手付きで自然とロキの顔をもたげ、蠱惑的な所作とは裏腹に底のない穽と紛う感情の欠落した黒い黒い双眸とロキのミントグリーンの瞳を一直線に重ねさせた。
ナオの微笑みは仮面じみていて、人間味の薄い面持ちに覗き込まれる。
「可愛いお顔見せてくれてどーした兄様」
無機質で人間らしくない兄はロキからすれば可愛い可愛いお人形。ゆえに嘘偽りのない感想とともにロキはナオへ疑問符を投げ掛ける。
一拍の後、ナオはロキに口付けてきた。
薄い唇を押し当ててすぐに離す。
けれど光の灯らない黒眼は離さずにナオはロキを直視したまま店員へ言った。
「これでいい?」
ナオの問いに店員は何度も何度も頷いて、カウンターに置かれたフェルトの蜘蛛が住むおどろおどろしい見た目のカゴから棒付きのキャンディをひとつ取り出した。
「こら兄様。俺に説明」
「あのね、キスしたらオマケがつくんだって」
「だからキスしたの?」
「うん。はい、どうぞロキ」
「どーも」
店員から受け取った棒付きキャンディをナオはすぐさまロキに手渡す。
避妊具の袋にしか見えないベビーピンクの平たい包みに抱かれるハート型のキャンディ。成分表などはどこにも記されていないが、大人専用の玩具を販売する店で貰うオマケがまともなキャンディではないのは明白。
重そうな指輪で飾る骨張った指でロキは丁寧に包みを切ると「アーン」とナオへ見せ付けて口を開く。
「あーん」
つられて大口を開けたナオの口腔にロキはハートのキャンディを突っ込んだ。
「兄様。ベロの下に飴入れな」
「ん? ん……」
「こういうのは大体が舌下錠だろ。噛まねーでしッかり溶かせよ」
「うん」
カラコロと咥えるキャンディの位置を整えるナオに「良い子」と微笑んでからロキは包み紙の残骸をカウンターへ落とす。モゴモゴと妙に食べ辛そうに頬を膨らませているナオから一歩分距離を取った。
「にーいさま。あれ、自分で使う物は自分で持ちな」
「あっ、うん……む?」
ロキが顎でカウンターをしゃくればナオは頷いて、口からけぽりと唾液を溢れさせた。
「う……っ、あ? ぅむ……っ」
「あーあ。なにやッてんだよ兄様。そういう超可愛いことは二人ッきりの時にしてくんね?」
「ご、めん……なんか、動かなくて……」
「動かない? なにが?」
「っん……舌、が……」
「嫌いな味だッた?」
「えっと……味? なのかな……ピリピリ? す、ぅ、かも……」
「ハァ? 辛いッてこと?」
「分かんらい……れも、ロキが言うららかぁい……ぁ、う? あえ?」
ナオは唐突に回らなくなった呂律に首を傾げる。
「うっ……あっ、ぅむッん、んっ」
唇から滾滾と溢れる、分泌量を異常に増加させた唾液を手で押さえて天井を仰ぐ。キャンディを咥えたまま口外に漏れる体液を啜ると嚥下。
それでも自然と湧き出してしまう自分の唾液量の多さにナオは瞬きを繰り返すと、最終的に助言を求めてロキを見詰めた。
黒眼は熱を孕んでいて、扇情的に変貌した兄のかんばせにロキはケラケラと肩を揺らす。
「へー、カプサイシンでも入ッてんのー? エンドルフィン促進させるには方法が雑じゃね?」
適当に嗤うとロキはカウンターから白い紙袋を片手で攫う。
疑問符を頭上に浮かび上がらせて固まるナオの肩を反対の腕で強く引き寄せた。
「神経系? 内分泌系? 明らかにプラシーボ効果ッて笑える反応じゃねーけど」
「ん、と…………」
ナオはキャンディを咥えたまま自分の両手に視線を落とした。
キャンディを固定する歯の隙間からべたつく涎が滴って手を濡らしたが、気にせずナオは両手を開いては閉じる。それから爪の根元を数秒摘み、離すと水を切るふうに手を振った。
「ろっちも、かな?」
「アップ系? ダウン系?」
「…………分かんらい……」
「ミトラガイナでも混ぜてんのか? あれは普通食えたもんじゃねーぞ……いや、でも」
「?」
「兄様だしな。眩暈は?」
「ううん。明ういらけ。しきひゃい感覚くうってうね。リゼリュ酸ジエチ――」
「ハイハイ。まあ良いや。雪鳩お抱えの店で南区産みてーなシャブはねーだろ」
適当にあしらってロキはナオの肩を抱きながら歩き出す。
ナオはうまく踏み出せずややふらついたが、どうにかバランスを整えてロキの歩幅に合わせ歩み始めた。
慣れない様子で深々と頭を下げる新米天使を後目に兄弟はいかがわしい玩具屋から出ると、悪霊達と大差ない連中で賑わう夜を裂くネオン看板の元へと向かった。
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