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25. 五年前のこと
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ルイーズ様の作戦はこうだ――まずギルトメンバーが『魔避けの提灯』を使って、魔物の群れを森の奥まで追い込む。そこで待ち構えていたツァークたちが魔物を捕縛し、本来の魔物の住まう森の奥へ連れ帰ってもらうのだ。
「作戦と呼ぶのも仰々しいくらい、単純な方法だ。でも君の提灯がある今だからこそ、使える手段でもある。これまでは、魔物を一定の場所へ追い込むことだって不可能に近かったからね」
ルイーズ様の提案に、ゲネルさんはいまいち納得してないようだった。
「その魔避けの提灯とやらは、一体どの程度効果があるんだ? もし大した効果がなければ、無傷じゃ済ませれない……最悪、犠牲者が出るだろう。もちろん、腕に覚えのあるギルドメンバーが配備されるだろうが……」
「うーん、たしかにヨリの提灯は一定の効果はあるようだけど、追い込めるレベルか分からないね」
皆の視線が一斉に、自分に向けられた。
(たしかに……実際使ったのは一度だけだから、どのくらい効果があるのか断言できないな)
この質問を実家の店先で聞いていたら、お客さんご安心を、と太鼓判押してた。山越えではめったに魔物は出ない上、万が一遭遇しても大して強い魔物ではないと聞いていた。だからナーダム地区にはギルドが配備されなかったし、人々も魔物に対しての警戒心はそれほど強くはなかった。
(それに森じゃ、けっきょく夜が明けてきて、あまり提灯が役に立たなかったから、サーガさんがくれた魔よけのペンダントに頼ったわけで……)
「そうだ、提灯の効果は夜だけです。夜が明けたら、その効果はあまり期待できません」
「なるほど、夜の間だけ……ますます不利な状況だな」
ゲネルさんが思案気に眉根を寄せる中、なぜか宰相様がスラスラと説明をはじめた。
「ニンニクの量にもよるでしょうね。旅人は向かう森の危険度によって、自らその量を調整しているようです。おそらく香りの強い品種を用いるのがいいでしょう」
「言われてみれば、たしかにニンニクの量を調整してた気がします……」
なんで宰相様が、うちの提灯について私より詳しいんだろう……きっと利用できそうなものは、何でも調べ上げて把握しないと気が済まないタイプに違いない。
「なるほど。しかしニンニクを大量にかき集めたり、香りを撒き散らしたりすれば、周囲に不審に思われないか?」
「けっきょく今回の討伐は、秘密裏に運ぶのは無理だろうね。まあ他国に知られても困らないよう、せめて王宮の守りを固めるしかないか……」
ルイーズ様が考え込む様子で、あごに手を当てる。すると宰相様も、大きく肩で息を吐いた。
「ならば兵士の中でも腕に自信のあるものを集めて特別部隊を編成し、どうにか王宮の守りを固めるしかないようですね。今回のケースで、我が国はギルドの力に頼らなくても兵力だけで対処できると実証し、他国へ向けてアピールする良い機会になると前向きにとらえるのです」
「……その肝心の兵力が本物ならば、そもそもこんなに悩んだりしないのにねえ」
ナーガさんの皮肉交じりのコメントに、ゲネルさんの視線が鋭くなる。この二人、絶対仲が良くない……そんな中、宰相様とルイーズ様は静観を決め込んでいた。
いずれにしても計画の方向性が見えてきたせいか、私をのぞく四人はあれこれ議論を交えつつ計画を具体的に練り出した。ギルドメンバーの具体的な編成や兵士の配置などは、私が口を出せるような内容ではなかったし、むしろ自分が聞いていていいのか心配だった。
(この件が片付いたら、どうなるのかな)
恐らくこれまでのように、ルイーズ様は毎晩魔物討伐へ向かう必要がなくなるだろう。ギルドメンバーは元の所属に戻り、シェルベルン兵力の強化も進むに違いない。
ルイーズ様に余裕ができれば、おそらく私が執務室に呼ばれることもなくなる。すると一介の清掃員になるのか、または別の仕事を与えられるのか……王宮の外へ出る可能性だってある。
