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22. 新たな役割
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驚きすぎて、頭の中が真っ白になった。
(えっ、勇者代理なんて仕事、無かった? じゃあ私はただの清掃員として雇われたの? でもそれって、便宜上の話だったよね? えっ、なんか……よく理解できないんだけど……)
「……ヨリ……ヨリ、大丈夫? 聞こえてる?」
かろうじて聞こえてきた声に、私はノロノロと顔を上げた。
「……ノーラさん? どうしてここに?」
「ああよかった、さっきから声をかけても反応がないから心配したわ」
いつの間にか目の前にはノーラさんが立っていて、心配そうに私の顔をのぞきこんでいた。彼女の背後には、宰相様の横顔が見えた。書類に目を落とし、あたかも無関心を装っているけど、それでも私を気にかけてるような感じが伝わってきた。
「大丈夫です、たぶん」
「そう……? 実は今日の昼食なのだけど、陛下ご夫妻がご同席されたいそうよ」
「は? 陛下って、国王陛下?」
「ええ。そのことを伝えに、あなたの部屋に行ってみたら姿が見当たらないから、どうしようかと思ったわ」
「なっ……」
「ひとまず宰相様にご報告しなくてはと、こちらの執務室に来てみてよかったわ。大丈夫よ、今から支度すれば間に合うわ」
「え、待って、全然大丈夫なんかじゃ」
オロオロする私に、書類を置いた宰相様が立ち上がった。
「ノーラ、彼女には私から説明するので、あなたはドレスの準備を急いでください」
「承知しました」
ノーラさんが軽く会釈してあわただしく部屋を出ていくと、ようやく宰相様が私に視線を向けた。
「いいですか、よく聞いてください……こうなったら、もはや後には引けません」
宰相様は腕組みして私の前に立ちはだかると、重々しく切り出した。重いけど、えらく軽くも感じるのはなぜだろう。
(なんか、行き当たりばったり間がすごい)
それと、後に引けないのは国王夫妻とのランチの席なのか、このわけ分からない雇用状況に足突っ込んでる件なのか、どっちだ。
「昼食は、お忙しい王家の皆様が集う、いわばご家族団らんの場。それほど堅苦しいものではないのでご安心を。料理もスープやサラダといった簡単な物ばかりなので、食事の作法もそれほど気にはならないはずです」
ランチの方か。いやどっちに転んだって、無理なものは無理だ。
(宰相様、分かってない……全然分かってないよ。いきなり国のトップと食事とか大丈夫なわけないって。緊張しすぎて絶対挙動不審になる!)
それに嘘ついてる罪悪感もある。ルイーズ様とは、何も約束してない。宰相様が勝手に決めて、あたかも真実であるように触れ回っただけ。
「こんな大事なことを嘘ついて、何考えてるんですか。いつか真実が明るみに出たら、どうするつもりですか」
「どうもこうも、あなたが先ほどから口にする『デマ』とか『嘘』とか、何の話ですか」
「ですから、私がルイーズ様のお妃候補っていう話ですよ」
「何を今さら」
宰相様は鼻で笑っただけで、取りつく島もない。
「己の危険をかえりみずに、ルイーズ様を追って魔物が出る森へ入るなんて、正直驚きました。そんな情熱的な思いを見せつけておきながら、今さら気がないふりを装っても手遅れです」
「な、な……」
「少なくとも、ルイーズ様はそう理解してます。あなたが純粋な正義感から、あのような行動に出たとしても、色ボケしてるルイーズ様が誤解してしまうのは無理もない話です」
ひどい言われようだな、ルイーズ様……しかし宰相様の意見には一理ある。
「もう、何もかも手遅れなんでしょうか」
「あなたが嫌ならば、無理強いはしません。最終的には、逃してあげることもできます」
「えっ、本当ですか」
「でないとパワハラになりますからね。ただし、あなたも誤解を生むようなことをしたのだから、しばらくはこの茶番に付き合っていただきます。まずは、国王夫妻との昼食ですね。もちろん、お二人はあなたに興味津々です。なんといっても、これまで色恋沙汰に関心がなかった息子に、突然降ってわいたように嫁候補ができたのですからね……せいぜい仲睦まじく振舞ってくださいね?」
私はブルブルと首を振って、椅子ごと後ずさりした。しかし肘掛けを掴まれ、囲い込むように追いつめられてしまう。
「む、むりです……」
「なあに、たいしたことありませんよ。ルイーズ様の隣でにこにこ笑って、皿に乗った料理を食べるだけでいいのです」
ずいっと迫力のある顔が間近に迫って、大きな体の影が視界をさえぎった。
