勇者(代理)のお仕事……ですよねコレ?

高菜あやめ

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23. 国王夫妻との昼食会

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 国王陛下夫妻との昼食の場は、夫妻の居住エリアにあるサンルームに設けられた。つまり、私が招待されたことになるので、手土産に小さなブーケを持って向かった。ブーケは当然、ノーラさんが気を利かせてあらかじめ用意してくれた。

 サンルームは、大きな出窓があって、落ち着いた心地の良い部屋だった。華美に走らない内装は、夫妻の趣味だろうか、出迎えてくれたお二人もシンプルかつカジュアルな装いだった。

(もっと仰々しいかと思ったけど、想像と違った……)

 それでも緊張気味にあいさつを済ませて、奥の広間にセッティングされた六人掛けのテーブルに案内される。ここは夫妻がプライベートで食事を楽しむ場所だそうで、中央には王妃様がいけた花が飾られていた。
 食事がはじまっても、テーブルにルイーズ様の姿はなかった。どうやら公務が押していて、少し遅れるらしい。そのため国王夫妻の視線は、私一人に注がれていて、居心地悪いことこの上ない。当然、食べ物も喉を通らず、取り分けられたサラダも手付かずのままだ。

「この度は、ギルドの連中がいろいろ世話になったね。あらためて私たちからも礼を言わせてもらうよ。本当に、ありがとう」
「今日はシェフにお願いして、特別豪華なランチを用意してもらったの。いつもは陛下も私も、簡単にすますのだけど、せっかく皆さんで集まれるのですもの」

 国王夫妻は事前に聞いてた通り、とにかく気さくで人柄が良さそうな人たちだった。特に国王陛下は、ガチガチに緊張して席に着いた私に対して、開口一番に冒頭のお礼の言葉をくださったから驚いた。

(世話になったって、あの夜のことを言ってんのかな……お二人はどこまでご存じなんだろ)

 以前ルイーズ様に、ギルドメンバーは国家公務員だって説明を受けたけど、つまり国のトップである陛下にとってみれば、みんな自分の部下みたいなものだ。会社に例えるなら、さしずめ『うちの社員が世話になったね』といったところか。

(ルイーズ様が社長ならば、国王陛下は会長ってところかなあ)

 すると私の立場は、会長ご夫妻の昼食の席に呼ばれた平社員みたいなもので、いずれにしてもおそれ多すぎる。
 一人でお二人の相手は、そろそろつらいなあと思いはじめた時、遠くから乱れた足音が近づいてきた。

「遅れて申し訳ありません」

 日当たりの良いサンルームにかけこんできたのは、息を切らせたルイーズ様だった。

「あら、ルイーズもうきたの」
「今、ヨリさんと話しはじめたばかりだというのにな」

 息子の遅刻を鷹揚に受け止める夫妻に、ルイーズ様は冷たい視線を向けてる。

「わざわざ僕が抜けられない会議にかぶる時間に、この場をセッティングしたのではありませんか?」
「さあ、なんのことかなあ」
「まあまあ、おかけなさいよ。お腹空いてるでしょう?」

 ルイーズ様はイライラしながらも、優雅な所作で席に着いた。そして私の前に置かれている手付かずのサラダと、空っぽの取り皿を見下ろして、わずかに眉をひそめる。

「……どうして、なにも食べてないの?」

 先ほど給仕のメイドさんにスープを頼んだばかりで、まだ来てないから何も食べてない。陛下と王妃様は先にサンドウィッチを召し上がっているけど、まさかのフォークとナイフで食べ始めたのを見て、予想外のテーブルマナーに愕然とし、とても手を伸ばせそうになかった。

「好き嫌いはあるの」
「いえ、特には……どれもおいしそうです、ただ……」

 ただ、食べ方が分からないだけです、という言葉を飲み込んだ。

「ただ今日は、スープを飲みたい気分なんです」

 情け無いことだ……スープくらいしか飲めそうにない。たぶんスープはいける、と思う。

(まさか、スープもフォークとナイフ使ったりしないよね……?)

 少々混乱気味の私の横で、ルイーズ様は「ふうん」と気の無い相づちをひとつ打つと、テーブルの中央に美しく盛り付けられたサンドウィッチの皿に手を伸ばした。そしてトングを使って、いろいろなサンドウィッチを自分の皿にのせ、至極当然のようにナイフとフォークを手に取って切り分けはじめた。

(この世の中には、サンドウィッチを手づかみで食べない人たちがいるのだなあ……)

 感心して、ついついルイーズ様の手元を見つめていると、その手がピタリと止まった。

「……サーモンか」

 ルイーズ様は軽く舌打ちをすると、私の顔を横目でチラリと見やった。

「君、サーモン好き?」
「えっ……まあ普通に好きですけど」

 突然話を振られ、つい素直に返答すると、ルイーズ様は切り分けたサーモンのサンドウィッチをフォークに刺して、私の顔の前に差し出した。

「あの……?」
「僕はサーモンが苦手なんだ。だから君が食べて」

 これは……このまま口を開けろって事だろうか。そうだとしたら、食べさせてもらってるみたいで、国王陛下と王妃様の前で痛過ぎやしないか……。

「いいなあ、仲が良くて」
「うふふ、可愛らしいこと」

 テーブルの向かい側からは、どういうわけか期待を込めた視線を向けられ、隣からは『早くしろ』と言わんばかりのルイーズ様ににらまれ、逆らえそうもない空気に仕方なく口を開けた。