「……君、聞いている?」
「あ、ああはい、なんでしょう?」
ルイーズ様に声をかけられて我に返った。
「君の実家では、ニンニクはなんの品種を使っていたか覚えているって聞いたのだけど……顔色が良くないね。具合でも悪いの?」
ルイーズ様の手のひらが額に触れた瞬間、ハッとして後退る。まだ何も終わってないし、なんならはじまってもいない作戦段階だ。気を抜いてる場合じゃなかった。
「いえ、ちょっとだけお腹が空いちゃって」
「では軽食を用意させよう。少し休憩だ」
隣のゲネルさんは「俺も腹減った」と同意を示して椅子に寄りかかり、向かいの宰相様はジッと私を見つめ、それから軽くため息をついた。
「軽食はサンドウィッチです」
「肉食いてえ」
「なら僕は、ニンニクたっぷりきかせたやつがいいかな」
「お二人とも、あとで肉でも何でも好きに焼いて食べてください」
三人の軽口を耳にしながら、私はふと肉の串焼きを思い浮かべた。
(お祭りで食べた串焼き、美味しかったなあ。ニンニクが効いてて……)
故郷ナーダムで催された祭りでは、屋台がたくさん並び、中でも肉の串焼きは出店の中でも人気が高かった。
「いいですね、私も肉の串焼き大好きです」
「ああ、串焼きもいいよな!」
しばらくゲネルさんと、お祭りの屋台の食べ物について盛り上がっていたら、執務机の前で書類をめくっていたルイーズ様がボソリとつぶやいた。
「肉、か……」
「ルイーズ様もお好きですか」
「それだ」
え、とゲネルさんと私が口を開く前に、ルイーズ様が書類を放って、なんと愉快そうに笑い出した。
「いいね、祭りでいこう」
「あの……?」
「君のおかげで、いい案が思いついた」
ルイーズ様は席を立つと、宰相様に目配せして私に手を差し出した。
「国境沿いの町や村で祭りを開催するんだ……串焼き祭りを、ね。それなら村中、町中にニンニクが充満し、提灯が連なっていても不自然ではないだろう?」
サーガさんと別れた後、私は再び執務室に戻って来た。宰相様とゲネルさんは、さっそく計画の具体的な打ち合わせをする為どこかへ行ってしまい、部屋の中にはルイーズ様と二人きりで取り残された。
ルイーズ様は、先ほどの上機嫌から一転して、気難しい顔でデスクに向かうと、何やら書類をめくり出した。仕事の邪魔をするわけにはいかないし、宰相様から特に仕事の指示もないし、これは自室に戻って待機するしかないようだ。
私は、入ったばかりの扉へUターンしかけた時、背中から声が掛かった。
「……あのさ、何も話すことはないの」
後ろを振り返ると、ルイーズ様は書類を手にしたまま顔も上げずにつぶやいた。
「あの男に会ったことや、ましてやペンダントをもらったことなんて、何も聞いてないけど?」
責めるような口調に、私はついムッとして言い返す。
「すっかり忘れていただけです。それに何も話さないのは、ルイーズ様だって同じでしょう?」
「僕は君に聞かれれば、何でも答えるつもりだけど」
聞かなきゃ話さないのか。聞きづらいことだって、あるのに。
「だからって……いつも勝手過ぎます! そもそも勇者のお仕事だって、本当はずっと前から私を知ってたことだって、いつの間にか、その……よ、嫁候補にされたことだって。どれも事前に断りもなく……」
「じゃあ君は、僕が花束抱えて君の実家に馬車で乗りつけてプロポーズしたら、承諾してくれたとでも?」
ルイーズ様は、書類の束をデスクに放り投げると、椅子に背をもたれたまま焦れたように足を組み替えた。
「それとも、王都に到着したばかりで求人募集ボードにかじりついてた君に『結婚を前提に付き合って欲しい』と言ったら、素直にお城についてきてくれた?」
それはたしかに、結婚詐欺か不審者としか思えない。もしも権力をかさに連行でもされたら、私は最後まで反発心を消せなかったに違いない。隙さえあれば、当然逃げ出してただろう。
「そんな風に君を連れてきても、意味がないと思ったんだ。僕は君に好かれたかったから、できるだけ君の理想の男になろうと思って、色々考えた上で計画をしたんだ」