「スープくらい飲めるでしょう? スプーンは一本しかありません。それですくって、飲めばいいんです」
「すくって、飲めば」
「音を立てずに」
そのくらいなら、できそうな気がしてきた……。
「あとパンを手でちぎって、食べるだけです」
「パンを、手でちぎって」
「そう、ひと口大に、ですよ。かじってはいけません。ちぎって、口に入れればいいのです」
「ちぎっ……」
言葉がつまって、再びブルブルと首を振った。宰相様は「困りましたね」と天をあおいでる。いや困っているのは、こっちの方だって。
「あんまりです……こんなの雑過ぎます」
「もう時間がありません。とにかく今日だけ、なんとかしのいでください。明日にでも、一流のマナー講師をつけて猛特訓して差し上げますから」
普段から冷静沈着な宰相様が、めずらしく切羽詰まった顔をしてる。すると反対に、こちらは冷静さをとりもどしてくるから不思議だ。
「お願いします……どうか両陛下ご同席のもと、ルイーズ様のお妃候補として昼食を召し上がってきてください」
とうとう宰相様に頭を下げられてしまい、とても嫌とは言えない状況になってしまった。
ここで私が嫌だと言い張っても、どうにもならないことを悟る。際は振られてしまったのだ……私はガックリと肩を落とすと、ゾンビのようにぬそっと立ち上がった。
「……行ってきます」
「では、お部屋までお送りしましょう」
手を取られて、椅子から立ち上がった。宰相様の白い手袋越しの体温は心強いようで、絡め取るような息苦しさも覚える。たぶんそれは、見張られてると思ったからだ。
「ああそれから」
「はい?」
「あとで雇用条件を刷新しておきます。特別手当をつけますから、逃げ出さないでくださいよ」
「……」
逃げないから、その監視するような態度を改めて欲しい……それに私は金の亡者じゃないから。賞与とかインセンティブにつられて、何でもやるってわけじゃないから。
(でも、きれいごとは言わずに、特別手当はしっかりもらっとこう……)
ノーラさんが用意してくれたドレスは、ウエストを締めなくてすむタイプのもので、淡いモスグリーンに小花の刺繍を散らした可憐なデザインだった。
「これならコルセットはいらないわ。食べても苦しくならないわよ」
ノーラさんの親切が心にしみる。鏡に映る自分の顔は、緊張でこわばっていた。
こんなお洒落なドレスでも、ひとたび私が着ると、どことなく野暮ったい感じがする。田舎臭さのぬけない凡庸な容姿は、到底貴族の娘になど見えそうになかった。
「……食事、喉に通ればいいんですけど」
「えっ、具合でも悪いの!?」
「いえ、そういうんじゃなくて、精神的にと申しますか……」
「緊張してるのね。でも安心して。お二人とも気さくで、とても話しやすい方々よ」
「はあ……」
ノーラさんの言葉はありがたいけど、他にもいろいろありすぎて、なにが自分をこんなにも意気消沈させてるのか分からなくなってきた。
「ところで宰相様から聞いたのだけど」
「はい?」
なんだろう。嫌な予感がする。
「あなたが本当は、伯爵家の生まれではないって話」
「へっ」
「まさかヨリが、ベルン家の末裔だったなんて」
「……はい?」
ノーラさんは私の髪にブラシを当てながら、静かに爆弾発言をかましてきた。
(なんですか、そのベルン家って……初耳なんですけど)
私の心の声を耳にしたのか、ノーラさんがていねいに説明をはじめた。
「ベルン家といえば、かつてこの大陸で栄えたベルン公国の一族よね。その昔シェルベルン国発祥の地であるグランダール公国が築かれたのも、影の功労者としてベルン家の存在は無視できないわ。だから今でも、ベルン家はシエルベルン王家にとって特別な存在なの。その血を引くあなたは、まさに未来の王妃に相応しいと言えるわ」
「……」
私の新しい設定は、とんでもない歴史考察が加わってしまっていた。もはや罰当たりのレベルに達していると言えよう。
「ベルン一族はその後、歴史の表舞台から完全に姿を消したけど、実は宰相様の遠縁にあたるルミエライト伯爵家の庇護下にあったということね」
(宰相様……またすごい話を作り上げたな)
これは後から復習しないと、忘れてしまいそうだ。詳しいことは宰相様に聞いて、メモを取っておかなければ。
「宰相様によると、あなたの出自はごく一部の人間しか知らないそうよ。だから他言無用とお達しが出てるわ。決して言いふらしたりしないから、安心していいのよ」
「ノーラさん……」
「ただ、これからはあなたは『伯爵とは縁もゆかりもない伯爵家に仕えていた元使用人の娘』という設定になるそうよ」
「えっ!」
設定、という言葉に過剰反応してしまった。しかも使用人の娘って、貴族じゃないってこと?
