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Eli Eli Lema Sabachthani
□Eli Eli Lema Sabachthani_05
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「ま、死体そのもののやり口は雑だからな。真犯人が拘ッてたのは左利きッてのと、ある飲み物を買ッた際左手でボタンを取ッた奴ッつー訳分かんねー拘りだし。そのあと即犯行起こすか起こさねーかもバラバラで、俺も兄様が気付かなかッたら分かんなかッたんじゃね?」
「絶対に嘘じゃないですかそれ。ロキさん一人でも真相に辿り着きましたよね?」
「ハア? 俺が兄様いなくて大丈夫ッて言いてーの?」
「お二人が一緒にいなくて大丈夫なわけないじゃないですか! ロキさんとナオさんはこの世に二人っきりの兄弟なんですから、お二人とも揃ってないと! どちらかがいなくていいなんてそんな……あ……俺、まさか今そうともとれることを口走って……? …………すみませんちょっと無性に自分への殺意が! そんなの解釈違いにも程がある! そこの壁に額打ちつけて割って自省しますので少々お待ちください!」
渾身で否定し、熱く語り、ハッとし、表情を強張らせ、震え、己の失言に目付きを鋭くすると俊輔は素早く背後の壁へ向き直る。
落書きのされた建物の外壁に躊躇なく頭を振り被った。
「待て待てコラ」
額と壁を激突させる前にロキは飼い犬の手綱を引っ張る。
「俺いま兄様の躾のほうが超大事なんだよ。余計な面倒ごと増やすな」
「ロキさんのお手間はとらせません! 自分は自分で躾けます」
「お前さー、躾ッて漢字どう書くか知ッてる?」
「え? こう書いて、こう……」
「身を美しくするッて書いて躾。外見のことじゃねーぞ。所作や行動、中身についてな。躾ッてーのは礼儀作法を身に付けさせるッて意味の和製漢字なわけ。で、元は習慣性を意味する仏教用語のジッケからきてんだよ。礼儀を身に付け、習慣的にそれを振る舞えば自然と美しい身になるからな。んで? お前のそれは身を傷付ける行為であッて躾になんの?」
行き過ぎた自己折檻にツッコミでは済まない本気の説教を入れれば、飼い犬はより一層耳と尻尾を落とした。
「……すみません……」
ロキは大型犬を飼っていたつもりだが、眼前の飼い犬は小型犬になってしまっていた。
怒られたからではなく自分が悪いと反省し、本気で落胆している。
彼の家族愛は異常だ。
ロキにとって家族はナオだけであり、ナオもそう認識している。させている。
そして俊輔自身もロキとナオの家族は互いのみだと理解した上で、兄弟を自分の家族という。自分は兄弟の家族ではないと理解し受け入れた状態で、兄弟を自分の家族という。
矛盾した異常な家族愛。
誰かの為に、家族の為に動くことに俊輔は喜びと満足感を抱く。
自分を拾い育ててくれた家族の為に。
例えその家族から自分は家族と思われていなくても。
俊輔は『それでいい』と理解して納得して受け入れて動く。
迷いなく、
直向きに、
盲信的に、
自分の愛する家族の為なら身を犠牲にしてでも動く。
異常すぎる、真っ直ぐに壊れた家族愛の強さはけっして揺らがずそれこそが俊輔が若くして北の忠犬だと、狂犬だと恐れられている理由。
首ひとつになろうがあの犬は飼い主の為なら相手の喉笛に噛み付くだろう。
皆がそう、この若い青年を恐れている。
そんな彼だからこそロキは時期首領に選んだのだが――
「本当に、すみません……」
小型犬どころかティーカップにでも入ってしまうのではないかと疑うほど俊輔はこぢんまりとしてしまっていた。北区の敵を食い殺す牙は、いまはおやつのクッキーすら噛み砕けなさそうだ。
「事務所の引き出し。三段目」
ロキは呟く。
途端に俊輔は顔をもたげた。
濃い緑の双眸に気弱な気配はない。一瞬で彼はスイッチを切り替える。これも彼が恐れられる理由のひとつ。