「理想の……?」
「だって君の理想って『一緒に仕事ができて、何でも相談できる人』だっけ? 五年前、王宮にやってきた時そう話してたじゃないか」
その言葉に首を傾げたが、王子はムッとした顔でデスクに身を乗り出した。
「算術大会のことだよ。昼休憩の時カフェテリアで、隣の女の子に話していたのを聞いた」
そうは言われても五年前のことで、しかも算術大会の当日は寝不足だったから、記憶はあやふやだ。でも言われてみれば、お昼を食べていた時に、一緒に馬車で同行した女の子と何か話していたような気がする。
「あの日、王族や貴族の子女は別室に昼食が用意されていた。でも僕は、午後の対戦相手である君をどうしても一目見たかったから、こっそりカフェテリアに潜りこんで、君の近くのテーブルに座ったんだ」
ルイーズ様は、顔を真っ赤にしながら説明を続けた。
「まず対戦相手が、僕より年下の女の子だったことに驚いた。君は食事もそこそこに、手持ちのノートに何やら熱心に書いていたね。きっと午後の試合に備えて、計算練習でもしてるのかと思えば、隣の子に『店の帳簿付けをしてるけど、資金繰りに悩んでる』って……」
まさか自分の家の台所事情を口走っていたなんて、と赤面する思いで俯く。
「隣の子が『そういうことは、将来結婚したら旦那に任せればいい』と言ったのに対して、君は例の『一緒に仕事ができて、何でも相談できる人』が理想だって言ってたね」
記憶には無いけど、たしかに私が言いそうな台詞だ。そして間違いなく、それは私の理想の結婚相手だ。
あの頃の私は、将来は婿養子を迎えて実家の提灯屋を継ぐのだと思ってた。商売が行き詰った時や、資金繰りに悩んだ時、何でも夫婦で相談できればいいなあと思っていた。
でもその将来は、兄の帰郷とともに呆気なく消えてしまった。
(ん、そういえば前に宰相様が……兄に帰郷を勧めたようなこと言ってなかったっけ?)
『あなたの兄ロイ・クラルテが王都に在住していることは調べがついていたので、第一ギルトの隊長に接触するよう密かに命じ、懇意になった後にうまく帰郷を促して、あなたを王都に向かわせる計画を持ちかけたのです』
(まさか、私が実家を継げなくなったのは……ルイーズ様たちの計画のせいなの?)
「作戦と呼ぶのも仰々しいくらい、単純な方法だ。でも君の提灯がある今だからこそ、使える手段でもある。これまでは、魔物を一定の場所へ追い込むことだって不可能に近かったからね」
ルイーズ様の提案に、ゲネルさんはいまいち納得してないようだった。
「その魔避けの提灯とやらは、一体どの程度効果があるんだ? もし大した効果がなければ、無傷じゃ済ませれない……最悪、犠牲者が出るだろう。もちろん、腕に覚えのあるギルドメンバーが配備されるだろうが……」
「うーん、たしかにヨリの提灯は一定の効果はあるようだけど、追い込めるレベルか分からないね」
皆の視線が一斉に、自分に向けられた。
(たしかに……実際使ったのは一度だけだから、どのくらい効果があるのか断言できないな)
この質問を実家の店先で聞いていたら、お客さんご安心を、と太鼓判押してた。山越えではめったに魔物は出ない上、万が一遭遇しても大して強い魔物ではないと聞いていた。だからナーダム地区にはギルドが配備されなかったし、人々も魔物に対しての警戒心はそれほど強くはなかった。
(それに森じゃ、けっきょく夜が明けてきて、あまり提灯が役に立たなかったから、サーガさんがくれた魔よけのペンダントに頼ったわけで……)
「そうだ、提灯の効果は夜だけです。夜が明けたら、その効果はあまり期待できません」
「なるほど、夜の間だけ……ますます不利な状況だな」
ゲネルさんが思案気に眉根を寄せる中、なぜか宰相様がスラスラと説明をはじめた。
「ニンニクの量にもよるでしょうね。旅人は向かう森の危険度によって、自らその量を調整しているようです。おそらく香りの強い品種を用いるのがいいでしょう」
「言われてみれば、たしかにニンニクの量を調整してた気がします……」