「ショックよね。だってつまり、伯爵の庶子ということになるもの」
「庶子……」
伯爵が使用人に手を出して、その結果生まれてきたのが私ってことか。設定上とはいえ、半分庶民の血が流れていることになる。
(な、なるほど、そこか……!)
気の毒がるノーラさんには悪いが、半分庶民という設定は、私的には少し気が楽だ。これなら貴族としての立ち居振る舞いやマナーにうとくても、言い訳が立つ。ちょっと回りくどい設定だけど、宰相様のフォローに感謝した。
「なんか、食欲わいてきました。ご飯も食べれそうです」
「そうよ、たくさん食べて体力つけなきゃ。今やあなたは、ルイーズ殿下のお妃候補よ。口さがない人たちは、やれ身分差だのなんだの、いろいろ言うかもしれないわ。でも堂々としていればいいのよ。あなたは選ばれて、ここにいるのだから」
ノーラさんの言葉は少し的外れだったけど、私に勇気を与えてくれた。
(たしかに、私は『選ばれて』王宮にやってきたんだから)
選ばれた理由は、運でも実力でも何でもかまわない。そんな些細なことより、大切なのは、自分の置かれた立ち位置をよく理解することだ。
もうこうなったら、受け入れて前に進むしかない……ただひとつだけ、どうしても知っておきたい事があった。
(ルイーズ様は、いったい私のどこを気に入ったんだろう……?)
(えっ、勇者代理なんて仕事、無かった? じゃあ私はただの清掃員として雇われたの? でもそれって、便宜上の話だったよね? えっ、なんか……よく理解できないんだけど……)
「……ヨリ……ヨリ、大丈夫? 聞こえてる?」
かろうじて聞こえてきた声に、私はノロノロと顔を上げた。
「……ノーラさん? どうしてここに?」
「ああよかった、さっきから声をかけても反応がないから心配したわ」
いつの間にか目の前にはノーラさんが立っていて、心配そうに私の顔をのぞきこんでいた。彼女の背後には、宰相様の横顔が見えた。書類に目を落とし、あたかも無関心を装っているけど、それでも私を気にかけてるような感じが伝わってきた。
「大丈夫です、たぶん」
「そう……? 実は今日の昼食なのだけど、陛下ご夫妻がご同席されたいそうよ」
「は? 陛下って、国王陛下?」
「ええ。そのことを伝えに、あなたの部屋に行ってみたら姿が見当たらないから、どうしようかと思ったわ」
「なっ……」
「ひとまず宰相様にご報告しなくてはと、こちらの執務室に来てみてよかったわ。大丈夫よ、今から支度すれば間に合うわ」
「え、待って、全然大丈夫なんかじゃ」
オロオロする私に、書類を置いた宰相様が立ち上がった。
「ノーラ、彼女には私から説明するので、あなたはドレスの準備を急いでください」
「承知しました」
ノーラさんが軽く会釈してあわただしく部屋を出ていくと、ようやく宰相様が私に視線を向けた。
「いいですか、よく聞いてください……こうなったら、もはや後には引けません」
宰相様は腕組みして私の前に立ちはだかると、重々しく切り出した。重いけど、えらく軽くも感じるのはなぜだろう。
(なんか、行き当たりばったり間がすごい)
それと、後に引けないのは国王夫妻とのランチの席なのか、このわけ分からない雇用状況に足突っ込んでる件なのか、どっちだ。
「昼食は、お忙しい王家の皆様が集う、いわばご家族団らんの場。それほど堅苦しいものではないのでご安心を。料理もスープやサラダといった簡単な物ばかりなので、食事の作法もそれほど気にはならないはずです」
ランチの方か。いやどっちに転んだって、無理なものは無理だ。
(宰相様、分かってない……全然分かってないよ。いきなり国のトップと食事とか大丈夫なわけないって。緊張しすぎて絶対挙動不審になる!)