「そこにまとめてある。後は分かるな?」
「大丈夫です」
引き締まった返答。
背筋を伸ばし、俊輔は頷く。
ロキが右腕を彼に伸ばせば、すぐに察した俊輔は懐中電灯をロキの手元へ的確に投擲した。
懐中電灯の表面と指輪がぶつかって少し高い音が空気に弾ける。
「期待してやるから元気に駆け廻れ。俺はこの後兄様の躾直しするから、途中で連絡入れてくるなよ」
「分かりました。指揮権はすべて俺に頂けますか?」
「バーカ。期待してやるッて言ッただろ。聞くな」
「ありがとうございます」
「あのなー、シュン」
「はい?」
「テメーが思ッてる以上に俺はテメーを評価してんだぜ?」
「……え……」
「存外親馬鹿だぞ。俺は」
ロキが口角を持ち上げて犬歯を見せれば、俊輔は呆けた顔で固まり、一気に表情をはにかませた。
「っ、あ、ありがとう、ございます……!」
上擦った礼を口にし目線をロキから逃す俊輔。
いつもならば勝手に意識を逸らしたことを叱責するが怒られたと落ち込むところに突然褒められ、目に見えて喜び照れている俊輔があまりにも幸せそうなので今回は何も咎めないでやった。
随喜して尻尾を振る犬を撫でる代わりに兄の癖の強い髪を梳いてロキは言葉を続ける。
「噛み殺してこい俊輔」
いつもは略す名前をしっかと冷気の中に落とせば、俊輔の纏う雰囲気が一変。
「任せてくださいボス」
闇夜でも明瞭に分かるほど、濃厚に緑の目付きが鋭くなった。
「北区のルールを徹底的に叩き込んできます」
不意打ちで褒められて照れていた人物とは到底思えない重い空気感。
気を引き締め直した俊輔が深々と頭を下げる。
それから、彼はすぐに迷いなく踵を返した。
俊輔の煮え滾る眼は先しか見ていない。
気紛れな飼い主の都合で散々『待て』をさせられていた忠犬は首輪を外してしまえばもうとまりはしなかった。
彼が揃えられている書類を確認すれば夜明け前には片が付く。そうすれば今後、二度と奇怪な連続殺人など起こりはしないだろう。
「なんだよ。鼻の骨砕いてやろうと思ッたのに。超単純でカワイー奴」
欣然と闇に溶けた俊輔の背中を見送り、ロキはくつくつと喉奥で笑った。
「俊輔は良い子だね」
「にーいさま。シュンじゃなくて弟を見て」
「ん? 見てるよロキ」
「そうじゃねーの。俺の前で他の奴の話するとか超駄目だな。超可哀想な兄様。使い過ぎた俺も反省だわ」
「どうしてロキが反省するの?」
「兄様の躾ができてねーから。兄様は俺がいないとなーんもできねーだろ? そんな兄様に色々教えてやるのは弟の役目。最近兄様と俺だけの時間が少ねーから……兄様は悪い子になッてんだよ」
「悪い子? ……そっか。そうだったんだ。困ったなあ……」
「ダイジョーブ。これ以上悪い子にならねーように俺が優しく躾直してやるから。予定変更して帰ッたら躾直しな」
「ありがとうロキ。ロキは優しいね」
「兄様のためなら何でもしてあげる。なあ、兄様。兄様は幸せ者だろ?」
「うん。僕は幸せだよ。とっても」
常に生まれたての雛以上に純粋な兄は、刷り込まれることを疑いなくそうだと信じる。
ロキがじっと黒い瞳を凝視し続ければ兄はもう一度「幸せだよ」と弟に微笑んだ。その微笑みには相変わらず感情は含まれておらず、いつだって何ら変わらないただの条件反射で形取られたもの。
どんな暗闇の中でも、絶望の中でも、地獄の底でも、兄の笑顔に変化はない。
「じゃあ、幸せなまま家に帰るまでおやすみ。俺の兄様」
笑顔に差分を作れるほどの情緒を有さない兄の額にキスをひとつ。
子供をベッドに寝かしつけるような、幸せを祈るようなそれ。
兄はやはりさして笑みに変化を作ることはなく「おやすみ。僕のロキ」と弟の額に同じものを返した
。
凍て付いた闇の中で笑い合った後。
それこそ機械が電源でも落とされたように、本当に一瞬にしてナオは意識を手放した。
「神よ。なぜ私をお見捨てになられたのか」