なんで宰相様が、うちの提灯について私より詳しいんだろう……きっと利用できそうなものは、何でも調べ上げて把握しないと気が済まないタイプに違いない。
「なるほど。しかしニンニクを大量にかき集めたり、香りを撒き散らしたりすれば、周囲に不審に思われないか?」
「けっきょく今回の討伐は、秘密裏に運ぶのは無理だろうね。まあ他国に知られても困らないよう、せめて王宮の守りを固めるしかないか……」
ルイーズ様が考え込む様子で、あごに手を当てる。すると宰相様も、大きく肩で息を吐いた。
「ならば兵士の中でも腕に自信のあるものを集めて特別部隊を編成し、どうにか王宮の守りを固めるしかないようですね。今回のケースで、我が国はギルドの力に頼らなくても兵力だけで対処できると実証し、他国へ向けてアピールする良い機会になると前向きにとらえるのです」
「……その肝心の兵力が本物ならば、そもそもこんなに悩んだりしないのにねえ」
ナーガさんの皮肉交じりのコメントに、ゲネルさんの視線が鋭くなる。この二人、絶対仲が良くない……そんな中、宰相様とルイーズ様は静観を決め込んでいた。
いずれにしても計画の方向性が見えてきたせいか、私をのぞく四人はあれこれ議論を交えつつ計画を具体的に練り出した。ギルドメンバーの具体的な編成や兵士の配置などは、私が口を出せるような内容ではなかったし、むしろ自分が聞いていていいのか心配だった。
(この件が片付いたら、どうなるのかな)
恐らくこれまでのように、ルイーズ様は毎晩魔物討伐へ向かう必要がなくなるだろう。ギルドメンバーは元の所属に戻り、シェルベルン兵力の強化も進むに違いない。
ルイーズ様に余裕ができれば、おそらく私が執務室に呼ばれることもなくなる。すると一介の清掃員になるのか、または別の仕事を与えられるのか……王宮の外へ出る可能性だってある。
「……君、聞いている?」
「あ、ああはい、なんでしょう?」
ルイーズ様に声をかけられて我に返った。
「君の実家では、ニンニクはなんの品種を使っていたか覚えているって聞いたのだけど……顔色が良くないね。具合でも悪いの?」
ルイーズ様の手のひらが額に触れた瞬間、ハッとして後退る。まだ何も終わってないし、なんならはじまってもいない作戦段階だ。気を抜いてる場合じゃなかった。
「いえ、ちょっとだけお腹が空いちゃって」
「では軽食を用意させよう。少し休憩だ」
隣のゲネルさんは「俺も腹減った」と同意を示して椅子に寄りかかり、向かいの宰相様はジッと私を見つめ、それから軽くため息をついた。
「軽食はサンドウィッチです」
「肉食いてえ」
「なら僕は、ニンニクたっぷりきかせたやつがいいかな」
「お二人とも、あとで肉でも何でも好きに焼いて食べてください」
三人の軽口を耳にしながら、私はふと肉の串焼きを思い浮かべた。
(お祭りで食べた串焼き、美味しかったなあ。ニンニクが効いてて……)
故郷ナーダムで催された祭りでは、屋台がたくさん並び、中でも肉の串焼きは出店の中でも人気が高かった。
「いいですね、私も肉の串焼き大好きです」
「ああ、串焼きもいいよな!」
しばらくゲネルさんと、お祭りの屋台の食べ物について盛り上がっていたら、執務机の前で書類をめくっていたルイーズ様がボソリとつぶやいた。
「肉、か……」
「ルイーズ様もお好きですか」
「それだ」
え、とゲネルさんと私が口を開く前に、ルイーズ様が書類を放って、なんと愉快そうに笑い出した。
「いいね、祭りでいこう」
「あの……?」
「君のおかげで、いい案が思いついた」
ルイーズ様は席を立つと、宰相様に目配せして私に手を差し出した。
「国境沿いの町や村で祭りを開催するんだ……串焼き祭りを、ね。それなら村中、町中にニンニクが充満し、提灯が連なっていても不自然ではないだろう?」
サーガさんと別れた後、私は再び執務室に戻って来た。宰相様とゲネルさんは、さっそく計画の具体的な打ち合わせをする為どこかへ行ってしまい、部屋の中にはルイーズ様と二人きりで取り残された。
ルイーズ様は、先ほどの上機嫌から一転して、気難しい顔でデスクに向かうと、何やら書類をめくり出した。仕事の邪魔をするわけにはいかないし、宰相様から特に仕事の指示もないし、これは自室に戻って待機するしかないようだ。