それに嘘ついてる罪悪感もある。ルイーズ様とは、何も約束してない。宰相様が勝手に決めて、あたかも真実であるように触れ回っただけ。
「こんな大事なことを嘘ついて、何考えてるんですか。いつか真実が明るみに出たら、どうするつもりですか」
「どうもこうも、あなたが先ほどから口にする『デマ』とか『嘘』とか、何の話ですか」
「ですから、私がルイーズ様のお妃候補っていう話ですよ」
「何を今さら」
宰相様は鼻で笑っただけで、取りつく島もない。
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「少なくとも、ルイーズ様はそう理解してます。あなたが純粋な正義感から、あのような行動に出たとしても、色ボケしてるルイーズ様が誤解してしまうのは無理もない話です」
ひどい言われようだな、ルイーズ様……しかし宰相様の意見には一理ある。
「もう、何もかも手遅れなんでしょうか」
「あなたが嫌ならば、無理強いはしません。最終的には、逃してあげることもできます」
「えっ、本当ですか」
「でないとパワハラになりますからね。ただし、あなたも誤解を生むようなことをしたのだから、しばらくはこの茶番に付き合っていただきます。まずは、国王夫妻との昼食ですね。もちろん、お二人はあなたに興味津々です。なんといっても、これまで色恋沙汰に関心がなかった息子に、突然降ってわいたように嫁候補ができたのですからね……せいぜい仲睦まじく振舞ってくださいね?」
私はブルブルと首を振って、椅子ごと後ずさりした。しかし肘掛けを掴まれ、囲い込むように追いつめられてしまう。
「む、むりです……」
「なあに、たいしたことありませんよ。ルイーズ様の隣でにこにこ笑って、皿に乗った料理を食べるだけでいいのです」
ずいっと迫力のある顔が間近に迫って、大きな体の影が視界をさえぎった。
「スープくらい飲めるでしょう? スプーンは一本しかありません。それですくって、飲めばいいんです」
「すくって、飲めば」
「音を立てずに」
そのくらいなら、できそうな気がしてきた……。
「あとパンを手でちぎって、食べるだけです」
「パンを、手でちぎって」
「そう、ひと口大に、ですよ。かじってはいけません。ちぎって、口に入れればいいのです」
「ちぎっ……」
言葉がつまって、再びブルブルと首を振った。宰相様は「困りましたね」と天をあおいでる。いや困っているのは、こっちの方だって。
「あんまりです……こんなの雑過ぎます」
「もう時間がありません。とにかく今日だけ、なんとかしのいでください。明日にでも、一流のマナー講師をつけて猛特訓して差し上げますから」
普段から冷静沈着な宰相様が、めずらしく切羽詰まった顔をしてる。すると反対に、こちらは冷静さをとりもどしてくるから不思議だ。
「お願いします……どうか両陛下ご同席のもと、ルイーズ様のお妃候補として昼食を召し上がってきてください」
とうとう宰相様に頭を下げられてしまい、とても嫌とは言えない状況になってしまった。
ここで私が嫌だと言い張っても、どうにもならないことを悟る。際は振られてしまったのだ……私はガックリと肩を落とすと、ゾンビのようにぬそっと立ち上がった。
「……行ってきます」
「では、お部屋までお送りしましょう」
手を取られて、椅子から立ち上がった。宰相様の白い手袋越しの体温は心強いようで、絡め取るような息苦しさも覚える。たぶんそれは、見張られてると思ったからだ。
「ああそれから」
「はい?」
「あとで雇用条件を刷新しておきます。特別手当をつけますから、逃げ出さないでくださいよ」
「……」
逃げないから、その監視するような態度を改めて欲しい……それに私は金の亡者じゃないから。賞与とかインセンティブにつられて、何でもやるってわけじゃないから。
(でも、きれいごとは言わずに、特別手当はしっかりもらっとこう……)
ノーラさんが用意してくれたドレスは、ウエストを締めなくてすむタイプのもので、淡いモスグリーンに小花の刺繍を散らした可憐なデザインだった。