自分に掛かる体重を感じつつ兄が零した書物の一節を口にする。
鼓膜を揺らした自分の声をロキは鼻で嗤笑。
「少なくとも、俺は兄様を捨ててやらねーよ」
兄の耳元で囁いて、ロキは女の半開きになった指ごと汚れた地に落ちた聖なる紙を踏み付けた。
【end】
「絶対に嘘じゃないですかそれ。ロキさん一人でも真相に辿り着きましたよね?」
「ハア? 俺が兄様いなくて大丈夫ッて言いてーの?」
「お二人が一緒にいなくて大丈夫なわけないじゃないですか! ロキさんとナオさんはこの世に二人っきりの兄弟なんですから、お二人とも揃ってないと! どちらかがいなくていいなんてそんな……あ……俺、まさか今そうともとれることを口走って……? …………すみませんちょっと無性に自分への殺意が! そんなの解釈違いにも程がある! そこの壁に額打ちつけて割って自省しますので少々お待ちください!」
渾身で否定し、熱く語り、ハッとし、表情を強張らせ、震え、己の失言に目付きを鋭くすると俊輔は素早く背後の壁へ向き直る。
落書きのされた建物の外壁に躊躇なく頭を振り被った。
「待て待てコラ」
額と壁を激突させる前にロキは飼い犬の手綱を引っ張る。
「俺いま兄様の躾のほうが超大事なんだよ。余計な面倒ごと増やすな」
「ロキさんのお手間はとらせません! 自分は自分で躾けます」
「お前さー、躾ッて漢字どう書くか知ッてる?」
「え? こう書いて、こう……」
「身を美しくするッて書いて躾。外見のことじゃねーぞ。所作や行動、中身についてな。躾ッてーのは礼儀作法を身に付けさせるッて意味の和製漢字なわけ。で、元は習慣性を意味する仏教用語のジッケからきてんだよ。礼儀を身に付け、習慣的にそれを振る舞えば自然と美しい身になるからな。んで? お前のそれは身を傷付ける行為であッて躾になんの?」
行き過ぎた自己折檻にツッコミでは済まない本気の説教を入れれば、飼い犬はより一層耳と尻尾を落とした。
「……すみません……」
ロキは大型犬を飼っていたつもりだが、眼前の飼い犬は小型犬になってしまっていた。
怒られたからではなく自分が悪いと反省し、本気で落胆している。
彼の家族愛は異常だ。
ロキにとって家族はナオだけであり、ナオもそう認識している。させている。
そして俊輔自身もロキとナオの家族は互いのみだと理解した上で、兄弟を自分の家族という。自分は兄弟の家族ではないと理解し受け入れた状態で、兄弟を自分の家族という。
矛盾した異常な家族愛。
誰かの為に、家族の為に動くことに俊輔は喜びと満足感を抱く。
自分を拾い育ててくれた家族の為に。
例えその家族から自分は家族と思われていなくても。
俊輔は『それでいい』と理解して納得して受け入れて動く。
迷いなく、
直向きに、
盲信的に、
自分の愛する家族の為なら身を犠牲にしてでも動く。
異常すぎる、真っ直ぐに壊れた家族愛の強さはけっして揺らがずそれこそが俊輔が若くして北の忠犬だと、狂犬だと恐れられている理由。
首ひとつになろうがあの犬は飼い主の為なら相手の喉笛に噛み付くだろう。
皆がそう、この若い青年を恐れている。
そんな彼だからこそロキは時期首領に選んだのだが――
「本当に、すみません……」
小型犬どころかティーカップにでも入ってしまうのではないかと疑うほど俊輔はこぢんまりとしてしまっていた。北区の敵を食い殺す牙は、いまはおやつのクッキーすら噛み砕けなさそうだ。
「事務所の引き出し。三段目」
ロキは呟く。
途端に俊輔は顔をもたげた。
濃い緑の双眸に気弱な気配はない。一瞬で彼はスイッチを切り替える。これも彼が恐れられる理由のひとつ。
「そこにまとめてある。後は分かるな?」
「大丈夫です」
引き締まった返答。
背筋を伸ばし、俊輔は頷く。
ロキが右腕を彼に伸ばせば、すぐに察した俊輔は懐中電灯をロキの手元へ的確に投擲した。
懐中電灯の表面と指輪がぶつかって少し高い音が空気に弾ける。
「期待してやるから元気に駆け廻れ。俺はこの後兄様の躾直しするから、途中で連絡入れてくるなよ」