私は、入ったばかりの扉へUターンしかけた時、背中から声が掛かった。
「……あのさ、何も話すことはないの」
後ろを振り返ると、ルイーズ様は書類を手にしたまま顔も上げずにつぶやいた。
「あの男に会ったことや、ましてやペンダントをもらったことなんて、何も聞いてないけど?」
責めるような口調に、私はついムッとして言い返す。
「すっかり忘れていただけです。それに何も話さないのは、ルイーズ様だって同じでしょう?」
「僕は君に聞かれれば、何でも答えるつもりだけど」
聞かなきゃ話さないのか。聞きづらいことだって、あるのに。
「だからって……いつも勝手過ぎます! そもそも勇者のお仕事だって、本当はずっと前から私を知ってたことだって、いつの間にか、その……よ、嫁候補にされたことだって。どれも事前に断りもなく……」
「じゃあ君は、僕が花束抱えて君の実家に馬車で乗りつけてプロポーズしたら、承諾してくれたとでも?」
ルイーズ様は、書類の束をデスクに放り投げると、椅子に背をもたれたまま焦れたように足を組み替えた。
「それとも、王都に到着したばかりで求人募集ボードにかじりついてた君に『結婚を前提に付き合って欲しい』と言ったら、素直にお城についてきてくれた?」
それはたしかに、結婚詐欺か不審者としか思えない。もしも権力をかさに連行でもされたら、私は最後まで反発心を消せなかったに違いない。隙さえあれば、当然逃げ出してただろう。
「そんな風に君を連れてきても、意味がないと思ったんだ。僕は君に好かれたかったから、できるだけ君の理想の男になろうと思って、色々考えた上で計画をしたんだ」
「理想の……?」
「だって君の理想って『一緒に仕事ができて、何でも相談できる人』だっけ? 五年前、王宮にやってきた時そう話してたじゃないか」
その言葉に首を傾げたが、王子はムッとした顔でデスクに身を乗り出した。
「算術大会のことだよ。昼休憩の時カフェテリアで、隣の女の子に話していたのを聞いた」
そうは言われても五年前のことで、しかも算術大会の当日は寝不足だったから、記憶はあやふやだ。でも言われてみれば、お昼を食べていた時に、一緒に馬車で同行した女の子と何か話していたような気がする。
「あの日、王族や貴族の子女は別室に昼食が用意されていた。でも僕は、午後の対戦相手である君をどうしても一目見たかったから、こっそりカフェテリアに潜りこんで、君の近くのテーブルに座ったんだ」
ルイーズ様は、顔を真っ赤にしながら説明を続けた。
「まず対戦相手が、僕より年下の女の子だったことに驚いた。君は食事もそこそこに、手持ちのノートに何やら熱心に書いていたね。きっと午後の試合に備えて、計算練習でもしてるのかと思えば、隣の子に『店の帳簿付けをしてるけど、資金繰りに悩んでる』って……」
まさか自分の家の台所事情を口走っていたなんて、と赤面する思いで俯く。
「隣の子が『そういうことは、将来結婚したら旦那に任せればいい』と言ったのに対して、君は例の『一緒に仕事ができて、何でも相談できる人』が理想だって言ってたね」
記憶には無いけど、たしかに私が言いそうな台詞だ。そして間違いなく、それは私の理想の結婚相手だ。
あの頃の私は、将来は婿養子を迎えて実家の提灯屋を継ぐのだと思ってた。商売が行き詰った時や、資金繰りに悩んだ時、何でも夫婦で相談できればいいなあと思っていた。
でもその将来は、兄の帰郷とともに呆気なく消えてしまった。
(ん、そういえば前に宰相様が……兄に帰郷を勧めたようなこと言ってなかったっけ?)
『あなたの兄ロイ・クラルテが王都に在住していることは調べがついていたので、第一ギルトの隊長に接触するよう密かに命じ、懇意になった後にうまく帰郷を促して、あなたを王都に向かわせる計画を持ちかけたのです』
(まさか、私が実家を継げなくなったのは……ルイーズ様たちの計画のせいなの?)
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