「これならコルセットはいらないわ。食べても苦しくならないわよ」
ノーラさんの親切が心にしみる。鏡に映る自分の顔は、緊張でこわばっていた。
こんなお洒落なドレスでも、ひとたび私が着ると、どことなく野暮ったい感じがする。田舎臭さのぬけない凡庸な容姿は、到底貴族の娘になど見えそうになかった。
「……食事、喉に通ればいいんですけど」
「えっ、具合でも悪いの!?」
「いえ、そういうんじゃなくて、精神的にと申しますか……」
「緊張してるのね。でも安心して。お二人とも気さくで、とても話しやすい方々よ」
「はあ……」
ノーラさんの言葉はありがたいけど、他にもいろいろありすぎて、なにが自分をこんなにも意気消沈させてるのか分からなくなってきた。
「ところで宰相様から聞いたのだけど」
「はい?」
なんだろう。嫌な予感がする。
「あなたが本当は、伯爵家の生まれではないって話」
「へっ」
「まさかヨリが、ベルン家の末裔だったなんて」
「……はい?」
ノーラさんは私の髪にブラシを当てながら、静かに爆弾発言をかましてきた。
(なんですか、そのベルン家って……初耳なんですけど)
私の心の声を耳にしたのか、ノーラさんがていねいに説明をはじめた。
「ベルン家といえば、かつてこの大陸で栄えたベルン公国の一族よね。その昔シェルベルン国発祥の地であるグランダール公国が築かれたのも、影の功労者としてベルン家の存在は無視できないわ。だから今でも、ベルン家はシエルベルン王家にとって特別な存在なの。その血を引くあなたは、まさに未来の王妃に相応しいと言えるわ」
「……」
私の新しい設定は、とんでもない歴史考察が加わってしまっていた。もはや罰当たりのレベルに達していると言えよう。
「ベルン一族はその後、歴史の表舞台から完全に姿を消したけど、実は宰相様の遠縁にあたるルミエライト伯爵家の庇護下にあったということね」
(宰相様……またすごい話を作り上げたな)
これは後から復習しないと、忘れてしまいそうだ。詳しいことは宰相様に聞いて、メモを取っておかなければ。
「宰相様によると、あなたの出自はごく一部の人間しか知らないそうよ。だから他言無用とお達しが出てるわ。決して言いふらしたりしないから、安心していいのよ」
「ノーラさん……」
「ただ、これからはあなたは『伯爵とは縁もゆかりもない伯爵家に仕えていた元使用人の娘』という設定になるそうよ」
「えっ!」
設定、という言葉に過剰反応してしまった。しかも使用人の娘って、貴族じゃないってこと?
「ショックよね。だってつまり、伯爵の庶子ということになるもの」
「庶子……」
伯爵が使用人に手を出して、その結果生まれてきたのが私ってことか。設定上とはいえ、半分庶民の血が流れていることになる。
(な、なるほど、そこか……!)
気の毒がるノーラさんには悪いが、半分庶民という設定は、私的には少し気が楽だ。これなら貴族としての立ち居振る舞いやマナーにうとくても、言い訳が立つ。ちょっと回りくどい設定だけど、宰相様のフォローに感謝した。
「なんか、食欲わいてきました。ご飯も食べれそうです」
「そうよ、たくさん食べて体力つけなきゃ。今やあなたは、ルイーズ殿下のお妃候補よ。口さがない人たちは、やれ身分差だのなんだの、いろいろ言うかもしれないわ。でも堂々としていればいいのよ。あなたは選ばれて、ここにいるのだから」
ノーラさんの言葉は少し的外れだったけど、私に勇気を与えてくれた。
(たしかに、私は『選ばれて』王宮にやってきたんだから)
選ばれた理由は、運でも実力でも何でもかまわない。そんな些細なことより、大切なのは、自分の置かれた立ち位置をよく理解することだ。
もうこうなったら、受け入れて前に進むしかない……ただひとつだけ、どうしても知っておきたい事があった。
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