「……おいしい?」

 首を縦に振って肯定するも、頰が熱くてなんとも気まずい。昔、故郷の町の食堂で見かけた、お互いあーんと食べさせ合うカップルを思い出す。
 あれは見てる側の私が、相当恥ずかしかった……あの時のことを、今の自分と重ねてしまい、恥ずかしさに身悶えしそうだ。
 しかし、ここで『自分で食べられます』と言えないところがつらい。なんせ、どう振る舞うのが正しいのか、よく分からないからだ……マナー的にも、お妃候補的にも。

 それからスープが運ばれてきても、デザートのケーキが運ばれても、ルイーズ様は偏食っぷりを発揮して、あれこれ切り分けては、親鳥よろしくせっせと私の口に運び続けた。

(まさか、ケーキまでフォークとナイフで食べるなんて……自分ひとりじゃ絶対に食べられなかったなあ)

 大変恥ずかしかったが、ルイーズ様のお陰ですっかりお腹がふくれた。
 あとは食後のお茶だけどなり、ようやく餌付けから解放されてホッと一息ついていると、向かいの王妃様がのんびりと口を開いた。

「ところで今朝方、魔物の森から使者がいらしてね。国境付近の森で起こった不祥事について、あなたとヨリさんに直接お会いして、謝罪されたいそうよ」

 国境付近の森で起こった不祥事、とは間違いなく一昨日起こった件だろう。隣をそっと見上げると、ルイーズ様はスッと目を細め、口元に運びかけたお茶のカップをテーブルに下ろした。

「謝罪など必要ありません。あの森は人の領域……魔物の放し飼いさえやめてもらえればいいんです」
「あちらでも制御しきなくて、相当苦労してるみたいだわ」
「関係ありません。これ以上、王都のギルドをメンバーを削って、あちらへ派遣するわけにはいきません。王都の守りが手薄になれば、いずれ居住エリアに魔物の侵入を許してしまうでしょう」

 唐突にはじまった物騒な会話だが、自分も聞いてていい内容だろうか。だって王都が手薄とか、明らかに機密情報としか思えない。

(たしかに王都のギルドメンバーは、だいぶ国境地帯へ派遣されたな……)

 王都に駐在する第一から第五ギルドは、各メンバーの能力値が非常に高い、いわゆる精鋭部隊だ。先日、宰相様から急ぎで頼まれた表計算では、その精鋭部隊の多くのメンバーが、国境地帯のギルドへ派遣された。

(あのギルド編成は、明らかに国境付近に魔物が増えた証だ……)

 もしかすると、園遊会の時に第一ギルドの隊長さんが出席していたのは、国境付近はすでに沈静化していて、王都にはいつものギルドメンバーが戻ってますよ、というアピールの為だったのかもしれない。
 おそらく第一部隊の何名かを、国境に派遣したことが、周囲に気づかれてしまったのだ。

 ギルドは魔物討伐を目的に結成されたとはいえ、この平和な世の中、なまじ兵士よりも実戦経験に優れてる。つまりギルドが、あらゆる意味で王都の守りを担ってるのだ。
 だから王都に配備されてるギルドメンバーの配備が手薄になったことが国外に漏れてしまうと、魔物だけではなく近隣諸国との力の均衡を保つ上でも支障あるだろうことは、素人の私にもなんとなく想像がつく。

「たしかに、王都のギルドメンバーを派遣し続けるのは対外的にもよくない。しかし、仮にあの魔物たちが国境を越えてしまったら、それこそ甚大な被害は免れんだろう」

 国王陛下の言葉を聞いて、これはいよいよ私が聞いてはいけない話に思えてきた。

「あのう……私はお先に失礼させていただきます」

 私が席を立とうとすると、ルイーズ様の手がそれを阻んだ。

「君も聞く権利がある」
「えっ、でも」
「そうよ、ヨリさん。あなたはすでに、私たちの一員よ。それになんといっても、うちの息子のお嫁さんだもの」

 嫁ではない、嫁候補だ。候補をつけるのとつけないのとでは、重みも意味合いもぜんぜん違う。

(でも、今はそれどころじゃないよな……)

 ギルド問題が、国外に漏れたらまずいことになる。いやすでに漏れてるのか……秘密漏洩の罪は重い。

(もしや私が軟禁されたのって、疑惑の目から守るため?)

 そうだとすれば、ルイーズ様や宰相様に感謝こそすれ、うらむわけにはいかない。こうなったら、疑惑をかけられない為にも、軟禁状態にしてもらった方がいい。いやむしろ監禁してほしい。

「……おっしゃる通りです。彼女は二度と危険な目にあわせません。僕がしっかり守ります」
「そうね、当分の間は王宮の外へ出ない方がいいわ」
「警備も強化するといい。特に、お前たちの部屋の周辺と、それに移動の際にも警護もつけよう。王宮内とはいえ、人の出入りがあるから油断できん。なにかあった時、できる限り疑惑向けられる材料などないよう、周到に準備をしておくといい」

 国王陛下の視線が私に向けられた。それは慈悲を含むようにも、どこか申し訳なさを感じさせるようにも見えた。

「万が一、冤罪などで処罰の対象にされたら大変だ……そう思わんかね?」
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