「分かりました。指揮権はすべて俺に頂けますか?」
「バーカ。期待してやるッて言ッただろ。聞くな」
「ありがとうございます」
「あのなー、シュン」
「はい?」
「テメーが思ッてる以上に俺はテメーを評価してんだぜ?」
「……え……」
「存外親馬鹿だぞ。俺は」
ロキが口角を持ち上げて犬歯を見せれば、俊輔は呆けた顔で固まり、一気に表情をはにかませた。
「っ、あ、ありがとう、ございます……!」
上擦った礼を口にし目線をロキから逃す俊輔。
いつもならば勝手に意識を逸らしたことを叱責するが怒られたと落ち込むところに突然褒められ、目に見えて喜び照れている俊輔があまりにも幸せそうなので今回は何も咎めないでやった。
随喜して尻尾を振る犬を撫でる代わりに兄の癖の強い髪を梳いてロキは言葉を続ける。
「噛み殺してこい俊輔」
いつもは略す名前をしっかと冷気の中に落とせば、俊輔の纏う雰囲気が一変。
「任せてくださいボス」
闇夜でも明瞭に分かるほど、濃厚に緑の目付きが鋭くなった。
「北区のルールを徹底的に叩き込んできます」
不意打ちで褒められて照れていた人物とは到底思えない重い空気感。
気を引き締め直した俊輔が深々と頭を下げる。
それから、彼はすぐに迷いなく踵を返した。
俊輔の煮え滾る眼は先しか見ていない。
気紛れな飼い主の都合で散々『待て』をさせられていた忠犬は首輪を外してしまえばもうとまりはしなかった。
彼が揃えられている書類を確認すれば夜明け前には片が付く。そうすれば今後、二度と奇怪な連続殺人など起こりはしないだろう。
「なんだよ。鼻の骨砕いてやろうと思ッたのに。超単純でカワイー奴」
欣然と闇に溶けた俊輔の背中を見送り、ロキはくつくつと喉奥で笑った。
「俊輔は良い子だね」
「にーいさま。シュンじゃなくて弟を見て」
「ん? 見てるよロキ」
「そうじゃねーの。俺の前で他の奴の話するとか超駄目だな。超可哀想な兄様。使い過ぎた俺も反省だわ」
「どうしてロキが反省するの?」
「兄様の躾ができてねーから。兄様は俺がいないとなーんもできねーだろ? そんな兄様に色々教えてやるのは弟の役目。最近兄様と俺だけの時間が少ねーから……兄様は悪い子になッてんだよ」
「悪い子? ……そっか。そうだったんだ。困ったなあ……」
「ダイジョーブ。これ以上悪い子にならねーように俺が優しく躾直してやるから。予定変更して帰ッたら躾直しな」
「ありがとうロキ。ロキは優しいね」
「兄様のためなら何でもしてあげる。なあ、兄様。兄様は幸せ者だろ?」
「うん。僕は幸せだよ。とっても」
常に生まれたての雛以上に純粋な兄は、刷り込まれることを疑いなくそうだと信じる。
ロキがじっと黒い瞳を凝視し続ければ兄はもう一度「幸せだよ」と弟に微笑んだ。その微笑みには相変わらず感情は含まれておらず、いつだって何ら変わらないただの条件反射で形取られたもの。
どんな暗闇の中でも、絶望の中でも、地獄の底でも、兄の笑顔に変化はない。
「じゃあ、幸せなまま家に帰るまでおやすみ。俺の兄様」
笑顔に差分を作れるほどの情緒を有さない兄の額にキスをひとつ。
子供をベッドに寝かしつけるような、幸せを祈るようなそれ。
兄はやはりさして笑みに変化を作ることはなく「おやすみ。僕のロキ」と弟の額に同じものを返した
。
凍て付いた闇の中で笑い合った後。
それこそ機械が電源でも落とされたように、本当に一瞬にしてナオは意識を手放した。
「神よ。なぜ私をお見捨てになられたのか」
自分に掛かる体重を感じつつ兄が零した書物の一節を口にする。
鼓膜を揺らした自分の声をロキは鼻で嗤笑。
「少なくとも、俺は兄様を捨ててやらねーよ」
兄の耳元で囁いて、ロキは女の半開きになった指ごと汚れた地に落ちた聖なる紙を踏み付けた。
【end】
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